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父上、ご報告です

孤児院を後にし馬車まで走って到達したのち、休む間もなくシルビアは馬車、護衛隊士達は馬に乗り公爵邸までの帰路を急いだ。


その甲斐もあり、夕食の時間ギリギリには到着する事ができたのだった。流石に隊士達も邸宅への最後の猛ダッシュには息を切らしていた。



――



「さあ、お嬢様。このドレスはいかがですか」


メイドのサラがピンクの可愛いドレスを見せてきた。


「もお何でもいい、それでいい」


湯上がりホカホカになってバスローブに身を包み、シルビアはボーっとしてきていた。

肌はつるつるピカピカ。お風呂は泡のお湯に、至れりつくせりでこれこそ至福である。

初めこそ、お風呂を上がるのをタオルを持って待機されてたのには抵抗があったが、今ではスッポンポンのままバスタブがら上がるのにも慣れっこだ。

一応女同士だし、見られて困るものもないし。


「せっかく奥様が可愛いドレスを沢山買ってくださってるんですから、お嬢様も選んでくださいよ〜」


サラが口をとがらす。


「ドレスは可愛いけど、似合うかは別だからね」


シルビアはバスローブを脱ぐと、近くの別のメイドに渡した。

ドレスをすっかり買わなくなってしまったので、最近では母上が勝手に買ってくるようになった。そのどれもが母上が好きそうな甘く可愛いドレスである。


「遅くなったから、急いでくれ」


ドレスを着せてくれているサラを急かした。


孤児院から帰ってきたら、髪はボサボサ、服は汚れてるわで、その姿を見た母上が、夕食よりもまずは身支度を整えてきてちょうだいと使用人達を怒り、お風呂コースになったのだ。


「はいはい。急いでますよ」


言いながら、サラはドレスのリボンを何個も結んでいく。


「出来た?」

「ん〜、はい。出来ましたよ」

「あと、靴か」


ピンクのリボンのついた靴に足を突っ込む。


「ちょっとお嬢様、ちゃんと座って履いてください!あ、あと頭にリボンも」


サラが頭に大きなリボンを巻いてきた。

どんだけリボンつくんだよ。

うんざりしながら、ふと大鏡に映った自分に目をやると、これまたうんざりした。

うわっ…………。無いわ。これ無いわ。


「出来ましたよ、お嬢様!」

「よし、行くぞ!」


シルビアはすくさま歩き出す。


「行くぞ、じゃないですよ。もっと可愛い喋り方して下さい」


サラも慌てて追いかけてきた。



――



「遅くなりました!」


扉を開けるなり、大きな声で言ったシルビアを食卓に座っていたカルロスとマリアンが見た。


「シルビアちゃん、扉は乱暴に開けないのよ。そして挨拶は?」


ニッコリと笑ってはいるが、圧をかけるようにマリアンは言った。


「は、はい。失礼致しました」


ドレスの端を掴み、軽く会釈をし、ここぞとばかりにニッコリと優雅に笑ってみせた。


「まあ、可愛い!ドレスもシルビアちゃんも素敵!」


マリアンは嬉しそうに、パチパチと手を叩く。

その時、ブハッと吹き出す声が聞こえ、シルビアはそちらを見た。

サウロだ。何故かサウロがカルロスの横に控えていた。

サウロは声こそださなかったが、笑いを堪えるようにふるふると震えていた。


「………今笑ったのか?」

「いえいえ、とんでもない。こんな素敵なお嬢様を前に笑うなど。プレゼントになったみたいでお似合いですよ」


サウロは自分の発言に堪えきれなくなったのか、顔を崩しかけたがそれでも堪えるように顔を真っ赤にして横を向いた。


本当に失礼な奴だ。


「シルビア、席につきなさい。お腹も空いてるだろう、話はそれからだ」


カルロスが自ら椅子を引いて、座るよう促す。

侍従の男が仕事をとられ横で困っているが、自分で娘をもてなしたいのだろう。


「父上、ありがとうございます」


席に座ると、シルビアはニッコリとカルロスに微笑んでみせた。

カルロスの顔が心底嬉しそうに輝く。


「無事に帰ってきてくれて良かった。さあ、食べよう」


シルビアが来るまで、食事も待っていてくれたのだろう。

次々に料理が運ばれてきた。

いつもは、自分の分は最小限になどと注文をつけているが、今日はお願い事もあるので大人しくしておこう。


「シルビア、今日の事はサウロから報告は受けた。でもシルビアの口からも聞きたい。話してくれるかい?」


なるほど、それでサウロがいたのか。

けど珍しいな、いつもだったら報告も食事の後にしそうなのに。


「勿論です。私も父上にお話ししようと思っておりました」


お肉を切る手を止め、シルビアはカルロスを見た。


「ご存じかと思いますが、今日孤児院に行ったのはスラムでの配給をお願いする為でした」


先々週のスラム行きは、かなり父上を説得しサウロにも万全の対策をとってもらう形で実行したが、相当な心配をかけた。

当日、仕事を放り出してついてこようとした程だ。


「スラムの現状に心を痛める優しいシルビアの気持ちも分かる。だけど焦らないでくれ。父様も何か策を考えるから」

「分かっています。父上が考えられた方が、きっと大掛かりで多くの人を救済出来るでしょう。でも、大きい事をしようとすると何かと時間のかかるものです。それまでの繋ぎでいいので、今あるもので自分に出来る事があったらと考えました」


今後も街が発展してくと同時に、スラムも拡大をしていくだろう。

今や王都よりも大きく、誰もが憧れるサウロードの街に人が集まれば集まる程、成功する人もいれば失敗する人もいて、今いる人達ですら貧富の差は大きい。


「この街は四つの区画に分かれています。富裕層の第一区画、港の第二区画に、商業施設の多い第三区画、普通から貧民もいる第四区画。新しく来る者達は一番税の安い第四区画に住む事が多く、私が視察した中で生活困窮者も多く見られました」


カルロスは食事の手を止め、じっとシルビアを見ていた。

シルビアもひるまず、カルロスの目を見据える。


「私の考える救済とは、炊き出しや配給のような一時しのぎのものではありません。人からの力を借りず、自らの力で生活をし生きていけるようになる事です」

「そうだな、それは理想だ。そう出来たらどんなにいいか。だか理想を掲げても現実は変わらない」

「変わります。変わるよう、少しずつでも近づけていけばいつかは理想になります。変わらない現状維持の方が問題なのです」


でも言葉だけでは駄目だ。

実際に動きださないと、何も変わらない。

けれど、ここはすべての決断を下せる公爵家。変えられないなんてあるはずがない。


「私は長期的な視野での救済を検討すべきだと思います」

「例えば?」

「まずは公爵領での、特に人の動きの激しいサウロードの改革です。来る者拒まずですが、去る者もいないのでスラムに留まり、その管理も出来ていません。誰もが来れないよう制限として、第四区画の居住者の税を上げるべきだと思います」

「税か………。反発が起こるだろうな」

「ですが制限をかけなければ、いずれ貧民ばかりの区画が増えていきます。制限を設けたって公爵領に来たい者は大勢いるでしょう。反発は起こるでしょうが、こんなにスラムの人口が増えた結果を踏まえれば、それだけカツカツの生活を送る者がここに来たからだと言えるでしょう。誰もを受け入れるのは無責任で残酷だと思います」


シルビアの言葉にカルロスは無言になり、小さく息をついた。


「父上、税を上げる代わりに治癒院の無償化と、学園ではないですが基礎教育程度までの教育を行う学び舎を無償で領民が学べるようにするのはどうでしょう」

「無償化……?」

「どうせ人は集まるんです。公爵領での特権と言いましょうか、税を払えれば病への保証はされ、一定のレベルを学ぶことが出来るというのをウリにするんです。そしてそれは、公爵領の人材の水準を高める事に繋がります」

「どうゆう事だ?」

「人材は資源ですよ。今、公爵領に多いのはあまり学んだ事もなく使役される事を主にした人達です。そうゆう人達も必要ですが、今必要なのはこの街を共に発展させていけるような人材です。自分の考えを持って、意見を言え、動ける人材です」

「そうだな……。そうゆう人材は必要だ」


カルロスは、何度も頷く。

その向かいでは、マリアンが我関せずで美味しく食事をとっていた。サウロは、カルロスの後ろで必死にあくびを堪えている。


お腹も空いてきたし、ちょっとペースを上げて話をするか。


「内緒にしてましたが、スラムに行った時いくつも転がった死体を見ましたよ。誰も埋葬しないから、干からびてハエがたかっていました。今回発覚しましたが、孤児院の管理も酷いもいいとこです。放置じゃないですか。その全ての原因は人手不足です!」

「し、死体!?シルビア……まだ幼いのに、そんなものを……」

「ショックを受けましたが、それはもういいんです!問題は統制局を責めても始まらないという事です!スラムの管理をしようにも、孤児院の改善をしようにも、誰が、どうやって、何をするか!」


シルビアはテーブルにバンと手をついて立ち上がった。


「結論は出てます!すべては人が考え管理をします!つまりは優れた人材の確保です!」

「シ、シルビア、落ち着いて」

「でもどこにその人材がいますか!?いないならつくれば、育てればいいんです!」


シルビアはもう一度テーブルをバンと叩いた。

同時にお腹も最高潮に達し、ぐ〜と大きな音で鳴った。


プッとサウロが吹き出す。


「シルビア、とりあえず座って食べよう」


カルロスは優しく笑いかけた。

シルビアは赤くなりながら、ストンと素直に着席する。

ここでお腹が鳴るとは………。


シルビアはグラスに入った飲み物を一気に飲んでから、大きく息をはいた。

こうゆう事は間を置かず一気にキリがいいとこまで話してしまいたい。


カルロスを見ると、まだ続くか、というように身構えた。


「まずは、私は私で自分の出来る事から始めていこうと思います。孤児院の改革は領地のことなので父上の力を借りなければいけませんが、整い次第、スラムへの炊き出しや配給を進めていき当座の人命救済としていきます」

「分かった。金が不当に使われていたからな。そこは統制局と話し合っていくよ」

「お願いします。それと同時に孤児院やスラム、領民でも学べない者達の為に教育者を派遣したり、学べる場所を提供していきます。求職の教育者ですので費用は多少安めに、父上が毎月くださっているドレス用のお小遣いで足りると試算しました」

「そうか………。そうだな、シルビアのやってみたいようにやるといい。何事も経験だ。でも、お小遣いだけで本当に足りるのか?あれは好きな物を買う用だから、別にお金を出そうか?」


カルロスは心配そうだ。

だけれど、金の価値は分かってない。金を出せばいい問題じゃない。


「父上、その全てドレス一着分にも満たないんですよ。後で試算した紙をお持ちします。お小遣いは十分残っていますから追加はいりません」

「そ、そうか」

「父上、公爵家には確かにお金が沢山あります。他の領地での孤児院は税でまかなわれてましたが、うちは父上の計らいで公爵家から他の四、五倍もの給付金が払われています」

「俺の領土の子供達に不自由はさせたくないからな」


その言葉にシルビアはふっと笑う。

横領され、物凄く不自由な生活過ごしてたけどね。


「うっ………そ、そうだったな。不当に使われてたんだったな」


カルロスはよほど焦ったのか、額の汗を拭った。

その後ろで、サウロがクククと声にならない笑いを噛み殺していた。


「王太子達と王都に行った時に、孤児院の子達がそこで作ったクッキーやパンなどを街で売ってたんですよ。資金稼ぎですよね。何回も視察に行ってるのに、うちじゃ見た事ないなと思いました」


シルビアはチラリとカルロスを見る。

ビクッとし、カルロスは視線を彷徨わせた。


「お金はね、生きたお金じゃなきゃ意味がないんですよ。ただ多く出せば、いいってものじゃない。使い道を決めて適切な金額であればいいんです。残ったお金は、元からご褒美にあげるつもりだったんですか?」

「面目ない……」

「多ければ余るに決まってるじゃないですか。適切な金額を知らないで、出せばいいとするのは間違いですよ。しかも、ほとんど懐に入れられちゃって」

「うう………言葉もない。シルビアの言う通りだ」

「今後、孤児院での給付金の見直しをお願いします。それとは別に建物の改装も必要ですね。ボロッボロでしたから」

「了解した。それはずぐに取り掛かろう」


カルロスは、難しい顔でうんうんと何度も頷いた。

その様子に、堪らず、ぶぶぶっとサウロが吹き出す。

これには、さすがにムッとしてカルロスは振り返った。


「サウロ………?」

「いや………。お嬢様にしてやられる旦那様、最高です。いい。とてもいい」

「何だと?」

「頑張りましょう、旦那様」


サウロは温かい目でカルロスを見つめ、満面の笑みを浮かべた。


「どうやら、元気が有り余って訓練してほしいようだな」

「ひえっ、冗談ですってば。お話しもそろそろ終わりますよね。って事でもう帰ってもいいですか?俺ももうお腹限界で。目の前にご馳走ならべられて拷問かっつーの」

「なら食事の後、訓練だな」

「え〜、冗談ですよね?えっ本当に?」


まさか、というように急にサウロは狼狽えた。

そして救いを求めるようにシルビアを見た。


「ちょっとお嬢様、明日も俺をこき使うご予定ですよね!?今日も朝から晩まで働かされて、訓練なんかしたら寝込んじゃいますよ!俺の心折れちゃいますよ!」


必死だな、おい。

まあ、働きたくないと言いながらも頑張ってるし、明日は明日でこき使う予定だし、仕方ない。助けてやるか。


「父上、さすがにサウロも疲れていると思うので今日は休ませてあげて下さい。明日使いものにならなかったら困ります」

「分かってる。からかっただけだ」


顔は真顔で本気だったけど、あれでからかってたのか。

読めない男だ。


カルロスはホッとした顔のサウロを見た。


「サウロ、夏に王都で開かれる剣術大会に参加しろ」

「ええ!?………い、嫌なんですけど。何でいきなり?旦那様ってもしかして俺をいじめるのが趣味なんですか?」

「お前はシルビアの師匠だろう。出身の事であれこれ言う者もいるから箔をつけた方がいいんじゃないかと思ってな」

「ああ、そうゆう……。でも俺何言われても気にしないたちなので大丈夫です。炎天下でそんな大会出させられる方が、もうストレスで胃に穴空きそうです。繊細なんですから」

「分かった。申し込んでおく」


まるで聞きもしないカルロスにサウロは無言になった。

そして、当てつけのように不満たっぷりの長い長いため息をついた。


そういえば、変だな。

シルビアは一人食事を楽しんでいるマリアンを見た。

使用人とかでも、教育のなってない者にはピシャリと言うのに、この無礼なサウロを咎めないなんて。


「母上、あの……サウロに何も言わないんですか?」


そういえば、この組み合わせは初めて見るな。接点がないから、母上とサウロは会った事もないかも。


「そうねぇ………数年ぶりに会ったら人になってたから驚いたわ」


マリアンは横目でサウロを見ると、クスリと笑った。

はい?それ、どうゆう意味?


「シルビアちゃんは小さかったから覚えてないでしょうけど、カルロスが小汚いボロボロの子を連れて来たあの時の衝撃ったら……」


思い出しながらマリアンは眉をしかめ頭を押さえた。


「汚くて、ボサボサの髪の間から見える目がギラギラしてて、今にも襲いかかってきそうで怖かったわ。何人かに取り押さえられてたんだけど、隙をついて逃げた時、この子壁走ったのよ。も〜どこでこんな獣拾ってきたの?って思っちゃった」


サウロって………昔そんなだったんだ。

チラッとサウロを見るとニコニコと笑っている。


「ありましたねぇ、そんな事。奥様の汚ないゴミを見るような顔覚えてます」

「あなたちゃんと人の言葉話せたのね。あの時はふーふー獣みたいに唸ってたから喋れない子だと思ってたわ」


ふふっと笑い、マリアンはワインのグラスを口に運ぶ。

一口ワインを飲むと、遊ぶようにグラスをくるくる回しながらポツリとマリアンは言った。


「数年経てば、それなりに見れるようになるのね。カルロスが決めた事だから私は何も言わないけれど、シルビアちゃんに何かあったら許さないわよ」


サウロの方を見もせずに、マリアンはまたグラスを口に運ぶ。

陽気なお母さんと思ってたけど、マリアン怖っっ。

これ、女性特有の陰湿なやつ?


「はい、肝に銘じます。奥様は数年ぶりでも全くお変わりないですね〜」


ニコニコと笑いながらサウロは言った。

でもその目が全然笑っていない。

不穏な空気だ。


シルビアは救いを求めるようにカルロスを見た。

カルロスは一つ咳払いをすると、サウロを見る。


「シルビアの話も聞いたし、もう戻っていいぞ」

「本当ですか?やった〜。じゃあ、明日も早いんで早速失礼させて頂きます」


サウロはさっと素早い動きで扉の前まで行くと、思い出したかのように振り返って一礼し、すぐに扉の向こうへと消えていった。

よっぽど早く帰りたかったんだろう。


サウロが去った後、カルロスは無言のマリアンを気まずそうに見た。


「マリアン、態度はあれだが表裏のない性格で信用はできるんだ。剣術の才能は俺でも目を見張る程の………」


そんなカルロスの言葉を遮るようにマリアンは言葉を重ねた。


「興味ないわ。カルロスが信用してるならそれでいいの。私はあなたの事は信じてるから」


マリアンはワインを飲み干し、メイドに新しいものを持ってくるように言った。


「二人も早く食べたら?難しい話ばかりしてたら美味しい食事も楽しめないわよ」


マリアンは、すでに食べ終わってしまっている。

カルロスとシルビアは顔を見合わせた。


「そ、そうだな。シルビアの話に夢中になってしまってたな」

「私も、もうずっとお腹鳴ってます」


まずは腹ごしらえだ。

シルビアは切っておいたステーキをパクパクと食べる。

そんなシルビアを微笑みながらマリアンは見つめた。


「何だか大人みたいな話をするけど、こうして美味しそうに夢中で食べてる姿はやっぱり子供ね。マナーはなってないけど」


マリアンの言葉に思わず喉を詰まらせそうになり、シルビアは慌ててグラスを取り水を流し込んだ。


お腹空きすぎてるんで、今日だけはマナー勘弁してください。

チビチビ優雅に食べてられない程飢えてるんです。


「本当にシルビアは凄いな。先程は、スラムの救済を考えるなんて言ったけど、金を出して炊き出しや配給を定期的に行う体制を作る程度の事しか考えてなかったよ。情け無いな」


カルロスは肩を落とし、ため息をついた。


まあ仕方ないだろう。

カルロスはスラムなんかに構ってられない程忙しいのだから。


領主であると同時に、実業家であり最大の雇用主でもある。

港の権利を持ち、領には何社か船を持つ貿易の会社のようなのがあるが、カルロスのとこが一番大きく七割は占めている。

他にも高級ホテルみたいなのをいくつも経営し、輸入品を扱う店舗も多数持っている。


他にも公爵家は、北西に宝石の採れる鉱山と、そのもっと西に魔鉱石の鉱山を保有し、それぞれ街も出来ている。

中でも宝石の鉱山のある街は、今や貴族の高級別荘地となり地価もとんでもなくはねあがっている。職人やデザイナーも多くおり、貴族の奥様方が原石から選び、カットやデザインも話しあいながらの完全オーダーメイドが大人気だそうである。


これには母、マリアンが大きく関わっているのだ。マリアンはただの宝石狂いではなかった。

宝石に関して一流の目と知識を持ち、先見の明もあり無名な宝石のデザイナーに投資をしたり、職人の待遇改善や雇用の拡大に尽力した結果、宝石がより輝くカット法が出来上がったり、優れたデザイナーが育ったり、王国内でもこの新しいカット法の斬新なデザインの宝石は大人気だ。

宝石の店舗は、サウロードにも何店舗か出店しており、近年は国外からの人気も高く輸出される程だ。

カルロスは宝石にはまるで興味がないので、鉱山から街の管理、それらにまつわる経営は全てマリアンに任せている。


魔鉱石は、魔法のあるこの世界では無くてはならないものなので、高額で取り引きされるし、公爵家の収入はもう半端ない。

公爵領最大の税を納めているのも公爵家だ。


「いえ、父上は本当に多忙ですから全てを管理するのは難しいですよ。気づいた事から円滑に回るよう改善していけばいいと思います。私の意見を聞いてくれてありがとうございました」


かっこいいし、強いし、欲に目も眩まない。いい父上であり、領主だと思うよ。


「シルビア……」

「円滑にいくよう、これからは人を育てていきましょうね」


義務教育なんて当たり前のように思っていたけど、そうじゃない世界を見ると凄い事のように思った。

道端に座りこんでいたスラムの子供達は、喋れるけれど、言葉も書けず、自分に何が出来るのか、何をすればいいのか、ただ生きたいと願うだけでそれ以外は知らない。

教育は力だ。知識を持てば人は変わる。何が出来て何が出来ない事かもわかってきて、ようやく考えて動くことが出来るようになる。


僕はその世界を知っているけれど、ここの世界の人達は知らない。

この領地で上手くいって、更に大きく成長した街や人々を見て、王国の人達も気づくといいな。

ここは最初のモデルケースだ。


「父上、先程は基礎的な勉強を皆にと言いましたが、あれには続きがあって、各先生方にその中でも可能性のありそうな子を見つけてもらい、個人援助をして学園やそれに相応しい環境で更に育てたいと思ってます」


皆の学力を高め、更に優れた人材をも見つけ、その能力を伸ばしてあければ、後々公爵領にとっても有益となるはずだ。


「その費用もお小遣いからなのか?」

「そうですね、当面は………。いずれは、それ用の組織を立ち上げてほしいな〜と思うんですけど。税で賄うのは難しいかもしれないので、これこそ公爵家の寄附でどうでしょう、父上?」

「そうだな、投資に近いから個人に税を使うと反発が起きそうだな。優秀な者に学費の援助か……」

「返済の義務は無しとして、その後十年は公爵領以外での勤務は禁止など条件をつけてはどうでしょう?せっかく育てたのに他に取られたらズルいですからね」

「それはいいかもな。優秀な人材は、金を積んでも欲しいくらいだ」


カルロスは力強く頷いた。

これは脈ありだぞ。


「管理組織では、優秀とされた者の可能性が本当にあるのか審査してもらい、返済なしの一軍、投資するぼとでないと判断された二軍に評価し、二軍でも将来分割で返済するという条件で投資するのはどうでしょう?」


元の世界では特待生や奨学金などあったが、この世界では聞いた事もないので画期的だろう。


「もし二軍でも才能を発揮してきたら途中で一軍に変更してもいいですし。少しでも人材の可能性を潰さないでいいでしよう?」


そう言ったシルビアを感嘆の表情でカルロスは見た。


「シルビアはいろいろ思いつくなぁ………。頭がいいだけじゃない、あらゆる角度から物事を捉えられる本当の天才じゃないか」


いやぁ、褒めすぎでしょう、それは。

ただ、元の世界で知ってたことを、こちらでも提案しただけだし。


「他にも剣術や美術など、やりたい人だけの学び舎も数点作ろうかなと考えてます。いろんな事を経験させてあげたいので」


ニコニコとそう言った時だった。


「それよ!!」


それまで無関心だったマリアンが突然立ち上がる。

カルロスもシルビアも唖然としてマリアンを見た。


「才能を持った人が現れるのを待つ必要はないわ!こちらから見つければいいのよ!」


え?一体何の話?

学び舎の話してたんだよね、今更興味出てきたの?


「まだ世に出ていない、稀代の才能の画家や、宝石デザイナー、そうね、ドレスの才能ある子も欲しいわね」


いよいよ何の話?

ポカンとする二人をよそに、マリアンはニッコリと笑った。


「シルビアちゃん、勉強だけでなく、美術や芸術に関してや、裁縫も習わしてちょうだい」

「へ?は、母上何を言ってるんですか?」

「そうだわ。私は楽団を持ちたいと思ってたのよ。音楽も習わしてちょうだい」

「母上?今回のことは救済目的で……」

「勉強ばっかやっていて自分の本当の才能に気づかないまま終わってしまったらどうするの!?稀代の才能が失われてしまうのよ!」


はい?ちょっと……、本気で何言ってんの!?

目的違うだろ!母上の娯楽の為にやるんじゃないっての!


「思いつかなかったわ。まさか多くの領民に教育を施してその中から秀でた才能を選別するだなんて………。この方法なら稀有の才能を見つけて育ててあげられるわ」

「あの母上!遊びじゃないんです、母上の為にやる訳でもないですし!」

「分かってるわよ。私だって本気よ。別にいいじゃない、勉強だってさせるなら、ついでに他の事もさせたって。困る事はないでしょ?」

「うーん。そうですけど………」

「そっち方面の費用なら私が出すわ。教育者を安くみたいな事を言ってたけど、芸術は勉強と違って出来た出来ないの世界じゃないから、才能を見抜く感性が必要なのよ。そこらの職にあぶれたような芸術家にそれがあると思う?」

「えー………」


あーもう面倒臭いな。


「それなりの芸術家でないと才能は見抜けないわ。だから、私が選んだ教育者を連れてくるわ」


もう何を言っても引かないだろう。この母は。

シルビアは、何か言ってくれというようにカルロスを見た。


「どうせやるなら、いろいろ学べていいんじゃないか。裁縫はどうかと思うけど」


そうだ、この父はマリアンの味方だった。


「あら、やらせてみたら興味を持つ子も多いと思うわよ」

「でも、男の子には必要ないだろう。剣術の方が楽しいだろうし」

「男性は女性とは違った感性があるから、将来的に斬新なドレスのデザイナーになるかもしれないのよ。まずはやらせてみないと可能性にも気づかないわ。剣術なんてそこら辺で棒でも振り回させとけばいいじゃない」


酷い言いようだ。

マリアンの為の養成所みたいになってきてるな。


「期限を設けたらどうですか?一年か二年もしたら、その後も続けていきたいかも分かるでしょう。音楽とかも同じようにして、希望者だけ続けてもいいと思います」


下手に逆らうとやりにくくなりそうなんで、懐柔しながら上手くやってくしかない。

それに、いろいろ経験させるのは確かにいい事だと思うし、一つの事業として僕の手を離れた後々の事を考えると、マリアンを巻き込んでおいた方が話が早いだろう。


「え〜でも……」

「まだ始まってもないんですよ。スラムの子達が受け入れるかも分からないし、とにかくやってみてから考えていきましょう。その上で何年かかけて、公爵家として慈善組織みたいの立ち上げていきましょうよ」


ちゃっかり進めてく前提で話してみたしりて。

チラリとカルロスを見た。

すると、カルロスはいいぞというように頷いた。


「まずはシルビアの思うようにやってみなさい。それを踏まえて今後の事を決めていこうか。父様の秘書を二人貸すぞ。さすがにサウロ達にやらせるのも酷だしな」

「ありがとうございます!」


やった!これで動きやすくなるぞ!

頑張ってくれても騎士達だから、人の手配とか仮設の建物の事など進めていくには困難が予想されたが、父上の秘書なら有能でそうゆうのは得意だろう。

サウロも下働きしないで済むと、大喜びするはずだ。



大変なのはこれからだろうけど、一歩前進出来たことが純粋に嬉しい。これも公爵家のシルビアだったから出来た事だ。


もう少し、この体制が形になるまでは見ていたいな。

目覚めたいのは本心だけど、ここまできたならもう少しだけ……そう思うのも本心だ。

だいぶ感情移入してきてるな、僕も。

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