カトリーヌの危機
カディオ先生が協力者となり、今後の事について話し合った。
これからの学園側の動きとして、おそらく公爵や治安部隊が乗り込んできても大丈夫なように、証拠の隠滅が行われるだろう事。それには地下の花畑も含まれる。
最大の証拠が失われてしまうのを防ぐために、夜のうちに人の動きを感知する魔石をカディオ先生が北側の校舎裏の広範囲にしかけておいてくれた。
何かの動きがあったら、これですぐに駆けつけられるし、人がいるなら扉の場所も分かるようになる。
シルビアへの犯行に使われたクッキーは事件の最中どこかへいってしまったとされていたが、カディオ先生が学園側に奪われる前に隠しておいてくれたのでこちらの手にあった。
その数枚を使い、ひと騒動を起こした。
ナイル先輩が食べてなかった分のクッキーの成分を調べたら麻薬の成分が出てきたと、わざわざ教室で騒ぎたてたのだ。
倒れたとしか情報のなかった生徒たちにも動揺が広がったが、すぐに教師が来てそれを押収しようとしたが、自分で治安部に持っていくとごねると僕の王太子という立場もあって無理強いはされなかった。
けれど、外は大雪で街までの間に何かあったらなど様々な理由をつけての長時間の説得により、結局は教師に治安部に持っていてもらう事でそれを渡した。
生徒たちに知らしめる事が目的だったので、それは想定内だ。
明日の事なども、カトリーヌとも連携をとりたかったが、彼女は女子生徒の治療に長時間取りかかり、最後には力尽きて寮に運ばれその日は会うことが出来なかった。
そして、翌日になってもシルビアが目を覚ます事はなかった。
――
朝からの最初の授業の最中、1人の女子生徒が校舎の外を歩いていた。
警戒するように、たまに立ち止まり、周囲の様子を伺う。
彼女、カトリーヌ・ココットはとても焦っていた。
本来なら自分の力で会長を救えたはずだった。でも、実際の私は力不足の役立たずだった。
今回こそ私は私の人生を送るんだって、好きな事ばかりして満たされた生き方をしてやるって思っていたから、勉強も訓練もそんなに真剣に取り組んでいなかった。
だってこんな事起こるストーリーはなかった。
知らなかったんだもの。知ってたら、私だってもっと力が使えるように努力したもの。突然、前触れもなくこんな事が起こるのが悪いんだ。
でも本当は分かってる。私は言い訳ばっかりだ。
思い通りにいかないのを、自分のせいじゃなく他の人のせいにして逃げてるだけ。
私がもっと真面目に取り組んでいたら、聖女の力だってもっと使えていた。自分の幸せを追い求めてばかりで空回って、結局は何1つ手に入れられていない。
生まれ変わったって前世と同じ私だ。
ああすれば良かった、こうすれば良かった。言い訳と後悔ばっかり。結局は私の嫌いな私のまま。綺麗な外見に浮かれていただけで、中身は変わってない。変わろうとしてこなかった。
心の奥底に今も眠る大切な思い出の、高倉 綾人先輩。私の中の不動のNo.1。
〝チームカトリーヌとして、カトリーヌちゃんを幸せにする〟
恥ずかしい宣言を皆の前で堂々と言って、私を困らせたシルビア。
あなたどれだけ私の人生に介入してくんのよ。前世から今世までどれだけの縁なのよ。
私の人生あなたと共に歩んでるみたいになっちゃってるじゃないの。こんな筈じゃなかったのに。
あなたが側にいる事にも慣れてきちゃったじゃない。
スルンといとも簡単に懐に入り込んできて、そのくせに自分の思うようにやりたい放題で勝手にやってっちゃうし。私の話なんて聞きやしない。
それが当たり前みたいな顔して、自信に溢れた顔で笑うあなたには、もう嫉妬すら越えて呆れたわよ。聞いてるふうで、誰の話も聞かないんだから、もう我が道を勝手に突き進んでいきなさいよって。
うるさい口を閉ざして瞳を閉じてベットに静かに横たわっていたシルビア。
あなたのそんな姿が見たいんじゃないのよ。
それなのに、何も出来ない。救えるのに救えない。
私は本当に役立たずだ。
いつかじゃない、今じゃなきゃ駄目なんだ。言い訳をしたって意味がない。タイミングが悪かった訳でもない。私が何もしてこなかったのが駄目だったんだ。
一時はシルビアをい恨みもしたけど、あなたはずっと努力していた。魔力暴走せずに魔法を使いこなすって相当頑張ったんでしょ、剣術だって1日やそこらのものじゃない。昔から欠かさず鍛錬を積んできたからだ。
あなたの自信は自分に誇りを持ってるから、負けない強さも努力も日々の積み重ねが自信になって現れている。
あなたがこんなショボい力しか使えない私を見たら笑うのかしら。それとも怒る?呆れる?
特訓だーっ!って言う事は間違いないでしょうけど。
聖女管理までするつもりみたいだし、これがもっと後だったら私ももう少し力を使えるようになっていたかな。
歩きながらぽたほと水滴が落ちる。
私の瞳から溢れ落ちた涙が頬を伝って、次から次へと地面に落ちた。
怖い。これからどうなるんだろう。
学園側が生徒たちの前でこんな事を起こすなんて、もうなりふりを構わないのだろうか。
シルビアの他にも危害が及ぶかもしれない。私にだって…………。
そう考えると身震いがした。
誰がきたって何が起きたって大丈夫、そう絶対の自信を持っていたシルビアの姿がない事に、とても心細くなった。
いつもと同じ灰色の空に、降り積もった雪の高い壁、そびえ立つ大きな校舎に息が詰まりそうだ。
目覚めるよね、こんなので駄目になるなんてないよね。
私も毎日微力ながら浄化しに行くよ。私に出来る事を頑張るから、お願いだからまた目を覚ましてよ。
校舎裏の北側のまだ探索していない場所へと着いた。
私は役に立てていないけれど、シルビアが目覚めた時、花畑への扉が見つかってたらきっと喜ぶよね。
凄いじゃん、って褒めてくれるかな。
「ちょっと、カトリーヌさんっ!」
突如、そう声がした。
誰もいないと思っていただけに、飛び上がそうなくらい驚いた。
声の方を振り返り、そこにいた姿に肩の力がおりる。
「ティーエ君…………」
息を切らしていたティーエは、呼吸を整えると一気に話し始める。
「君が校舎を出てく姿を見かけて慌てて追いかけてきたんだよ!全然追いつかなくて、足速いね!それはいいとして、こんな時に1人で行動しちゃ駄目だよ!こんな人気のないとこに来て何してんの!?」
怒った口調のティーエに、思わずムッとする。
頭ごなしに何よ!こんな時だから、授業なんかより早く証拠を見つけようと、先駆けて探しに来たんでしょ!
「会長が動けない今、早急に見つけないといけないでしょ!これが1番の証拠なんだから!」
「だからって1人で動くなんて無謀だ!自分の身を守れるの!?それに単独で勝手に動くなんてただの迷惑だよ!みんなで連携をとっていこうって時に!」
「私が扉を見つけたらみんな感謝するでしょ!」
あれ?何で私こんな喧嘩調なの?ティーエも心配して追いかけてきてくれたっていうのに。
「見つかればいいけど、その前に何かあったらどうするんだよ!?」
怒っていても可愛い顔。これだ、これが苛つく原因だ。
美少女は私だけで充分。キャラ被ってるし、6人の仲間になってから、男達の中にも自然に溶け込んでいて紅一点のように見えていた。それに、持ち前の明るい性格に、実らなくても頑張って努力
する健気な姿など、私よりも主人公らしい。
私の真のライバルはシルビアじゃなくて、コイツだったのだ。
シルビアは見た目美男子だし、張り合えるレベルじゃなく突き抜けていた。私と同じレベルで張り合えるのはコイツだから、何かと癪に触るのだ。
怒って頬をふくらました顔が、あざと可愛くて、それわざとやってんの?とつい反感的に思ってしまう。
私は美少女に生まれ変わったけど、過去に可愛かった事なんてないから、どうすれば可愛く見せれるかなんてよく分からない。
それを天然でやってのけるコイツと、可愛いと思ってしまう自分に苛立ってしまうのだ。
ティーエが悪い訳じゃない。ただの感情論だ。
可愛いさだけなら誰にも負けない私でいたいのに、コイツが側にいたんじゃ私が目立たないじゃない!
「聞いてるの?カトリーヌさん」
ちょっと身をかがめティーエは反応のない私を覗き込んできた。
うわ〜、あざとい角度。大きな目をパチパチさせて、ちょっと上目遣いに覗きこんできちゃって、可愛いと思ってんの?
ふん、今度真似してやるわよ。
不意にドン!と音がした。
何?と思っているとティーエがぐらっとよろめき、もたれかかってきた。
「え!?ちょ、ちょっと!」
お、重っっ!!突然何よ!?私が可愛くて抱きしめたくなっちゃったの!?
だが、違和感に気づく。
あれ?これ、意識なくない…………?
もたれかかるティーエを必死に支えるその視界に茂みから現れた男の姿が映った。
言葉よりも先に背筋がゾクリとした。
「大丈夫、眠らせただけだよ。小さく濃縮させた眠りの魔法を一気に解き放つとスピードが出るんだ。避けれないようにと思ったけど気づきもしなかったな」
クククッと笑いながら男が近づいて来る。
その顔は見た事があった。魔法応用学の中年の温厚な先生だ。
感じのいい先生だと思っていたのに、今はその顔にうかんだ笑みにゾッとした。
後ろに下がりたかったのに、ティーエが重くて身動きが取れない。
ティーエを見捨てて逃げる?でも、私が逃げ切れるとは思えない。
「せ、先生…………、生徒にこんな事していいと思ってるんですか?」
時間を稼ぐ?あっ、魔法を空に打ち上げて…………。
「聖女様は上手に防壁を作れるかな?授業を真面目に取り組んで、練習をしていたか試してみようか」
「ちょ、ちょっと待って先生…………!」
ぼ、防壁?やだっ、えっと………!
ニヤリと笑い、先生が私へと指を向ける。
溜めもなく、ドンと空砲のような音がした。
ああ、私はなんて役立たず……………。
宣言されたのに防壁も間に合わなかった。
ぼやっと視界が閉じていき、体の力が抜けていくのが分かったが、もうどうにもならなかった。




