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スラムでの慈善活動

本日は晴天なり。

と、いうかめちゃくちゃ日差しも強くて、雲一つなく干からびそうなくらい暑い。

季節は夏に入ったばかりだというのに、かなりの暑さだ。



「暑っ………!」


シルビアは上空を見上げて、眩しさに目を細めた。

日が陰ってくれれば、少しはマシになるのに。


「お嬢様大丈夫ですか?無理しないでくださいね」


隣にいたロウが心配そうに顔を覗きこんできた。


「ぼやいただけだよ、大丈夫」


シルビアはそう言うと、目の前にあるパンを素早く紙袋に入れていく。それをカゴに入れようとしたが、もう紙袋で一杯だ。


「おーい!パンいっぱい詰めたから、干し肉、チーズ班は持ってってくれ!」


シルビアの声に、子供が二人やってきてサッとカゴを持って行った。その二人も汗だくだ。


父上に報告をしたあの日から二ヶ月が経ち、今日はスラムへの炊き出しと配給の手伝いに来ているのだ。


あれからすぐに他の孤児院にも調査が入り、結果他でも同じような事が起きていた。

責任者は解任され、横領の罪で捕えられた。それに関わった者達も同罪だ。新しい者がくるまでの間、臨時の職員が派遣され、古くなった建物も修繕された。


責任者となる者は、きちんと教育をされた者達を選出し、その者達で各孤児院で共通のマニュアルを作成させ好き勝手やらないよう内容を統一させた。

担当者も兼任で、放置業務となっていた統制局にも担当部署が設置され、報告書の管理と定期的な監査が義務づけられた。


それらすべて一ヶ月で終わらせた。

激動の一ヶ月だったが、それでそれなりのものになってきたから大したものだ。早期解決素晴らしい。


一ヶ月経ち、孤児院に責任者が来てからはスラムへの炊き出し、配給も開始させた。

まだ体制も整ってなかったが、それを待っていたら飢え死ぬ人もいるので、滅茶苦茶でもいいから始めてしまったのだ。

時は待っていてくれない。

死んだ人はもう返らない。そこで終わりだ。



毎週末の一日、昼前までの予定で行っているが、今のところ毎回バタバタして時間も押し、初回なんて夕方の暗くなるまでやっていた。


炊き出しで肉や野菜の入った煮込み料理とパンを提供し、次の週までの最低限の食材の入った紙袋を渡していくのだ。

紙袋には日持ちする硬いパンと、干し肉、乾燥チーズが入っている。


「今日も大盛況だな」


長蛇の列となっているスラムの人々を見ながらシルビアは言った。

その列の管理と、危険な者がいないかを数名の騎士が見張っている。サウロも汗だくになりながら、あれこれスラムの者達に文句を言っていた。


僕はというと、危険があってはいけないからと、スラムの者達に接せずパンの袋詰めの役割だ。

横にはロウともう一人の護衛の騎士で、パンの袋詰めをしながら守られている。


「でもこう暑くちゃ、皆参っちゃいますね。これからもっと暑くなるし、これまで幸い雨も降らなかったけど……」


ロウは首にかけてあるタオルで汗を拭った。

長袖の騎士服が暑そうだ。背中が汗でぬれている。


「そうだな。次回まで簡易の屋根つきの配給場でも作るか」


帰ったら、すぐ手配をしなければ。

予定外にお金がどんどん出ていく。やっぱり紙の上の試算通りにはいかないな。


三つの孤児院合同で十歳以上の子供と、残った子供の世話をする以外の職員を出してもらっている。

うちも護衛隊の他に、十名の騎士見習いをサウロが連れてきてくれた。

けれど、現場は大混乱で、初回からスラムの者にも日給で手伝ってもらってる程だ。


炊き出しの煮込み料理の器がゴミとして散乱していたのを、真面目に拾ってくれているし、最後の片付けも一緒に行ってくれている。役割は今のところ清掃要員だが、いつまでも自分達が来る訳にもいかないので、スラムの同じ人でやる事を覚えてもらって雇うのもいいかもしれない。


「是非お願いします。俺らより子供達が倒れないか心配で」


ロウは汗だくで手伝いをする子供達を心配そうに見た。


「もう少ししたら休憩しようか。昼には終わりそうもないし」


作業手順も見直していかないとな。

今回で五回目だが、少しづつ改善しながらやってきたけど、ぶっつけ本番からよくここまできたと思う。


「あちゃー……」


ロウが頭を押さえた。

その視線の先を見ると、サウロが上の騎士服を脱いで上半身裸になっていた。



「おい、じーさん、これ持ってろ」


サウロは汗まみれの服を、座っていた老人に押し付ける。


「こらそこ!列を乱すなって言ってんだろ!早い順じゃないって何度も言ってんだろーが!」


苛々としながら、数人を掴むと列にドンと押し戻した。


「お前、二度目だな!何しれっと並んでんだよ!?」


サウロは中年の男の首根っこを掴み、列から引きずり出す。


「次来たらぶった斬るからな!覚えとけ!!」


怒り奮闘のサウロに、慌てて隊士の男が駆け寄った。


「隊長、落ち着いてください!」

「うっさい!もう毎回も同じことばっか言わせて、こいつら頭どうにかしてんじゃないのか!?ああ、もうまた………」


前列の方で、先にもらおうと数人が割り込みをしようとしている。


「俺さっきから何回も言ってるよな?アホなのか?こいつら皆んなアホなのか?」


ポタポタと髪から汗がしたたるサウロの目が据わってる事に気づき、隊士は腰にあったタオルでサウロの髪を拭いた。


「あともう少しの辛抱ですから。日陰で休んで来ますか?」

「………臭い。男の汗の匂いだし、ひんやりして気持ち悪い。オエッ………」

「隊長酷い」

「はぁー、テンション下がった〜」


サウロはタオルを押しのけ、隊士の肩をポンポンと叩いた。


「仕方ない。んじゃ、もう一踏ん張りするか。あ〜もう、やるしかないか〜。やるしかないのか〜」


ぶつぶつ言いながら、サウロは前方の揉めている方へ歩いていった。



「落ち着いたみたいだな」


駆けつけようか様子を伺っていたロウがホッとしながら言った。


「ロウはサウロの保護者がしみついてるな」


確か歳はロウの方が四つ上だっけ。人のよさそうな顔の通り、内面もそうだし、苦労人の相が見える。


「あいつが13歳で騎士団に来てからずっと面倒みてきましたからね。本当に手がかかりましたよ」

「あはは、分かる気がする」


僕は今のサウロしか知らないけど、今でさえこれだから、昔は相当酷かったんだろう。


「ところで、どうしてサウロはうちに来たんだ?」


うちの騎士団は、レベルも高いし、そこそこの出身の者ばかりだ。街の警備兵などはスラム出身の者もいるが、何の訓練も受けてないスラムの者が騎士団に入った例はない。


「んー………。あいつスラムでいろいろ悪さしてまして、それで名前も知られるようになって、早い話捕まえに行ったんですよ」

「騎士団が?警備兵の仕事じゃないの?」

「警備兵じゃ手に負えないっていうので駆り出されたんですよ。子供相手に街の兵士は情けないなって思いましたけど……」


ロウはパンを詰める手を止めた。


「あいつ、ゾッとするくらい強かった」


ロウの言葉に、シルビアの手も止まりその横顔を見つめた。


「サウロを探してて、日も沈んで暗くなりかけた時、スラムのごろつきを襲うとこを見つけたんです。大男相手に上から音もなく降ってきて、躊躇う事なく首に剣を突き刺さし、そのまま後ろに一回転したと思ったら着地するなり大男のそばにいた二人のごろつきの足を切って、ふらついたところに胸をグサっで片がつきました」

「おおっ、凄いな」

「シュパシュパっともう一瞬ですよ。何ていうか、人ってこんなに早くこんなふうに動けるんだなって………背筋がゾゾゾってなりました。剣の持ち方だって滅茶苦茶なのに。両手に短剣より少し長い剣を下向きで持ってるんですよ」

「へぇ………」

「俺達に気づいて襲いかかってきたんですけど、凄い低い姿勢で一気に間合いをつめてきて、どんな瞬発力してんのか、全身もバネのようで反応さえできなかったな。でもあいつ攻撃してこないで、壁をけって、その勢いで屋根まで飛んでそのまま走っていっちゃったんですよ」

「戦ったら勝てた?」


そう聞いたシルビアをロウは気まずそうに見る。


「それ聞きます?……正直勝てなかったと思いますよ」

「逃げてくれて良かったね」

「騎士服見て、面倒になると思って避けたんでしょう。狂犬サウロなんて呼ばれてましたけど、犬なんかじゃなく獰猛な獣でしたよ。目がもうヤバかった。いっちゃってました」


サウロはそんな感じだったのか。

今のサウロしか知らないから変な感じだ。


「結局捕まえられずに旦那様に報告したら、逆に興味を持ってしまって自らスラムに行かれたんですよ。それで、旦那様と戦って捕まえたんですけど、苦戦したってもう大喜びで、俺が育てるんだと連れ帰ったんですよね」

「父上は強い奴好きだからな〜」

「でも育てると言いながら、世話係り俺ですよ。もう本当最初は大変でした」


そう言いながらも、懐かしむように優しい目でロウは騒いでいるサウロの方を見つめた。


「こんなに一緒にいると情が湧きますね。俺にとってあいつはでっかい弟みたいなもんです」

「実際いいお兄ちゃんだと思うよ」


サウロだって何だかんだ言いながらも、ロウに一目置いてるの分かるし。情が湧いてるのはきっとサウロも同じだ。


ロウはシルビアを見て小さく笑う。


「あいつお嬢様の事褒めてましたよ」

「えっ本当に?」


口を開けば愚痴と文句ばかりのサウロから褒められたことなんて、これまで一度もない。


「最初は我が儘お嬢様の剣の師匠に護衛隊長なんて、最悪、冗談じゃねーよって怒ってたんですけどね」

「ははっ………ロウ、それ言っちゃ駄目なやつでしょ」

「でもすぐに思ってたより悪い奴じゃないかもって。剣だってあれこれ言ってますけど、俺には見込みあるって言ってるんですよ」

「そうゆうの本人に言ってくれないと。ため息とか、馬鹿にしたように笑ったりとかであいつ腹立つんだけど」

「素直じゃないんですよ。お嬢様、動きは全然駄目だけど目はその先を見てるって。体がついてってないだけで、思うように動けるようになったら化けるって言ってましたよ」

「そうゆうの、ちゃんと言ってほしいな〜」


らしいと言えばそうだけど、本当に素直じゃないな。

たまには褒めてくれてもいいのに。


「お嬢様は旦那様の血をひいてますからね。間違いなく、絶対強くなりますよ」

「実は自分でもそう思う」


シルビアはクスリと笑った。

女だけれど、恵まれた体だと思う。鍛えていけば、ちゃんとその成果が現れてくれる体だ。顔はマリアン似の方が可愛かっただろうが、体はカルロス似で頑丈そうで良かった。


「あ、あの………」


不意に、おずおずと隣りの護衛隊士が声をかけてきた。


「その、楽しそうですが、手……動かしてほしいんですが」


言いにくそうに隊士は言った。


「ごめん。そうだった、途中だった」


シルビアは慌ててパンを袋に詰め始める。

ロウも隊士にバツが悪そうに袋詰めを再開した。


暑さのせいでか、集中力も途切れてきた。

他の者にもそろそろ休憩をとらせた方がいいだろう。


その時、当たりがザワザワと騒めきだした。


配給を行なっていた者達も何事かと手を止める。


そんな皆の視線の中、体格のいい騎士が多数ゾロゾロと歩いてきた。


うちの騎士服じゃないな。

よく見ると、その中に子供が二人いる。


「あー!何!?どうしたの!?」


シルビアはタッと二人に駆け寄っていった。

その後から、慌ててロウと護衛隊士が駆け寄る。


「エディス!ルオーク!」


シルビアが駆け寄ってきたので、騎士達が道を開けた。


この二人が公爵領のスラムに来るなんてどうしたんだ?


「おーす。凄いかっこしてんなぁ」


はははっとルオークが笑う。

少年用のノースリーブの騎士服に、日差しを避ける為、途中で騎士見習いが買ってきてくれた大きな羽と花がついたつばの広いピンクの帽子がミスマッチだと言いたいのだろう。

暑さで、サウロですら突っ込まなかったとこを突いてくれたな。


「公爵閣下が父様に、うちの娘はこんなことをやってるって自慢したみたいで、父様が参考に見学してきなさいって」


エディスは、汗だくのシルビアへと真っ白なハンカチを差し出した。シルビアは遠慮なくそれを受け取り、頬をつたう汗を拭いた。


うーん。タオル級でないと足りないな。


「父上は親バカだから誰かに言いたかったんだろうね」


だからといって国王陛下に言うとは。

二人は別の学園で学んでいたそうだが、その頃からのつきあいで親友らしい。


「なんつーか…………ホント何て言ったらいいんだ?荒れてるというか、酷いな」


ルオークが炊き出しと、配給の様子を見ながら顔をしかめた。


「やっぱ分かる?ぶっつけ本番の結果だよ。ちゃんと綿密な計画を立てないとこうなりますよって教訓にしていいよ」


慣れない者達で段取りも悪く、スラムの者達も我先にとつめかけるし、思い描いていたようにスムーズにはいかなかった。


「お嬢様、王太子も来られましたし、一時休憩してはどうでしょう?」


周りを見ながら、コソッとロウが言ってきた。

エディスの騎士達が王国の旗なんて持ってるし、皆んな何事かと動きを止めてしまっていた。


「そうだな。交代で見張りの者を残して休憩にしよう」


シルビアはロウに皆に伝えてくるよう指示した。

ロウはすぐに走って行く。


「シルビア、顔真っ赤だけど大丈夫?倒れたりしないよね?」


エディスが心配そうに尋ねてきた。

確かに顔が火照って熱い。ここにいる皆んながそうだったので気にならなかったが、エディスやルオークを見ると涼やかな顔をしている。


熱中症とか怖いな。水分いっぱいとらないと。


「大丈夫とは言いきれないな。冷たい飲み物飲みたい」


持ってきた在庫はこの暑さの中、全部皆で飲み切ってしまった。


「飲みたいんだけど」


ぐいぐいとエディスに詰め寄る。


「圧凄いね。買ってこいってこと?分かったよ」

「ありがとう!うち皆んなヘロヘロだから助かるよ!」


シルビアはエディスの手を力強く握りしめ、ぶんぶん振った。

やった。何て丁度いい時に来てくれるんだ。


「あそこに台車があるから街で100本ほど買ってきてくれる?お金は公爵家シルビアのツケで話し通るから」

「え………?シルビアの分だけじゃなくて?」

「皆んなの分だよ。昼ごはんを食べ終わったらまた再開するし、やっぱ余分に140にしとくかな」


お金はどんどん予定外に出ていくな。


「仕方ねーな、うちんとこの騎士貸してやるよ」


ルオークはそう言うと、自身の護衛の騎士に声をかけた。

そして二人の騎士が、それぞれ台車を持って街へ向かっていった。


「ルオーク、ありがとう」

「いや、いいって。それよりあいつ何なの?」


ルオークは上半身裸で談笑しているサウロを見ながら眉をしかめる。


「制服は汗びっしょりだから気持ちは分かるけど、騎士らしくはないよね」


シルビアは苦笑いした。

いないものとして、気に留めないでくれていいのだが、文句を言いながらもいつもルオークはサウロに関心を持ってるのだ。

ちょっかいをかけれる相手だからなのかもしれない。


「あいつ本当いつもふざけてるよな」


そんなルオークの視線に気づき、サウロがこちらにやってきた。


「王太子殿下にお坊ちゃん、暑い中ご足労頂きありがとうございま〜す」

「お坊ちゃん言うな!ってか、上着てこいよ!裸のまま来んな!」

「え〜、汗まみれの冷たいあんなの着させる気ですか?」

「身だしなみってもんがあるだろ!そんな姿でよく王族の前に出られたな!?」


そう言われ、サウロはエディスを見てサッと胸元を手で隠した。


「殿下、そんなに見ないでください。恥ずかしい」

「えっ僕!?」


突然巻き込まれ、エディスはあたふたとする。

シルビアは、エディスの後ろに控える騎士達を見た。


やっぱり睨んでる。


王家の騎士団は、伝統や誇りを重んじていて、貴族出身の者が多い。彼らにしてみれば、スラム出身のサウロが気安く王太子に声をかけたり、又その不適切な言動は不愉快であろう。

公爵家の護衛隊長なので、表立っては何も言ってこないが陰で嘲笑っているのを知っている。


「おい、変態。これで見苦しいもん隠しとけ」


ルオークは護衛の騎士のマントを取り、サウロに押し付けた。


「お坊ちゃん………もしかして俺の事好きなんですか?」

「はぁ!?どうゆう思考回路してたらそうなんだよ!?」

「だって、優しいからそうなのかと思って」


サウロはマントをバサっと羽織る。


「うっ厚い。これ夏仕様じゃないですね。早く切り替えた方がいいですよ、もう夏きてますから」


サウロはルオークの騎士達にニンと笑った。

そこへロウがやって来た。


「お前失礼してないだろうな。早く食べて休憩入れ」

「失礼なんてとんでもない。お優しいお坊ちゃんから、これ貰ったり好かれてます」


サウロの言葉にうげっとルオークが顔をしかめた。


「僕も急いで食べないと。エディスとルオークもお昼まだなら一緒食べる?公爵家の料理人がサンドイッチ作ってくれてるんだ」


二人を見ると、二人は顔を見合わせた後、いいよというように頷いた。


「たまにはこうゆうとこで食べるのも面白いよな」


ルオークは辺りを物珍しそうにキョロキョロと見回す。

好奇心旺盛な彼の事だからそう言うと思ってた。


エディスは頷いたものの、何とも言えない顔でスラムの者達の方を見ていた。慎重派ならでは、馴染みのない環境に落ち着かないのだろう。彼らを見下してるとかではない。

むしろ、スラムの者を見下しているのは……。


エディスの騎士達を見ると、ここで本当に食べるのか?という顔をしている。心底嫌そうだ。


そこへ見習い騎士が大きな箱を持ってやってきた。

実はこれはただの箱じゃない。何とこれは冷蔵庫なのだ。


騎士は中からサンドイッチを取り出すと、一礼してエディスとルオークに渡した。それから彼らの騎士達にも配り出す。


別の見習い騎士も箱を持ってやって来て、皆にフルーツの入ったカップを配った。


電化製品もないこの世界で、食材をどうやって管理しているのかというと魔法が大活躍していたのだ。

この箱も内側に薄い鉄が貼ってあるだけの何の変哲もない箱だが、ここに氷の魔力のこめられた魔石がつけられているので冷蔵庫の役割をしているのだ。ちなみに、さらに強い氷の魔力がこめられると冷凍庫になる。


街の街灯や家の灯りもこれと同じで、光の魔力のこめられた魔石が使われているのだ。

その他にも魔石を使った便利アイテムはいろいろある。

びっくりしたのは王都から、国境まで続く長い列車があるという事だ。動力はもちろん魔法の魔法列車だ。

電気もガスもガソリンも使わない。この世界は最先端のエコロジーをいっている。


魔鉱石を加工して作られる魔石は、この魔法世界で何よりもなくてはならないものなのだ。


「ここ暑いから、向こうの日陰に行こう」


シルビアはサンドイッチとフルーツを手に歩きだす。

その後を、エディスにルオーク、騎士達がぞろぞろとついて来た。


孤児院の職員や子供達も、もうサンドイッチを食べ始めている。

もとは街のパン屋数軒にサンドイッチも手配しようとしたのだが、配給用のパンや、炊き出し時に提供するパンが多くてそこまで手が回らなかった為、公爵家の料理人達が早朝から用意してくれているのだ。


パン屋も配給の時間ギリギリに数軒が大量のパンをいくつもの籠にいれて届けてくれている。

作り置きは不衛生なので、なるべく前日くらいに作ってほしいとお願いしてるのでパン屋も大忙しだ。夜中も焼いてるらしい。

もっと遠くのパン屋にも依頼をした方がいいかもしれない。


シルビア達はロウが敷いてくれた敷物に座った。

ロウはこんな所で、王族に食べさせていいんですか?と不安そうだったが、本人がいいと言うのだからいいのだ。これも社会勉強だ。


そうしてるうちに、ルオークの騎士達が飲み物を買って戻ってきた。

それを見た、うちの騎士達がすぐに群がる。

飲み物も無くなってたので、皆んな喉が乾いてたのだろう。


「子供達優先でな!」


シルビアの一声に、ハッとした騎士達は慌てて飲み物を孤児院の面々に配りだした。


「お嬢様方もどうぞ」


サウロが三人分の飲み物を持ってきた。


「ちょっと待ってください。毒見を……」


すぐにエディスの騎士がしゃしゃり出てきた。

今そこから持ってきたの見てただろーに、嫌味だな。


シルビアはエディスの飲み物を取ると一口飲んだ。

そして、それをエディスに渡す。


「ほら、うら若き乙女の間接キッスだぞ。ありがたく飲め」

「なっ………!」


エディスがカアァと赤くなる。


「嘘嘘、ただの毒見だって。公爵令嬢自ら致しましたよ〜」


チラリと騎士を見ると、少し動揺したようだったが一礼して下がっていった。

公爵令嬢だから何も言ってこないけど、毎回いろんなとこに連れだしたり、この言動や無茶やらせたりも、きっと陰で悪く言われてる事だろう。


「あいつら絶対僕の事嫌いだよな」


サンドイッチを口に頬張りながらコソッとエディスに耳打ちする。


「そうゆう品のないとことかな」


ルオークがニヤっと笑い、自分の頬をツンツンと指さした。

詰め込みすぎって?上品に食べるような場所でもないし、見せる相手もいないから別にいいだろう。

これでもマナーの授業では、べた褒めされてるのだ。

優雅で上品に振る舞う振りをするのなんて簡単だ。

いつかこいつらにも僕の本気を見せてやらないとな。


「僕の近衛隊として一生懸命なだけなんだ。王家に仕える騎士だから礼節を重んじるし、融通がきかないとこあるけど気を悪くしたなら謝るよ」

「それだけの問題じゃないと思うけどな。おっと、今日はそうゆう話はなしなし。僕の試みの成果でも見ていってくれ。何かの参考になるだろ」


シルビアはまたサンドイッチをひと口で頬張った。


「成果って言ってもなあ………」


ルオークは、配給の袋の前を守る騎士の周りをウロチョロしてるスラムの人達を見ながら口をつぐんだ。


「ここの人達、何度言っても言う事を聞かないんだよね。自分の分まで回ってこないんじゃないかって不安もあるんだろうけど。沢山あるから大丈夫って言っても、絶対の補償なんてないし、自分の分だけはって先走っちゃうんだろな」

「勝手な奴らだな」

「生きるだけで精一杯の人達には他人を思いやる余裕なんてないんだ。自分優先」


シルビアはごくごくと飲み物を一気に飲み干す。


「問題は解決できそう?」


エディスはサンドイッチをチビチビと食べながら聞いてきた。

女の子みたいな食べ方だな。なんて思う事も失礼だけど。


「笑っちゃうくらい問題ばっか。流れも悪いし、経験もない寄せ集めだから毎回グッタリだよ」

「どんな問題?」

「炊き出しもさ、食中毒怖いから当日ここで調理にして具材だけ前日カットしてもらってるんだ。孤児院の人達が持ってくるのも大変だし、調理も大変で時間過ぎちゃうんだよね。パン屋のパンもギリギリ届いて、慌てて皆んなで詰めるんだけど時間はとっくに過ぎてるし、スラムの人達も用意も出来てないのに押し寄せてきて、騎士達がそれを抑えたりまとめたりで人員とられるし」


サウロじゃないけど、愚痴っぽくなっちゃうな。


「………もっとよく計画を立ててからやれば良かったんじゃないかな。孤児院の人達にも、流れを把握させて慣れるまで何回も試してみたり、研修を行うとかもっと時間をかけてゆっくり進めていくべきだったんじゃない?」

「一理あるね。じっくり時間をかければもっと上手く出来ただろうけど、でもそれまでの間に多くの人が死ぬだろうね」


シルビアは空になった飲み物の容器を日にかざす。


「この暑さだ。何もしなかったらこれから多くの人が死ぬよ。大人よりも子供が可哀想だ。生き方を選べない。こんなとこに生まれてきたくなかっただろうに」

「確かにそうだろうけど、こんなの自己満足の偽善だ。その為に、他の皆んなには迷惑がかかってるじゃないか」


珍しく突っかかってくるじゃないか。

まあ、お前にはこんな事できないよな。王族としてやるなら、きちんとした形でないといけないだろう。こんな無理矢理進めたら批判の的だ。


シルビアはニヤリと笑う。


「偽善で何が悪い?やりたいようにやれるだけの力があるのに、我慢なんて何でしなきゃならないんだ?自己満足で大いに結構、迷惑をかけたって公爵令嬢なら許されるんだよ」


言い切ってやった。

ここまで堂々としては、エディスも何も言えないだろう。

王族でこんなこと言ったら叩かれまくるだろうが、こんな事が言えちゃうのもシルビアの特権だ。


「ああ、権力最高………」


シルビアで本当良かった。気分が良くなってきたぞ。

だが、反対にエディスはしょぼんとしてしまった。


「エディス、お前は王族だからそれでいい。国民の上に立つ者なんだから、僕みたいな事しちゃ駄目だぞ」


ポンポンとエディスの肩を叩いた。


「でも僕はエディスとは違う。自由だ。何したっていいんだ。だから、やりたい事があったら言ってみろ。僕が代わりに叶えてやる」


気が大きくなってるのか、大きく出ちゃった。何したっていい訳じゃないけど、ここでなら何だって出来るのは確かだ。


「まだ小さいくせに、偽善だ、自己満足だなんて難しい言葉使っちゃって。困難を乗り越えながら一つ一つ作り上げてくのも楽しいんだぞー」


シルビアはエディスの髪をぐしゃぐしゃと撫でた。


「子供扱いはやめてくれよ」

「いや、立派な子供じゃん」


王族として、後継者として日々厳しい教育を受けてるのを知ってる。真面目だから頑張ってるけれど、辛くはならないのかな。

僕がこのくらいの歳の時は遊びばっかりだったのに。

本当王族にならなくて良かったって何度も思っちゃうよ。


「まあ、シルビアまでとはいかなくてもエディスはもうちょっと力を抜いてもいいと思うぞ」


それまで黙っていたルオークがそう言った。


「僕は別に無理なんかしてないけど」

「頑張らなきゃって使命感に燃えすぎてピリピリしてる時もあるじゃん。母親がいないからなだめる人も……」


そこで、しまったというようにルオークは言葉を止めた。

そして慌ててシルビアを見る。


「俺はいいと思うぞ。やってる事はちゃんとしてないけど、汗だくで笑って頑張ってる姿見た時、何て言うか……少し羨ましくなったって言うか。歳も近い女の子がこんな事してるっていうのに、俺はって悔しいような……まあ複雑な気持ちだ」

「おお、羨ましいのか。なら手伝ってくれてもいいぞ」

「いや、こんな大変なとこ手伝いたくないんだけど。ちゃんと形になってからなら考えてやらなくもないけど」

「おい、言ってる事違うぞ」

「だから複雑なんだって。そう思うけど、実際やりたいかっていうと、やりたくはないなぁって」

「若いうちの苦労は買ってでもしろ。前の世界では、そうゆう言葉があった。何でも経験、吸収して成長してけって事だよ」

「シルビアを見てこうなるんだなって参考にするよ」

「僕の苦労を盗み見して〜」


その時、おずおずと躊躇いがちに声がかかった。

そこには、王太子の存在にすっかり萎縮したマボナがいた。


「あの………申し訳ありません、お話しの途中に。サウロさんに言ったら、お嬢様に言えと言われて……」

「いいよ。どうした?」

「その………これまで来た人数を集計してたんですが、今の時点でもう前回の人数に迫ってるんです」

「つまり増えてるって事か。前回の人数より多めには用意してるけど足りるか………」


初回は途中で足りなくなるという事があった。

まあ、その事もあってスラムの人達が我先にというのに拍車がかかったともいえる。

スラムの人口がどれだけか、統制局も誰も知らない。

調査も入らないので、毎回の人数と見込みでやっていくしかないが、更に増えるとは………。


騎士達に怒られながら、再開を待ち侘びてるスラムの人達全員に配れるだろうか。


シルビアはエディスとルオークを見てニッコリと笑った。


「ちょっと手伝っちゃう?」


うちの使用人呼びに行くのにも時間がかかるし、ここはお願いしてみちゃうか。


「手伝って下さいだろ」


そう言ったルオークの鼻をギュッと摘んでやった。


「手伝ってください、ルオーク様」

「いてっ!離せよ、分かったから!」


ルオークはシルビアの手を掴んで引き剥がす。

エディスは、呆れたようにため息をついていた。


「本当大丈夫なの、シルビア?」

「大丈夫、大丈夫。僕には力になってくれる心強い味方もいるしね。頼りにしてますよ」

「調子いいんだから………」

「二人共、街に行って乾燥パンや干し肉やチーズとか日持ちするもの買ってきてくれ。台車向こうにいっぱいあるから」


二人の連れてきた騎士達もいるし、これで大丈夫だ。


「いや〜持つべきものは仲のいい友人だねぇ。さっ、食べ終わったら早く行ってきてね」


ニコニコと笑うシルビアに二人は顔をしかめた。

嫌そうだが、勢いで乗り切れそうだ。


「あっそうだ。サウロー!二人の買い物、後ろから着いてって護衛してやって!」


慣れない公爵領だし、万一王太子暗殺とかあったら大惨事だ。


サウロはサンドイッチを口に詰め込んでいた為、頭の上で腕を丸のようにして頷いた。

その雑な返答の仕方にも、エディスの親衛隊がぶつぶつ言っていた。


課題は多いけれど、少しづつは改善してるしきっと大丈夫だろう。

公爵家という基盤があるからか、不安はなかった。

何かをやり遂げるって、大変だけど正直楽しくもある。

元の世界では、こんなに大勢を巻き込んで一から起こして作り上げるなんてした事なかった。

中学校の生徒会とも違う。自分が世界を動かしてる気さえする。

ヤバいな。この世界にハマりそうだ。

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