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親衛隊長 レイラ・ゴリック

セントリア学園に入学して3日が経った。

まだここに慣れたとは言えないけれど、毎日シルビアに会えるのは嬉しい。

それだけでも来た甲斐はあった。



授業も全て終わり、そこからは各々が自由な時間となる。

寮に帰ってもいいし、図書館で勉強してもいい。

外出届けを出して門限まで街に行く事も可能だ。

あと数日すると、魔法研究会や、薬学研究会、剣術会、武術会など授業とは別の生徒で活動する会の勧誘が始まるらしい。



夕暮れの訓練所でエディスは魔剣を手に鍛錬に励むシルビアを見ていた。


体が鈍ってしまうからと、朝か夕方に毎日鍛錬しているそうだ。

見ててもつまらないよと言っていたが、それでも良かった。


久々に見たシルビアの剣術は前よりも激しくなっていた。

風の魔法を使ってるのか、剣の動きと共に強風が巻き起こり、時には爆風となって随分と離れたこちらまで砂埃が押し寄せた。


第1訓練所はほぼシルビア専用になっているらしく、地面はあちこちにヒビが入りボロボロで誰もいなかった。


つまらないなんてことはない。

いつまでも見ていられるくらいだ。


真剣な表情で流れる汗も気に留めず、ただひたすらに剣をふるうシルビアの姿は美しかった。


僕の存在など忘れてるだろう。

それでもいいんだ。僕が君を見ているだけでいい。

胸が締めつけられるように苦しくなるこの思いも何も知らなくていい。僕だけの思いでいい。


「あの………」


不意にかけられた声に、エディスはビクッと驚いた。

全然気配に気づかなかった!


「良かったら、あちらにベンチがありますのでどうぞ」


そう言って笑ったのは、確かシルビア親衛隊の隊長だ。


「あ、ありがとう」

「いいえ。同志ですもの」


同志?えっ僕も親衛隊の一員になっているのか?


とりあえずそこに立っているのも何なのでベンチに行き、腰掛けた。

するとその隣に、隊長も腰掛けてきた。


えっそこに座るの………?


突っ込みたいけれど、初対面だし、真剣な顔で前方のシルビアを見る彼女にどう言っていいか分からなかった。


個性的な顔だな。僕を好きとか、取り入ろうとしている感じではないけど、何で2人で座ってるんだろう。


「シルビア様の親衛隊、隊長のレイラ・ゴリックです」

「あ、はい。入学式で見ました。えっと僕はエディス・イル・ロイエンです」

「存じておりますわ」


先程からシルビアを見たままこちらを見ないけど、何なんだ。

気まずい。目的は何なんだ。早く言ってくれ。


だが、レイラは何も語らず、ただじっとシルビアを見つめていた。

その瞳から突如、涙が溢れこぼれだした。


な、何故彼女は泣いてるんだ!?

思わず茫然としてしまったが、我に返ると慌ててハンカチを差し出した。


彫りが深い独特の顔で、いまいち表情が読み取れない。


レイラは受け取ったハンカチで涙を拭う。


「ごめんなさい。シルビア様が尊すぎて涙が」

「あ………そうなんですね…………」


そうなの?それで涙が出るの?何で?


「私は1学年の時にシルビア様に助けて頂いたんです。ある教師がやたらと体を触ってきて、あっ触るといっても肩に手を置かれたり、ある時は腰に手をやられたり、やたら近くで耳元に息をかけられたりとかそんな感じでしたが」

「それは嫌だったでしょう、酷いですね」


それは幻想でなく真実か?だって、お世話にも美人とは言えないこの令嬢にそんな事を?


「あからさまでないので偶然だ、たまたまだって何度も思おうとしたんですけど………。教師がそんな事するはずない、私の思いすごしだと誰にも言えませんでした。けど苦しくて元気も無くなってきた時、シルビア様がどうしたの?って声をかけてくれたんです」


レイラは嬉しそうな顔でふふふっと笑う。


「でも私は悩んでることを言えませんでした。けどシルビア様はそれで終わりにせず、私の事を見ていてくれました。ある時、その教師が私の背後に来て話しかけながら腰に手をやった時、その手を掴んで怒ってくれたんです」

「そうなんだ。シルビアらしいね」


怒った彼女と、その光景が目に浮かぶようだ。


「その教師は誤解なのに騒ぎ立てるな、私にも間違いだと言ってくれと言ってきて………私はどうしていいか分からず黙ってしまいました。そうしたらシルビア様が、嫌なら嫌って言っていいんだ、こんな事を我慢して耐える必要なんてない、教師だから生徒だからなんて関係ない、人として尊敬も出来ない下劣な奴に従う必要なんかないんだって言ってくれました」


再びレイラの瞳が涙で潤む。


「私の為にあんなに怒って力になってくれて本当に嬉しかった。私は勇気を出して、ずっと嫌で気持ち悪かったと告白しました。そうしたら他にも被害にあった子達も声を上げ始めて、あの教師はとても狼狽えていましたわ」

「そんな事があったんですね………」


それで入学式の時のあれか。今ではすっかり逞しくなったな。


「それまでは学園に学びに来ているのに、教師に対して何か言ったり逆らうなんて考えた事もなかったです。苦しくて辛かったのに、我慢しなければいけないと思い込んでいました。でもシルビア様と出会って目が覚めました。教師であっても、生徒でも、貴族でも平民でも同じ人であり、辛いものは辛いし、痛みは同じ。声を上げていいのだと、自分や何かを守るためには戦わなくてはいけない事を教わりましたわ」


言い終わるとレイラの瞳から涙がとめどなく溢れだした。

大号泣である。


「だ、大丈夫ですか?」

「あの時のことを思い出すだけでもう胸が切なくて涙が」


レイラはエディスのハンカチで涙を拭うが、もうびちゃびちゃだ。

2枚目は持ってない。今度からは人に貸す事も考えて2枚は持っておく必要があるな。


「その後もシルビア様は爵位を振りかざしてやりたい放題の上級生に決闘を申し込んだり、ふふっこれまで10回は決闘して圧勝してるんですのよ。あまりの強さにもう誰も戦いを挑みませんわ。それだけでなく、生徒の声を届ける為に、生徒会執行部を立ち上げて私達の為に戦ってくれているのです」


ハンカチがびしょ濡れなので、拭くのを諦めたレイラの瞳からは更に涙が溢れ落ちていた。


「誰よりも美しく聡明で、強く、優しい慈愛に溢れたシルビア様が戦うのなら、私はあの方を守りたかった。孤高に戦うシルビア様が傷つく姿なんて見たくない。だから私は同志を募り、微力ながら力になれればと親衛隊を立ち上げました」


もう涙の洪水だ。

拭けるものがないかと考えたが、ない。この制服の上着でも差し出すか。確か寮に予備が1つあったな。


と、思っていたらレイラが上着のポケットから自分のハンカチを取り出して涙を拭った。


持ってたのか。なら早く出せばいいものを。読めない令嬢だ。


そんなレイラが突如顔を上げると、こちらを見てきた。


「私、殿下の事が嫌いでした!会った事もないのに、シルビア様の婚約者の殿下が学園に入学される日が近づくにつれ不安で仕方なかったです!殿下が来る事によって私達の作り上げてきた学園が台無しにされるんじゃないか、高潔なシルビア様がただの女のように媚びを売り、志を捨ててしまったらどうしようと嫌な考えばかりが浮かんで、毎日胃が痛んで殿下に憎しみすら感じて呪いの人形まで買ってしまいましたわ!」

「えっ…………」


それを僕に言うか?

面と向かって嫌い宣言をされたのは初めてだ。


「入学してきた殿下を見たら、噂通りの容姿端麗で女子生徒に囲まれキラキラした笑顔を振りまいて皆を虜にしていました。私の予感は当たってしまった、殿下がもしシルビアを泣かせるような事があったらその時は差し違えてでも、殿下を八つ裂きにしてやる。そう覚悟を決めました」

「えぇーと………」


思い込みの激しい子なのかな?

初対面なのに、もう八つ裂き宣言をされるとは。

けど、それだけシルビアを大切に思ってくれている相手を無下には出来ないな。どうにかして誤解を解かないと。


「ですが私が間違っていたのです!」


興奮混じりにレイラがガッと肩を掴んできた。


「お、落ち着いて………」

「この数日殿下を忍び見ておりました!あなたは……あなたは我々の同志だった!」


号泣の顔面でレイラは弾けるような満面の笑みをうかべ、納得するようにうんうんと何度も頷いた。


「はい?」


何が?どうゆう事?っていうか圧が半端ないんだけど。


「シルビア様がシルビア様らしくいられるように見守る姿!そしてシルビア様を見つけた時に声をかけずに遠くからいつまでも愛おしそうに見つめるその姿!まさに我々と同じ、同志!!」


圧は凄かったが、それよりもレイラから発せられた言葉にエディスの顔は赤くなった。


愛おしそうにって………僕はそんな風に見えてるのか?


「殿下のような方が婚約者とは何というお導きでしょうか!シルビア様に恋する乙女、いえ男の子として共にシルビア様を支えていきましょうではありませんか!」

「あの、恥ずかしいので大声出さないでください」


乙女って何だ。男性じゃなく、男の子って………。


「恥ずかしがることなど全くありません!あのシルビア様ですよ!?惹かれてしまうのも当然です!愛しているのでしょう!?」

「…………勘弁してください」


顔が異常なくらい熱い。

エディスは両手で顔を覆い、下を向いた。


そんなに分かりやすい男なんだろうか、僕は。

まさかシルビアも気づいてるのか?


「殿下、シルビア様の魅力について共に語り合いましょう!」

「もう本当に勘弁してください…………」


これ以上彼女から追及される前に、ここから逃げようか。

でも、口止めをしておかないと、この調子で話されてしまったら隠してきた意味がなくなる。けど、本当に隠せていたのかどうか自信がなくなってきた。


その時、ズドンという大きな音と共に地面が大きくゆれた。


ハッとして音のしたシルビアの方を見ると、シルビアが剣を地に突き刺していた。


土系列の魔法か?あれ、手を振ってこっちに来る。


しまった、早く口止めを………!


エディスは慌ててレイラを見る。


「この事は絶対にシルビアには内緒で!絶対に言わないでくださいね!」


だが、レイラはぽけっとした顔をした後、笑顔になった。


「殿下、顔を真っ赤にしちゃってなんて可愛らしい!いつも涼しい顔した落ち着いた方だと思ったのに、まあ!まさかまさかの片思いなのですか!?」

「ちょっと本気で黙ってください」

「私そうゆうの大好きです!」


聞いちゃいないな。も〜何なんだよ。


そこへシルビアがやってきてしまったので、火照りから今度は血の気が引いてきた。


この勢いで話されたらたまったものじゃない。

でも全く空気を読まないだろうな。あー、終わった………。


「ん?レイラ嬢涙が………」


近くに来たシルビアはレイラの瞳の涙に気づき、そっと指でその涙を拭った。


「大丈夫?エディスに何か言われた?」


いや、むしろダメージを受けたのはこっちなんだけど。

レイラが何を言いだすか、不安になりながら黙って様子を窺う。


「いえ、殿下と2人でシルビア様の素晴らしさについて語りあっていたら感動で涙が………」

「そうか。いつも通りか」


シルビアはふふっと笑い、ハンカチを取り出しレイラの目元の涙をトントンと優しく拭った。

レイラは胸のところで祈るように手を握りしめ、うっとりと瞳を閉じされるがままになっている。


…………何だこれ?

で、でもまあ、言わなかったしレイラ嬢は一応空気を読んでくれたのかな?いや、でも安心するのはまだ早い。


「シルビア様、第3訓練所で親衛隊の皆が剣や槍の稽古をしてるんですが、見てやってくださいませんか?」


レイラはシルビアからハンカチを受け取り、それをポケットにしまいながら言った。


「んー…………」


シルビアはチラッと僕を見る。

その視線にレイラが気づき、表情をハッとさせた。


「やだっ!私ったら殿下と2人きりの時間を邪魔しちゃってごめんなさい!殿下はシルビア様と一緒にいたくて待ってたんですから!」


レイラは任せてとばかりに、チラッチラこちらを見ながら言った。


あ、あからさま………。もう心配しかない。


「僕は大丈夫だからシルビア行ってあげなよ」


早くレイラ嬢を連れて行ってくれ。


「そんな!なら殿下もご一緒にどうですか!?ほら、2人に仲良くご指導頂きたいわ!」


レイラ嬢は目配せの合図のように、片目をパチパチと何度もつぶって見せてきた。


うわー………駄目でしょそれ。君隠す気ないでしょ。


「エディスも一緒に行く?数が多いから僕は助かるけど」


シルビアが険しい顔をしている僕の顔を覗いてきた。


一緒に行ってあげてもいいけど、行ったら絶対に後悔する。


レイラ嬢1人でさえこんななのに、親衛隊の皆にバレたらと思うとゾッとした。


「ごめん、そろそろ僕は行くよ。まだ慣れてないから明日の準備とか予習をしておきたいんだ」


平然を装い、ニッコリと微笑む。


その言葉を聞いて、何故かレイラ嬢がガックリと肩を落とした。


「そうか、じゃあまた今度だな。レイラ嬢も残念がってる、エディスは気に入られたようだね」

「はは…………そうかなぁ」


同志扱いだったり、レイラ嬢のおもちゃになった気分だ。


「じゃあ僕は行くね」


エディスは2人へと笑みを向けそう言うと、向きを変え校舎へと歩きだした。



本当はもっとシルビアと一緒にいて話したかったけれど、仕方ない。

レイラ嬢は危険だな。シルビアと一緒の時に鉢合わせないよう注意しないと。でももう目をつけられただろうな……。


数日間、観察されてたのも気づかなかったし、僕もまだまだだな。だいたい他の生徒達も沢山僕に注目してるから、視線がいっぱい過ぎるのが悪いんだ。なんて言い訳だけれど。


もう少し身の振り方に気をつけないとな。

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