女の子してます
コンコン。
教室のドアが2回ノックされた。
そしてゆっくりとドアが開く。
そこから顔を出したエディスは、僕の姿を見つけると嬉しそうに顔を緩ませた。
「シルビア早いね。僕も急いで来たのに」
エディスは早足で近づいてくると、そのままギュッと僕を抱きしめてきた。
「エ、エディス?」
「会いたかったよ」
毎日会ってるけど。うん、でも意味は分かる。足りないって事でしょ。何だかんだ僕だって、急いで来ちゃってるし。
「………キスしていい?」
耳元で囁く声に、黙って頷く。
すると、エディスはスリスリと頬を擦り寄せてきてから唇を重ねてきた。
交際7日目にして、もう普通にキスしてきている。
初めは照れまくっていたエディスも慣れてきて、紳士的に振る舞っていてもやっぱり男の子、どんどん求めてくるようになっていた。
でも分かる。キス気持ちいい。
こうして体が密着して、息遣いを感じる距離で柔らかい唇が重なって、まるで1つになったかのように溶け合う気すらする。
「シルビア可愛い。好き、大好きだよ」
エディスの手が頬に触れる。
僕を見る愛おしそうな瞳。そしてまた唇が重なる。
毎日好き好き言うし、隠す気もなくなったのか全身から好きがダダ漏れで、もうお腹いっぱい状態だ。
これを今まで押し殺し隠し続けてきたのだから、ある意味凄い。
「……エディス、舌出してみて」
「舌?」
エディスは言われるがまま素直にチロっと舌を出す。
シルビアはニコっと笑うと、その舌ごと口づけ自分の舌を絡めてみた。
驚いたのか、エディスはすぐに唇を離す。
「な、何?」
「キスの時舌を絡めるともっと気持ちいいんだって。どうだった?」
ベロチュー、これで合ってんのか?やった事ないから分からん。
「どうって………ビックリしたからよく分からないや。もう1回やってみる?」
「うん、やってみよう」
シルビアはエディスの頭へと腕を伸ばし、自分の方に引き寄せる。
「シルビアはいろいろ思いつくね」
クスリと笑い、エディスは唇を重ねてきた。
そのまま、エディスの舌が絡まってくる。
こいつ、躊躇いもなく積極的になったな。前の照れはどうした、照れは。
てか息苦しっ。心臓はバクバクしてるし、何だかクラクラする。
気持ちいいかっていうと微妙だけど。
唇が離れると、エディスも微妙な顔をしていた。
「別に気持ちいいとかはなかったけど………。ドキドキはしたね、舌を絡めた事なんて初めてだし。これでよかったのかな」
「だな。正解が分からないから何ともだ。エディスの舌がっていうドキドキはあったけど。今度、同じ教室の女子にどんなキスしてるのか聞いてみるよ」
「えっ、女の子達ってどんなとか話すの?」
「あー、人にはよるけど、話す話す。女の子の話の内容の方が過激だよ。共感の文化だから」
「えー、じゃあ僕との事も、あっ内緒にしてるからそれはないか」
「内緒にしてなくたって、僕はべらべら喋るタイプじゃないからもっぱら聞き役。こっちの世界の男子は恋人とのあれこれを話したりしないの?」
すると、エディスは少し考えて複雑そうな顔をした。
「……そうゆうのって人に話したりするの?今までそんな話題になった事ないんだけど。それとも僕が王太子だから不適切な会話としてふられなかったのかもしれない」
「でもさ、くだけた感じのルオークもそんな感じだから本当に話題でてないのかもよ。同じ教室で誰が1番おっぱいでかいとか、男子が話してるの聞いた事とかない?」
「教室でそんなの話すなんて有り得ないよ」
「だよな〜。うちの教室でもそんなの話してる男子見た事ないわ」
きちんと教育を受けたお貴族様も多いから、滅多な事は口にしないのだろう。平民の男子共もそれを察し、下世話な話はしないのかもしれない。
元の世界の男子どもなんて、引くくらいの会話してたな。
こっちの世界じゃ、そうゆう情報集めた雑誌とかもないし、ネットで検索って訳にもいかないから、口頭で情報を集めるしかない。
キスに始まり、最終的にはアレだよな。セックスだよな。
うわっ、考えたら心臓バクバクしてきた。
僕の視線を感じて、エディスがふっと瞳を細めて笑う。
相変わらず整った綺麗な顔してんな。
こいつとセックスすんのか………………。
想像したらボッと顔が熱くなってきた。
嫌悪感も抵抗もない。たぶん出来ると思う。
「顔赤いよ、何考えてるの?」
耳元のエディスの声に、ゾクゾクとした。
うわっ、甘い声出しちゃって。誘惑してんの?
そういえば、キスとかしててエディスだって一応興奮してるよな。アレだ、勃起とかすんのかな。
エディスも男だ。もっと淡白なのかと思ってたら、キスとかのめり込んでくるし、性欲とかあるよね。
以前の関係だったら、ちんこ立ってんの?くらい言えたと思うけど、恋人になってこの雰囲気でなんか……言えない。
恥ずかしいだなんて、この僕が。
皆が躊躇う事だって、一歩前に踏み出せる。何事にも立ち向かっていける自信と力を持ち合わせて、進む事を恐れない僕がこんな事で尻込みするとは。
チュッと唇が重なる。
「余計な事考えないで、僕のことだけ見ててよ」
甘いエディスの表情に、体の力が抜けた。
おかしい。何かがおかしい。
これじゃ、そこいらにいる普通の女の子みたいじゃないか。
僕は最強のはずなのに。誰にも負けない強い………。
また唇が重なった。
先程までとは違う激しいキス。
舌も入ってきて口の中が刺激される。
熱い。苦しい。でも何だか気持ちいい。
歳下の可愛いエディス。でも今はしっかり男の子だ。
唇が離れ、エディスは僕を見て瞳を細める。
「シルビア可愛い顔してる。気持ち良かった?」
「へ?」
ぼーっと惚けていたのが、エディスの言葉でハッとした。
くっ、してやられた感。
恋愛においたって、常に前を歩いていきたい僕にとってこの状態はかなり不甲斐ない。
けど僕はもう綾人じゃない。男としてリードする必要もないし、ニコニコと嬉しそうなエディスを見てるだけで、気持ちが温かくなって、まあいいかと思えてしまうくらい女の子してる。
シルビアはギューッとエディスに抱きつく。
もういいや。最強だとか、普通の女の子だとか。
今は甘えたい気分。優しく甘やかしてほしい。
「大好きだよ、シルビア」
強く抱きしめられ、エディスは肩に顔を埋めてきた。
首にかかる息がくすぐったくて、何だかぞわぞわした。
それに気づいてか、エディスが首にチュッとキスをする。
思わずビクッと体が反応した。
あっと思ったものの、もう遅い。
エディスはキョトンとした後、ニッコリと嬉しそうに笑った。
「首かあ………」
首かってどうゆう意味?何すんの?
その時だ。あの声が聞こえてきた。
「エディス様ー!?エディス様いらっしゃいますかー!?」
2人は抱き合ったまま固まる。
だが、どんどん近づいてくる声にハッとし、2人は慌てて周囲を見回し隠れられそうな場所を探した。
使用禁止の教室なので、机も椅子も教卓もない。
だが、掃除道具を入れるロッカーのような物だけは残っていた。
まさか僕がこんなベタな事をするなんて。
迷ってる暇もなく、そこに2人で入ったすぐその後に、教室のドアがガラッと開いた。
「エディス様………?いないか」
両開きのロッカーの隙間から、部屋を見回すカトリーヌの姿が見えた。
何の迷いもなくこの教室に向かってきたな。
今日は恒例の昼食会だから、エディスがこの場所の事を漏らしたのかもしれない。でなきゃ、おかしい。
カトリーヌがチラッとこのロッカーを見た。
そしてこちらに向かって歩いてきたので、ギクリとする。
こんな場所で2人で隠れている言い訳が見つからない。
「こんなとこにエディス様がいるわけないか」
ロッカーの前でそう言うと、カトリーヌは諦めて教室を出ていった。
シンと静まった教室。
シルビアとエディスは無言でロッカーから出る。
シルビアは何も言わずにエディスを見た。
その視線の意味を察し、エディスはぶんぶんと首を横に振る。
「違うよ、僕は何も言ってない!」
「この教室は前に事故があったから使用禁止で誰も来ないとか言ってなかった?」
「そうなんだよ。普通そんな所に来ないよね」
「じゃあ何でカトリーヌちゃんは来たんだ?」
「知らないよ、僕が聞きたいくらいだ。シルビアと2人きりになりたいのに僕が教える訳ないだろ」
そうだよなぁ。がっついてチュッチュとしてくるエディスが、わざわざ教えるのも変だな。
「この前といい、カトリーヌちゃんはエディスの秘密の場所を知ってるんじゃないのか。メモとか書いて落としたりしなかった?」
「そんなの書かなくたって覚えてられるよ。誰にも言ってないのに。避難場所として有名なのかなぁ」
「でも他の生徒には遭遇しないから有名じゃないと思うよ。他の人を避けてエディスが見つけた場所なんでしょ」
発信機でもついてんのかな、なんて。
それか、実は凄腕のストーカーで気配を消すのに長けているとか。
う〜ん、でもカトリーヌちゃんの動きに目を見張るものは感じられないんだよな。
「そうだ、カトリーヌで思い出したんだけど、今日の昼食会の前にナイル先輩に声をかけられて、これからは参加しないからって言われて今日は3人だったんだ」
「えっナイルが!?」
どうゆうつもりだ?一旦引く作戦か?
「カトリーヌの事はもう諦めるんだって。殿下狙いだけどルオークと上手くいくよう協力頑張ってって励まされた」
「え〜何それ?てゆうか、そうゆうの先に言ってくれないと」
当て馬がいなくなっちゃうのか。ナイルの奴、あんな可愛い子諦めるなんて、何考えてるんだ。
「昼の休憩はシルビアに会いたい一心ですっかり忘れてたよ」
ニッコリと笑いながら、恥ずかしい台詞を平然とエディスは言った。
堂々としすぎていて、逆にこっちが照れてしまう。
「もう照れすらなくなってきたな。それと、サラッと殿下狙いとか言ってたけどカトリーヌちゃんもエディスを狙ってんの?」
「う〜ん………たぶんね。これまでそんな感じじゃなかったんだけど、婚約破棄したあたりからかな」
「まじか。カトリーヌちゃんがねぇ………。友達からの恋が芽生えちゃった感じ?そんでルオークはどんな反応?」
カトリーヌちゃんのそんな様子を見させられてルオークはどうなんだろう。ショック受けてるのかな。
「いつもと同じ感じだけど」
「はー、そうか。1回見学に行っとかないとな」
「シルビアすぐからかったりするから、今は来なくていいよ」
「ちょっとちょっと、いくら僕でも時と場合を選べますよ。マナーの達人を侮ってもらっては困る」
「これまでの姿を見てるから心配なんだよ」
エディスは困ったように苦笑いした。
けどルオークにならいろいろ言いたくなっちゃうだろうな。
しかし、カトリーヌちゃんがねえ…………。
確かにエディスは贔屓目なしにしても、いい男に育ったからな。それに王太子という地位付き。まあ、中々問題のある王室だけど。
婚約がなくなった今、フリーの中では1番の高物件ではあるよな。
「ナイル先輩が抜けるなら、僕も昼食会は止めようと思うんだ。これ以上カトリーヌと接点は持たないようにして、後はルオークに任せて頑張るなりしてもらおうと思って」
「そうだね。カトリーヌちゃんの気持ちがエディスに向いてるなら三角関係の3人てのも微妙な会になっちゃうからね」
「ルオークがどうするのか気がかりだけど、僕の出番はここまでだな。これを期にカトリーヌとも距離を置くよ。これからは僕の好きな人に時間を使いたい」
僕を見てエディスはやんわりと微笑んだ。
その瞳がまるで愛を告白してるかのように甘く僕を映す。
あーもう、好きが溢れてますよ、エディスさん。
さすがの僕も、こう甘々な台詞は言えないわ。
その時、大きく鐘の音が鳴り響いた。
昼休憩の終わる予鐘だ。
「えっもう終わり?余計な事ばっかりあったから、シルビアと全然キスとか出来なかったよ」
エディスは気落ちしたようにため息をつく。
いや、前半いっぱいしてたよね。
「あっ、ちなみに今日授業後生徒会あるから。また明日のお昼会おうね」
「えーっ、僕ももう生徒会入ろうかな」
拗ねたようにエディスが唇を尖らす。
こうゆう子供っぽいとこ可愛いなぁ。
シルビアはエディスの頭を撫で撫でとした。
このサラサラの髪好きだな。
また撫でられるようになって良かった。
ニコニコと笑いながら撫でていると、エディスの唇が重なってきた。
すぐに唇は離れ、上から覗きこむようにエディスが見てくる。
「明日からは一緒にお昼も食べようね」
言葉と共に、おでこにチュッとキスをされた。
も、もう、チュッチュと順応早くない?
「行こうか、シルビア」
当たり前のように手も繋がれる。
まあ、嫌じゃないけど。
こうゆうベッタベタなのも好きだけどね。
はー、本当女の子しちゃってるな、僕。




