これからの未来
そして、王宮を訪れる日が来た。
以前破棄された、ロイエン王家とアルビシス公爵家との婚約を再び結ぶためだ。
おそらく陛下は、うっきうきで待っている事だろう。
けれど、きっと陛下の思うようにはならない。
今日はただの婚約提携記念日ではなく、これから先の未来の、全ての始まりの日になるのだから。
王宮を訪れると、案の定、国王陛下アーレントはすこぶるご機嫌で出迎えてくれた。
カルロスが不満タラタラだろうからと、私室にて人払いをし、1日でも愚痴につき合うぞと、スケジュールも空けていたらしい。
「それにしても、カルロス、お前酷い顔だな。眠れなかったのか?クマできてるぞ」
ははは、と笑ったアーレントを、無言でカルロスが睨む。
だが、そんな事すら気づかずに、陛下は僕を見て堪えきれないような笑顔を向けてきた。
「シルビア嬢、学園での事は大変だったな。まさか、伝統ある学び舎であのような事が起こっていたとは…………。俺の恩師も殺されていたんだ。事件を明るみに出してくれてありがとう」
「いえ、これ以上の被害を防ぐ事ができて良かったです」
「それはそうと、いつの間にうちの息子と恋仲に?婚約破棄してからか?この縁はもう終わったかと思ったのに。いや、責めている訳でなく、心から嬉しいのだが、再び心変わりでもされたらと思って、いろいろ聞いておこうと…………」
そんなアーレントの腕をエディスが掴む。
「父上、女性にあれこれと聞くのは失礼ですよ。それと、まずは席につきましょうよ」
息子にそう言われ、アーレントは書類の置かれたテーブルとソファの方をどうぞというように手で示した。
そして、この4名が座るなり、すぐにアーレントは身を乗り出しカルロスにちょっかいをかけた。
「カルロス、目もすわってるし様子も変だし、俺を殺しに来た訳じゃないよな?そんなに娘を奪われるのが嫌か?」
すると、カルロスは本当にアーレントを殺しそうな程の殺気のこもった瞳で睨みつけた。
「勘にさわる言い方をするな。俺は今気が立ってるんだ。お前でも許せないものがある」
「…………わ、悪かったよ。お前の何よりも大切な娘だもんな」
「分かってるなら黙ってろ。今日は主従でなく、身内としていつもの俺のまま話させてもらう。今日だけは許せ」
「分かった分かった。いっぱい暴言はいてくれ」
アーレントは笑みをうかべ、ソファの背もたれに深くよりかかった。
「まわりくどい言い方は嫌いだから、要点を単的に話していく。話を遮られるのも嫌いだから、まずは黙って聞いてろ」
カルロスはアーレントとエディスを見ながら言う。
そのいつになく固い表情に2人は無言で頷いた。
「シルビアと今後の事を話し合って決めた。いずれシルビアが王室に嫁いだら、俺の持つ全てを、魔鉱石の鉱山も、宝石の発掘山も、貿易社、商団、その他の全てを王室に譲り渡す」
「えっ!?」
黙ってろと言われたが、思わず2人は驚愕の声をもらす。
「王国のものになるんじゃない。国とは別にロイエン家としての財産とし、確固たる地位を築けと言ってるんだ」
「お、お前…………それでいいのか?じゃあ、アルビシス家はどうなるんだ?」
アーレントが動揺を露わに、身を乗りだす。
「公爵家は俺の代で終わりにする」
「なっ…………!そんな、カルロス………」
「養子をとって存続させるくらいなら、全てをシルビアに譲り、シルビアが何者にも屈せず自由に生きていける方がいい。公爵家の名は絶えても、その血筋はロイエン王家として、ずっとずっと後世まで続いていくだろう」
「カルロス、本当にそれでいいのか?」
「時代は変わっていく。税収入に頼るような領地経営の貴族は廃れいくだろう。同じように王室の在り方も変わっていく。だが、それを変えられる力は王室にはない。だから、くれてやるんだよ、その力を。いずれ貴族や王室の制度がなくなって王室がただの象徴となっても、ロイエン王家が事業家として力を持っていられるように」
そうだよな、というふうに父が僕を見た。
僕の説得に耳を傾けてくれた柔軟な考えの出来る父。
一昨日の事だというのに、こんなにすんなりと受け入れてくれるとは思ってもみなかった。
一昨日話をしてから、父が慌しく動き始めたのでろくに話もできてなかったけど、いろいろ考えててくれてたんだ。
僕の考えは元の世界の、海外の王室の在り方のパクリなのに、それを今この段階で受け入れられる父上って凄い。
「お前らの為でも、この王国の為でもない。シルビアとその子供達、のちの子孫達の為に俺がしてやれる最善がこれだっただけだ」
自分で言っておきながら、カルロスは子供という言葉にショックを受けてうな垂れる。
「カルロス………ただ者じゃないと思ってたけど、お前凄すぎるよ。よくそんな決断できるな」
「まあ、黙って話を聞け。今のは題目のようなもので、これからどうするかの話をする。今のお前らに譲り渡したところで、仕事の内容も役割も分からず、言いなりになるのが関の山だ。それに、本家の王族業務との併用の体制も整っていない。よって、数年がかりで体制を整えていく。まずは、お前らをうちの全ての事業の役員にするから修行して内容を把握する事からだな」
「え……………?」
「え、じゃないだろう。タダで貰えると思ってんのか?シルビアも、俺の全てもくれてやるんだ。潰したら只じゃ済まないからな」
ギンと睨まれたアーレントは、戸惑いながら息子のエディスを見た。勿論、エディスも突然の事に、戸惑い顔だ。
「エディス…………どうする?」
「どうするも何も、僕らは経営に関して素人ですし、事業に関しても何も知らないので公爵の言う通りにやるしかないでしょう」
「お前は若いからいいけど、俺は今からじゃなあ……。国王としてやる事も多くあるし」
そんな2人の会話を打ち消すように、カルロスが分厚い書類の束をテーブルに叩きつけバァン!!と大きな音が室内に響いた。
「愚痴愚痴うっせぇな。死ぬ気でやれ。むしろ死ね。チッ、これがうちの事業のこれまでの収益などまとめたものだ。絶対他の奴らには見せるなよ。これから王族事業としてやってくから包み隠さず見せてやるんだ」
アーレントは書類の収支の面を見て目を丸くする。
「お、お前、これ凄すぎ!こんな一国並みの稼ぎがあるのか!?」
「1番は魔鉱石だな。せこせこ稼ぐのが馬鹿らしくなるくらい収益がある。まあ、その資料は後で見ろ。国王や王太子としての業務と併用してやってくからには人員はフルに使う。おい、ヨハンも呼んでこい」
「ヨハン!?お、おい、でも、ヨハンは体が弱くて………」
「ベットの上でだって判は押せる。それに寝たきりでもなく、動けてるじゃないか。ヨハンも事業の役員に組み込み、いずれ俺が引退したら公爵領の領主にしろ。あそこが事業の中心地だし、税収も1番多い。今後あの地は王族が継いでいく事にし、基盤を作っていけ」
「けど、ヨハンは……………」
「大丈夫だ、ヨハンにはサポートをつける。うちの事業で働いていて、聡明で人格者でヨハンのような夫でも立てられるような女性を俺が選別しておいた」
カルロスは新たな書面をアーレントへと渡す。
「この4名とお見合いをさせて、気に入ったのと結婚させろ。どれも歳上だが、ヨハンには丁度いいだろう」
「ちょ、ちょっと待て!結婚!?お前何勝手に決めてるんだ!?」
「だからこうやって伺ってやってんだろうが!まあ、結婚は今すぐでなく、この4人と会ってヨハンに選ばせてやればいいだろう」
「あああ、お前はー……………」
「ヨハンも俺のとこによこせよ。それなりに使いものにしてやらないとな」
そう言ったカルロスを見ながら、アーレントは頭を掻きむしった。
「あー、頭痛くなってきた。お前と話してると頭おかしくなる」
「それは良かったな。こっちはシルビアに提案されてから、ほぼ徹夜で考えたりまとめたりで、とっくにおかしくなってる」
そんな2人の父を横目で見ながら、エディスへと視線を移す。
エディスも僕を見て、少し困ったように笑った。
とんでもない事になったよな。提案したのは僕だけど、こんなにすぐに進展するとは思ってなかったから、僕だってビックリだ。
「とにかく今、全てを譲渡すると手に負えないだろうから、シルビアの子育てがひと段落する頃に譲渡するのが1番いい時期だと俺は考えてる」
言ってから、父上は子供………、と口にして顔色を変えた。
「………………あの小さかったシルビアが、結婚するだけでなく子供まで……………。まだ子供だと思ってたのに………」
父は顔を手で覆い、ガクッとうな垂れたまま黙ってしまった。
え?と皆思ったが、父の反応はまるでない。
徹夜続きで、フル活動で体も心も疲れてしまってるのかもしれない。
「あ、あの、父上、まだまだ先の話なんで。子供なんて、僕だってピンとこないし」
「俺だってそう思ってた。でも……………本当あっという間なんだ、産まれてから大きくなるまで、本当に。ずっと子供のままなら良かったのにな…………」
「父上……………」
「なんて、俺らしくもなくしんみりしたな。さあ、話を戻そうか」
顔を上げると、気持ちを切り替えたのか、いつもの父の顔に戻っていた。
無理してんのかな。そんな寂しがられると、まだ嫁ぐ訳じゃないのに僕まで寂しくなってきたよ。
「さっき言ったのが、これからのロイエン王家の未来の在り方だ。それに向けて今後各自の努力が必要になる。じゃあ、この話はこれでいいとして、次は親世代の俺らがなすべき事だが……」
チラッと見られたアーレントは身をこわばらせる。
「うわぁ、もうお前が何を言うか今から怖いよ」
「まずは第1に、王室にはびごる膿を全て出すぞ。追放できる情報や証拠はもう揃ってる。本来は恩を売りながら小出しにする予定だったが、その必要もなくなるからな。早急に後釜と対応を決めて実行に移すぞ」
「恩を売るって………、そうゆう奴だよお前は。じゃあ、それから取り掛かるか」
「あとは第2に、あと2、3年を目処に隣国であるブルガード王国と戦争を起こすぞ。それで属国とする」
「は?はあ!?カルロス、お前何言ってるのか分かってるのか!?」
アーレントは動揺し、立ち上がった。
僕も、エディスももはや唖然とするしかない。
突然、戦争と言いだすとは………………。
「分かってるさ。あの国は見逃すには目に余る。いつかは大きな戦いが起こるだろう。それがシルビアの代で起こるくらいなら、今俺らが片をつけるべきだ。ジジイになったら、さすがの俺も戦力にはならないだろうしな」
「だからって、戦争なんて……………」
「その弱腰が舐められるんだよ。この王国の方が全てにおいて優ってるのに、何度もしてやられる弱腰外交がな。国内が不安定だから?そういった国の姿はブルガード以外にも、他国においても軽んじられてる。これからの未来の為にも、憂いを消せ。何者にも負けない王国の姿を示せ」
「……………簡単に言うけど、かかる費用だって莫大なものだ。多くの人員だって必要となる」
「その費用もおおよそで算出してみた」
カルロスは新たに資料をドンとテーブルに置いた。
「………お前はやる気の熱量が半端ないな。徹夜で勝手に戦争のプラン立ててるなんて、もはや狂人だよ」
「ブルガード王国には、魔鉱石の鉱山がない。魔道砲や、魔道兵器を開発し、多用すれば人員もそこまで必要ないだろう」
「兵器に使う分の大きさの魔鉱石にいくらかかると思ってんだよ?戦争の為に税を上げるのも限度がある。王国の予算も現状そんなにないし」
「だから、戦争に使う魔鉱石は無償で提供するとここに提起してある。後でじっくり読め」
「本気か、カルロス……………。ああ、もう頭が痛い。お前が国の行く末を決めるなよ」
「将来的には、シルビアの国になるから口出すに決まってんだろうが。戦争になれば、サウロも呼び戻してやらないとな」
父は僕を見ながら、ふっと笑う。
「父上、サウロがどこにいるか知ってるんですか?」
「ブルガード王国に潜伏して内偵してる。髪を染めてるだけで、全く気づかれてないようだ、間抜け共め」
はっ、と笑ったカルロスにアーレントが詰め寄る。
「お前、やっぱ匿ってたな!辞めたから全く知らないとか、あれだけ言い逃れしといて!」
「あんな強力なカード俺が手放す訳ないだろ。それが役立つんだ、むしろ感謝しろ」
そう言うと、カルロスは疲れたように目元を押さえた。
「あーもう、今日は喜ばしい気分でいたのに、まさかこんな事になるなんてな……………」
「王国の未来は安泰だろ。お前は俺に一生頭が上がらないな」
カルロスは小さく息をつくと、ソファから立ち上がった。
「じゃあ、そうゆう訳で俺らは帰るぞ。これ以上は押し問答になるだろうから資料に目を通してから、家族会議でも開くんだな」
「お前、本当に言いたい事だけ言って帰るんだな。俺らをこんな混乱させるだけさせといて」
「混乱?そうゆうのは、お前ら家族で解決しろ。俺がいたって時間の無駄だ。帰って寝た方が有意義だ」
むしろ、もう帰って休みたいんだろう父上は。
寝ずに、資料を作ったり、いろいろと考えてくれたんだもんな。
差し出された父の手を取り、席を立つ。
確かに陛下やエディスも、それにヨハンを含め、これから話し合いをして覚悟を決める必要があるな。
僕を見るエディスの視線に気づき、笑みを浮かべる。
でも、これからはずっと一緒だな。歩んでいく未来にはいろいろあるだろうけれど、その隣にはエディスがいるんだよな。
エディスも僕へと微笑むと、隣りで父上の舌打ちが聞こえた。
「…………俺の勘は嫌になるくらい当たる。昔、どうして自分に力をかしてくれるんだと俺に聞いた事を覚えてるか?」
父にそう聞かれたエディスは静かに頷いた。
「貿易社の時の事ですよね。公爵は勘とおっしゃいました」
「…………お前のシルビアを見る恋情の瞳に、いつかこんな日がくるんじゃないかと、そんな予感がした。まさか本当になるとはな。あの時放っとくべきだった」
「シルビアの隣りに立てるよう僕を育ててくれようとしたんですね。それって、もう昔から僕を認めてくれてたって事ですか?」
「そんな訳ないだろうが!万一、万が一の為だ!」
それだけ言うと、父は僕の手を引っ張って、挨拶もなしに乱暴に扉を開け部屋を出ていった。
廊下を歩く、父は無言だ。
握られた手の平は、とても強く、そして熱かった。
その大きいはずの後ろ姿は、なんだか寂しそうで、少し小さく見えた。
「父上…………。僕のあんな有り得ない望みを叶えてくださってありがとうございます」
「俺とマリアンの子はシルビアだけだ。お前が自由にありのままで生きていけるよう、全てをシルビアにとマリアンも望んでいる」
振り返らずに言った父の言葉。
「……………大好きです、父上。母上も大好き。僕は2人の娘として産まれてきて本当に嬉しい」
「俺とマリアン2人の宝だよ、シルビアは。だから誰よりも幸せになれ」
背中ごしの言葉。でも、その思いはちゃんと伝わってきた。
何よりも僕を大切に思ってくれている。
躊躇いもなく、僕の為に全てを投げ出せる両親。僕は他の誰でもなく、シルビア・アルビシスとしてこの世界に生まれ変われて心から良かったと思うよ。
ありがとう、僕をここまで育ててくれて……………。




