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僕は高倉 綾人

女子寮の個室部屋のドアを乱暴に閉める。

途中から走ってきたので息が切れて苦しくてドアに寄りかかった。


信じられない…………、何よあれ、何なのよ!?


エディス様とシルビアがキスしてた。

どうして?何で?

だってあの2人はただの友人だったし、婚約破棄したじゃない。

なのに何でなの?

2人は恋人なの…………?だったらどうして婚約を破棄したの?

分からない。でもはっきりしているのは、2人はキスをするような仲だって事だ。


「〜っ!」


カトリーヌはベットに向かい、枕を掴むと何度もベットに叩きつけた。


遊び?けどエディス様は王太子で王国の跡取りだからそんな危うい事するはずがないわ。それもシルビアとなんて。

あのシルビアも遊びで軽々しくキスなんてしなさそうだ。

じゃあ、まさか本当にあの2人…………。


枕を叩きつける手が止まる。

その代わり、枕を掴む手がぶるぶると小刻みに震えた。


「は!?ふざけんじゃないわよ!あんた達婚約破棄してんでしょ!?何今更こそこそやってんのよ!?」


だったら何で婚約破棄なんてしてんのよ!?友人だったでしょ!ただの友人に戻りたくて婚約破棄したんでしょ!それが何でこんな事なってんのよ!?


「………私はヒロインなのよ……。運命は私の味方なんじゃないの…………?」


怒りで声が震える。


こんなの許せない。納得できない。

顔は整ってるけど、あんなの男女じゃない。私の方が断然可愛いのに。女の子らしさもないし、この前なんて特別講師で来たソードマスターと派手に戦って訓練場ぶっ壊してたじゃない。

男どもも皆んな引いてたわよ。

女らしさもないどころか規格外のくせに。バグビアのくせに。


私の方が小さくて女の子らしくて可愛いくて絶対絶対、魅力的なのにどうして上手くいかないの…………。


カトリーヌは力任せに枕を壁に投げつけた。


何もかもが上手くいかない。

王太子だけじゃない。ナイルは諦めると言ったきり、本当に近づいてこなくなったし、カディオ先生も訪ねて行っても暇さえあれば魔法の解析だかに夢中になって研究室に閉じこもってしまって会えずじまいだ。

ティーエは興味なかったから放っておいたけど、この前偶然会ったから声をかけてあげたのに、めちゃくちゃ素っ気なくて〝忙しいから行っていい?〟なんて本当に行っちゃうし。この私が声をかけてやってんのよ!

ルオークだって私の事好きなくせに、昼食会がなくなってから接点があまりなくなってしまった。男なんだから積極的に会いにくるなりもっとガンガン来なさいよ!


この前、攻略対象者達に取り囲まれるシルビアを見かけて胸がもやもやしたけど、気のせいだと思おうとした。


生徒会の仕事なのかナイルとティーエを引き連れて、そこに偶然王太子とルオークが通りかかってその場で談笑が始まってしまい、そこにシルビアに用があったカディオ先生が加わり魔石がどうの解析がどうだとか6人で楽しそうなお喋りが始まってしまった。


偶然を装って私もそこに加われば良かったけれど、それも出来ずに私は隅からそんな彼らをただ見つめていた。


男達の中であまりに自然に溶け込んでいるシルビア。

でも私が出ていったら、きっと会話も止まり、再開したとしても私は蚊帳の外みたいになると分かっていた。

シルビアは見かけからして男の中にいても違和感もないし、性格だって男勝りだから、男友達みたいな存在で私とは違うと自分を納得させたけど、本当は気に入らなかった。


油断してた。男のようだと思ってたけど、こうゆう事に関しては、ちゃんと女なのね。

王太子だけでなく、他の攻略対象者達まではべらしてまるで自分のハーレムのようにしちゃって。


「勘違いしないでよ、この世界のヒロインは私よ。あんたなんか、ただの脇役なんだから」


痛いくらいきつく拳を握りしめた。

瞳からは涙が溢れて頬を伝う。


悔しい。何で私がこんな惨めな思いをしなくちゃいけないのよ。


嫌だ。このまま終わってしまうのは絶対に嫌だ。

終わらせない。そうよ、ここは私の世界よ。主人公が誰とも結ばれないなんて、あっていい訳がないでしょ。


邪魔者はさっさと退散しなさいよ。

この世界を適正に戻さなきゃ…………。




――



翌日、授業の間の休暇時間に先生に用があった事もあり、2学年の教室の前を通りかかったので、教室をチラッと覗いてみた。


どの教室かなんて知らなかったけど、すぐに分かった。


女子の間では頭2個分は飛び抜けて高い長身に、沢山の女の子に囲まれて賑やかに騒いでいるグループの中心にいるのがあの女だ。


何を話してるのかは分からないけど、楽しそうな顔しちゃって。


男装の麗人みたいで女の子が騒ぐのは分かる。そこいらの男よりずっと整った顔でキリッとしていて綺麗な害のない男みたいだから、本物の男よりも近づきやすい。

この世界の女の子達は積極的に男の子にアピールしたり、ベタベタしたりしないから、疑似的に男の子と一緒にいるような気になれるシルビアくらいが丁度いいのだ。


そうゆうキャラだと思ってたのに騙された。興味ありませんみたいな振りしといて、いつの間にか王太子をたぶらかせて、他の異性にも媚びを売るような最低な真似してんのよ、そいつ。


無言で睨むように教室を見ていると、入り口のすくそばにいた男子生徒が話しかけてきた。


「どうかしたの?うちの教室に用かな?」


頬を染めた照れたような顔。


ほら、こうゆう反応よ。誰もが一目で心奪われるような美少女なのよ、私。


「何でもありません。失礼します」


ニッコリと笑い、会釈をしてすぐにそこから離れた。


友達の延長線の親友ポディションから、理解ある振りして男をほだしてくんでしょうけど、あなたとは違って私は一目で惚れさせる事ができる程の可愛くて可憐な美少女なんだから。


あんたをどうにかして、元のストーリーに戻してみせるわ。




授業後、いつものように王太子を探した。


でも目的が違う。王太子と交流を持つ為ではなく、シルビアと2人でいる所を観察するのだ。それに王太子だけだったとしても、シルビアの話題も出しながら反応を見てみたい。


それなのに、探し始めてすぐに見つかったのは違う人物だった。

廊下の角を曲がったら、窓の外の庭園を見つめるシルビアの姿がそこにはあった。


そのまま戻ってやり過ごそうと思ったが、気が変わった。


シルビア、あなたに直接探りをいれるいい機会ね。


「会長、何見てるんですか?」


とととっと走ってシルビアの横に行くと、同じように窓から外を眺めてみた。


庭園に出ている生徒達の姿以外は特に変わったものはない。


王太子でも見てるかと思ったのに。


「これから訓練場に行くから、ちょっとのんびりしてただけだよ」


ニコッと笑ったシルビアは、性別を知らなけば本当にエディス様とは別の雰囲気の黒王子みたいだ。


こうやって男には興味ありませんみたいな顔しといて、裏ではキスしてんのよね。どっちから迫ったのかしら、きっとシルビアね。エディス様は戸惑いながらも積極的なシルビアに逆らえず、されるがままになってるんだわ。


「カトリーヌちゃんはこれからどっか行くの?」


ふっと笑った顔にドキリとした。


あー駄目だわ。こいつ顔はイケメンだから直で見ると私までほだされちゃいそう。

なるべく見ないように話そう。


「今日は予定はないんです。あの、会長の訓練見させてもらってもいいですか?前の試合から私、会長のファンなんです」

「別にいいけど…………見てても面白くないと思うよ。1人稽古の後は、親衛隊の訓練につき合うし」

「それでもいいです!」

「そう?なら、一緒に行こうか」


シルビアは数歩先に行って、おいでというように振り返った。


すらりと高い身長に、小顔で足も長いし、無駄にイケメン過ぎる。

他の男子生徒のが背は低いし、顔だって悪いし、清潔感はなく残念な感じだ。でもシルビアは本物の男じゃないから、イケメンである必要はないのに無駄過ぎる。


少し目を逸らしながら、シルビアの隣りに行き一緒に歩き始めた。


さあ、こっちから攻めるわよ。


「………会長は、エディス様と婚約破棄してからどうですか?婚約者から友人に戻っても、何も変わりませんか?」


その問いにシルビアがじっとこちらを見てきたのが分かったが、正面から見返すとドキッとしてしまうので少し斜め上を見る。


相手は憎きシルビアなのに、私ってばイケメン顔に弱いんだから。


「特に変わりないけど、どうゆう意味かな?」

「別に深い意味はありませんよ。ただ破棄してからエディス様は沢山の令嬢に言い寄られて大変じゃないですか。うんざりして憔悴したところに気心の知れた親友が迫ったら、それまでそんな気なかったエディス様もなびいちゃうんじゃないですかね?」

「ああ、よくあるパターンだね。起こりそうな事だけど、エディスの親友の女の子って僕しかいないし。ないね、それは」


白々しい。弱ってるところをたぶらかしたくせに、どの口が言ってんのよ。


「そうなんですか。じゃあ、会長はエディス様の事はもうただの友人として割り切ってるんですね」


まあ普通に言う訳ないか。じゃあ、これはどう?


「なら会長にお願いがあるんです。私エディス様の事が好きだから、仲を取り持ってもらいたいんです。隠してるけど聖女なら身分も問題ありませんよね?」


今どんな顔してる?少しは動揺した?

隠して付き合ってるんだから何も言えないわよねぇ。


チラッと見ると、シルビアは何て事ないような顔で笑っていた。


えっ………?どうゆう顔よ、それ。


「ふ〜ん。カトリーヌちゃんってそうゆう事言うんだね。なんか普通の子っていうか、そこらの令嬢と同じっていうか」

「なっ!………それ、どうゆう意味ですか?」


この私がモブの令嬢達と一緒!?はあ!?目ちゃんとついてんの!?


「だってこんな可愛いって武器を持ってるのに、こんなもんなんだなって。もっと百戦錬磨的な太刀打ち出来ないの想像してたんだけど、意外に普通なんだなと思って」

「普通で悪いんですか?」


何言ってんのよ?百戦錬磨って人の事何だと思ってたのよ?


「悪くはないよ。ああ、そうゆうもんなんだなってだけ。僕が勝手に格上の女だと期待しすぎちゃっただけだから」


だからその言い方がムカつくのよ。期待はずれみたいに言ってんじゃないわよ。


「会長…………私がどうだろうと、とやかく言われる筋合いはないんですけど。口が過ぎますよ」


腹立つ。ムカつく。勝手に人を品定めしてあんた何様よ?


するとシルビアは歩みを止めて私を見た。


「へえ、そうゆう顔もするんだ。感情が現れてて、いつものぶりっ子笑顔よりはいいじゃん」


あまりにムカつきすぎて、その感情のままシルビアを睨みつけていた私を見て、シルビアは口の端で笑う。


ぶりっ子ですって?可愛い子が更に可愛く見られようと少し誇張してるだけじゃないのよ。

まあ、あんたには出来ない真似でしょうけどね。

そのキャラで可愛い子ぶったら気持ち悪いもんね。


「この前さあ、見てたでしょ。覗き見してた。それなのに仲を取り持ってもらいたいって?」

「気づいてたんですね」


ああ、それでこんな嫌味ったらしい事言ってんだ。あんた意外に性格悪いのね。


「あれワザとですか?もしかして私に見せつけようと?自分のものだってアピールしたかったとか?」


するとシルビアは私を見てニッと笑う。


「そうだって言ったら?」


は?はあー!?何堂々と言ってんのよ!


「私の事普通の子で拍子抜けみたいに言ってたけど、会長こそ普通の女みたい。コソコソ見せつけて牽制しようとしちゃって、案外女々しいんですね」


それにまんまとはまって、昨日ショックを受けて泣いたのが馬鹿みたい!こいつの思う通りになってたなんて!


「そんな卑怯な真似しないで堂々とすればいいじゃないですか!自分に自信がないんだ、正攻法じゃ私に勝てないと思ったんでしょう!?だから牽制して身を引いてもらいたかったんでしょう!?」


あー腹立つ!この陰険女!!


だが、シルビアは私の言ってる事などまるで気にしていないような顔で私を見ていた。

そして、私と目が合うとぷはっと吹き出して笑いだした。


馬鹿にしてるとかでなく、本当に楽しそうな屈託のない笑顔。


窓からの日差しが逆光で眩しくて目を細める。


綺麗な顔…………。光を浴びて笑う顔がキラキラと眩しいくらい。


ほんの一瞬だが、見惚れていた事にハッとした。


「カトリーヌちゃんはそうゆう面を出してってもいいんじゃない?」


笑うシルビアの言葉に、カアッと顔が熱くなった。


そうゆう面って、馬鹿にしてんの?こんな怒り顔で文句ばかり言うなんて全然可愛くないじゃない。

きっと今凄い醜い顔してるわよ。それがお似合いだって言いたいの?


シルビアは再び前を向いて歩き出す。


余裕じゃない。

エディス様も手に入れて、私なんか相手にもしないって訳?

分かってるわよ。自信に満ち溢れて、あんたは輝いてる。家は富豪の金持ちで、力と才能に満ち溢れ、男前だけど顔だって悪くない。全てを手に入れられるあんたが輝かないはずないじゃない。


幸せでしょう?満ち足りてるでしょう?

不安も迷いもなく、生きたいように生きてるあんたみたいな人は毎日が楽しいんでしょうね。


前を歩く無防備な後ろ姿。


私にはもうここしかないのよ。ここが私の世界で、私はヒロインなんだから。ここで幸せになれなかったら、私はどうしたらいいの?

こんな惨めなヒロインなんて無いわよ。


前に下へと降りる長い階段が見えてきた。

校舎の北側のここにはほとんど生徒はいない。外に出るにも皆、中央の出入り口を使うのが主だ。


誰もいない……………。


ドクンと大きく心臓が鳴った。


このシルビアはバグだ。皆んなに好かれて、皆んなの中心にいて、まるで王者のように君臨して何でも手に入れて、それが当たり前のような輝く存在。

あんたみたいなのがいたら、私が霞んでしまう。

あんたがいるから、私がこんなに惨めで不幸になるんだ。


元に戻さないと……………。


ドクドクドクドクと心臓が凄い勢いで音を立てる。

それに合わせてハアハアと呼吸が荒くなった。


一歩前に踏み出すと突き進むように前に進んだ。


視界が狭い。一点しか見えない。


次の瞬間、力任せに両手でその背中を押していた。


それは一瞬の事で、そこにあった姿が見えなくなったのと、何かが転がり落ちていく音がした。


ふっと力が抜け、崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。


手に残る感触。

今、まぎれもなく私がシルビアの背を押したのだ。


姿の見えなくなったシルビア。

どうなったんだろう……………。


でも体が動かない。ガタガタ震えだして、力が入らない。

手も小刻みに震えている。

この手が彼女を突き落としたのだ。


「………う、嘘………私そんな…………」


気に入らなかった。憎らしかった。いなくなればいいとも思った。でもこんな事をするつもりはなかった。


たまたま階段の前に来てしまった。そして魔が差してしまっただけだ。私はこんな事をする人間じゃない。


怖くて下が見れない。


もし、誰かいたら………。何の声もしないから、誰もいないのかもしれない、でもショックで声が出ないとか………。


ガクガクと震える膝で這うように前に身を乗り出し、そっと階段の下を除きこんだ。


そこに他の生徒はいなかった。いたのはシルビアだけ。


カトリーヌは腰を抜かしたように後ろに尻もちをつく。


心臓が異様なくらいの音で鳴っていた。


階段の下で倒れて動かないシルビア。足が変な方向に曲がってた。

私が…………私がやった……………。


「………そんなつもりじゃ………えっ、こんなんで死んだりしないわよね…………?」


やだ、こんなのがバレたら恋愛どころじゃない。相手が公爵家じゃ誤魔化せも、揉み消したりも出来ないだろう。

聖女だけど捕まる?同じ学園の生徒会長を殺した異常者。皆んな私をそうゆう目で見る?学園にだってもう居られない?

嫌だ、怖い。私は誰よりも可愛いヒロインなのに。


〝人殺し!!〟


嫌、嫌だ。嘘、死んでないわよね。つい押しちゃっただけなのよ。たまたま階段があったのよ。


「嫌だ、こんな終わり方なんて。私のせいじゃない、私は何も悪くない。だってヒロインなのよ、幸せになるべきなんだから。こんな、こんなの…………」


私が悪いんじゃない。私のものを奪ってったシルビアが悪いんだ。


「そうよ、あんたが悪いんじゃない。ここは私の世界なのに、あんたみたいなバグのせいで滅茶苦茶よ。生まれ変わって、好きなゲームの世界で幸せなヒロインになるはずだったのに、犯罪者って何よ………。こんなの元の世界より酷いじゃない………」


涙がボロボロと瞳から溢れたが、拭う余裕もない。


生まれ変わって、この世界なら絶対に幸せになれると思った。物語の内容も知ってるし、こんな可愛いヒロインになれたんだから幸せになれないはずがなかった。


それなのにこの現実は何?

こんな現実は望んでなんかなかった。


逃げないと…………。でも、どこに?

嫌だ、嫌だ。捕まりたくない。公爵によって処刑されるかもしれない。これまで十分惨めだったのに、そんな最後なんて迎えたくない。


俯いて涙する私に、突如ふっと影がかかった。


ゾワゾワと鳥肌が立つ。


前に何かいる。何の音も気配もしなかったけど、ほんの一瞬の間に何かが立って私を見下ろしている。


「お前………やっていい事と悪い事があんだろーがよ。ふざけんなよ、他の奴だったら死んでたぞ」


頭上から聞こえてきた声には聞き覚えがあった。

カトリーヌは涙ながらに顔をバッと上げる。


「ぎ……ぎゃああーーっ!!」


頭上には長い髪を振り乱し、顔から血を流し氷のような目で私を見下ろしてる女がいた。


「うるせーよ」


口元をがっと手で掴まれた。


「あーもう、痛ってーな。軽やかに着地しようと思ったけど、成されるがままになってみようかと考えたのが判断ミスだな」


シルビアだ。シルビアが生きてた………。

足が折れて斜めになって、ボロボロの姿でゾンビみたいだけど生きてる。


「良かった………良かった。ごめんなさい………本当にごめんなさい……………」


良かった、生きてて良かった…………。


号泣する様に、安堵の涙が次から次へと零れ落ちる。


「全然良くねーよ。こんな事する思想がやべーわ」

「ご、ごめんなさい………。あまりにムカつく事ばっか言うから頭に血が上って………カッとなって、ごめんなさい……」

「他の奴だったら、ごめんで済まないぞ」

「ごめんなさい、本当ごめんなさい…………」


嗚咽まじりに泣く私から、掴んでた手が離れる。


「まあ、煽ったのもあるけどな。まさかこう出るとは思わなかった。今後ナイルと同じく監察対象に加えるから」


シルビアは縮こまった体を伸ばすように、両足をついて大きく伸びをした。


えっ?あれ?足、さっきまで曲がってたのに今治った?


驚いた顔の私を見て、シルビアはふっと笑った。


「不死身のシルビアだから。腕ぶった斬ってても治せるよ。ちょっとビビらそうと思って治さなかっただけだから」


そう言って笑いながら、シルビアは私のハーフアップでまとめていた髪のゴムを引っ張って取った。


「これもらうね。僕のは切れてどっかいったからバサバサ」


シルビアは奪ったゴムで腰まである長い髪を、高めで1つに結いた。そしてハンカチを取り出すと顔の血を拭く。

たが、それでも拭ききれなかったのか、無言で手を差し出してきた。


「あ、あの…………今日ハンカチ忘れて……」

「ちょっと女子!あーもう、いいよ」


シルビアは制服の袖で顔の血をゴシゴシと拭いた。


血が拭き取れた顔には傷も見られなかったのでホッとした。


私、犯罪者にならなくて済んだんだ………。


「説教は今後するとして別の話をしようか。そうだな、生まれ変わってヒロインに転生したカトリーヌちゃんの話とか」

「えっ…………?」


あっ、私が話したの聞かれてたの………?でも生まれ変わりとか、ヒロインとかどうせ何のことだか分からないでしょ。適当に誤魔化せばいいわね。


「それか悪役令嬢として追放された公爵令嬢の話とか」


その言葉に、カトリーヌはゆっくりとシルビアを見た。


今、何て………。今のシルビアが言ったの…………?


腕を組んで私を見て笑っているシルビアを信じられないものを見るかのように見た。


何であんたがその話を知ってんの?

嘘でしょ………まさか………。


「何……?えっ?あ、あんたは悪役令嬢のシルビアでしょ?」


そんな、まさか…………。でも…………バグじゃなくて、私と同じだとしたら…………?

だから、シルビアがこんなに設定ガン無視の突起した存在になってるとしたら…………?


思わず息をのむ。


「いや、僕は高倉 綾人。元17歳の高校生だ」


そう言って、シルビアは瞳を細めて笑った。

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