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国王陛下ご訪問

今日はこのセントリア学園にこの国の国王陛下が来るという事で、朝からほぼ自習の特別授業となり、教師達は慌しく動き回り、迎える準備に追われていた。


自習の授業中には、街の方からの歓声や賑やかな音が小さく聞こえてくると皆が席を立ち、窓を開けて身を乗り出していた。


今頃街では国王陛下を迎えるパレードが起こってるのだろう。

学園だけでなく、学都全体が国王陛下の訪問に沸き立っていた。



そうして国王が学園に着いたのは昼よりも少し早い時間だった。


赤い絨毯が敷かれ、物々しい警備兵達と頭を下げた教師一堂に出迎えられ、国王は学園の地に降り立った。


生徒達も授業はそっちのけで、窓という窓から国王を一目見ようと詰めかけ、校舎の窓は生徒でいっぱいだった。

その様を見て、国王が笑顔で生徒達に手を手を振ると大歓声が巻き起こり、学園長がみっともないと顔をしかめていた。



――


学園長室の扉を2回ノックする。

すると返事の代わりに、扉が開き学園長が出迎えた。


「王太子殿下どうぞどうぞ中へ。陛下もお待ちですよ」


にこやかな満面の笑顔で学園長はさあさあと中へと促す。


いつになくテンションが上がっているな。


室内に入ると、僕の姿を見た父がソファから立ち上がった。


「エディス、久しぶりだな。少し見ない間にだいぶ男らしくなったんじゃないのか?」


父は嬉しそうな顔で笑顔になった。


今日は皆んなテンションが高いな。

王宮にいた時は、会ったってこんなに嬉しそうじゃなかったのに。

春からの入学だから、そんなには経ってないし見かけだって変わってもいない。


よく去っていく者より、残った者の方が寂しいというけれど、父上も僕のいない王宮に少しは寂しいと思ってくれたんだろうか。


「立ち話も何だ、座ってくれ」


自分の部屋でもないのに父はソファを手で示し、また腰を下ろした。


とりあえず向かいのソファに座ったが、そこ横のソファには学園長が座った。


この面子で話しをするのか………。


「先程まで学園長と話をしていたんだが、ここに来るのも22年ぶりなのに建物も殆ど変わってなくて、一瞬あの頃に戻ったかのような懐かしさを覚えたよ」


昔を思い出したかのように、しんみりと言い国王、アーレントは静かに笑った。


「あの頃は学園長もただの教師だったな。それが学園の長になるとは出世したものだ。まさか学園長になるとは思ってもなかった」

「あの頃の陛下はなかなかに自由で生き生きと学園生活を過ごされていましたね。それがこんなに立派になられて。私もいろいろありましたが、ここでまた陛下とお会いする事が出来て嬉しい限りにございます」


学園長の言葉に、アーレントはエディスの反応を気にしてチラチラとエディスを見た。


「あ、あの頃はだな、まだ世間知らずで自分が中心のような気になっていた愚かな時だったんだ。すまなかったな」

「いえいえ、あの時があったからこそ成長できたものもございます。必要な時間だったのですよ」


ニコニコと笑いながら学園長はアーレントへと言った。


「そうか。学園長も教育者らしいいい顔になったな。昔はもっとギラついてたのに。そういえば恩師のハネス先生はまだこの学園に?元気にされているか?」


アーレントの言葉に、一瞬僅かだが学園長の身が強張った。


「トトノフ先生が学園長になってるという事はもう学園にはいないのか?随分と世話になったからな、近くにいるのなら連絡はとれないか?」

「陛下、ハネス教諭は………10年以上も前に突然何の連絡もなしに姿を消しました」

「えっ………ハネス先生が?」


アーレントは驚いた顔で言葉を失くす。


「本当に突然でした。前日までは普通に学園に来ていたのに……………。何かあったのかと我々も探したり、領主館に捜索を頼んだのですが手掛かりもなくもう何年も、15年でしょうか。非常に残念です」


学園長は苦渋の表情で大げさなため息をついてみせた。

だが、ショックを受けてるのかアーレントの反応はなく、学園長はエディスに視線を移した。


「殿下には昔話は退屈でしたかな。そういえば、頼んだのに未だ茶の1つも持って来ないなんて。催促してきますので、ちょっと失礼致します」


学園長はソファから立ち上がると、一礼してから部屋を出て行った。



学園長が出ていった静まった室内で、気落ちしたようにボーッとしている父を見た。


変な感じだ。今自分の生活しているこの場所に父がいる。

僕にとっては生まれた時から父である姿しか知らないが、この父にも若い時があり学生として同じこの学園で過ごしていたかと思うと何だか不思議な気がした。


それまで無言だった父がふと僕を見た。


「すまない、動揺した。ハネス先生は人格者で人望も厚く俺は彼が学園を率いてくれているものだと思っていたよ。それがまさか行方知れずだなんて…………これまで知らなかったなんてとんだ不義理だな」


アーレントは頭を抱えて深く息をつく。


「俺がこの学園にいた17の時に父が急逝したんだ。皆んな慰めはしてくれたけど、本当の意味で支えになってくれたのはハネス先生とカルロスだった」


再び息をつくとアーレントは顔を上げた。


「卒業をすると国王としての執務に追われ疎遠になってしまっていた。自分の事だけで余裕がなかった、それも言い訳だな。落ち着いてからは時間もあったのに、息子の代でそれを知るなんて」

「大切な方だったのですね」


珍しいな、本音をさらけ出すような父上のこんな発言は。


「本当は忘れていたくせにと思っているだろ。薄情だよなぁ、でもここに来て校舎を歩いていたらあの時の事が鮮明に思い出されて無性に先生に会いたくなったよ」


そう語る父の顔はいつも見せる顔ではなく、どこか幼げな学生アーレントのようでもあった。


「ふっつまらないよな、こんな話は」

「いえ、父上も僕と同じような時があったんだと思うと不思議な気持ちです」

「子にとって親は親だからな。そうだ、お前にも見てもらおうと思って持ってきたんだ」


アーレントはテーブルに置いたあった大きめの封筒を手渡してきた。

エディスは受け取ると中身を取り出す。

かなりの分厚さの紙が入っていた。


「王太子妃の教育や役割、権限をまとめたものだが大幅に見直した。シルビア嬢にも見てもらってくれ」

「これまで続いてきたものを見直されたんですか?」


まさかシルビアの為に?


「カルロスにシルビア嬢の学びについて尋ねたら、王太子妃の話になってこんな古くさいものいつまでも守ってるから駄目なんだと言われてしまってな。時代も変わったのに伝統にばかりに縋り付いて、変わる事を恐れ置いていかれれば嘆き、実に馬鹿馬鹿しいと」

「公爵らしいですね」

「確かに時代も変わった。王室の在り方も変えていかなくては何も変わらないままだ。王太子妃の権限もかなり持てるようにしたし、審議に通せば反対は起こるだろうが俺は折れないぞ」


やる気に満ちた顔で笑う父を見ながら、少し気が重くなった。


公爵は一体どうゆうつもりだろう。

破棄する前提の婚約である事は知っているはずなのに、こんなにも父上をやる気にさせてその後はどうするつもりだ。


王太子妃の規定まで変えて、破棄だなんてなったら………。


「後でゆっくり目を通してくれ。これを機に少しづついろんな見直しをしていこうと思ってる。伝統も大切だが、弱まった王室を立て直していく為にはこのままじゃ駄目なんだ」


強い意志のこもった父の瞳に、エディスは黙って頷いた。


そうだ、どうあれ王室は変えていかなきゃいけないんだ。

弱気になったらいけない。


そこへ学園長がお茶のセットを持った女性を連れて戻ってきた。


「お待たせしてしまい申し訳ありません。学園内がごたついておりましてお恥ずかしい限りです」


学園長は慌てて茶を入れている侍従の女性をジロリと睨みながら言った。

この学園には清掃や教師の手伝い、寮の管理をする侍従の者が多くいるが、今日は国王陛下のおもてなしの為にその者達も総動員で慌しく動いていた。


「父上のせいですよ」


エディスは女性を庇うようにアーレントを睨む。

だが、アーレントは何故だ?と言わんばかりにキョトンとしている。


「僕の生誕パーティーをやるようお願いしたでしょう。ここは王宮じゃないんですよ。何で一個人の誕生日を他の学生達が祝わなきゃならないんですか、職権濫用も甚だしい。見せ物のようで僕は恥ずかしいです」

「でも、お前はこの国の王太子だぞ」

「王宮では取り入ろうとする者達が集まるからそれでいいですが、ここでは僕もただの生徒です。僕の誕生日なんか皆んなどうだっていいんですよ。来年は絶対にこんな真似やめてください」


語尾を強くし睨むと、父はそうなのか?というように学園長をチラッと見た。


「いいではありませんか。殿下はこの国の宝ですよ。それに生徒達も祝儀に喜んで浮かれておりますし」


微笑みながら学園長が言うとアーレントもそうだ、と頷く。


「俺が学生の時は祝い事や祭りは授業より楽しかったぞ。そうゆうのは何回あってもいいじゃないか」


分かってないなぁ、この父は………。


「そうだ、シルビア嬢はどうしてる?もうすぐ昼なら一緒に食事でも…………」

「シルビアは忙し過ぎてそんな時間はありませんよ。生誕パーティーで研究会の生徒達の余興を行うそうですが、その確認やリハーサルに、被服デザイン研究会が古いドレスを手直しして平民に貸し出するのに手が足りずそれを手伝ったり、やる事がいっぱいでもう何日も遅くまで働いてるんです」


今日だって朝から授業免除で慌しく動き回ってるのを見かけた。


恨めしそうに父を睨むが、全く通じておらず満面の笑みで笑い返された。


「それは楽しそうだ!生徒の余興など学園ならではだな。こちらの気持ちまで若返りそうだ」


ご満悦の父に、学園長が苦々しい表情をして言う。


「全く、誰の学園だか…………。生徒の署名を集めた起案書を持ってきて認めさせて。拙い演奏や劇や、魔法の披露など陛下にお見せ出来るほどのものではないのですが」

「生徒達は頑張っているのだろう?王宮で貴族の挨拶におべっかで取り囲まれているよりよっぽど有意義な時が過ごせそうだ。楽しみにしてるぞ」


笑顔のアーレントに学園長はそれ以上は言わず、笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。


「残念だが、うちのシルビア嬢は忙しいようだな。生徒会長か、人をまとめ上げる指導者として活躍していると聞いているが実に頼もしい限りだな」

「陛下はシルビア令嬢を婚約前からお気に召していたと聞いております。手に負えない程の令嬢でございますな」

「そうだろう、そうだろう。王宮に入れば新しい風が舞い込む事になるだろうな」

「風どころか荒れ狂う嵐かもしれませんよ」

「おお、それは頼もしいな!誰もが認める新しい王室に相応しい妃になることは間違いないだろう!」


側から見ていて学園長の嫌味が全く通じてない父上の誇らしげな顔に思わず吹き出しそうになった。


歳を取るごとに段々と分かってきた。

父上はだいぶ変わり者であると。


チブロニア王国への船旅の中、公爵が話してくれた。


祖父である先王が色欲狂いで政務を放り出し散財を繰り返た愚王である事は周知の事実だが、祖母については病死としか知られていなかった。

王妃についた期間も3年とあまりに短く、愚王の情報の陰に埋もれ存在も忘れられ名が上がる事もない。


17歳という若さで先王に見染められ嫁ぎ、18歳で父上を産んだ。そして19歳で先王の浮気現場の寝所に乗り込み、その目の前で首をかっ切り自ら命を絶った。


歳も10歳以上離れた太り気味の冴えない王との望まない結婚に、子供が産まれても浮気を止めない色欲に溺れた夫。若い彼女には耐え切れるものではなく、精神を病んでいってしまっていたそうだ。


先王が父の面倒を見る訳もなく、臣下や従者達によって何不自由なく育てられはしたが親の愛が注がれる事はなかった。


臣下も先王を貶めた者ばかりの王宮の中で、満たされているように見えて、その実は頼る者もなく誰にも愛されることのなかった父。


愛した女性には早くに死に別れられ、長く続いた孤独が終わる事はなかった。父は不遇の王だ。


公爵は一体どうゆう意図で僕にその事を伝えたんだろうか。


一時、父を恨んだ時もある。


でも父は愛情をくれた。王としての誇らしい父の姿も見せてくれた。自分には得られなかったものを惜しみなく与えてくれた。


シルビアとの婚約が決まって、肩の荷が降りたかのようにだいぶ穏やかになったと思う。


それを裏切るのは心苦しいけれど、覚悟はしている。

父上の不安も苦しみも受け止めていきたい。非難されようと拒絶されようと、僕しかいないのだ、父を支えられるのは。


「そういえば昨年カルロスが来たんだって?最高額の寄付をしていったとか。小人がプルプル震えながら睨んできたって言ってたぞ。迫力あっただろう」


アーレントは楽しそうに笑ったが、学園長は無言になった。


父上、それ楽しい話じゃないから。本人に言っちゃ駄目なやつだから。


「カルロスに目をつけられなくて良かったな」

「公爵閣下はどうにも力をつけ過ぎたのではないでしょうか。陛下の友人という事に甘えてやりたい放題では?こんな事言いたくはないのですが………」

「なら言うな」


ニコニコと笑いながら、ピシャリと言葉を遮るようにアーレントは言った。


「俺はお前よりもカルロスを信じている。それでも良ければ話してみるがいい」


顔は笑ってはいるが、冷えた瞳で見つめられ学園長は押し黙った。


来て早々嫌な雰囲気だな。

学園長は父上の公爵愛を知らないのか?うかつに口にすれば父の機嫌を損ねるくらい分かるだろう。愚痴を言う相手ではないぞ。

こんなので今日の生誕パーティーまで大丈夫なのか?


前から思ってたけど案外軽率な男だな。

自分の意見が正しいと信じてるのかよく口を滑らす。この歳にもなればもう直らないだろうな。

用心してたけど、そこまでの相手でもなかったかもしれない。


「父上、これからの予定はどうなっているのですか?」


とりあえず話題を無難なものに変えてみよう。


「今日は久しぶりの学園を見させてもらって、生誕パーティーの後は学都の領主の館に泊まる。あと2日滞在する予定だが、滞在中は領主に世話になるので何かあったら来るといい」

「分かりました」


ずっとここにいる訳じゃなくて良かった。


「こちらでも貴賓室がありますので、仰ってくださればご用意致しましたのに」


残念そうに言う学園長にアーレントはにこやかな笑みを向ける。


「卒業生だからといってここだけを特別扱いする訳にはいかないからな。明日は聖女殿と対面をした後、顔見せ程度だが他の学び舎にも顔を出す予定だ」

「そうですね、平等に。ご立派です、陛下」


学園長もニコニコと笑ってアーレントを見た。


僕はいつまでこの茶番のようなものを見てなきゃいけないんだろう。久しぶりの面会も済んだし、そろそろ行ってもいいだろうか。


この2人を残していくのは心配でもあるが、校内を周ったりどうにかするだろう。


「では僕も学生の身ですのでそろそろ戻らせて頂きます。またパーティーでお会いしましょう」


有無も言わせないよう、サッと立ち上がり扉に向かった。


「エディス、しっかり着飾ってもらうんだぞ」


父の言葉に思わず、振り返る。


「もう子供じゃないんですから…………」

「そうだな、背も体つきも変わってきた。王宮にいた時はまだ子供と思っていたが、こうして久しぶりに会うと成長を感じるよ。立派な姿を見せてくれ」


嬉しそうに微笑む父の姿に少しだけ胸が詰まった。


「はい。楽しみにしていてください」


頭を下げて一礼すると、エディスは部屋を後にした。



久しぶりに会うから見えるものもある。

ずっと一緒にいた時は、お互いの存在がある事に慣れてしまっていた。

それがあんなに嬉しそうに笑うなんて。

入学して、まだ数ヶ月だけれど父上も寂しかったのだろうか。


自然と口元に笑みがうかんだ。


何だか心が軽い。

今なら何でもやれそうな気がした。

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