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この世界のストーリー

昨日は長年の疑惑も解け、夢だと思っていたこの世界で改めて前を向いて生きていこうと思った。


この世界に来たばかりの頃にその事実を知っていたなら、これからという人生の矢先に死んでしまった事を悔やんで嘆き暮らしていたかもしれない。

目覚めるまでの夢の世界、それがちょうど良かった。そうしていく間に、この世界と小さな女の子であった自分を受け入れられた。

死んでいたのは残念だけれど、今の僕はこの世界でシルビア・アルビシスとして生きていく覚悟がもう出来ている。

例えどんな困難があろうとも。




「カットリーヌちゃーん」


教室の入り口で元気な声を出した僕を見るなり、カトリーヌは顔をしかめた。

そしてすぐさまこちらに駆け寄って来る。


「お昼一緒に………」

「ちょっと会長、迎えに来ないでください!」


周囲を気にするように目をやりながら、カトリーヌは僕の腕を掴んで教室から離れたとこまで引っ張って行った。


「うわっ、カトリーヌちゃん目の下クマあるよ!よく寝れなかった?」

「会長は見るからにご機嫌ですね。私は昨日思い出しちゃったからか、布団に入ったら高倉先輩の顔が浮かんでまた泣けてきちゃいました。それからもあれこれ考えたら眠れなくて」

「あーうんうん、いろいろあるよね〜。そうゆうの全部話してスッキリしちゃって。ほら、行くよ」


カトリーヌの手を取ると返事も待たずに引っ張って歩いて行く。


「あの、私あまり注目は浴びたくないんですけど。別々に行きません?」

「もう遅いって。皆んなに見られてるよ〜」


手を離そうとする抵抗がみられたが、構わずにその手を更にギュッと強く握りしめると、諦めたのかカトリーヌの抵抗はなくなった。




第2食堂に着き、予約していた個室のドアをエスコートするように開く。


「見えないタイプの個室だからゆっくり話せるね。さあさあ、中へどうぞ」


すると、カトリーヌはこちらを見る生徒達の視線を気にしながらおずおずと中へ入っていった。


僕は何をしてても注目されるのに慣れてるから、もうどうって事なかったけど、カトリーヌちゃん人目を気にしてるようだから気を遣ってあげた方が良かったな。

綾人の時は配慮出来た事なのに、シルビアになってから全く人に気を遣わなくなったから、こうゆうとこは駄目だな。


「シルビア様、あの子は誰ですか?誘っても他の女子とはお昼は一緒にとらなかったのに」


同学年の女子生徒が話しかけてきた。


そりゃあ、お昼くらいは気心の知れた友人か、1人でのんびりしたいと思うじゃん。


「可愛いでしょ、僕の特別。だから邪魔しないでね」


ニッコリと笑い、追及される前にサッと室内に入ると、今度はカトリーヌが前に立ち塞がった。


ん?なんか怒ってる?


「今何て言いました?あんな言い方したら変な噂になるでしょーが」

「そ、そう?仲いいの〜って言っとけばいいんじゃ?」

「私はそうゆうの上手く立ち回れるタイプじゃないんで」

「それは何というか………ごめん」


そう言われてみれば、確かに集団で行動するよりいつも1人か少人数で動いてるな。人と積極的に関わるタイプじゃないのか。


「そうだよね〜、人によって違うよね。僕の周りにいる男子や女子は主張の強い子達ばっかだから、あまり考えなくなってたよ」


こうゆうタイプ今まで周りにいなかったから、もっと気を遣ってあげないといけないな。


シルビアはカトリーヌの座る席を椅子を引いてあげる。


「会長は力技で人との距離を詰めていきますけど、誰もがそうじゃないんですからね」


カトリーヌは席に座りながらも、ジロッとこちらを見てきた。


「ごめんごめん。あと1個確認しときたいんだけど、カトリーヌちゃん陰で動物とか虐待してるようなサイコパスとかじゃないよね?」

「はい?何ですか、それ?」

「いや、だってさ、ボロだすように怒らせてやろうと目撃させて、悪態ついたりしたけど、普通突き落とす?って後から思って。怒りが爆発するような激情型だったりとか思ったり………」

「酷い!私はこれまで普通に悪い事なんて一切しないで平凡に暮らしてきましたよ!サイコパスだなんて!」


カトリーヌはガタッと音を立て、立ち上がる。


「ややっ、僕はいいんだよ、ちょっとの事じゃ死なないから。でも、他の子だったら死んじゃうから、喧嘩して衝動的に人を傷つけたらマズいなって」

「喧嘩したからってそんな事しません!確かに会長を突き落としたのは事実ですけど、私はこの世界のヒロインに生まれ変わって攻略対象者と恋に落ちる予定なのに全然上手くいかなくて、そのどれもに会長が関わってて、私にはもうここしかないのにヒロインとして誰とも結ばれなかったらと思うと悔しくて会長が恨めしくて…………そんな時に会長が私を罵るからカッときてしまったんです」


悲痛な表情でカトリーヌは捲し立てるように僕を見ながら言った。

必死の弁明といったところだろうか。


「うん、分かったから落ち着いて。とりあえず座ろうか」


シルビアは席に着き、安心させるようニッコリとカトリーヌへと笑いかける。

それを見てカトリーヌもそれ以上は語らずに席に着いた。


カトリーヌちゃんは見た目の華やかさとは違って、ちょっと内向的な子なのかもしれない。前世も冴えないブスとか、凄く自分を卑下して自信なさそうにしてたし、生まれ変わってもその記憶と共になら、そうそう性格も変わらないだろう。


そんな子が全く違う世界へと生まれ変わり、誰にも相談する事も出来ずここまで生きてきた。その心労は測るに測れないものだろう。


「あの、私本当にあんな事したの初めてで…………」

「分かってるよ。もう怒ってないからいいよ」


精神的に追い詰められてしまったんだな。

ヒロインである事にも固執してるし、そうでなきゃいけないみたいな脅迫概念でもあるのかな。自分の人生なんだから、ヒロインでなくたって好きに生きたっていいのに。

ちょっと病んでるのかもしれない。こんな話理解出来るのは同郷の僕だけだろうから、よく話を聞いてあげて精神的サポートをしてあげないとな。


「そうだ、僕は全然このゲームの話知らないんだよね。教えてくれる?」


なまじっかストーリーを知ってるからこそ、同じようにしなくちゃいけないと考えて、それがいつの間にか義務のようになっていたのかもしれない。


「はい。ただ会長の乱入で私の知ってるストーリーとはだいぶ変わってきてるんですけど」

「おおまかでいいよ。これってさ、その、何人もの男を落とす女版エロゲーでしょ。言いにくい事ははしょっていいから」

「は!?な、な、何それ!?」

「放課後エディスの事探してたのも、人気のない教室で肉体関係迫ろうとしてたんでしょ?」

「ちょ………どこの痴女ですかそれ!?そんなゲームじゃありません!普通の純愛ものです!」


顔を真っ赤にしたカトリーヌは、更にはっとした顔をした。


「昨日百戦錬磨とか言ってたのもそれで?あっ!もしかして今まで私の事そうゆう女だと思ってたんですか!?」


それに対し、気まずいながらも素直に頷く。


「こんな可愛い顔して、頭の中ではドエロなセックスの事を考えてるけしからん子だと思ってたよ」

「………っ!嫌っ!もう変態じゃない!本当に高倉先輩だったんですか!?」

「そこは申し訳ないけど、高倉先輩だって立派な男だったから、おっぱいに顔を埋めてみたいと思ってましたよ」

「嫌ーっ!ちょっと黙って!」

「ちゃんと自己処理もしてたし」

「嫌ーっ!耳が腐るーっ!」


カトリーヌは耳を手で押さえ、拒否するようにギュッと目を瞑った。


「腐るって………カトリーヌちゃん、いやカトリーヌさん。僕ら生きてきた年数でいえばアラサーに近い年齢よ。2回目の高校生やってるからって本物の初々しい学生達とは違うでしょ。結婚して子供いてもおかしくない年齢なわけよ」

「そうですけど、今学生な訳だし、気持ちは普通に学生なんです」

「アラサーが学生なんですーってもねぇ。僕は早く次のプロセスにいきたいけど。おっとごめん、話逸れた。ゲームの話だったよね」


昼の時間も限られてるし、カトリーヌちゃんのサポートをするって思ってるのに、つい口がすぎるな。


カトリーヌは納得してないような不満そうな顔をしながらも、また話し出した。


「このゲームはエロは無しで、学園内で攻略対象者達との恋愛を経て、そのうちの1人と結ばれるという恋愛シュミレーション的なゲームですよ」

「あはは、エロは無しね。残念」

「もう、全く。ちなみに、対象者のうちエディス様は知ってるんですよね?後はルオーク様に、ナイル先輩、あとティーエ君に、カディオ先生です」

「え!?あいつらもなの!?うえ〜、何そのゲーム。罰ゲームなわけ?」

「罰じゃないです。イケメン達とのいろんな恋愛を楽しむゲームなんですよ」

「顔が良ければ何でもいい訳じゃないでしょ。あいつら相当な不良物件だと思うよ〜」

「そんな、不良物件だなんて。顔はいいし、爵位は持ってるし将来は誰も安定ですよね」

「安定の訳ないでしょ。カトリーヌちゃんこいつらの中から選ばなきゃいけないと思い込んで、もはや呪いにかかっちゃってるね」


これは重症だ。話聞いてあげて良かった。


「エディスはこの王国立て直しというとんでもない負債付きだし、ルオークはもっと骨のある奴だと思ってたのに、恋愛ごとに関しちゃクソでこれが奴のスタイルだとするなら将来も不安だ。ナイルは生まれや背景も複雑で暗いもんを抱えてるから、全てを受け入れ包み込むような覚悟が必要だと思うよ」


残る2人にも難はある。


「ティーエはあれだ。可愛いくてドジっ子で見てる分には楽しいけど、結婚するなら自分が支えてやるくらいの気持ちでいかないと。カディオ先生は不器用で真面目ないい先生なんだけど、今魔石に込めた魔法の解析依頼してんだけど、休みの日なんて一日中ご飯もろくに食べないで髭もそらずに没頭しちゃってさあ、根っからの研究者だよ。こんなのと結婚したら大変そうだなって未来の嫁さんの心配しちゃったし。無いわ〜、この5人無いわ〜」

「けど、会長だってエディス様を選んだくせに」


こんなに言ってるのにカトリーヌちゃんは不服そうだ。


「そうなんだけど、それは幼少の頃からあいつを見てきたから絆されちゃったのが大きいかな。僕が好きだと泣くあいつが可愛くて、この身1つくらい犠牲にしてもエディスを幸せにしてやりたいと思っちゃったんだな〜。カトリーヌちゃんは自分を犠牲にする覚悟はあるの?」

「覚悟って………そんな大袈裟な」

「大袈裟じゃないよ、むしろこんな不良物件どもにそんな軽い気持ちでいいと思ってんの?結婚後、こんな予定じゃなかったじゃ遅いんだからね。もうじきアラサーでしょ、夢みてる年齢じゃないんだから」

「ひどっ!いくら会長でもそんな言い方はないんじゃないですか!?何かモラハラ上司みたい!」

「だって、こんな不良物件なのにカトリーヌちゃんが全然分かってくれないから…………」


どう言えば伝わるんだろう。世界はこんな広くていい男だって沢山いるのに、何故あえてこの不良物件の5人から選ぼうとするんだろう。ゲームに出てきたから?そうしなきゃいけないという妄執をまずどうにかしなくては。


「まあ、カトリーヌちゃんがどうしてもその攻略対象者からでないと嫌なら止めはしないよ。ただ全員が深い愛に包み込まれて許容されたいタイプだから、自分を幸せにしてもらいたいカトリーヌちゃんとは合わないんじゃないかな〜」

「でも男の人なんだから、抱擁力だって………」

「だから、このタイプの奴らは甘えん坊タイプなの。カトリーヌちゃんが自分の事なんか我慢して相手につくせる?聖母か、お母さんのようになれる?」

「そ、それは…………」

「こんな可愛いんだから、男は他にも沢山選びたい放題だよ。悪い事言わないから、抱擁力のあるクセのない男を選びなって」

「でも、ゲームの世界なのに対象者から選ばないってないですよ」

「も〜その考え方がないわ。洗脳でもされてんの?自分の人生なんだよ、ゲームとか言ってないで本当に将来を踏まえた相手を選びなさいって。心配なっちゃうよ、もう」


真面目な子だったんだろうな。

でもこんなんじゃ世の中上手く生きていけないよ。これは同郷のよしみとして世話をみてやるしかないな。


「会長って案外慎重なんですね。もっと思い切りがいいと思ってました」

「自分なりの決断をしたなら、後は勢いでいったりするけど、恋愛ごとは自分1人でするもんでないし、相手との相性や未来も考えなきゃいけないでしょ。絶対にカトリーヌちゃん好みの顔で、いつだって支えて守ってくれる力強い男がいると思うよ」

「でも…………」

「ここはゲームにそった世界だとしても、この王国、学園だけでなく、船にのっていっぱいの異国にだって行けるんだよ。狭い世界で満足してないで、もっと外の世界に目を向けなよ。苦しいくらいの一生ものの恋をして、お姫様のようにドロッドロに甘やかしてもらいな」


幸せになりたいと嘆いているのに、ハズレから選ぶなんて有り得ない。


「…………会長ストーリー完全無視ですね。あーあ、何だか私も馬鹿らしくなってきちゃった。私ばっかり固執して…………。でも、誰も選ばないなんて選択肢あってもいいのかな」

「ありに決まってるじゃん!だって自分の人生なんだよ、好きなタイプだって人それぞれだし、ゲーム通りにはいかないの当たり前だよ!」


おおっ!ちょっと前向き発言!ゲームの呪縛から解放される日は近いか!?


「けど、そしたらストーリーは今後どうなっちゃうんでしょうか?」

「えっ?そんなのなるようになるでしょ。前の世界の時はそんなの考えた生きてた?」

「もうっ、会長本当に高倉先輩だったんですか?先輩はもっとクールで落ち着いた印象だったのに」

「そう言われても、もう綾人じゃないし。シルビアとして第2の人生を歩んだ結果の今の姿が、この人生の完成形の僕の姿かな」


そういえば話に夢中で食事が全く手付かずだったので、食べようというように手で示すが、カトリーヌは更に突っ込んできた。


「先輩は元男でしょう。エディス様と付き合うのに、その、抵抗とかはなかったんですか?」

「前は男でも、今はもう女だし。幼女から少しづつ成長して、初潮を迎え、段々と体つきも変わって胸もふくらんできた少女から大人に変わる時は何か感動したし、自分の体を綺麗だと思ったよ。抵抗も何も、僕は女としてここまで生きてきたんだよ」

「そ、そうですか…………。変な事聞いてすみません」

「男だとか女とか、要はついてるかついてないかだよね。今は女の裸見たって何ともないし、ちんこ勃起しないと自分は男だって思えないんだけど」

「ちょ、ちょっと会長…………」

「代わりに女だと股がキュンとする時ない?そんでちょい、いやらしい気分になんの」

「会長!も〜、今は女なんでしょ!もっと慎みもって下さい!」

「ああ、それよく言われるやつだわ」


構わずに、食事を大口で豪快に食べる。


「しかも男食べ。会長って思ってたより雑そう」

「まあね。こだわらないとこは適当だよ。それより、早く食べちゃいなよ。時間なくなるよ」


促され、よくやくカトリーヌも小口で食べ始めた。


「そんで、このストーリーってのは最初的に誰か1人と結ばれて終わりなわけ?」

「まあ最終的にはそうですね。それぞれとの仲を深めるイベントこなして好感度上げたり、選択肢間違うと逆に下がる時もあるんですよ」

「ふ〜ん。しょーもなって思うけど、女の子は楽しいんだろうね。うちの妹もハマってたし。僕は未だ分からないけど」

「でもちょっとサスペンス的なのもあるんですよ、学園長の不正を暴くイベもあるんです」

「あのクソチビの?あいつ不正まみれそう。いいね、それは楽しそうだ」

「この学園の地下には秘密の庭園があるんですよ。あいつそこで麻薬の原料花を育ててるんです」


食事を口に運びながらカトリーヌが言った言葉に、僕の手からフォークが滑り落ち音を立てて下に落ちた。


「…………は?今何て…………」

「麻薬です。ゲームでは、外部に流したり、言うことを聞かない生徒とかにも使用して扱い易くしたりとかってありました」


ちょ、ちょっと待って。何さらっと言ってんの?

事の重大性分かってる?

おいおい、恋愛相談してる場合じゃないでしょ。僕の正体が分かった時点で、真っ先に言わなきゃいけない事でしょ、それ。


「……………それって生まれ変わった時から覚えてたの?」

「あ、はい…………。6歳の時に全てを思い出したので」


カトリーヌの言葉に体が力を失ったように脱力した。


「は………ははっ、何だよそれ。そんな前から………。知ってて見て見ぬ振りをしてたのか?」

「見て見ぬ振りって…………だって私に何が出来るっていうんですか?私1人で出来る事なんて何もないです」

「あるだろ!自分が聖女だって事だって分かってんだから、教団に自ら売り込みに行ったりも出来ただろ!これまでの間に、どれだけの犠牲が出たと思ってんだよ!?」


怒りが爆発したように声を荒げて睨みつけた僕を、カトリーヌは怯えた表情で見た。


きっと今酷い表情でカトリーヌの事を見てる。

落ち着いけ、今怒ったってどうにもならない。

冷静に話をするんだ。


落ち着くように呼吸を整えたが、声が震えた。


「それで、その花畑の場所は分かってんの?」

「この学園の外のどこかに地下へと行く入り口があります。マンホールじゃないけど、そんな風に開くんですよ。カモフラージュされてるから、見た目じゃ分からないはずです」

「でっ、場所は?」

「それが…………ゲームだと選択肢とか出てきて勝手に進んでくれたから具体的な場所は………。校舎外の北側の方だと思うんですけど……………」


もはや言葉にならない。


入学してから、探そうと思わなかったのか?

男追いかけ回してる場合じゃねーだろ。


前世だ、ゲームだとかそんなの話にならない。証拠がなきゃ断罪も出来ない。今の段階じゃ、問い詰める事も、治安部に捜査してもらう事だって無理だ。


責めはしないが、怒りや苛立ちで血が沸騰しそうなくらいだ。それを肌で感じとっているのか、カトリーヌは青い顔で狼狽えている。


不意にティーエの事を思い出した。

あいつの姉の持ってたメモ…………。まさか………。


「あのさ、ティーエの姉とかってこの麻薬のに関わってる?」

「えっ………会長何で知ってるんですか?あの、ティーエルートで出てくるんですけど、お姉さんが在校生の時に偶然地下への扉が開いていて、花園を目撃してしまうんです。それで………口封じに、麻薬漬けされそうになって、量が多くてショック死をしたとゲームでは………………」


本日2度目の脱力だ。思わず目眩までしたほどだ。


こんな話ティーエには絶対に聞かせられない………。


「ティーエだって、その攻略対象者って奴でしょ。お姉さんの事どうにかしてあげようって思わなかった訳?知ってたんでしょ?」

「だって………私は平民のただの子供だったんですよ」


カトリーヌはキツく唇を噛む。


「ただの平民じゃないでしょ。ストーリーを知ってるなら、未然に防げる事だってあったし、もっと上手く立ち回れたでしょ?今まで何やってたの?何とも思わなかったの?」


すると、カトリーヌの瞳からポロポロと涙が溢れ始めた。


「何よ、私が悪いみたいに人の事蔑ずむように見て!悪いのは学園長じゃない!記憶を持ってたって、そんなの誰も知らないんですよ!大人に話したって信じて力になってくれる人なんてきっといなかった!私1人に何か出来るわけないじゃないですか!」

「1人でだって出来る事はある!探そうとも、やろうともしなかっただけだろ!ゲームの世界だから現実味がないのか!?苦しみも痛みだって感じるんだよ、同じなんだよ!自分だけ特別だと思ってんなよ!!」

「わ、私は会長とは違うんです!今も昔も平凡な女なんですよ!」


それだけ言うと、カトリーヌは手で顔を覆ってワアと大声で泣き出す。けれど、すっかり頭に血が昇っていた。


「泣けば済むと思ってんのか!?何がヒロインだ、自分の事しか考えてないんだな!犠牲者の事1人でも見た事あんのか!?よく見捨てるなんて選択出来るな!ここが現実なんだろ!ここしかないんだろ!なら無理矢理恋愛なんかしようとしてないで、恥ずかしくない生き方しろよ!!」

「……わ……私だけが悪いの!?じゃあ会長が救えば良かったじゃない!同じ転生者なのに、知らないから非はないの!?会長にはその力も勇気だってあるのに、どうして知らないのよ!?知ってれば救えたじゃない!」


涙でボロボロの顔で、苦しそうにカトリーヌの瞳が僕を見る。


「可能性の話したって仕方ないだろ!」

「じゃあどうして会長はこの世界に来たのよ!?何も知らないのも罪じゃないの!?会長の方が出来る事いっぱいなんだから、知ってるべきだったのに!!」


言ってる事めちゃくちゃだな、こいつ。


「来たくて来たんじゃねーよ、お前と違ってな」

「私は………ここで生きてくだけで精一杯なんです!!私を責めないで!!」


叫ぶようなカトリーヌの声に、思わずハッとする。


その時、予鐘が鳴り響いた。

そちらに気を取られた隙に、カトリーヌは何も言わず走り出した。

止める事も出来たけど、何もせずただこの室内を出てくのを見送った。


今の冷静でない自分が何を言うか分からない。傷つける言葉しか出てこないだろう。


少しは彼女を分かってあげられると思っていたのに、思い違いだった。こんなの納得できない。

これまで麻薬によって苦しむ人達を見てきた。知っていながら何もしてこなかったなんて、どうかしてる。ティーエの姉だって見殺しにしたようなもんだ。


分かってる。1番悪いのは学園長だ。

それでも、許せないと思ってしまう。仕方なかったで、流す事ができない自分がいる。

だってここは物語の世界でもなく、僕が生きている紛れもない現実なのだから。

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