14話 『重い空気』
「そ、そっかぁ。でも、霧香ちゃんが信用してくれてるし、私はもっと強くなってみせるよ! 霧香ちゃんを守れるくらいにはね!」
「そう。頑張ってちょうだい」
「うん! 私、頑張るね!」
「えぇ。でも頑張りすぎて魔力を使いすぎないようにね」
「はぁい。そこは気を付けます。あ、でもでも、さっき魔力を使って初めて戦った時に、なんていうかこう、戦いって楽しいなぁ......って思ったんだよね! 勝ったときの高揚感とかも良い感じだし!」
笑顔で、そう、笑顔で私は言ってしまった。戦いが楽しいだなんて、命の奪い合いなのに、そんな事思うことも言うことも絶対にあってはいけないのに、私は軽率に言ってしまったのだ。
「そう」
分かりきっていたことだけど、霧香から返ってきたのは短い言葉と、背筋が凍りそうになるほどの視線だけだった。
まるで私を一気に敵と認識しなおしたかのように目つきは一瞬で変わり、睨まれているように感じられる視線に私は少しだけ怯えてしまった。
俯き、さも被害者のように振舞っている私は傍から見れば完全におかしい。だけれど、私は顔を上げることも出来ず、結局数分経った後に霧香が歩き出す音が聞こえ、私は後を追うようにして歩き始めた。
――そして、そんな重苦しい空気の中で私たちは一言も会話することなく霧香の家へと辿り着いた。
「おはよう。霧香ちゃん」
「えぇ。おはよう」
どんなに重苦しい空気だろうと会話がなかろうと、一度眠って朝日が昇れば朝になってしまう訳であり、私は昨日の夜の出来事を無かったことにするようにいつもの私を装って霧香へと挨拶した。
そんな明らかに霧香の様子を伺いながらの挨拶でも霧香は日課の珈琲を飲みながら普通に返答してくれた。
「ねぇ、今日も異形を討伐しに行くの?」
「そうよ。魔力を抑えながら戦う方法なんかも貴方は覚えなくちゃいけないわ。今のままだとむしろ魔力を多く消費しているだけだもの」
「うん。そう、だよね。勿論、霧香ちゃんは今回も付いてきてくれるんだよね?」
「えぇ。協力関係だし付いていくわ。それとも、一人で戦いたいかしら?」
「う、ううん! 私は霧香ちゃんが居てくれたほうが心強いから来てくれたほうが嬉しい!」
「そっ。なら付いていくわ。それじゃ、まずは学校に行く支度を始めましょうか」
いつも通りを心掛けて、霧香を怒らせないように言葉を選んで喋ってきたけれど、きっと霧香は私が言葉を繕っているに気付いている。
勿論、私も霧香が表情を変えていることなんかに気付いているが、それはきっと霧香が私が目に怯えると分かって気を遣ってくれていることだろうし、心の中はお互いに依然として昨日の夜のままだと思う。
少なくとも、私の心の中は未だに昨日の夜のままだ。
「ねぇねぇ! 霧香ちゃんは好きな物とかあるの?」
「そうね。貴方も朝見ていたと思うけれど、私は珈琲が好きよ」
「そっかぁ。ということはやっぱり朝飲んでた珈琲は日課?」
「えぇ。そうよ」
当たり障りのない会話。こんな会話を私は学校に向かい始めた時からしている。
当然霧香は嫌な顔一つせずに私の話も聞いてくれるし、返答もしてくれる。それはとても嬉しいことだ。
ただ、ある一点の話題に関しては霧香の口は開かなくなる。その話題こそ、魔法少女や魔女、戦闘に関することだ。
勿論、必要なことは教えてくれるが、それ以外は一切話そうとしない。これは私の言葉が原因であると理解している。
……だけど、理解しているからこそ私は釈明も、言い訳もなにも言えなかった。ただ、笑顔でごく普通の会話をすることしか出来なかったのだ。
きっと、私が昨日の夜の話をしようとしたり、してしまえば、今よりももっと関係は悪化してしまうだろう。こんな風に考えてしまうのは極度の被害妄想だと分かっているけど、私の取り繕ったような不自然な笑顔は消えなかった。
「あっ! おーい! 瑠奈―、おはようー!」
考え込んでいて周りが見えてなった私の耳に、聴き慣れた声が聞こえ、私は反射的に声の主の方向へと顔を向けた。
そして、案の定と言うべきか、私に対して手を振りながら挨拶をしてきたのは胡桃だった。
(どうして胡桃は私に何もなかったような顔をして話しかけてくるの?)
まるでいつも通りの胡桃。そんな胡桃に対して私は言葉に表せない恐怖を感じてしまい、隣で睨むように胡桃を見ている霧香の手を掴んで逃げるようにしてその場を離れてしまった。




