告白の期限
いよいよ、ルオークに伝える時がきた。
季節は秋。当初の計画からズレはなく、今日自分達がルオークの気持ちを知っていてサポートしていた事、そしてその気持ちの決着をつけさせる旨を伝えるのだ。
カモフラージュは面倒で早く終わらせたいと思っていたけれど、いざこの時を迎えるといささか緊張した。
授業の終わった後の、空き教室の一室にシルビア、エディス、ルオークの3人は集まっていた。
シルビアとエディスのいつもと違う雰囲気を察したのか、ルオークもどことなく緊張しているように口数が少なかった。
だが、最初に声を発したのはルオークだった。
「どうしたんだ?2人とも俺に話があるんだろ?」
そう言われ、シルビアとエディスは顔を見合わせた。
そして、自分に任せておけとばかりにシルビアは力強く頷いた。
これは僕から提案した計画だ。
エディスも言いにくいだろうから、僕から伝えてやる。
「まどろっこしい言い方はしない、単的に進めていくぞ。お前カトリーヌちゃんの事好きだろ?」
ズバッと言ってやった。
ルオークは絶句した顔になり、エディスもギョッとして僕を見てきた。
「好きだよな。結構早い段階で僕とエディスは気づいてた」
「な、何言ってるんだよ、そんな訳………」
「そうゆう言い訳いらないから!あんな好き好きオーラ出しといて誤魔化せると思ってんのかこの野郎!?」
ああ、ようやく言えた。ずっと我慢してたからスッキリ。
「ちょっとシルビア、いきなり過ぎだよ。心構えもできるよう、もっとゆっくり話してあげてもいいだろ」
エディスが慌ててフォローに回るが、こっちはゆっくり待ってやるつもりはないのだ。
「あんなバレバレの態度しといて、アンネちゃんにバレたらどうするつもりだったんだ?お前はアンネちゃんの婚約者だろ、だから僕とエディスが協力してバレないよう誤魔化したりしつつ、かつお前の恋路が進展するよう手助けしてたんだぞ」
どやっ、と指をルオークに突きつける。
ルオークは言葉が出てこないようで狼狽えながら、助けを求めるようにエディスを見た。
しかし、エディスは諦めろというように首を横に振った。
「こんな事を僕らが言うのもおかしな話だけど認めなよ。干渉し過ぎだと思うけど、友人としてルオークが望む道を選べるよう僕も協力する道を選んだ。昼食をカトリーヌと取ってたのだって、婚約者のいるルオークに変な噂が立たないようにと、仲を深められるように僕が前面に立ってたんだ。でも、いつまでもこんな事してられないだろ」
からかう訳でもなく、エディスに真っ直ぐな瞳で見つめられたルオークは肩を落とし両手で顔を覆った。
「…………お前ら本当何なんだよ」
そうボヤいたルオークの耳は真っ赤だった。
おお、照れてる照れてる。
照れまくった顔見たいけど、さすがにそれは意地悪だよな。
「誰を好きになるのもお前の自由だ。婚約者がいたって、心までは誰も縛れやしない。好きなら好きでいいじゃないか」
シルビアは優しくルオークの背に手を置いた。
「いや〜、それにしてもあんな美少女好きになるなんてお前面食いだったんだな。おまけに平民じゃなくて良かったな〜。両思いになれば結婚出来ちゃうぞ〜」
ルオークの耳元でささやき、最後にふっと耳に息を吹きかける。
すると、ビクッとしたルオークは思わず顔を上げた。
「シルビア〜!」
「うははっ、真っ赤!!」
ニンマリ笑ったシルビアを、激怒の表情でルオークが睨んだ。
「顔赤くしちゃって、全然怖くないもんね〜」
ぷぷっと笑うシルビアを、邪魔とばかりにエディスがグイッと押し退ける。
「シルビア、からかうなら邪魔だからあっち行ってて。ルオーク、ごめんね。ずっと内緒で我慢してた分、今発散してるみたいで」
エディスがシルビアの代わりに謝るが、ルオークはまだムッとシルビアを睨んでいた。
「ルオーク、真面目な話アンネローゼ嬢の事はどう考えてるんだ?僕はルオークがカトリーヌとアンネローゼ嬢どちらと結婚しようと構わない。だけど、今の曖昧なままじゃ駄目だ、ちゃんと結論を出さないと」
真剣なエディスの声に、ルオークはチラッとエディスを見た後、うつむいてボソリと言った。
「そうだな…………」
それだけ言うと、ルオークは無言になった。
「ルオークも自分の気持ちに戸惑ってると思うんだ。だから勝手にカトリーヌとの距離を縮められるよう協力もした。アンネローゼ嬢の事もあるし、あまりズルズル長引かせないで気持ちが固まったら結論を出して欲しい」
少し強い口調で語るエディスの言葉にルオークは顔を上げる。
「えっと、俺は…………」
「シルビアとも話したけど、期限を決めよう。この1学年のうちにどうしたいか気持ちを固めて、カトリーヌに告白するなり決めてくれ。諦めるならそのまま問題なくアンネローゼ嬢との婚約を続けるといい。この期間のうちは僕とシルビアが協力して周囲にもバレないようにする」
いきなり気持ちもバレて、こんな話しをされたものだからルオークはかなり動揺しているように見えた。
「今すぐに答えをだせという訳じゃない。僕らは前もって話してたけど、ルオークは急に言われて驚いただろ。僕らがいると落ち着かないだろうから、先に行ってるよ」
エディスは行こうというようにシルビアを見た。
すると、それを察したルオークが直ぐに口を開く。
「あっ………ちょっと待ってくれ、シルビアと話がしたい」
「話?」
さっきあんな睨んできたくせに、何で僕だ?エディスと落ち着いて話したいとかなら分かるけど………。
「あっそっか、アンネちゃんにバレてないかとか様子聞きたいわけね。オッケーオッケー」
「シルビア、そうゆうの声に出さない方がいいよ」
呆れたようにエディスは言い、それからルオークを見た。
「じゃあ、僕は先行ってるから。シルビア、調子乗り過ぎないようにね」
しっかりと釘を刺して、エディスは一足先に教室を出て行った。
残された2人の間に一旦静寂が生じる。
動揺してるとこに、またカトリーヌちゃんの話題を出して怒らせるのも何だから真面目に今後の事を話すかな。
だが、先に話しを切り出したのはルオークからだった。
「…………いつから知ってたんだ?」
「えっ?いつからって、夏前くらいかな。エディスから相談されてさ。でも本当お前バレバレで見ててこっちが恥ずかしくなるくらい………あっ怒んないでね」
「そうか………」
ルオークは先程とは変わって、怒らずにそれだけ言った。
あれ?思ってたのと反応が違うぞ。
そんな前から面白がって見てたのか!?とか怒ってくると思ったのに。照れもしてないし、どうしたんだ?
「認めるよ、俺の気持ち」
はっきりと、そうルオークは言った。
ん!?えっ、どうした………?こんなあっさりと………。
もっと、面倒臭いくらいごねると思ってたのに。
予想外のルオークの反応にこちらが戸惑ってしまう。
「お前……シルビアも、エディスの気持ち気づいてんだろ?」
いきなりエディスの話題を出されて、今度はこちらが固まってしまった。
「えっ?えぇ!?な、な、何!?エディスか何だって!?」
「夏の旅行の時、エディスがあからさまな態度とったのにお前何も言っててこないから変だと思ってたんだよ。あれから、エディスちょいちょい分かりやすい態度とるようなったのに、お前の反応みてたら気づいてるのに気づかない振りしてたから、ああコイツ知ってんだなって俺も分かったよ」
「ええ!?そんな態度僕してた!?」
「落ち着けよ」
動揺しまくりの僕に、冷静にルオークは言った。
お、お前!さっき迄、赤くなってオタオタしてたくせに!
急にこっちの弱味つかんだとばかりに強気になって!
「俺も覚悟を決める。だからシルビアも覚悟を決めろ」
「な、何の覚悟?」
「エディスとの事だよ。あいつはこの国の王太子なんだ。お前が駄目なら次の王太子妃候補を出して教育だってしていかなきゃいけない。お前は公爵家にいたいんだろ、ならこのまま引き伸ばさないで早く答えをだしてやってくれ」
ルオークの真剣な面持ちに、あんなにドキドキとしていた心臓が静まってきた。
「俺の望みとしてはエディスの思いが叶ってくれたらと思うよ。シルビアは王太子妃じゃ駄目なのか?」
ルオークとカトリーヌちゃんとの話をしに来たのに、こんな話になるなんて…………。
シルビアは一呼吸おいて話し始めた。
「僕は好きなように生きていきたいんだ。正直、王国民の事だってどうだっていいし、国税の使い道で叩かれたり、やる事なす事突っつかれるような生活なんてしたくない。誰ものシルビアより、唯一無二のシルビアでいたいんだ」
こんなにも好き勝手自由に生きさせてもらって、今更がんじがらめの人生なんて送りたくない。
富も権力も、誰にも負けない力ももうすでに持っている。
こんなにも楽しく満たされた人生を捨てたくない。
人の為なんかに生きたくない。
「そっか、確かに自由にやりたいように生きるのがお前らしいよ。王太子妃なんて似合わないよな。残念だけどシルビアの人生だもんな。でもさ、もう答えは出てるじゃん」
そう言って、少しだけ寂しそうな顔でルオークは笑った。
そうだ。初めから答えは出てた。だって仮の婚約だったじゃないか。お互い好きな人が見つかるまでの、人避けの婚約。
でも、実際は異性の誰もが僕を恐れて近づいて来ないから、婚約をいつ辞めたって良かったんだ。
そうしなかったのは、いい人が見つかるまでエディスにとって人避けが出来ると思ったから。………なんてのは言い訳で、僕の事が好きだと知って、初めて見せるようなエディスの様々な表情に絆されていってたのは確かだ。この幸せそうなエディスを傷つけたくないと思っていた。
「エディスはさ、冷静に見えてお前の事に関しちゃ結構判断力失ってるよ。俺らも子供じゃなくなってきたし、こうゆう環境になって独占欲とかいろいろとこじらせてる感じだな。あいつからは絶対にお前を手放せない。だから、お前からエディスを解放してやってくれ」
僕の目を真っ直ぐに見てルオークは言った。
僕の答えはもう出ている。断る理由なんてない。
でも、ちらつく。僕へと愛おしそうな顔して笑うあの顔が。
「分かった」
喉の奥がキュッと詰まった気がした。
「俺もちゃんと答えを出す。だから、その………それまではアンネローゼの事とかよろしく」
「うん、了解」
「あいつ………気づいてないか?」
「たぶんね。鉢合わせてルオークのだらしない顔見なければ気づかないと思うよ」
「なっ、俺そんな顔してるか!?」
「恋しちゃってるね、君って誰もが思う顔してるよ」
「マジか………」
ルオークは口元に手を当て、沈黙した。
「ルオークも一丁前の男になったな。3人で街に繰り出したり、稽古したりしてたあの頃が懐かしいよ。出会った頃なんて粋がってる癖に、ちょっと突くとすぐ泣いちゃってさ」
「は?そんなん覚えてないし」
「お前は覚えてなくても僕は覚えてるよ」
お前は小さかったけど、僕は高校生だったから。あれからもう、こんなにも大きくなったんだな。
「歳とると、ちょっとした事に感動覚えて涙腺ゆるむな」
「はぁ?そんな歳じゃねーだろ」
「そうだね」
ルオークにとっては僕はただのシルビアだ。
一緒に育ってきたシルビアであって、前世の記憶がある事は知っていても高倉 綾人であった僕は知らない。
2人分の人生を歩んでいるこの感じ。
この感覚は言っても分からないだろうな、きっと誰も。
「ルオークもよく考えて答えを出しなよ。カトリーヌちゃんに告白しても必ず受け入れられる訳じゃないし、アンネちゃんに気をつかったりすんなよ。僕もエディスもサポートしてるんだ、お前の最善を選べよ」
「分かってるよ」
「そうか、なら頑張れ。僕はエディスが待ってるだろうから先行く。お前の驚いたとっときの顔見れて今日は満足だな。も〜早くバラしたくて仕方なかったよ」
「うっせー、早く行け!」
しっと追い払うようにルオークは手で払う仕草をする。
「はいはい、じゃあ大いに悩みなよ」
「シルビアこそ、理想の婿みつける努力しろよ」
その言葉にシルビアは顔を引きつらせた。
ああ、理想の婿ね。よってくる男もいない中、どうやって見つけるかな。この美貌と彫刻のような美しさの肢体と、財力を持ちながらここまでモテないとは思ってもみなかった。
自分で思うより、魅力ないのかなぁ…………。
シルビアは無言でバイバイと手のひらを振り、とぼとぼと教室を出て行った。
誰もいなくなった教室で1人残ったルオークは大きく息をつくと、顔を手で覆った。
恥ずっっ!!
シルビアもエディスも平然と俺がカトリーヌを好きな前提で話してたけど、いきなり過ぎて混乱したし、ビビった!
めちゃくちゃ動揺したけど、それもあいつらは分かったかな。
好きか…………。
意識してなかったけど、改めて考えるとやっぱ好きって事なんだよな。ナイルにちょっかい出されてるのを見るの嫌だし、気がつくと目で追ってるし、笑った顔を見るとドキッとするし。
アンネローゼの事も可愛いと思うけど、カトリーヌに抱いた感情とは違う。
初めてカトリーヌを見た時、目を奪われ時が止まった気さえした。
背景が色褪せたように、彼女だけが鮮やかにくっきりと俺の目に映った。
それが、好きだとは思わなかったけど、思えばあの時からカトリーヌに目がいくようになったんだよな。
いざ、好きとかはっきり言葉にすると、恥ずかし過ぎる。
体が熱を持ったように熱くなるのを感じた。
好き。俺はカトリーヌを好きなのか。
さっきはシルビアの手前、認めるとか堂々と言ったが今思い返すと自分が口にした事が信じられない。
告白って、俺はお前が好きなんだとか言うんだよな。
うわ〜、ないない。俺がそれ言うのか。
って俺以外言うのいないか。いっそ、ナイルが先に言いでもしたら焦って俺も言うのかな。
はっきりと自分がどうしたいのか分からない。
それなのに、ナイルに先手を打たれると、勝手に体が動いてしまう。
漠然とだが、このまま婚約からアンネローゼと結婚していくのだと思っていた。
カトリーヌとの未来のことなんて考えた事もなかった。
でもナイルに取られでもしたら、きっも腹が立って夜も眠れなくなるくらい悶々とした気持ちになるだろう事は分かる。
カトリーヌとの未来か……………。
アンネローゼとの婚約の事、家同士の結びつき、家族の事など問題がきっと多く起こるだろう。
俺はどうしたいのか。
シルビアに答えを出す事を求め、俺も答えを出すと約束した。
だから協力をしてくれてる間に結論を出さないといけない。
しかし、協力してくれると分かってエディスやシルビアの前で、今まで通りにカトリーヌに接する事が出来るだろうか。
今まで知らなかったから良かったが、暖かい見守るような目で見られたら恥ずかし過ぎて動けなくなりそうだ。
というか、明日からどんな顔してあいつらに会えばいいんだ!?
まずは、そこからだな…………。
あー、憂鬱。
この俺がまさかこんな事で悩む日がくるなんてな。




