宰相の息子
僕がこの世界で目覚めてから一ヵ月がたった。
初めは戸惑ったが、少しづつここでの生活にも慣れてきた。
元の世界と同じように、四季もあり、呼び方は違うが一年が十二月に分かれているのが馴染みがあって分かりやすかった。
言語や文字は、シルビアの記憶もあり問題なかったが、それ以外は勉強嫌いでサボってばかりだったので知識としてはあまり得られなかった。
まあ、7歳の子供だ。仕方ない。
自分で学んでいくしかないし、その方が絶対早い。
面白い事に、この世界では魔法が使えるらしいのだ。
どんな設定?と思うが、魔法なんて夢みたいな話やらない訳にはいかないだろう。むしろ、ワクワクする。
だが、焦ってはいけない。まずは、この世界の事、身の回りの事をある程度学ぶのが先だ。
暇をもて余す事もなく、毎日やる事がいっぱいであっという間に一日が過ぎてしまっていた。
そんなある日、エディスからの手紙が届いた。
二日後、王宮に遊びに来てほしいとあった。
あれからどうしてるのか気になってはいたが、特に何かしてはいなかった。手紙を送るような間柄ではないし、いつ目覚めるかも分からないから積極的に関わる気もなかった。
あの日の出会いから十五日。まだ落ち込んでるかと思ったけれど、動きだしてるんだな。
王太子からの招待とあっては断る訳にはいかない。というのは建前だ。
やっぱり、最後に見たのが、あの泣き顔じゃどうなったのか心配なった。
二日後、昼になる前に馬車にて王宮に到着した。
朝食を食べた後、抵抗虚しくフリフリの黄色のドレスを着せられ、髪もアレンジされ、可愛くドレスアップされてしまった。
今後、服についても考えないといけないな。
シルビアの持ってる服は、ビラビラや、フリフリのついた可愛い色とりどりのドレスしかないのだ。
そして、従者の男性に案内され王太子の部屋の前にきた。
従者が扉をノックし、少しして扉を開いた。
分厚い重い扉を見上げる。
扉の隅でいるか分からない位の小さい自分。
なんか圧迫感あるなぁ…………。
手で促され、おずおずと室内へと足を踏み入れた。
「失礼します………」
こうゆう時、何て言えばいいんだろう。
すると、その場にいた人物がパッと振り返った。
「来てくれたんだね、シルビア!」
満面の笑みをうかべ、エディスは僕を見た。
背景にキラキラが見えるかのようだ。どうやらチビ王子は好調のようである。
それはそうと…………。
王太子の横には同じ年頃の男の子が立っていた。
グレーの明るめの髪に、前髪の一部が赤くなっている。
切れ長の赤い瞳に、笑いを堪えたような口元……。
悪戯っ子のようなイメージを受けたが、こうゆうのはたいてい第一印象通りだ。
「今日は君といろいろ話したくて呼んだんだ。急だったのにありが…………」
突如、隣の少年が堪えきれないといったように笑いだした。
「あははははっ!シルビア、お前とうとう頭おかしくなったんだってなぁ!」
「ちょ………ルオーク!」
怒った顔でエディスが言うが、ルオークは止まらない。
「生まれ変わりだって?前は男だった〜?んで、17歳だっけ〜?違う世界に住んでるって〜?」
「やめろって……!」
「あはははっ!面白すぎるんだけど!何それ!?どーゆう頭なっちゃったの!?」
ゲラゲラとルオークは笑う。
僕はチラリとエディスを見た。
「口……軽いね」
まぁ、口止めもしてなかったけれど。
所詮は子供だ。こんな面白そうな話、誰かに聞かせて一緒に盛り上がりたかったのだろう。
こんな事で怒るつもりはない。どうせ嘘くさい話だ。信じるも信じないも自由。ここは僕が一つ大人にならなくては。
「いや、僕はそんなつもりじゃ……!」
慌てるエディスを手で制する。
「いいんだ。どう思おうと君の勝手だ。でも、僕を笑い者にする為に呼んだのなら……意地が悪いね」
あ、充分大人気なかった。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ……。ルオーク!僕ちゃんと言っただろ、シルビアは別人としか思えないって!」
ムッとした顔のエディスに対し、ルオークはニヤッと笑いシルビアを見る。
「別人ねぇ………。純粋なのはお前のいいとこだと思うけど、簡単に騙されるのは問題だぞ。どうせ、興味を引いてエディスの婚約者にしてもらおうって魂胆だろ」
「だから、違うんだって!」
「こんなのと結婚したら破滅しかないぞ。エディスは騙せても俺は騙されないからな!」
ルオークはシルビアを睨みつけた。
はぁ………。何なのコイツ。あー、冷静になれ。子供相手に怒っては駄目だ。
「ところで、さっきからこの失礼なのは誰かな?」
ニコッと笑い、エディスを見る。
「あ…彼は、宰相の息子のルオーク・ギルテスで僕の友人なんだ。ちょっと口は悪いけど、そんな嫌な奴では…」
「俺はお前と仲良くする気はないからな!」
「ルオーク、さっきから失礼だぞ!」
苛立つエディスとは反対に、ルオークはニヤニヤと笑った。
あー、いるよねこうゆう奴。反応すれば、どんどん調子乗ってっちゃうの。相手するだけ損だ。
「歓迎もされてないようだし、そろそろ僕は帰ろうかな」
「そんな………!」
「あれからどうしたかなって気になってたから、今日会えて良かったよ」
そこへ、ルオークが混じってくる。
「僕だって!女のくせに変なの〜!」
「僕もエディスって呼んでいいかな?秘密を共有してるし、もう友達だろ」
ルオークは無視し、エディスにニッコリと笑う。
「もちろんいいよ」
「でも、これ以上他の人には言わないでほしいな。変に思う人もいるだろうし、二人だけの秘密にしよう」
「……分かった。ごめんね、ルオークが」
するとルオークが間に割って入ってきた。
「二人の秘密って何だよ、俺だって知ってるもんね!皆んなにシルビアおかしくなったって話してやる!」
「エディス、今日はこれで帰るよ。お誘いありがとう」
そうゆう態度なら、こっちだって相手してやらないもんね。ってだいぶ大人気ないけど。
「えっ………もうちょっと駄目かな?せっかく来てくれたのに、何にも話せてない」
「う〜ん。じゃあ、ちょっとだけ。天気もいいし、外でも歩く?」
「ありがとう!」
顔いっぱいの嬉しそうな笑顔に、つられてこちらも笑ってしまう。
やっぱり何ていい子だ、この子。
大きくなればかっこいいし、小さい頃は可愛いい天使のようだし、まさに絵に描いたような王子様だな。
「んじゃ、行こうか」
すると、エディスは少し困った顔でルオークの方を見た。
「ん?何?何かいるの?早く行こうよ」
「え……あの…」
「ほら、早く二人で行こうよ」
エディスの手をグイッと引っ張り、半ば強引に歩き出す。
視線すら合わせない、見事な完全無視。
だが、途中でエディスは手を引っ張り足を止めた。
「あ、あの………ルオークが……!」
振り返ると、拳をギュッと握り締め、うつむいたルオークの姿があった。
その瞳からは、ポタポタと涙が落ちる。
あ……意外とメンタル弱かった。
って当たり前か!幼稚園児か!
「あ……ごめんね。目線が同じだから、つい童心にかえっちゃったっていうか…大人気なかったね」
エディスと二人でルオークのもとに行く。
「ふてぶてしいと思ったけど、そうだよね、子供だもんね。我慢できなかった僕が悪いよね」
だが、ルオークは唇を強く噛んで何も言わずボロボロと泣いた。
「ごめん、僕が悪かったってば。ほら、泣かないで。いい子だね〜、いい子いい子」
言いながら、ルオークの頭を優しく撫でてあげた。
「それはちょっとどうかと……」
エディスが苦笑いする。
すると、パシッと手を払い除けられた。
「お前………馬鹿にしてんのか!?」
「えっ、本気だけど。……6歳のあやし方ってこんな感じじゃなかった?」
「お前ー、ホント嫌な奴!!」
ルオークは涙をぐいっと拭い、睨みつけてきた。
「さっきなんて、虫けら見るみたいなすんげー冷たい目で見てきてさ!」
「……そう?でも、ちょこーっと、鬱陶しいな、喋りかけんじゃねーよくらいしか思ってなかったよ」
「な、何だよ………!」
ルオークの瞳にぶわぁと涙が溢れた。
う、打たれ弱いな。あんなに生意気だったのに、これじゃまるで僕が虐めっ子みたいじゃないか。
「ごめんってば。だって、あんな腹立つ態度取っといて、優しくされる訳ないだろ。君、別に僕に好かれたいとかじゃないよね?こんな泣かなくたって……」
嫌いなら嫌いでいいから、一貫した態度でいてほしかった。
と、感情のコントロールもてきてない子供に求める事態、間違ってるんだろうけど……。
「お、俺は……元気ないエディスが、お前の事話すと不思議だ、信じられないよねって言いながら凄い楽しそうだから…俺だって会ってみたかったし…!騙してんなら、エディスの代わりに怒ってやんなきゃって……!」
泣きじゃくるルオークに、また頭を撫でようとしたが先程の事を思い出して止める。
素直じゃない、ひねくれた子供。
僕が元の僕で、膝あたりの小さなルオークを見下ろしてたら、きっと優しく出来ていた。
今の小さな僕は、同じ目線で向き合うと、子供なのに対等に感じてしまっていた。
「ねぇ、仲直りしようよ。泣くのはやめて、いろいろ話そう。君の事も教えてくれると嬉しいな」
ニコッと笑いかけるが、ルオークはまだ泣きじゃくっていた。
ここからは、もう本気モードで歩みよるぞ。
「どうしたら泣き止んでくれるかな?そうだ、ハグか。抱きしめてあげると、安心するか」
手を広げてルオークに近づく。
「ふ…ふざけんな!誰がそんな……!」
「お母さんだと思っていいんだよ」
抱きしめようとしたら、ルオークはサッと身を屈めてよけた。
「遠慮するな。甘えていいんだよ」
再び抱きしめようとすると、ルオークは慌てて逃げ出す。
「女の子の胸に抱かれるなんて貴重な体験だろ。男なら甘んじて受けろ」
手を広げて追いかけると、ルオークは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「こ…こ、この恥知らず!女がはしたない事すんじゃねーよ!」
「はしたないって……。子供同士のじゃれあいだろ。こんなつるぺたのおっぱいもない子供に大袈裟な」
幼稚園児だったら、普通にギュッギュッとしてたような気がするけど、昔は。
「お……おっぱいって………」
ルオークの顔は真っ赤赤だ。
「その発言は……引きます」
エディスまでそう言った。
「えっ、こんなので!?この年頃なんて、おなら〜、ウンチ〜、チンチンとか言って喜んでるような頃だろ?」
すると、二人はドン引きした顔で見てきた。
「お前………最悪。あり得ないんだけど」
「ルオーク、ほら、世界が違うから……」
そこまで!?こんなの普通じゃないの?
「そうか、貴族だからだ。紳士みたいな教育されてるんだろ。この世界だって、平民はチンチンぶらぶら〜みたいな………」
二人が絶句し、固まったので、思わず口をつぐんだ。
そして、一つ咳払いをする。
「………ん〜。はい。失礼しました」
「ちょっと………いや、だいぶイメージ変わったよ。もっと落ち着いた人かと思ってた」
エディスはふぅ、と息をつく。
「一応女なんだから………シルビアの口からぶらぶら〜なんて衝撃強すぎんだろ。慎しみを持てよ」
ルオークも口を尖らせた。
「ごめんごめん。こんな反応くるとは思わなくて、ははは」
もっと大きくなれば、誰が好みだとかエロい、胸大きいとか更に過激な事を口にするようになるだろうが、この世界では慎みをもって言わないのか?どうなんだろう。
まぁ、子供に言うような話じゃないから今は黙っておこう。
「お前絶対元の世界じゃモテなかっただろ?」
ルオークがニヤッと笑う。
目元は赤いが、もうすっかり調子が戻ったようだ。
泣いたり笑ったり、子供は切り替え早いな。
「残念でした。自分で言うのも何だけどモテたよ」
うわっ、ちょっと恥ずかしい。
「えー、絶対嘘だー!」
「嘘じゃない。中学校では生徒会長もやったし、剣道もそれなりに強かったし、か…かっこいいとか言われてたから容姿も悪くなかったと思う……」
言いながら恥ずかしくなってきた。
何だこの自画自賛は。
部活とか試合にもよく女の子が来て騒いでたし、告白もされてたし、高校入ったら他の中学校から来た人にも名前が知られてて有名だよって言われたし、やっぱ告白もされるし、これじゃモテるって思っちゃうだろ。
「あー、顔赤くなってる!嘘ついてんだ!」
「うっさい。自分モテるアピールしてるのが恥ずかしくなっただけだよ。こうゆうのは自分で主張するもんじゃなくて、周りが言うもんなの」
「嘘つきー、嘘つきー」
こいつはこいつでやっぱうるさいな。
エディスは楽しそうに笑ってるし、この収拾は誰がつけてくれる訳?
はぁ………幼稚園の体験実習に来たと思って頑張るか。
「さっ、この話はこれくらいにして、せっかくだから何か楽しい事でもしようか?」
自分で言って何だが、この世界の子の楽しい事って何だ?
「とこさでさっきの、中学校とか剣道とかって何?」
エディスが聞いてきた。
「この世界でいうとこの学園みたいなとこだよ。ちなみに、小さい子が行く学園、中くらいの子が行く学園、この世界と同じ年頃の行く学園に分かれてるよ」
「そんなに分かれてるの?そこ全部行くの?」
「そうだよ。実は、さらにもう一個大学という上の学園もあるんだ」
するとルオークが眉をしかめた。
「うぇ〜、勉強しっぱなしじゃん。俺無理ー」
「はは、僕は勉強好きだけどね」
「お前やっぱ、あり得ない………」
「何が好きかは人それぞれだからね。あと、剣道っていうのは剣術の一種みたいなものだよ。ん〜……剣でなく棒を使うって感じかな」
すると、エディスが目を輝かせた。
「見てみたい!」
「う〜ん、見せてあげてもいいんだけど………これ見てよ」
僕は腕まくりをして、腕を見せた。
「……ぷよぷよだね」
「そう!ぷよぷよなんだよ!素振りも出来ないし、すぐ疲れちゃうし、まずは体作りからしないとなんだよ」
「僕も剣術を習ってるよ。まだ剣は持ってないけど」
「それはいいね。僕は体力つけようと毎朝走ってるんだ。今度皆んなで素振りしてもいいかもね」
子供の遊びはよく分からないから、素振りでいいならこっちも楽だ。
「げ〜、そんなの全然楽しくない!」
ルオークが声をあげた。
「楽しいよ〜。僕は早くこっちの剣術習いたいけどな〜。剣なんて向こうの世界じゃ持てなかったし」
昔は刀を使ってた時代もあったけど、現在は銃刀法違反になってしまう。
「お前、女のくせに剣習うつもりか?」
「女だからとか関係ないよ。やりたいからやる、でいいだろ。様になってきたらどっちが強いか勝負する?」
「なっ……!いいぜ、絶対に俺が勝つ!」
「はたして勝てるかな?」
すると不満そうにエディスも入ってきた。
「ずるい!僕だって勝負する!」
「あはは、じゃあ三人で勝負だ。ちびっ子同士、目標があると頑張れるよね」
まぁ、地道な努力得意だし、17歳の自分が頑張るのだから負ける気はしないけど。
「ところで、そろそろお昼だけど、庭園に用意させてるからシルビアも一緒にどうかな?」
エディスが首をかしげこちらの様子を伺うように見る。
さっき、帰る帰る言ってたから気を使ってるのだろう。
可愛い仕草しちゃって。
「いいよ。今日は王宮に来るからと実は予定は空けてあるんだ。仕方がない、今日一日つきあってあげるよ」
「何でそんな偉そうなんだよ」
ルオークが苦笑いする。
「精神年齢が違うんだよ。気分は引率の先生だ。さっほら、お腹も空いたし早く早く」
エディスとルオークの手を掴んで歩き出した。
結局、この日はお昼を食べた後、庭園で話をしたり、遊んだりで夕方まで居てしまった。
追いかけっこを教えて遊んだのはいいが、息が切れ体力もないし、すぐ捕まってしまい二人に全く敵わなかった。
〝偉そうに言っといて弱っ!!〟とルオークに馬鹿にされ大笑いもされた。
目下の目標は体力作りだという事を痛感したな……。
年齢差があるので、今後も積極的に会いたいとは思わなかったが、二人がまた遊ぼう遊ぼうとうるさかったので、月一くらいならとの条件で了承してしまった。
当分は先生気分で頑張るしかない。
彼らにとって僕は、新しいオモチャのようで面白くて興味が尽きないんだろう。
もう少し成長して飽きるまでは、つきあってやるか。
帰り際、エディスはこっそりと耳元で言った。
〝前言ってた事ちょっと分かった気がする。寂しいけど………生きてけるようになったって〟
そう言って、少しだけ悲しそうな顔で小さく笑った。
何かもうエディス可愛いんですけど。健気なとこもまた可愛い。
これは年上として責任をもって、成長を見守ってあげなくてはならないな。