囚われの2人
薄暗くてよく見えないけれど、ここは倉庫のような場所だ。
ボロい木の扉のあちこちからは光が漏れている。
あの向こう側は何だっけ………………?
ああ、ぼんやりする。
何でこんなに思考がまとまらないの?何かを考えようとしても、すぐボーッとしてしまう。
反対側に黒い影が横たわっている。
あれはティーエ君。数日前から私と一緒に捕らえられている。
「………ねぇ、起きてる?………話そうよ」
声をかけると、黒い影が僅かに動いた。
「………誰?んー…………………あっそうだ、カトリーヌさ〜ん」
うわっ、だいぶラリってるわ、コイツ。
原因は分かってる。食事の前に必ず食べさせられるチョコレートにきっと麻薬が入ってるんだ。その後にくれる食事も、パンと牛乳だけとお粗末なもんだけど。
嫌だけど、今はあいつらに従うしかない。今は生き残る方が先決なのだ。
私よりも、ティーエの方が麻薬の量が多いのかな。だいぶ症状が違う。まあ聖女だから、今後の利用価値も考えて慎重に中毒者にしようとしてるのかも。
「ティーエ君、私の事好き?………可愛いと思う?」
だいぶ正気じゃないので、平気でそんな事が聞けてしまう。
「あー…………カトリーヌさんはウサギなんだっけ。ねえ、いつから人間になったの?」
「はあ?話通じないわね」
仕方ない、浄化してやるか。
弱い力ながらも定期的に浄化してやってるので持ってるけど、あいつらティーエの事殺す気?
手足が縛られているので、芋虫のように這いながらティーエに近づいていく。
もっと訓練しておけば良かったと、今更だが何度も思ってしまう。
実践で力に目覚めて開花とか、物語のように上手くはいかないわね。こつこつトレーニングするしかなかったんだろうけど。
ティーエのもとまで来たが、頭がぼんやりして目を閉じる。
大丈夫よね………。助かるよね…………。
きっと、みんなが助けてくれる。シルビアは、あれから目覚めたんだろうか。目覚めなかったら今後どうなるんだろう…………。
「ねえ、あんたって美少女枠じゃなくて、一応攻略対象者なんだからね。分かってんの?」
そっと目を開くと、近いのでうっすらとティーエの輪郭が見えた。
目を閉じて寝ているように見える。
「………ハァ、呑気なものね。対象者としての魅力がないわ、ドジで弱くて、私の美少女としての立場も脅かすし…………。そんなあんたも、攻略対象なのよ」
話しかけてるのに、目を開ける気配すらない。
「あんた………実は最強なのよ。どうせ、分かってないんでしょーけど」
勿論返事はない。ただの私の独り言。
「あなたを選択したルートで、危機に陥った時その力に目覚めるのよ。古代王朝の王族の末裔なんでしょ。巫女が女王として君臨していた時代、その言葉は絶対だった。言霊よ、あんたのどんな言葉にもみんな平伏すわ。危機ってのはいつよ?今使わずにいつ使うの?ラリってる場合じゃないでしょ」
「……………それ本当?」
「ヒッ!」
いつの間に開いたのか、ティーエの瞳がじっと私を見ていた。
「え…………、正気じゃないんでしょ?分かってないわよね?」
「ぼんやりしてるけど………………、今は分かるよ」
う、嘘!?ゲームのあらすじ言っちゃったわよ!あ、でもこの際もうこれでいいのかしら?死んだらどうしよもないんだし。暴露も、有りっていうか……………。
考えている途中で、突如ティーエがケタケタと笑い出した。
「な、何?どうしたの?」
「なんか楽し〜。くくくっ、面白いね〜」
「何がよ?ねえ、さっき話したの覚えてる?」
「ん〜…………カトリーヌさんが僕を好きって言ってた事?」
「はあ!?どうしてそうなんのよ!?」
「参ったなあ……………」
勝手に参ってろ。こりゃ駄目だ。まともなのかラリってんのか分からない。
ちょっと浄化してやらないとね。
ごろっと一回転し、ティーエに完全に体を密着させる。
集中して浄化の力を使ってると、抵抗するようにティーエがもぞもぞと動きだした。
「困るよ、カトリーヌさん。こんな、こんな…………、いくら好きだからって僕を襲わないでよ」
はー?うわ〜、腹立つわー。ちゃんと浄化の力が使えたら一片で正気に戻してやるのに。
触れてないと、作用しないんだから動くんじゃないわよ。
「ちょ、ちょっとやめてよ〜、も〜変態」
「うるさい!じっとしてなさいよ!」
「あっ、やっ、変なとこ触んないでよ」
「密着してるだけでしょーが!」
そっちこそ変な声出してんじゃないわよ!
そんな時、光の漏れていた扉の鍵が開き、カラカラと音を立てて開いた。男が2人中を覗きこんでくる。
その顔には見覚えがあった。この学園の中年の教師だ。
「………何騒いでんだ?」
教師達は重なり合う私達を見てニヤリと笑った。
「男と女が一緒になればすぐこれだ。若いってのはいいねぇ」
うえ〜、最悪、このクソオヤジ共。こんな奴らが先生面をして、そんな事も知らず先生〜とか媚びを売ってた過去の自分が情けないわ。
「男って言っても、こんな可愛い顔してるとそこいらの女の子よりいいよな。子供はできないし、楽しむくらいいいだろ」
1人の教師がティーエの腕を掴む。
え?は?な、何言ってんの?
ずるずるとティーエは引きずられていくが、トロンとした顔をして抵抗すらしなかった。
ちょ、ちょっと待ってよ!この変態クソオヤジ!やだ!嘘、やめてよ!
「いいねぇ、たまには若い子からエネルギーをもらうのも」
もう1人の教師までそう言ってニヤニヤと笑う。
こいつら最低だ。もはや教師どころか人格者でもなく、ただの低俗のクソ野郎だ。
「ティーエ・ハイネス!!あんたこのままこいつらにいいようにされる気!?男でしょ!ちょっとは意地を見せなさいよ!」
顔を上げて叫ぶが、ティーエの反応はない。
私の浄化の力が弱いから、全然ティーエを戻せない!このままじゃ、ティーエが!!
ずるずるとティーエが引きずられていく。
開いた扉から差し込む明るい光。
その向こうには、無数の花が咲き乱れていた。
こんな時だけど、綺麗だと思った。一面の花畑。花という花が咲き乱れてどこまでもどこまでも広がっている。
「……………あんたの姉さんはね、ここに居るわよ!!殺されて、花畑の隅っこに埋められて、忘れ去られて帰る事も出来ずに1人ぼっちで冷たい土に埋まってるのよ!!」
ああ、こんなの暴露のオンパレードだわ。もう、どうにでもなればいい。
「連れて帰るんでしょ!!ならさっさと見つけてあげなさいよっ!!」
力の限りの声を出した。
これで届かなかったら、もうどうしようもない。
「姉……さん?………姉様?」
小さくティーエの声がした。
「そうよ、あんたの大好きなお姉さんよ!!」
反応した!
「お、おいっ、何で知ってるんだ?聖女ってそんな事まで分かるのか?」
動揺した声を出す教師を見ながら、愕然とする。
最近じゃない、こいつら何年も前から、お姉さんの頃からずっと関わってるんだ。こんな奴らが、ずっと平然な顔をして教職に携わって、学生の指導をしてきたなんて。
「姉様………………」
「そう!待ってるわよ、ティーエが見つけてくれるのを!!」
「姉様が……………待ってる」
少しだけ身を起こしたティーエの見えた横顔に、何故だかゾワリとした。正気ではない、目がいっちゃってる。でも先程までとは何かが違った。
ゾワリ。ゾワリ。空気が変わった気がした。
「…………姉様はどこにいる?」
そう言ったティーエの声が、拡声器でも使っているような、二重音声のようにブレたような声が頭に深く突き刺さる。
え……………?何これ?変……………。
すると、教師2人がティーエから手を離し、ゆっくりと歩き出した。
「解け……………解けーっ!」
ジタバタとティーエが暴れる。
まただ。このブレたような声が、脳裏に直接響くようだ。
教師2人はそれに従うように、ティーエの縄を解き始める。
言う事を聞いてる……………。これってやっぱアレよね。ティーエの隠れた能力が開花したって事なのよね!やったー!これでもう安心だわ!
だが、縄の解けたティーエは立ち上がると、そのまま教師達と歩き出した。
「えっ…………?ちょ、ちょっと!私は!?私のも解いてよー!」
叫ぶが、まるで私の声など聞こえていないかのように、ティーエも教師も振り返りはしなかった。
「……………嘘でしょ、放置って………………」
小さくなった彼らの姿を遠目に見ながら、唖然とした。
これで助かると思ったのに、こんな芋虫みたいな姿で置いていかれた…………。この縄は、魔法が使えなくするみたいのが練り込まれてあるようで、魔法も使えないし、打つ手なしだ。
でも、扉は開き目の前には明るい景色が広がっている。
「何も前進してない訳ではないか…………」
こんな状態でも出来る事はあるじゃない。
芋虫のように、うねうねと這って前へと進んだ。
暗い物置きから、光の外へと出る。
土の感触。むせ返る花の匂い。私はまだ生きていると、ありありと実感した。
そのまま、もぞもぞと前進する。
感化されてると思う。よく一緒にいる人の影響を受けるっていうけど本当ね。どうせ私はネガティブで陰キャで消極的が根づいてんのよ。それをことごとく無視して、ずっとシルビアのペースで行動させられてると、移ってくるのよ。行動するのが当たり前みたいになってくるじゃない。
ふと、花の根元に割れた瓶を見つけた。
尖ってる。これで縄とか切れたりすんのかしら?まあ、他には何もないんだし、試してみないとね。
痛っ!痛い痛い!縄どころか、腕の方が切れちゃってるんだけど!
縄だけ切るとか難しいんですけど!
でも縄も切れてる感触がする。
そして、縄が切れた時には、手首は切り傷だらけになっていた。
手さえ自由になれば、足は簡単なものだ。
「あー手首痛すぎる。私、治療魔法って苦手なのよね。でも、こんな事なるって知ってたらコツコツ練習しといたのに」
これももう何回も言ってる気がする。
何事も1日にして成らずって事ね。勉強だってそう。そんなの知ってるわよ。
っと、のんびりしてる暇はない。ティーエのとこに行かないと。
もうお姉さんを見つけたかしら。
治療は後でするとして、慌てて先程ティーエ達が歩いて行った方へと駆け出す。
走ってみると、そこが広大な敷地だと分かった。
地下にこんなのがあるだなんてね。この太陽みたいな光は魔法?春みたいな気候だ。花を育てる為、こんなに力を注いでるのね。
それだけの価値があるってこと?
前方に人影が見えてきた。
スコップを持つ2人組に、それを見つめるティーエの姿だ。
更に近づくと、表情は呆けているのにティーエの瞳からは涙が溢れていた。
「ティーエ………!」
声をかけるがティーエは反応しない。ただ2人の掘っている穴の中を食い入るように見ていた。
教師達はスコップを横に置くと、しゃがみ込み2人がかりで穴に手を入れた。そして、ゆっくりと何かを持ち上げる。
「あっ!」
思わず声が出た。
それは制服を着ていて、白骨になった誰かの亡骸だった。
誰かじゃない、ティーエのお姉さんだ…………。
私は知っていた。でも、彼女が殺されていた頃、当時の私は、その事を思い出しすらしていなかった。流れとして知ってる展開の一部の存在だっただけだから。
その事をティーエは知らない。
けれど、まるで責められているかのように、鼓動が早くなって、胸が苦しくなって、息がしずらくなった。
「あああああああっっっ!!!」
突如ティーエが叫びながら、白骨の前に膝をついた。
「ティーエ……………」
言葉が何も出てこない。
この私が慰めの言葉なんて言える訳がない。だって知っていたのに、私は何もしなかった。
「あああっっ!!うわぁぁっ!!………死ね、お前ら死ねっ!!」
涙に濡れたティーエの瞳が、教師2人を映す。
又、あの響く声で。
すると、2人は横に置いたスコップを再び手に持った。
そして、互いに向き合うとスコップを振り上げる。
ゴッッ!と鈍い音がした。
頭から血が出て2人はよろめいたが、またスコップに握る手に力を入れると再びスコップを振り上げた。
それは異様な光景だった。
痛みでか表情に苦痛がたまに浮かぶが、それ以外は感情もなくスコップで互いを殺し合おうとしている。
こんな命令まで聞いてしまうなんて凄い。
凄すぎてゾッとして身震いがした。
けど、これって正当防衛になるの?このままじゃ、こいつら本当に死んじゃう。仇はとらしてあげたい気もするけど、黒幕は学園長でしょ。悪事は暴かれても、ティーエが罰せられたらいけない。それに、ティーエにこんな事をさせたくないと思った。こんな方法じゃなく、もっといい方法があるはずよ。
「ティーエ、もうやめさせて!動きを止めるだけで十分よ!」
けれど、ティーエは私の声に反応もしない。
「ティーエ、お願いだからもうやめてっ!あんたにはこれからの未来も待ってんのよ!ああもう!やめろーっっ!!」
こんなに叫んでるのに、その声が全然届かない。
私も見ずにハラハラと止めどなく涙をこぼすティーエ。
一心不乱にスコップで互いを殺し合う教師。地面へと飛び散る血。
ここにいるのに私は何も出来ない。
泣きたくないのに、涙で視界が滲んだ。
助けて………………。
その時、ドオォォォン!!
大きな音がして、大地が揺れた。




