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綾人の人生

シルビアは何か言いたげな顔でじっと私を見つめ、それからポツリと話し出した。


「うちはさぁ、7歳の時に母親が癌で死んだんだ」

「えっ?あ、お母さんが…………」

「父さんは早くに両親を亡くしてて天涯孤独だったから、母の方のばあちゃんが来て入院中は俺らの面倒見てくれててさ」


何の話?先輩の過去の話?


「母親は結構長く入退院繰り返しててさ、じいちゃんも亡くなってたからばあちゃんはその間ずっと居てくれたんだけど、母親の葬式も終わって少し経ったら1度自分の家に帰りたいって言ってさ。九州で遠いいんだよ。でもまたすぐ来てくれるって言ったのに来なかった」

「………どうしてですか?」

「疲れも溜まってたのか、風邪か肺炎だかを拗らせて死んでたんだ。死後2週間で夏だったからちょっと腐り始めてたって」


お、重い…………。何て言えばいいのよ。


「たまんねーよな。散々面倒みてもらっといてあんな惨めな死に方させるなんて。母さんは病院で皆んなに看取られたけど、ばあちゃんは1人寂しく死んだ。今でもばあちゃんの事思い出すと後悔と申し訳なさで泣けてくるんだ」


だから人の生死の話は重いです、先輩。


「あとさ、うちの父親って高卒なんだ。いい会社なんてとんでもない、下っ端の配送業だよ。小2までは時短で学童とか利用しながらだったんだけど、下の妹が小学校上がった時に、稼ぎも悪いから普通の勤務に戻してさ、小3の俺に妹の面倒見させて帰りもいつも遅かった」

「そ、そうなんですね……………」

「父親に家の事やる余裕なんてなかったからな、ゴミは溜まり放題だし、洗濯も溜まるし家中滅茶苦茶だったよ。服だって、ボロい季節感のないの着ててさ、クラスの奴らにしょっ中からかわれてた。気は強かったから、臭いって言われてムカついてぶん殴ったりして親呼ばれたり。まあ、風呂は実際サボって入ってなかったから臭かっただろうな、今にして思えば」

「じゃあ何で入らなかったんですか?」

「子供が自分で用意する訳ないだろ。別に風呂入りたくもないし。母親がいなくて、父親も教えてくんないと、当たり前の事も普通に出来ないんだよ」

「そ、そうなんですね…………」


それってネグレストとかいうのじゃ………。いや、でもお父さんも忙しくて虐待ってほどじゃないのかもしれないけど。


「片親で躾のなってないクラスの問題児だったよ。気性も荒くて嫌われてたな。ある時、クラスの男子達に体育館裏で服脱がされて隠されてさ、体操服取りに裸で教室に行ったよ。悔しくて惨めで情けなくて、あん時はさすがに泣いたな」


うわ…………。先輩の過去暗っ。暗過ぎて、かける言葉もないわ。


「でも次の日にリーダー格の奴を階段の上から蹴っ飛ばして落としてやったけどね。そいつは骨折して、親呼ばれたけど仕事抜けられなくて来なくて、向こうの親めちゃくちゃ怒ってさあ、すっげぇキレられたよ」


シルビアは小さく笑ってから遠くの空をぼんやりと眺めた。


「本当あんな世界大っ嫌いだったな。文句を言うばかりで誰も助けてくれない。いつも時間潰しみたいに公園に妹連れてってさ、ジャングルジムの上で暗くなるまでぼーっと空を眺めてたんだ。そのまま空に溶け込んで消えて無くなりたかった」

「そうなんですか………………」


暗い。想像以上に暗い。あの爽やか硬派イケメンの先輩の過去とは思えないわ。


「ある夜さ、目が覚めてトイレに行ったら父さんが薄暗いゴミ部屋で缶ビール飲みながらすすり泣いてたんだよ。その姿が惨めでさ、こうゆうふうにはなりたくないと思う一方で、俺の人生もこの先こんなもんなんだろうなって諦めみたいな行き場のない気持ちになってさ。自分の未来に希望なんか見いだせなかった」


もういいです先輩。聞いてる方も辛いです。

話したら愚痴りたくなっちゃったのかもしれないけど、何て言っていいか分からないです。

テーマが重いし、人の愚痴聞くのってちょっとしんどいかも。


「けど人生捨てたもんじゃないよな。3年生の時の夏休み期間に担任が事故って入院になって、休み明けに新卒の若い女の先生が来たんだ。その雪先生が俺の人生を変えてくれた」

「本当ですか?」


ようやく未来ある明るい話しになるのね。


「雪先生が来てからも俺はクラスの奴らと問題起こしててさ。ある時、先生が急に家庭訪問に来たんだ。家の惨状と、いつまでも帰ってこない父親にいろいろ察したみたいで、こんな生活してちゃいけないってそれから力になってくれたんだ」

「それは良かったですね!」

「学校終わった夜とか、休みの日とかうちに来てくれて、ゴミの分別や捨て方とか曜日とかも教えてくれたし、洗濯のやり方、干し方、風呂掃除とか、スーパーにも一緒に行ってくれて洗濯や掃除で使う洗剤とかも教えてくれたし、電子レンジで作れる簡単な料理とか教えてくれたり、壁中先生の書いた手書きのメモでいっぱいだった。父さんにも出来ることとか分担とか熱心に話してくれてさ」


先生もそんなに一家庭に踏み込んでくれたんだ。そこまでの先生滅多にいないけど、その先生と出会えた事が後の先輩を作ってくれたのね。感謝だわ。


「父さんももう自分じゃどうしていいか分からなかったんだろうな。救われたかったのは、父さんもだった」

「いい先生に出会えて良かったですね」

「けどさ、冬前だったかな、スーパーで見かけたとかで保護者から学校に苦情がいってさ。贔屓だとか、生徒の父親とふしだらな関係があったとか噂はあっという間に保護者間に広まって、春になる前には先生は学校からいなくなってた」


確かに、先生は踏み込み過ぎちゃったのかも。事実じゃなくたって、そんな状況下では疑われるのは仕方ないと思う。先輩には悪いけど。


「遠い他の学校に行ったって後から聞いたけど、怖くて先生のその後は知らないんだ。うちに関わった事を後悔してるんじゃないか、恨んでるんじゃないかって思うと尻込みして何も出来ないまま何年も経ってしまったよ。あの時、もっと勇気があれば先生に会いに行って謝って、それから本当にありがとうって伝えたかった。こんな別世界で後悔したって今更だけどさ」


沈んだ表情のシルビアは、いつものような覇気もなかった。


高倉先輩の過去だから聞くけど、こう暗い話って聞いてるのもしんどくなるわ。話す声のトーンもどんよりで雰囲気も重いし。


「俺も雪先生から教わったように出来る事から始めていったら、生活も変わっていったんだ。ゴミ部屋も改善されたし、風呂も、洗濯もして皆んながしてるような当たり前の生活に近づけたら俺の心もたいぶ落ち着いてった」

「正しい生活は基本ですからね」

「もともと物覚えや、物分かりはいい方だったから小5くらいからはクラスでも頭のいい子の部類に入っていって、俺も人に認められるってなかった事だから頑張ったらどんどん成績は伸びて、気づいたら優等生みたいな扱いになってた」

「ここからが私の知ってる先輩になってくんですね」

「そうだね。頑張れば大抵の事って結果がでるから、成績も良かったし、中学で始めた剣道もそれなりの結果を出せて生徒会長にもなって先生にも生徒たちにも認められた。皆んなが認める高倉 綾人、多少演じてるのもあったけどあの頃はそれでも満足してたな」


シルビアは軽く笑い、私をじっと見る。


「今じゃ人にどう思われたっていいなんて言ってるけど、あの頃は人の目を気にして自分をよく見せたい、認められたいって思う普通の男の子だったよ」

「先輩………」

「でも高校生になったら、新たな問題が出てきてさあ。うち貧乏だから金なくてさ、大学にも行きたいけど貯金もないし、家計簿つけながら毎月の生活のやり繰りでギリギリなんだよ」

「お、お金ですか」

「奨学金貰うとしても、必要なお金計算してその為にめちゃくちゃバイト入れてた。休みの日も」

「あれ、でも部活してませんでした?剣道試合出てましたよね」

「よく知ってるね。頼んで幽霊部員みたいにしてもらって週3くらい出てたんだ、ストレス溜まっちゃうから。その後に短いバイト入れて、深夜にウトウトしながら勉強してさ。22時まで毎日働いてからだよ。今思い返してもあの生活めちゃキツかった〜」

「それはハードですね」

「風呂入った後の眠くなりながらの勉強がもう地獄で。でも、成績落としたくないし、将来の為のバイトだからね。こんな事言うのもアレだけど、自分の親のようにはなりたくないと思うとちょっと奮い立つんだよ。学校にバイトに勉強に、それに加え家事までやらされて、親がこんなんだからって心の中で責めてた」

「そ、そうですか。どこも同じですね」

「さっきはさ親が2人もいい会社なら金あるんだろうなって、俺は羨ましかったから言っちゃっただけで悪気はなかったんだ」

「あ、はい。私も先輩はいい人生なんて気軽に言ってすみません」


だってそう思ってたんだもん。先輩みたいに輝いてる人は満たされた人生を歩んでると普通は思うでしょ。


「あはは、ちょっとムカついたけどね。お前に俺の何が分かるんだよって。まあ、向こうで生きてた時もよく言われたから。同情されんのも癪だから平気な顔してたのもあるけど」

「それは、すみません………」


恥ずかしいな。先輩の事好きなんて言っておいて上辺だけしか見てない女みたい。


「責めてる訳じゃないんだ、シュンとしないで。俺もこんなに語る予定じゃなかったんだけど、話し出したら止まらなくなっちゃって悪かったな。高倉 綾人の事知ってる佐藤さんだから知ってほしかったのかな。めっちゃウザかっただろ、男のウジウジ長話は」

「先輩今はもう女ですけどね」


シルビアと話してるんだけど、いつものシルビアとは違う。まるで本当の先輩と話してるみたい。

でも、先輩の姿だったら緊張で話も出来ないだろうけど。


「そうだった、女だった。なんか高倉 綾人で話してる気になってた。もうどんな感じだったかなんて忘れたと思ってたのに、喋ってくとそれっぽくなってくもんだな」

「私は全くそうゆうのありませんけど」


昔の私なんて大っ嫌いだし、戻りたくなんてない。


「………佐藤さんは前の世界に未練はないの?」

「ええ、全く」

「そっか。毎日が大変だったけど、俺はあの世界にいても良かったんだけどな。大学に行きたかったら働けばいいし、いいとこに行きたいなら勉強すればいい。そうやって努力してきたのが無駄になった方が悔しい。それに、父さんや妹にも会いたい。あーあ、死にたくはなかったな……………」


悔しそうに言うシルビアの横顔を見つめながら、少し胸が痛んだ。


先輩は私とは違う。いろんな事があっても、後悔しながらもそれを乗り越えてきた人だ。

その強さと前向きさが、卑屈にならずに先輩を輝かせて見せたのかもしれない。


「だったら事故に遭わないよう気をつければ良かったんですよ。そうすれば先輩なら自分の足でいくらでも幸せを掴めたでしょう。私だってこの世界でただ1人のヒロインとして楽しく過ごせたのに」


先輩は生きて高倉 綾人として幸せになってくれれば良かったんだ。高倉先輩には先輩のままで生きてて欲しかった。


「だな。全て俺の注意力不足が招いた結果だ」

「冗談ですよ。真面目に受けとらないで下さい」

「でも、このふざけた世界も今では気に入ってるし、嫌な訳じゃないよ」

「でしょうね。あれだけ毎日好き勝手自由に生きてて楽しくない訳ないですよね。私より充実した生活ですよ」


そう言った私を見て、シルビアは少し照れたように笑った。


「ばれたか。毎日がもう楽しくて仕方ない」

「エディス様とも上手くいっちゃいましたしね」

「あはっ照れるなあ。あいつさ〜僕にめっちゃ惚れててさ、あまりの可愛さにあいつの担う負債も忘れて受け入れちゃって参るよ」


困ってるように言いながらも、シルビアは頬を染め幸せそうな顔で笑みを浮かべだ。

どこか憂いを秘めたような先輩の顔から、女のシルビアに戻ってきた。先輩であったけど、もう先輩とは違う。


「人生は覚悟の連続だな。財閥みたいな跡取りになって得難い経験をして、満ち足りた人生が待ってたのに、問題山積み負債まみれの王国付きのエディスを選ぶなんて」

「あんないい男捕まえて、その言い方」

「いい男とあいつが抱える問題を考えるとプラマイ0物件だ。この国を担う覚悟が出来たら、あいつとの事を公表するけど、こんな自由に生きてたのに弱まった王国の為に生きなきゃいけないなんて耐えられない」

「別に先輩が担わなくたって、エディス様が担いますよ」

「エディスは真面目で不器用だから昔から自分を追い込んで頑張り過ぎてた。王様なんてなったら、相当思い詰めるタイプだな。まあ、僕が側にいるなら強引に手を引いて前に押し出してやるけど。その為には公爵家のシルビアの方が都合良かったのに、王太子妃なんて出来る事限られちゃうでしょ」


先輩は結婚するなら自分が王国を救わなきゃいけないみたいに思ってるのかしら?まあ、これまでのを見てきても自分がって人だったし。元高倉先輩として、努力をしてあんなに輝く人生を切り開いてきた人だから、その感覚でずっと生きているのかも。


気づくと、辺りはすっかり暗くなって、熱の魔石が埋まっているものの肌寒くなってきていた。

時間も忘れ話し込んでいたので気づかなかった。


「そういえば、親衛隊の訓練につきあうとか言ってませんでした?」


こんな時間で今更の話だが。


「あっ!」


完全に忘れてたようで、シルビアははっとした顔をした。


「もう帰ってますよ、きっと」

「いや、レイラ嬢は待ってる。僕に絶対的信頼をよせたもう信者のような女性だから」


親衛隊のレイラ嬢ってあのゴリラに似た女性よね。


「ごめんね、行かなきゃ」


シルビアは慌ててベンチから立ち上がり、すぐさま走り出そうとしたが、ピタッと足を止め振り返る。


「前世の話が出来て楽しかった。また明日2人でお昼食べながら話そうよ。個室予約しとくね」


そう言うと、返事も聞かないまま、ヒュンと風を切るような音を立ててその場からいなくなってしまった。


有無を言わせないこの勢い。

嫌だとしても、教室まで迎えにきて強引に連れて行かれそうだ。


でも私としても、もっとシルビアと話したい。

高倉先輩だった事に驚いて、この世界の事は何も話さないままになってしまった。

先輩も私と同じ転生者だったのだから、今後のストーリーについて話して、おかしな展開にもっていかないよう釘をさす事と、他の攻略対象者との邪魔をしないよう、よく言っておかないと。


仕方ないからエディス様は諦めるとしても、このまま誰とも結ばれないのは嫌だ。


考えようによっては、シルビアが協力者になってくれるのならやり易くなるかもしれない。


明日までに私も落ち着いて、考えをまとめておこう。


カトリーヌは上空の空に視線を移す。


よく高倉先輩も空を見上げていたな。あの憂いのある横顔に、いつも何を考えてるんだろうって思ってた。

でも、もう先輩が空を見上げる事はない。あの世界にも、この世界にもどこにもいないんだ。


見上げた空は、真っ暗な空に冬の冷たい空気で凛とした煌めく星空がどこまでも広がっていて、とても綺麗なのにどこか切ない気持ちになった。

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