孤児院へ行く②
「……まずかったな。夜にこっそりやれば良かった。こんなとこ見せるべきじゃなかった」
「いえ、大丈夫だと思いますよ。皆んな嫌ってたんで。出ていく姿を見せた方が安心すると思います」
連れていかれる女達の姿を見ながらマボナは言った。
歳の割に大人びてる少年だ。
この環境がそうさせたのか、もとからなのか………。
でも、彼なら迷いなく選ぶんじゃないかと思っていた。あの隠れた笑みを見た時から。
「ふふふっ、いいね、君」
シルビアはニンマリと笑いマボナを見る。
マボナはビクッとした。
「お嬢様また何か企んでるでしょう〜。あっ、この人変わってるけど悪人じゃないから、そこは安心して」
サウロはマボナの背をポンポンと叩いた。
「喋り方も男の子っぽいし、自分の事僕っていう僕っ娘流行らせようしてるんだって。変わってるでしょ?」
クククッとサウロは堪えながら笑う。
「流行るわけないのにね〜」
それに対して、どう返答していいか分からずマボナは戸惑い顔だ。
「おい、不満が溜まってるようだな。帰ったら父上に特別訓練つけてもらうか?」
シルビアの言葉にサウロが固まった。
「じょ、冗談ですって。マボナ君の緊張をほぐしてあげようとお嬢様について教えてあげただけじゃないですか〜」
「随分な悪意があったけどな」
「悪意なんてそんな〜。真実ですよ〜」
「うん、やっぱり特別訓練だな」
「えー!旦那様のあれは、もはやしごきの域を越えてイジメですよ!」
「愛の鞭だ」
「うぇ〜、そんな愛いりませんよ」
「ちょっと二人共!」
間にロウが入ってきた。
「そんな事言いあってる場合ですか?帰り遅くなると旦那様に叱られるんですから、早く進めてくださいよ」
こっちもこっちで、皆んな父上の事を恐れている。
父上は爵位を継ぐために、騎士を辞めたものの、毎日の訓練はかかさず、それはもうとてもストイックに取り組んでいる。
騎士団の団長にも訓練等あれこれ注文をつけては、皆を苦しめているのだ。本人ストイック過ぎてその自覚はないだろうが。
自分がやってるんだから、皆できるだろう的な厄介者である。
「あー……そうだったね。父上すぐ心配しちゃうから」
公爵邸まで帰る時間を考えると、急いで話を進めないといけない。
「とりあえず、皆んな座ろう」
サウロとロウ、それに残った女達へ座るよう促した。
「あの、俺も外に出てますね」
「待って!いていいから、むしろ聞いててくれ!」
出ていこうとしたマボナを引き留め、座るよう椅子を示した。
「じゃあ、スパスパ進めるからついてきてくれよ。今日ここには依頼の為に来たんだけど、それどころじゃない現状に戸惑っている。けど、今すぐじゃないけど実現させるから心づもりとして聞いておいてくれ」
サウロとロウには話してあるから内容を知ってるが、他は何を言われるか不安顔だ。
「依頼は、子供を含めた孤児院のメンバーで、毎週スラムへの炊き出しと配給を行ってほしいというものだ」
だが、それに対する反応はもちろんない。
皆、ポカンとしていた。
「他の孤児院と合同でもいいんじゃないかと考えている。食材やそれにかかる費用はこちらで出す。人件費も、そんな多くないけど子供達にも出すから将来への蓄えにしとけば、ここを出ていってもすぐには困らないんじゃないかな」
さあ、反応はまるでないけどスパスパ行くぞ。
「この街は大きく四つの区画に分かれているけど、スラムもそれに合わせて四つあるんだ。それが結構な人がいるんだよね。いくつかの孤児院で合同し、分担してその四つのスラムで炊き出し、配給をしていこうと思ってる」
ここまで話したが、誰も質問も何も言ってこない。
さらに続けようとしたところ、サウロが口を挟んできた。
「お嬢様突っ走りすぎ」
サウロはマボナと女達を見た。
「やりたい事ばかりあって、うちのお嬢様がごめんなさいね〜。まずはここの運営を軌道に乗せないと。それからですよね〜」
「そんなの分かってるよ!それを解決してからの目標の話!先にやりたい事言っておいた方がいいと思って!」
シルビアはムッとしながらサウロを睨む。
サウロめ、僕と同じ歳のくせに小さい子扱いして〜。
「事の始まりは、先々週にお嬢様がスラム視察に行き、現実を目の当たりにしてからです。このスラム行きも、危険がないように俺が下見に行ってプランを立てて、護衛隊以外の遠距離射程の者まで配置したんですよ。も〜どんだけ働かされてるか」
喋るとサウロは愚痴ばかりだ。口癖も働きたくない、だし。
「おまけに酷い現状に、何かしたいとパン屋から二軒分全品買ってこさせて、それをパン屋と俺達に配らせる始末」
「僕も配っただろ」
「も〜予定外もいいとこ。お嬢様一人の命じゃないんですからね。お嬢様に何かあったら俺らなんて全員死罪で、逃げたって絶対旦那様地の果てまで追ってくるだろうし」
「今その話は関係ないだろ」
「そうですね。まぁ、そのようにうちのお嬢様は行動力が非常におありなので、思い立ったらもう早い早い。スラムをどうにかしようと考えた策が、孤児院を巻き込んだ救済って訳ですよ」
サウロはやれやれといったように肩をすくめて見せる。
シルビアは、そんなサウロをドンとどついた。
「けど、結果として孤児院での惨状を知る事ができた。問題は一つ一つ解決していけばいいだけの話さ」
シルビアはニコニコと笑いマボナを見る。
「今後、各孤児院に読み書きや計算を教えてくれる教師や、剣術の先生も派遣する予定だ。楽しみだろう?」
基礎程度を教えられる先生なら、あぶれているから雇用にも繋がるし、費用はそう高くない。
「孤児院だけでなく、スラムや街でも基礎勉学を学べない子の為に学び舎的なものを設置する予定なんだよ」
「あ、あの………夢みたいな素晴らしいことと思いますが、その……資金は大丈夫でしょうか?税がそのようなことに使われるのに、反対も起こりませんか?街の子達ならまだしも、孤児院やスラムの子は親がいないので税を支払っておりません」
マボナはおずおずと言った。
「大丈夫。お小遣いから払うから」
「…………はい?えっ………お小遣い?」
「事業としてやると統制局とかあちこち話通して、決済もらったり時間と労力かかって結果ダメなんてなあり得るし。幸いやりたい事をやる財力があるから、自分でやっちゃえと思ってさ」
「でも………お小遣いって………。まだ幼いですので、一度専門の方に試算してもらった方が………」
マボナは心配そうに言った。
すると、ロウが口を出してきた。
「大丈夫だよ、お嬢様のお小遣いは君が思うより遥かに凄いから。思いつきのお嬢様だけど、スラムへの炊き出し、配給、経費から、教育者への費用諸々の試算もちゃんとしてたよ、ご自分で」
そこへサウロも混じってくる。
「本当、行動力だけはあるから。ただ俺らに話されたところで、俺らは護衛なんだけどね…………。もう護衛としての仕事の域を越えすぎてる」
サウロは、大きく息をついた。
「だって、僕が使えるのはお前らしかいないから」
本当なら、僕専属の執事がいて、いろいろ手伝ってくれると助かるのだけれど、まだ幼いからと父上がつけてくれないのだ。
と、いうか警戒されてる?相談してから、行動してくれとも言われているし。
「大迷惑ですけどね、それ」
サウロは同意を求めるようにロウを見る。
それにはロウも無言で頷いた。
「ともかく!費用の心配はないから!すべてを余裕もって試算しても、なんとドレス一着分にも見たなかった!」
悲しい事にそれが現実なのだ。
沢山の食事をスラムに配っても、教育の為の先生を数十人雇っても、その他もろもろ含めたって、彼らの生活は貴族のドレスにすら勝てないのだ。
「あ〜!次生まれてくるなら、お嬢様になりたい!遊んで暮らしたい!」
心底羨ましそうにサウロが叫ぶ。
「次の人生に期待しな。何でも出来てしまうこの財力と権力が羨ましかろう?」
前の世界では、貧困に困ってる人達がいたって、どこか遠い話だったし、自分の生活をおくるしか余裕はなかった。
それが、この世界では面白いくらいに何だって出来てしまう。
馬鹿みたいな無茶も、横暴さも、思いつきで何をしたって許されてしまう。
権力があるって最高と思ったが、立場が違えば最悪だったな。
平等でない世界。本当に夢で良かった……。
「今話したのは今後の計画だから、落ち着いたらまた話し合おう。まずは今日をしのぐ事!すぐに人員の募集をかけるよう手配かけるけど、お世話とか人足りる?メイド派遣しようか?」
シルビアは女達を見た。
残ったのは七名。どれもオバさんで若いのはいない。
「今ここにいる子供達の食事やお世話は私達がしていたので問題ないと思います」
「そうなんだ。なら良かった」
じゃあ、出ていった女どもは今まで何やってたんだ?
「ですが………私達は学もないので、簡単な読み書き程度で難しい事は分かりません。子供達のお世話や生活に関わる事は問題ありませんが、お嬢様のおっしゃる未来は私達にはどうしていいかも分かりません」
一人が言うと、女達は不安そうに互いの顔を見合わせた。
こういった従順な者達を集めたから、あの女達は好き勝手できたのだろう。
「でも指示をしてくれればその通りにはできます!ここを追い出されたら私達には行き場もありませんので、どうかここに置いてください!」
発言した女が頭を下げると、他の女達も一斉に頭を下げた。
「えーっと……そんな事で辞めさせたりなんかしないよ。いきなりいろいろ言いすぎちゃったかな。ゆっくり現状みながら順序立てていくから大丈夫だよ。あくまで心構えとして言ったまでだよ。ほら、顔上げて」
シルビアは慌てて女達に頭を上げさせるよう促した。
それでも女達は不安そうだ。
「あの……こんな事を言うのも何ですが、新しい管理者が来るまではマボナも一緒に話してもらえませんか?私達と違って、とても頭のいい子なんです。元は商人の息子だったとか。読み書き、計算もひと通り出来るそうです」
「そうなの?」
シルビアはマボナを見る。
「はい。昔は裕福な環境だったので、基礎的な事でしたらひと通りは出来ます」
「そうか。それなのに何で孤児院へ?」
あっ、これって聞いちゃいけない質問だったかも。
「親が共同経営を持ちかけられ、夢をもってこの街サブロードに来たのですが騙されてお金を奪われたうえ、借金が残りました。そして両親は俺を残して首を吊りました。10歳の時です」
やっぱり聞いちゃいけなかったか…………。
重いな。発言しづらい。
「マボナはここに来た時、すぐに奥様に給付金について聞いていました。そうしたら、雪の中一晩中外に追い出されて……」
女は涙ながらにマボナを見る。
「庭の倉庫で朝見つかった時には、ガタガタと震えて凍傷になりかけてました。何日も高熱が出て、熱が下がった頃には奥様にはもう逆らわなくなりました。あの時、何も出来なくて本当にごめんなさい………。お嬢様が未来を下さると言うのなら、あなたに幸せになってほしい」
女はボロボロと泣き、手で顔を覆った。
重い……。また辛い過去が出てきたな。
でも、本当シルビアで良かった。平民だったら、大変だったな。
「もう気にしてないよ、俺は大丈夫。この先もずっと俺はこんな感じで生きていくしかなくて、未来にも希望なんてないと思ってけど…………」
マボナはシルビアを見る。
「俺は…………少し……期待してもいいですか?」
期待と不安が入り混じったマボナの顔。
そんなマボナをただ茫然と見つめた。
どこかで聞いたセリフだ。
やっぱりここは僕の夢なのかもしれない。マボナは夢の中の僕なのかもしれない。
「お嬢様?」
反応のないシルビアをサウロが覗きこむ。
「あっ……。そ、そうだね。期待していいよ!人は何度だってやり直せる!まだ若いんだし、人生はこれからだよ!」
そうだよ、これからだ。終わりなんかじゃない。終わってなんかない。
「さあ、僕もこうしてはいられないな。やる事いっぱいだ。今日はとりあえず帰るけど、あのオバさん達が戻ってくるかもしれないから数名騎士達を置いてくよ」
その言葉に、ギョッとしてサウロが見てきた。
「人員の募集の手配もしないと。う〜ん、父上に相談するしかないか。僕は来れないかもしれないけど、連絡は定期的にするから窓口はマボナでよろしくね」
シルビアはニッコリと笑い、マボナの手を取るとギュッと握った。
「あ、あの………」
マボナは真っ赤になる。
しまった。女性がこうするのは、はしたないんだっけ。
「連絡はたぶん俺か、ロウさんが行かされるからよろしくな。俺ら護衛なんだけどおかしいな〜」
サウロはシルビアの手をマボナの手から離し、代わりにマボナと握手をした。
「お嬢様、そろそろ帰りましょう。旦那様には話された方がいいと思いますよ。事が大きいので」
ロウは少し心配そうに言った。
きっと今父上の顔を思い浮かべてるに違いない。
「あーあ、残してくのは三人でいいかな。あいつらもまさか置いてかれるとは思ってないだろうな……。よし、どんな反応するかさっそく見てきてやろう」
ウキウキしながらサウロは行こうとしたが、ふと足を止め女達を見た。
「夕飯ここの子達と同じでいいんで、残してく奴らに食べさせてもらっていいですか?くれぐれも豪華にしないで!あと、徹夜で警備させるんで寝床は必要ありません」
次にサウロはロウを見た。
「ロウさん、俺あいつらに言ってくるんで後まかせます。仕方ないなぁ、お嬢様の命令だからなぁ、やっぱくじ引きかな〜」
ニヤニヤと楽しそうに笑い、サウロは足早に去っていった。
ロウはそんなサウロにハァとため息をつく。
「あいつ自分以外の不幸は大好きだからな。お嬢様すみません、俺の敎育不足で」
「いや、あいつの性格はもう治らないよ」
あれでも昔に比べたら、相当良くなったと誰もが言っている。
父上に見い出された、スラム出身のサウロ。今度ロウにそこら辺を掘り下げて聞いてみるか。
シルビアはマボナを見た。
「じゃあマボナ、明日にでも今後の意向をサウロかロウに伝えに来させるから、不安には思わないように」
それから、女達を見た。
「急な事で戸惑ってると思うけど、頑張ってる人を悪いようにはしないんでよろしくお願いします」
ペコっと頭を下げると、女達もマボナも驚愕の表情になった。
おっといけない。
うっかり日本人的習慣で頭を下げてしまったけど、貴族はやらないよね。
「お嬢様は本当お優しい方ですので!」
ロウがすかさず頭を上げさせる。
うむ。ナイスフォローだ。
「じゃ、じゃあ、そろそろ帰るから。お騒がせしました〜」
マボナと女達にニコッと笑うと、シルビアはロウを引っ張ってその部屋を出た。
すると、廊下にはわらわら子供達が出ていた。
「あの、見送りを……!」
マボナや、女達がそこにやって来る。
「ねぇ、奥様はどうしたの?皆んなどこか行くの?」
子供達は次から次へと質問してきた。
多いな、何人いるんだろ。
「お嬢様、時間押してます。旦那様が……」
「そうだな。よし、見送り結構!子供達に不安がないよう上手く説明しといてくれ!さぁ、馬車のあるとこまで走ってこう!」
シルビアはダッと走り出す。
やっぱり昼過ぎから出発じゃ遅かったな。
玄関の外では、サウロが大笑いして他の隊士をからかっていた。
外は日が沈み始めている。
「サウロ、帰るぞ!馬車まで走るけど、護衛フォーメーションすんの?」
「勿論!ちょっと失礼」
サウロはヒョイとシルビアを持ち上げると隊士の腕に、はい、と抱かせた。
「走って転ばれでもしたら、旦那様に怒られるんでこれでお願いします。そんでお前は頑張れ」
ニヤっと笑い、サウロは隊士の肩に手を置いた。
「三名を除いて、残りはお嬢様を囲め!そのまま走って出発する!夕飯まで帰れなかったら俺が怒られるから心して頑張るように!」
サウロの指示に、隊士達はシルビアを抱っこした隊士を取り囲む。
馬車はかなり街の外れの遠い所にあった。
行きは街の様子を見ながら、ぶらぶら歩いてたから気にならなかったが、ただ走って戻るとなると苦行だろう。
まぁ、僕は抱っこされてるからいいけど………。
きっとこの隊士は明日腕が筋肉痛だな。
仕事とはいえ、ちょっと申し訳ない。
「あ、そうだ」
最後にサウロは、残る三人を振り返った。
「今日は夜も冷えるみたいだな〜。朝から働かされてるのに、眠れないなんて、徹夜なんて可哀想に………。温かい布団の中でお前らの事思い出すから!じゃ、頑張れ!」
満面の笑顔を浮かべ、サウロは出発の指示をする。
い、嫌味だ…………。
ある意味人間味溢れるけど、器は非常に小さいな。
隊士達は鍛えている若者だけあって、皆息もきらさず安定した走りを見せた。
僕を抱く隊士も、ぐらついたりもせず、腕も力強くびくともしない。才能と努力の未来ある若者達。
そうゆうの嫌いじゃない。むしろ大好きだ。
頑張った分だけ報われる、ここがそんな世界でなかったとしても、僕がいる間は叶えてやりたい、そう思った。