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2人の正体

息をするのさえ忘れた。


〝僕は高倉 綾人。元17歳の高校生だ〟


衝撃の言葉すぎて、思考が停止し放心した。


だってこんなの私以外にはいないと思ってた。


「ん?人が来る気配がする。行こう」


シルビアの手が私の手をグイッと掴んで階段へと歩き出す。


階段の下に血の跡があったので、ドキリとした。


「あー、額切ったからな。拭いてる余裕ないから、このままで行くしかないか」


階段の上を見て苦笑いしてシルビアが言う。

上の方から遠くだが、喋ってる人の声が聞こえてきた。


「人の来ないとこに行こう」


力強い手が有無を言わせず、私を引っ張っていく。

女性の手なのに、背も高いからか私の手がすっぽり収まってしまうくらい大きい。


シルビア、あなた本当に私と同じなの…………?同じ世界からの生まれ変わりなの?


っていうか、さっき名乗ったの男の名前じゃなかった?


「ね、ねえ…………その、前の世界じゃもしかして男だったの?」


どんどん校舎裏の奥へと進んでいく。


「そうだよ」


振り返らずに、さらっとシルビアは答えた。


お、男………。男勝りなんじゃなくて、元男だったんだ。


何かいろいろショック過ぎて頭の整理が追いつかない。


そうして着いたのは、昨日の2人のキスを目撃してしまったあの場所だった。


「こんな奥まった人気のない場所普通来ないよね。カトリーヌちゃんは何でこんなとこ知ってたの?ゲームで?」


シルビアはベンチに座ると、隣りに座れというように手で示した。


「あ、はい……。エディス様攻略で1人でいたい時にいる場所がいくつかあったので」


カトリーヌは素直にシルビアの隣りに腰を下ろした。


「へー、そうなんだ。実は僕このゲーム全くやった事ないんだよね。妹がやってて、ちょこっとだけメインキャラと最後の展開聞いたくらいでさ。それが何でこの世界?って不思議だよね」

「あ…………ストーリー知らないんですか。通りで滅茶苦茶な」


変なの。シルビアとこんな会話してるなんて。


「えっと、日本人?元の名前何ていうの?」


本当に変な感じだ。元の名前なんて、もう口に出した事もなかった。日本人なんて…………知ってるけど、聞き慣れない言葉過ぎて何だか可笑しい。


「佐藤 理恵、16歳の女子高生でした」

「へ〜、なんか日本名この世界で聞くと新鮮。本当にあっちの世界の生まれ変わりなんだ。あー、って事は夢じゃなくて本当に死んだって事なのか…………」

「あの………お名前何でしたっけ?動揺して頭に入ってこなくて」

「高倉 綾人。1コ上の高2」


ニンマリと嬉しそうにシルビアが笑う。


嬉しそうね。この世界で前の自分の名前言うのって変な感じだったけど、シルビアもそうなんだろう。


「先輩ですね。じゃあ高倉先輩だ。高倉…………高倉……綾人?」


た、たた高倉 綾人?えっ?ええっ?


「た、高倉 綾人って、まさか英秀高校の高倉 綾人じゃないですよね?」

「えっ何?もしかして同年代?俺の事知ってんの?」

「嘘っっ!!」


カトリーヌは思わず立ち上がり、後ずさった。


嘘!?嘘嘘!?た、高倉先輩!?


「もしかして知り合いだった?佐藤 理恵………う〜ん、記憶にはないけど。同じ学校?」

「ち、違います。別の高校で、先輩有名だから私が一方的に知ってただけで…………」

「そっか。じゃあ、俺の姿もどんなだったか知ってんだ。ちょっと照れるけど嬉しいな。俺は佐藤さんの事知らないからごめん」

「い、いえ、そんな、私なんか知らなくていいです!冴えなくてダサくてブスなんで!」


あんな私認知されたくない。知らなくて全然オッケー。


「あれっ、先輩がこうして生まれ変わってるって事は、もしかして先輩……死んだんですか?」

「あーうん、そんなんだろうね。交通事故に遭って、寝たきりで夢みてんのかとずっと思ってたけど、死んだみたいだね」

「先輩が死んだ…………」


目の前にいるのはシルビアなのに、黒髪の男子の姿が思い浮かんだ。


学校が大っ嫌いだった。

上手く友達も作れずに出遅れて1人ぼっちでどうにも出来ずに、それでも逃げれもせず毎日重い足どりで電車に乗って高校へ行っていた春の終わりに先輩と出会った。


いつもと違う車両に乗った時に、一際目を引く男子がいた。

朝の通学の学生や、スーツを着た社会人で混み合う車内で、吊り革につかまって、耳にイヤホンをつけて1人涼やかな顔をして目を閉じていた男の子。

すらっとした背丈に、染めたこともなさそうな黒髪に黒い瞳。整った顔で小顔で何頭身?ものだったし、そこらの男子学生なんかとは別格でそこだけ別空間のようだった。

例えるなら、キリリとした印象の若様という感じだ。


周りの女の子達がコソコソと話してるので、名前も、どこの高校だとかはすぐに分かった。

それからは毎日その車両に乗った。

2駅だけの私の密かな楽しみ。

遠くから見つめているだけで満足だった。心の中で、高倉 綾人と名前を言ってみるだけで胸がドキドキしていた。


剣道の試合にもこっそり行ってみたことがある。


高倉先輩は覚えてないだろうけど、1度だけ話した事もある。


朝、駅の階段を登った所で躓いて転んで、チャックが開いてたのかバックの中身をぶちまけてしまった事があった。

誰も足を止めてくれず、恥ずかしさで俯きながら散らばった物を拾っていると、誰かがしゃがみ込んで一緒にそれを拾い始めたくれた。

顔を上げた視界に映ったのは、毎日見つめていた先輩だった。

ビックリして何も言えずにすぐ下を向いてしまったけど、先輩がすぐ近くにいて私の物を拾ってくれてるのが信じられなかった。

最後に先輩は〝これ使って〟と、2枚の絆創膏を差し出してきた。

キョトンとしてると、先輩は私の膝を指差してニコッと笑った。

舞い上がってドキドキして、膝を擦りむいた事さえ気づかなかった。

心臓がバクバクして言葉にならず、ひたすらお辞儀をする私にクスリと笑い、先輩は〝気をつけて〟そう言って私の頭にポンポンと手をやると、手を振って行ってしまった。


それだけの事。でも一生忘れないと思った。あの笑顔も触れた手の感触も、絶対絶対忘れない。絆創膏は勿体無くて使えなくて私の宝物になった。あれ以来、話すことも先輩が私の存在に気づくことはなかったけれど、遠くから見つめてるだけでも幸せだった。


「お、おい、どうした?」


驚いたシルビアの顔。けれど涙でぼやけてよく見えない。


「うわぁ、先輩が死んじゃったー!」


友達と楽しそうに笑ってる顔。

放課後、駅のベンチに座ってぼんやり空を見つめる夕日に照らされた横顔。道着姿の凛とした佇まい。

先輩の夏服、冬服姿。イヤホンをして瞳を閉じた横顔。

私へと笑いかけたあの笑顔。

あの人がもうどこにも居ないなんて…………。


「ちょ、ちょっと、佐藤さん………?」


悲しい。悲しい、悲しい、悲しい。

私とは遠い世界の人だったから、近づきたいなんて思ってなかった。ただ見てるだけで良かった。先輩が生きてる同じ世界にいられるだけで良かった。


きっと今頃は先輩ならいい会社に就職して、もしかすると結婚なんかして美人の奥さんがいるかもしれないと思っていた。

私はもう会えないくらい遠い遠い場所に来てしまったけど、先輩には幸せでいてほしかった。私の中で先輩はあの時の姿のままで止まってしまったけど、その先もずっとずっと私の好きだった先輩には生きて幸せになって欲しかった。


手で顔を覆って、大号泣のカトリーヌを前にシルビアは訳が分からず戸惑いながら狼狽えていた。


「さ、佐藤さん?ちょっと、本当どうしたの?」


シルビアの声が聞こえる。


でも、先輩の顔を思い出すたび涙が溢れて止まらなくなった。


生きていてくれるだけで良かった。その先輩がもういない。あの存在がもうどこにもいないと思うだけで、胸が締め付けられるように苦しかった。


いつまでも涙が止まらずしゃくりあげ、嗚咽まじりに泣く私の頭をシルビアが優しくポンポンと手をやるから更に涙は止まらなくなった。


そうして、しばらく泣き続けた後、ようやく涙が止まった頃には目が腫れぼったく腫れて赤くなっていた。


「いや〜見事に不細工だね。埴輪みたいな目になってるよ。鼻水も出てるし」


シルビアは制服の上を脱ぐと私の顔にそれを押しつけてきた。


「ハンカチ汚いし、制服も汚れてるから鼻水拭いちゃっていいよ」


言葉の通り、血で制服も汚れてたのでここは遠慮なく顔の涙の跡と、鼻水をぶーっとかませてもらった。


泣いて泣いて、ようやく心は落ち着いてきた。


「あの………突然泣いてごめんなさい。もう分かってると思うんですけど、私先輩のこと好きだったんです。出会ってからは短かかったけど、あの時の私には生きがいで一生分の恋でした」


先輩にだったら絶対に言えなかった告白。

先輩とは違うシルビアだから言えたこと。


「…………ありがとうって言えばいいのかな。そんなに好きでいてくれたんだ。って、あの時とは全く違う2人が過去の事を言ってんのも変な感じだね」


シルビアは、ははっと笑ったがこっちは笑える心境ではなかった。


過去か…………。先輩は私の事なんて認識してなかったから、その程度なんだろうけど。

私は久しぶりの同窓会で、昔騒がれてた高倉先輩交通事故で死んだんだってと聞かされたような衝撃なんですよ。

何年経ってその後が分からなくなってたって、幸せに暮らしてるんだろうなと思ってた好きだった人が、もうどこにいもいないだなんて聞かされたらショックなんですよ。

私の中で先輩は高校生の時の大好きだったあの時のまま心に残ってるんだから。


「はー…………先輩がシルビアなんて………。そりゃ、リアル人生の勝ち組にカースト下位の私なんかが太刀打ち出来るはずもないわ」


最初の元から違かった。生まれ変わったって本物には勝てっこない。


「も〜交通事故って高校生にもなって先輩何やってるんですか?注意しなきゃ駄目でしょう。先輩は勿体無さすぎます。私とは違かって人生の勝者なんですから、楽しい弾けた大学生活送っちゃったり、いい会社に入って社内1のモテメンになったり満たされた人生過ごさなきゃ駄目じゃないですか」

「うっ耳が痛い。ホントになぁ、何やってんだろな。でも、そうゆう人生過ごせたら楽しかったんだろうな………」


そう言って笑ったシルビアの顔はどこか寂しそうで、今更言わなければ良かったと思った。


先輩だって死にたくて死んだ訳じゃないのに。


「そうゆう佐藤さんは何で死んだわけ?」

「え?わ、私………………私も交通事故です」

「同じじゃん!人の事不注意すぎみたいに言っといて!」

「ですよね、自分の事棚に上げて………。11月29日が命日でした」

「嘘!?俺も同じ日だよ!夜の21時過ぎだったかなぁ」

「わ、私も塾帰りでそのくらいの時間だったと」

「本当!?偶然じゃなかったとしたら、同じ日に死んで、同じ世界に来たのって何か関係あんのかな」

「何かあるんですかね………」


そんなの私が分かる訳ない。

でも、先輩と同じ日に私も亡くなったんだ、凄い偶然。後じゃなくて、本当に良かった。先輩が死んだなんてあの時の私が知ったら深い悲しみに打ちのめされただろう。きっと絶望した。


「佐藤さんはどんな人だったの?」


何気なく聞いてきたんだろうが、うっと怯んでしまった。


言いたくはないけど、今の私はもうあの頃の佐藤 理恵ではない。

過去は過去。今の私は美少女なんだから自信を持って言うのよ。


「ええと…………今の私とは全然違う、さえなくてブスで自分に自信もなくて、友達もあまりいなくて………最悪。こんな事先輩に言ってて情けなくなってくる」

「ごめん、嫌だったら言わなくていいよ」

「………まあ、もう昔の事ですから。うちの両親はいい大学出ていい会社に入った仕事を生きがいにしてるような親で、私が産まれてからも仕事を続けてたし、そうゆうのが全てだと思ってる人達で私の事はほったらかしのくせにその価値観だけは押し付けてきて、内でも外でもいつも1人ぼっちの寂しい子でしたよ」

「そっか………。いろんな家庭があるからね」

「お恥ずかしい。先輩の家なんかと全然違うでしょう。先輩みたいな人から見たらあの頃の私なんて底辺のゴミみたいなんだろうな」

「こらこら、自分を卑下しない。恥ずかしくなんかないよ。皆んな人それぞれなんだから」


やっぱり優しいな。元の世界にいた時から、電車で席を譲ったり困ってる人に手を差し伸べられる人だったから。


人それぞれなんて言うけど、世間はそんな甘くないんですよ先輩。

人を馬鹿にしたり、無視したり、そんなので優越感抱いたりホント汚いんですよ。

私に手を差し伸べてくれた時、先輩は私の見てきたそのまんまなんだって嬉しかった。


黙ってしまった私を、シルビアはずいっと覗きこんできた。

ビクッと驚いて仰け反った私を見てシルビアは可笑しそうにふはっと笑う。


「過去だって言いながら気にしてるじゃん。どうにもならないなら気にしないか、前に進む方法をみつけな。これは俺の人生の教訓」

「私は先輩じゃないから無理ですよ」

「う〜ん、最初から何となく思ってたけど高倉 綾人の事だいぶ理想化してない?そんないい人生歩んでないよ」

「そんな、先輩がいい人生じゃなかったら他の人なんてどうなっちゃうんですか?格好良くてモテるし、進学校にも行って運動だって出来るし、そんな盛り合わせみたいな人滅多にいませんよ。それが当たり前過ぎていい人生じゃないなんて」

「え〜、でも佐藤さんの親共働きでいい会社なんでしょ?俺はそっちのが羨ましいけど」

「先輩分かってない!ああゆう両親持つと大変なんですよ!仕事優先で私の事は2の次だし、だったら最初から私なんか産まなきゃいいのに!」


思わず興奮して声を荒げてしまった。


先輩があの両親がいいなんて言うから。小さい頃からどんなに私が寂しい思いをして、押し付けの価値観に苦しめられたか知らないからそんな事が言えるんだ。


「ごめん、単純にいいなと思っただけでそんな嫌だとは思わなかったんだ。けど、俺の人生もいい人生って言ったからあいこって事で」


そう言ってシルビアは笑ったけど、そんなのあいこにならない。

先輩がそう思ってなくても恵まれてるのは事実なんだから。

私なんかとは、全然違うんだから。

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