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父、アーレントの怒り

頬に走った衝撃に自分が殴られたのだという事が分かった。

その強い衝撃に、体も背後の壁に打ちつけられ下へと崩れ落ちた。


怒りの形相で近づいてきたから、それをただぼんやりと傍観していた。こうなる事も予想はできたが、避けたり逃げようとは思っていなかった。



「お前は……自分が何をしたか分かってるのか!!?」


興奮し怒りに任せて声を荒げた父の顔を見上げる。


分かっている。元より覚悟の上だ。


「分かっています。あるべき形に戻しただけです。期待に添えず申し訳ありません」


こんな言葉を言ったって父の怒りが収まるはずもない。


父、アーレントは怒りで拳をわなわなと震わせた。


「エディス!」


顔色を変えルオークが駆け寄って来た。


いらないというのに、心配してついて来たのだ。


「お前から婚約を破棄したそうだな!!どうしてそんな馬鹿な真似を、何故そんな事をした!?」


分かってる、父上の怒りも最もだ。この婚約を誰よりも喜んでいたのは父なのだから。偽りの婚約とは知らずに、騙されていたのだから。

いずれこうなった時の覚悟はしていた。全て甘んじて受けようと思っていた。


「お互いが望んだ形ではなかったからです。深く考えずに気心の知れた友人として結んだ婚約でしたが、未来を考えるようになった今ではシルビアは王室の一員になるより、公爵家で自らの力を発揮し挑戦し続けたいと思うようになっていました。シルビアは王室に納めるには勿体無い能力の持ち主です。この力のない王家に嫁ぎ力を奪われるより、外側から支えてもらった方が今後の為にも良いと思いました」


父に負けないよう、その目をしっかりと見据えて言った。


口の中が切れたのか血の味がする。

目の前には怒りが収まらず、僕を睨みつける父の姿。


早く時が過ぎればいい。早く終わってほしい。


「その力が王家には必要だったんだ!このまま、同じままじゃいけない!弱体化した王室を変えなくてはいけないんだ!」

「それをシルビアに求めるのは間違ってます!それは王家の僕らの役目でしょう!期待が大きくたって、こんな制限だらけの王室の中でシルビアにどれだけの事が出来ると思いますか!?」


エディスは立ち上がり、父であるアーレントを睨みつけた。


「僕の結婚相手なんて誰だっていい!有力そうな家門を父上が決めてください!でもシルビアだけは駄目だ、彼女の未来は絶対に奪わせない!」


これが僕がシルビアにしてあげられる最後の事だ。何があっても、この王室に迎入れられるなんてことがないように守る。


「はっ…………まるで俺が悪者のように言うじゃないか」


アーレントは乾いた笑みを浮かべ、ツカツカと歩いてくるとエディスの胸ぐらを掴んだ。


「お前が期待させたんだろうが!俺が公爵家の血筋を欲しがってるのを知ってて、婚約までして喜ばせといて今更破棄だと!?それで仕方ないから納得しろと!?」


アーレントは激しい怒りの瞳をエディスに向けたが、エディスも怯まずにアーレントを見返した。


その様子をどうする事も出来ずに、ルオークはハラハラと見守るしか出来なかった。

父である宰相や、家臣の者達もいたが、誰も口を挟むことさえ出来ずに静観していた。


そんな中、突如笑い声が聞こえてきた。


「はははっ、面白い事になってるじゃないか」


そう言って姿を現したのは、カルロス・アルビシス公爵だった。


「カルロス…………」


胸ぐらを掴んでいたアーレントの手がエディスから離れる。


「男同士の喧嘩は激しいな。うちは可愛い娘だから、喧嘩なんてとでじゃないけど考えられないな」


ククッと笑い、カルロスはアーレントとエディスの2人を見てニヤリと笑った。

そんなカルロスをアーレントは睨むように見る。


「お前も絡んでるのか?」

「ああ、俺は娘の意思を尊重するんでな。殿下に娘が望む道を進めるよう、他の相手を探してくれないかとお願いはしたが本当に叶えてくれるとは感謝の仕様がないな」


カルロスはエディスを見て笑みを浮かべた。


そんな話はした事もなかったが、これは僕を庇ってくれているのだろう。


「シルビアが望んでいるならいいが、そうでないなら今の王室に俺の娘は勿体無さ過ぎる。それでもシルビアを王室の尻拭いに使おうとするなら、俺も黙ってないぞ」


笑顔で言ったカルロスに、アーレントは無言になった後、大きく息をついた。


「お前らは2人して俺を馬鹿して…………」

「馬鹿にしてなんてないさ。これまで誰がお前を支えてきたと思ってる?何年来のつきあいだ、もはや腐れ縁だな。娘はやれんが、その代わりに俺が生涯連れ添ってやる」


カルロスはニヤリと笑いながら、アーレントへと肩を組んだ。


「離せ、気持ち悪い。全くお前は悪びれもしないで……」


そのカルロスの腕を払い除けながら、アーレントは再び息をついた。


「そう辛気臭い顔をするな。ほら、悪いと思って手土産を持ってきてやったぞ」


カルロスはアーレントの目の前に、書類の束をチラつかせた。

ムッとした表情でアーレントは何だ?というようにカルロスを見る。


「先代の時代から王国の財を搾取してきた中枢卿の強欲爺ィを失脚させるネタだ。新しい年を迎える前に、膿を早々に追い出そうじゃないか」


口の端でニヤッとカルロスは笑った。


中枢卿の強欲爺ィといえば、名を言わなくても僕でも想像がつく、昔から実権を握っていた大物だ。

それをこんな風に臆面もなく口に出したという事は、失脚させる事に自信があるのだろう。


カルロスの言葉に、家臣達も騒めいた。


「カルロス、こうゆう事を人前で軽々しく口にするな!」

「それはすみませんでした、陛下。もう公言してしまいましたので、早々に手を打たないと話が漏れますので早速会議を行いましょう」


丁寧な口調で、ニッコリと愛想笑いをしたカルロスを、不満たっぷりの顔でアーレントは睨んだ。


「あーもう、腹立つな!お前もエディスも、俺に相談もなく勝手に公言して後には引けなくして!」

「これも手腕でございます、陛下」

「ふてぶてしい態度からの、その口調も腹立つな」

「難しい陛下ですね。臣下としての態度に改めただけですよ。ほら、宰相も皆も会議室に行きましょう」


丁寧な口調とは裏腹に、さっさと行けというようにカルロスは追い払う仕草をした。


「カルロス、自信はあるんだろうな?失敗したら絶対に謀反を起こされるぞ」

「その際は公爵家が責任をとって堂々と成敗してやりますよ。まぁ、失敗はありませんけどね。17年ものの成果ですよ、証拠も証人も揃えております」

「17年ねぇ………。他の奴らの事も調べてるんだろ。成果が上がったら、その情報もよこせ」

「調子に乗り過ぎですよ、陛下。そんな情報全くありませんが、見合う対価を示して頂ければどこかから出てくるかもしれませんね」


2人は話しながら歩き出した。

だが、行きかけたカルロスはチラッとエディスとルオークを見る。

そして、口の端に笑みを浮かべ、早く行けというように示した。




誰もいなくなった回廊で、ボーっとしたいたルオークは我に返ると慌ててエディスに駆け寄った。


「大丈夫か?ごめん、何も出来なくて」

「いや、ルオークが何か出来る状況じゃなかっただろ」


口元を手で拭うと血がついた。

口の中も切れてるし、唇も切れたようだ。


これまでも口論になった事はあったけれど、手を出されたのはこれが初めてだ。


「従医を呼んでこようか?」

「いいよ、自分で行く」


エディスはルオークに構わず歩き出した。


情け無い。父上の怒り全て甘んじて受けるつもりだったのに、公爵に持っていかれてしまった。

きっと、この偽りの婚約が僕と結ばれた時から、最後は庇ってくれるつもりだったんだろう。

結局僕が出来る事は何もなかった。


「エディス、その………平気か?」


元気のないルオークの声に振り返ると、その心配そうな顔のルオークと目があった。


「………平気だよ。でも、父上の事は僕が何とかしようと思ってたのに、公爵にしてやられちゃったな」

「険悪な感じでどうなるかと思ったけど、公爵が取り持ってくれて良かったじゃん」

「自分でどうにかしようなんて、おこがましかった。ただ言い争っただけで何も出来なかった」


公爵に比べて、僕は無力な子供みたいだ。


「そうでもないと思うぞ。陛下とあれだけやり合うなんて、凄いじゃん。気持ちは負けてなかったし、退かずに戦ってたよ」

「ただの喧嘩だよ」

「でも、昔じゃ考えられなかった。お前は物分かり良くて、いろいろ溜め込みながらもこなしてく奴で、ちょっと心配なとこもあったけど、こんな風に戦えるんだなって俺は少し嬉しかったよ」

「そのくらいには成長してるよ…………」


でも全然駄目だ。人に助けられてばかりで、僕がもっと力をつけないといけない。


「エディスは…………その、シルビアの事はいいのか?せめて、自分の思いを伝えたりとか………」


言いずらそうに口にして、ルオークは口籠った。


今更だし、余計なお世話だ。

折角気持ちの整理をつけているのに、いくらルオークでもそこまで干渉されたくない。


「僕の心配より、まず自分の事を考えなよ。僕らの決着はついたけど、ルオークとカトリーヌのはこれからだろ。お前こそ、どうなりたいのかよく考えて結論を出せ」


これ以上この話を続けたくないという拒絶のように、そう言った声は自分でも驚く位に冷たかった。

もっと言い方があったのかもしれないが、気をつかってはあげれなかった。


ルオークはそれ以上は何も言わず、黙って僕の横をついて来た。


僕を思って心配してくれてるのは分かってる。

それを素直に受け止められず、八つ当たりのような言い方をするしか出来ない小さな自分が情けなくて更に嫌だった。




――



新しい年を迎え、短い冬期休暇が終わると再び僕は学園へと戻ってきた。


父は公爵の持ってきた案件で慌ただしく過ごし、年が明けて少ししたのち長年中枢卿としてのさばってきた老害侯爵の断罪裁判を起こしたのには、新年祝賀モードに浸っていた貴族達に衝撃を与えた。


その件もあり、休暇中は父ともう言い争う事はなかった。


それよりも顔を合わせた時に、ちょっと気まずそうに、だが普通に話しかけてきたのには驚いた。

それも全て公爵のおかげだと思うと複雑な心境だった。

父の1番の心の支えは、結局のところ息子の僕ではなく親友の公爵なのだとはっきりとされた気がする。


僕の生まれる前から、僕の年齢以上の長いつき合いだとは分かっていたが、僕も父の全てを受け止め力になりたかった。


それには、まだまだ力不足なのだろう。





パンッ!

音を立て頬が打たれた。


目の前には涙ぐみながら悔しそうな顔をしたレイラ・ゴリックの姿があった。


「あなたならシルビア様を任せられると思ったのに!!」


平手打ちをされたのは、父上にされたのと同じ左の頬だった。


この前から、こんなのばかりだな。

治癒魔法で治るとはいえ、今の痛みも精神的な打撃も心に残る。


隣りにいたルオークは青ざめ、何か言おうと口をパクパクとさせたが、女性相手に暴言も吐けず、又どんな弁明を言っていいか分からず言葉が出てこないでいた。


「………誤解があるようだけど、シルビアも同意の上で友人に戻ったんですよ」


エディスは左頬を押さえ、冷ややかな瞳でレイラを見た。


力まかせに叩かれた頬がジンジンと痛む。


泣きそうな顔で僕を見ているが、本当に泣きたいのは僕の方だ。

好きだった女性に僕との未来はないと断られ、彼女の進む道を応援してるのに、人の気も知らないでまるで悪者みたいに。


「同志だと思ってましたのに!」

「同志だからシルビアの幸せを願って身を引いたんでしょうが」


ボソリと小さな声で言い、エディスはレイラを無視して歩き出す。


言ったってどうせ分からない。


「まだ話は終わってませんわ!」


追いかけてこようとしたレイラの前に数人の女子生徒達が立ち塞がった。


「あなたよくもエディス様の美しい顔を傷つけたわね!身の程を知りなさいよ、このブス!」

「完全な言いがかりですわ!友人に戻ったと言ってるでしょう!殿下に構って欲しくてごちゃごちゃ言って見苦しいですわよ!」


貴族の令嬢だろうか。

女子生徒達が口々にレイラの文句を言うのでエディスは足を止めた。


このまま行こうと思ってたのに、面倒な事になったな。


「どーすんだ、あれ?俺止めてくる?」


ルオークが聞いてきたが、自分の事なので行かせるのも気が引けた。


休暇明けから、どうにかして僕に関わろうとする女子が多くなってきて、その無理矢理な手法や厚かましさにうんざりしていた。

求めてもないのに、勝手に僕の味方アピールをしてきて迷惑だ。


シルビアという婚約者がいなくなると、こうなるのかという現実を見せつけられた。守られていたのは、僕の方だった。


「レイラ嬢に当たらないでくれ、彼女は僕の友人だ。僕を思っての言葉だと分かってるから僕は怒ってない。君達の失礼な態度の方が目に余るんだけど」


引きかえし、仲介するようにレイラとの間に立つと、女子生徒達は顔を輝かしキャーと騒いだ。


は?何故喜ぶんだ?まさか、これを関わりが出来たとでも思ってるのか?

ちょっと………いや、かなり頭が足りないんじゃないのか。


その思考に呆れたものの、180フィートになった僕から頭1つ分、2つ分も小さい彼女達を見下ろしていると、まるで子供を相手にしてるかのようで怒るのも馬鹿らしかった。


小さくて華奢で、いかにも女の子というような彼女達。

どれも代わり映えがしなくて同じに見える。


「レイラ嬢、失礼。行きましょう」


サッとレイラの手を取ると、引いて歩き出す。


親交のあるレイラを攻撃して僕がどう思うかなど、まるで考えてないんだろうな。僕にどう近づくか、自分の事しか考えられない人種なんだろう。


あー行っちゃう、という声が聞こえ、また呆れた。


会話できるとでも思ったのか?

その思考についていけない。例え話したとしても、彼女らと会話が通じるとは思えなかった。


せめて現状把握できる能力くらい手に入れてから近づいてこい。


少し行くと、レイラから手を振り払われた。


「お礼は言いませんわ。私はまだ許した訳じゃありませんから!」


それだけ言うと、レイラはタッと駆けて行ってしまった。


別に僕だって君に許されたいとは思ってないし。


エディスは痛む左頬を押さえると、力なく息をついた。

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