3人目攻略者 ナイル・ヘイロン
期待の入学式からの翌日、カトリーヌは外のテラスから少し離れた場所にあるベンチに座っていた。
昼食時という事もあり、食堂から外のテラスに食器をのせたトレーを持った生徒がちらほらと出てきていた。
その様子を眺めながらカトリーヌは食堂で持ち歩き用に詰めてもらったサンドイッチの入った袋を開く。
昨日は出だしから遅刻ぎみでイベントを逃し、更にシルビアの変貌ぶりにショックを受け、1番の推しの王太子は夢みてた優しい王子様ではなく感じが悪かった。
唯一の救いは、攻略対象のルオークが私を気にしてくれ優しかった事だ。
王太子に嫌味を言われた後に優しくされたから、思わずもうこの人に決めるとキュンときてしまった。
やっぱりルオークのルートが1番幸せになれるかしら。でもまだ全員とも出会ってないし、これからどうなるか分からないから決めるのは早すぎる。
カトリーヌはサンドイッチを食べながら周囲を見回した。
これからここでイベントが起こる予定なのだ。
3人目の対象者、ナイル・ヘイロンとの出会いだ。
テラスから少し離れた人目につかない場所で、1人でいたカトリーヌを偶然通りかかったナイルが見つけるのだ。
女好きのナイルが、こんな美少女を見逃すはずかない。すぐに口説かれるが、それをかわしてカトリーヌは逃げだす。けれど見た事のない美少女が新入生のカトリーヌというのはすぐにバレてしまう。
この日から何かとナイルにちょっかいをかけられる日々が始まるのだ。
まだカトリーヌを好きではないナイルは、どれだけ強引なのかしら。いずれカトリーヌの優しさと誠実さに心のわだかまりも絆され、彼女を愛するようになるナイルだけれど今はまだ女好きのナイルだ。
私は前世もだったけど、今世も対象者達との恋愛を夢みて誰とも付き合った事ないのよね。
それがナイルみたいな女慣れしたのを相手にできるか心配だ。
ゲームのように上手くいけばいいけど、実際に相手するのは私だ。
イベント発生を待ってるけど、正直心臓がバクバクしている。
サンドイッチを食べても来なかったら、日を改めようかしら。
少し弱気になった時、茂みがガサガサと音を立てた。
ま、まさか来た………!?
ガサっと音を立て、男が1人走って現れた。
だが、最後に茂みで少し突っかかってバランスを崩し、手にしてた紙の束を散らばらした。
宙を舞う何枚もの紙と、短髪の男。
「うわっ、近道しようと思ったら最悪」
すぐに男は散らばった紙を拾い始めた。
ぼーっとしていたカトリーヌもハッとし、ベンチから立つと一緒に紙を拾うのを手伝い始めた。
早く行ってもらわないと、ナイルとの出会いが!
「可愛いね、新入生?」
「はい、そうです」
だからってあんたなんて相手しないわよ。
邪魔だから片付けてさっさと行きなさいよ。てか、私1人で集めてない?こいつふざけんな………!
紙を集めると苛々としながら、無言で紙を差し出した。
男は笑みをうかべ、ジッと私を見ていた。
何見てんのよ?これ持って、さっさと行きなさ………。
スポーツ刈りのような短いツンツンと刈られた短髪。
金髪に少し茶が混じったような髪に、茶色の瞳。その整った美しい顔には見覚えがあった。
「ありがとう。名前何ていうの?」
「カ、カトリーヌ・ココットです」
嘘!?ナイル・ヘイロンじゃない!どうしたの、その髪は!!雰囲気に合った綺麗な髪だったのに勿体無い、何で切っちゃったの!?
「へぇ、カトリーヌちゃんね。本当可愛いね、君」
ニコニコと笑うナイルにあれ?と違和感が生じた。
ナイルはもっとこう、憂いのある瞳で見つめてきて色気のある艶っぽい男じゃなかった?
「今日は忙しいから、明日とか一緒にお昼食べない?」
「あ、あの………ナイル・ヘイロン様でしょうか?」
極似の別人てこともあるわよね。見かけからして違うし。
「えっ俺の事知ってるのー?興味あり?嬉しいな〜。じゃあ明日一緒にお昼決定だね」
ないかー、本人かー!どうゆう変化があったらこうなるの!?
これじゃ軽いノリのチャラ男じゃない!
「その、明日は先約があるので………。じゃあ、私次の授業の用意があるんで失礼します!」
カトリーヌはサンドイッチの袋を掴むと、呼び止められる前にダッシュで駆け出した。
も〜どうなってるのよ!この世界ゲームと変わり過ぎでしょう!!
――
第1食堂内は昼食を取りにきた生徒で賑わっており、10個あるガラス張りの個室も予約で埋まっていた。
その1つを一緒にお昼を食べようとシルビアが予約しておいてくれ、エディスとルオークは個室にてシルビアを待っていた。
ガラス張りになっているので、入学してきた王太子に興味深々の生徒達がチラチラ見たりコソコソ話してるのが丸分かりだ。
「まるで見せ物だな。いっそ個室でなくて良かったのに」
視線の集中するエディスはうんざりしながら言った。
「会話の内容までは聞かれないからいいじゃん」
ルオークは誰かを探すように生徒達を見回す。
「………誰を探してるんだ?」
「いや、別に誰も。あのさ、もしカトリーヌ嬢に会っても昨日みたいに突っかかるなよ」
「昨日は………大人げなかったと反省してる。学園長に何だかんだ苛ついてたんだな。会ったばかりで僕やシルビアの事を何も知らないカトリーヌ嬢が、学園長の言葉を素直に受けとり信じて、それを本人に言うという愚かさに苛つきが怒りに変わってしまった。それを表に出すなんてな………」
「は、ははは……。まださ、いろんな経験が足りてないんだよ。疑う事を知らないのかも」
「ずいぶん庇うな。腹は立つけど学園長の言葉にはこれまで関わってきてシルビアの事をそう判断した信念があった。どこがどう駄目など自分の言葉で説明できるだろう。けどカトリーヌ嬢は違う。シルビアについて語れる事など何1つない」
「そうだけどさ…………。そんなに責めるなよ。エディスに言われて気づいたと思うし、これからだよ」
そんなルオークを見てエディスはため息をついた。
「らしくないな、いつもは真っ先にルオークが言うのに。まあ、僕はこれからは彼女のそうゆう浅はかな面が見えても反応しないで放っておくから。昨日はちょっと熱くなってしまったけど」
「お前、ちょっと公爵の毒舌に影響受けてない?」
その時、ガラス戸が開き周囲に手を振りながらシルビアが入ってきた。
「いやー、会長会長呼び止められちゃって人気者は大変だ。2人は真顔で何話してたんだ?」
シルビアは椅子を引き、疲れたようにドカッと腰掛ける。
「エディスが公爵似の毒舌になってきたって話」
ルオークの言葉を聞いて、何かを思い出したのかシルビアはぷっと吹き出した。
「そういえば入学前に2人、うちの父上と10日ほど異国に行ったんだって?面白すぎる、何でそんな事なったの?手紙もらって絶対聞かなきゃって思ってたんだ」
この2人と父上で何話すんだ?今度会話を聞いてみたい。
「カルロス公爵から、異国に買い付けに行くから一緒に行ってみないかって誘われたんだ。ルオークは僕の付き添い」
エディスは、だよねというふうにルオークを見る。
「ああ。お前の父親さ、めちゃ俺に厳しいんだけど。着いてきてもいいけど、邪魔にはなるなよって凄まれてさぁ。ホント威圧感の塊みたいな男だよな」
「ちょっと、人の父親に何言ってんの。僕の事が大好きな優しい父上だよ。ルオークが不真面目そうだからじゃないの〜?」
「優しいか?じゃあ、そのカケラの優しさでも俺にかけるよう頼んどいてくれよ〜」
泣き真似をするルオークに、あははとシルビアが笑う。
そこへ真面目な表情でエディスは言った。
「ごめん。たぶん僕が頼りないから、僕が言わないぶんルオークの気を引き締めようと言ってるんだと思う」
「え〜、そんな人じゃないだろ」
「いや、そんな人だと思う。言葉はキツかったり、態度もでかいし威圧感あるから分かりにくいけど、気遣いもできるし、親しい人には思いやりのある人なんだって」
そう言ったエディスを見て、シルビアは嬉しそうに笑った。
「だろ?分かってみれば、分かりすい男なんだよ。目に見える優しさでなく、漢気ある優しさってやつなんだよ」
ただの恐ろしいオッさんじゃないって事を分かってもらえると嬉しい。見た目と言動から誤解されがちだけど、本当に漢気の男なのだから。
だが、ルオークにはまだ分からないようで怪訝な顔をしていた。
シルビアはテーブルに置かれてある食事を見る。
遅れるかもしれないから、魚料理を取っておいてとお願いしておいたのだが、2人も食べないで待っていてくれた。
久しぶりだな。この2人とこうして食事をするのも。
何だか少し照れ臭くて、でも嬉しい。
あの小さかったチビ3人が大きくなって今学園の食堂にいる。
そう思うと感慨深いものがあった。
「食事ありがとう。遅くなったけど食べようか」
いろいろやる事があったから、もうお腹ぺこぺこ。
待っててもらったのに、1番にぱくぱくと食べ始めた。
「そんで初めての異国はどうだった?」
2人を見ると、聞いてくれと言わんばかりにルオークが喋りだす。
「なんか王国と比べて地味なとこだったよ。時代が1つ手前みたいな。とにかく虫が多くてさ〜」
「どこ行ったんだっけ?」
「チブロニア王国ってとこ」
「ああ、あそこね………」
小国で農業を中心とした比較的に貧しい国だ。
公爵家の持つ商団は貿易の卸しが中心で、他の商団に商品を受け渡していたが、ここ数年商団の規模を広げ、王国内に支店を置き自身の商団で商品を取り扱うようになってきていた。
その中で目をつけたのがチブロニア王国の農産物で、安く仕入れられる上、気候も年中暖かいのでロイエン王国にはない食物や、冬に食べられない物も仕入れられるのだ。
父上が商団の規模を広げだしたのは、僕を後継者として考えているからだ。僕も何回かチブロニア王国に行き、農産物の確認や農園も回ったし、商団の経営や貿易との関わりについても学んできている。
「治安の悪いとこも行ったけど、そこでも公爵が歩くと皆んなビビって道をあけるんだよな」
可笑しそうにルオークが笑う。
威圧的なオーラを纏って歩く父上、想像に容易いな。
「エディスはどうだった?」
尋ねるとエディスは少し考えてから喋りだした。
「貧しい国だなと思ったよ。人の暮らしぶりも、生活の質も。あの国では人も商品の1つで奴隷の売買をやってたのには驚いた。それで………その、公爵に押し切られるように奴隷を1人買ってしまったんだ」
「えっ!?奴隷買ったの!?」
エディスが!?てか、この国では奴隷は違法でしょ!
「奴隷市に連れてかれて、あっ身分は隠してたけど。経験の為に1人買ってみてはどうですかって………。ちょっとごねたらすっごい冷めた目で、この程度の道を踏み外す勇気もないのですか?とか言われて、異国の雰囲気にものまれてつい……」
「うわっ、父上ってば何考えてんの」
「私に任せておいてくださいって言葉通り、チブロニアの王族を通して貢ぎ物のような扱いになってて出国手続きまでされて……結局連れて帰ってきてしまった」
「この国に!?てか王宮に!?えっ、大丈夫なの、それ!?」
「皆んなが驚いた顔してた。肌の色も違うし、この国にだって異国の人は住んでるけど格式高い王宮に異国民がいるって事は本当に異質なんだ」
「陛下は怒んなかった?」
父上のせいでエディスがそんな目にあってたなんて。
「カルロス公爵が父上に人1人買ってきた、どうするか見てみたいって言ったらすんなり受け入れたよ。うちの父上は公爵の事、もはや崇拝してるんじゃないかな。あいつのする事に間違いはないとか前言ってたし」
エディスは困ったように笑った。
「褐色の肌の10歳の子供なんだ。兄弟が多くて売りに出されたらしい。あの子をどうすればいいか悩んでるんだ。とりあえず今は客人としてこの国の言葉を学ばせたり、家庭教師をつけて学ばせてるんだけど………」
「ふふっ、大変そうだな。まだまだ時間もあるんだし大いに悩みなよ」
しかし奴隷を王宮で客人扱いにし、専属家庭教師をつけたりと凄い待遇だな。誰か下の者に譲って終わりにしないとこが、エディスらしいといえばらしいけど。
「シルビア、公爵と同じ事言ってる。大いに悩んでくださいねって、親子して嫌な血筋だなぁ」
エディスは恨めしそうな目で見てきたが、つい笑ってしまった。
「父上もエディスの事よく分かってるな。エディスってすっごい悩ませたくなるタイプだよね」
「何それ?そんな…………」
その時、勢いよくガラス戸が開き慌しい様子で男が1人駆け込んできた。
ハッとした3人が男を見る中、男はシルビアに詰め寄る。
「やっといた!第2食堂じゃなかったのか!?」
「第1食堂の個室予約とれたからさ。こっちのが眺めいいだろ」
ふっと笑ったシルビアに対し、男は怒りでわなわなと震えた。
「だったら教えてくれればいいだろ!」
「別の教室だし、忙しくて忘れてた」
「嘘だ、わざとだ!」
「うるさいなぁ、んで書類はまとめたの?」
ふと気づくと、エディスとルオークが唖然とこちらを見たいた。
突然の騒がしい男の乱入に呆気に取られたんだろう。
「ほら、まとめたよ!」
男はテーブルに紙の束をバンと音を立てて置く。
「2人共、こいつはナイル・ヘイロン。同じ2学年で生徒会の庶務だ。別によろしくしてやらなくていい相手だ」
「おい、無視か!?それに何だその紹介の仕方は!?」
「はいはい、ご苦労様。今日は生徒会の会議あるから忘れるなよ、じゃあな」
「俺の扱い酷くないか?は〜、やるせ無い」
ナイルはは〜とまた息をついてから、チラッとエディスとルオークの2人を見た。
「こっちがシルビアの婚約者の王太子かな?」
ナイルはエディスに近づき、間近でその顔をじっと見た。
エディスは思わず顔を強張らせる。
「へぇ、いい男じゃん。まあ俺には負けるけど」
自信満々にナイルは顔を上げた。
そう言ったナイルをシルビアが睨む。
「どの顔見て言ってんだよ。断然エディスのがいい男だろ」
「婚約者の欲目かねぇ。まっ、もし捨てられでもしたら俺がシルビアをもらってやってもいいけど」
「何があってもお前だけは選ばないから覚えとけ」
シルビアは席を立つと、ナイルを掴んで持ち上げた。
「うわっ冗談だから!暴力反対!」
シルビアはガラス戸を開くと、ポイっとナイルを投げ捨てた。
「じゃ、そうゆう事でご苦労様」
シルビアは振り向かずにガラス戸を閉めた。
生徒達がこちらを見ていたのが分かったが、在校生にはいつもの事でも新入生達にとっては喧嘩に見えてはないだろうか。
しばらくはもう少しソフトにしておこうかな。
「シルビアにしては珍しい対応だね」
エディスが驚きながら見てくる。
まぁ、こんな乱暴に接するのはこの学園であいつだけだ。
「それに相応しいクズだからな」
「クズって……何があったの?」
エディスに続いてルオークも興味があるようで、食べながら期待の目を向けてきた。
黙っていても、どこかから知るかもしれない。それなら先に教えてやるか。
「あいつは僕がこの学園を変えていかなきゃいけないと思わせたうちの1人だ。思い出すのも忌々しい」
シルビアは椅子に座り足を組み、表情を険しくした。
「あれは1学年の夏に入ったばかりの頃だった。授業も終わって、剣の稽古をしても体力が余ってたから、超身体強化で学園外周を何秒で回れるか試してみようとしてた時だ」
ありのままに話していいものか。でもこいつらももう子供じゃない。育っていく1人の男として、ちゃんと話してやるか。
「学園の裏の人気のない林の方で声が聞こえたから、そっと近づいてみたんだよ。そしたらナイルが泣いてる女の子を犯そうとしてたんだ」
その言葉に2人は食事の手を止めたが何も言わず、その場は静寂に包まれた。
「ちんちん出してたから間違いない。もう頭に血が昇って、気づいたら顔の原型がなくなるまでぶん殴ってたよ。拳の血にハッとして、治療して治した顔見たらまたムカついてぶん殴ってた」
だが、2人の反応はない。
あれ、話についてきてない?もしかして………。
「えーと………大変聞きにくいのだけれど、2人共子供の作り方って知ってる?」
それはさすがに僕でも恥ずかしくて教えてあげられないよ。
「ば、馬鹿な事聞くなよ!し、知ってるけど………」
そう言ったルオークの顔は真っ赤だ。
エディスも赤くなりながら頷いた。
「そ、そうだよね、もう知ってる年齢だよね」
こっちも照れ臭くて顔が火照ってきた。
3人で照れて顔赤くしちゃって、これでこそ童貞、処女連盟だよな。全員経験なしの初めてだから、誰も経験談も言えないで照れてるとこに安心する。
「話を戻すけど、あいつは僕が見つけた女子生徒以外にも、入学当初から他の子とも体の関係を持ってたらしい。本人が言うにはお互いの同意があったと言うけど、僕が見たのは強姦っぽかったからなぁ。ナイルいわく、同意してたけど怖気付いてやっぱり止めたいと言い出したそうだ。それを無理矢理はやっぱ強姦だ」
話にはついてきてるだろうが、2人は言葉が出てこないようで気まずそうな顔をしていた。
「親元を離れ隔離された逃げ場のないこんな環境で、あんな事が起こってるのは問題だ。もしかするとナイル以外にも悪さをしてる奴もいるかもしれない。教師にこの事を言ったんだけど、相手が平民だった事もあってか、同意してたんだろうとかうやむやにされたんだ」
貴族は学園に学費の他にも多くの寄付をするから、平民の学生に比べてはるかに優遇されていた。
伯爵令息のナイルも同じく学園によって守られていた。
「学園は平等だと言いながらも、貴族には特別だった。ナイルの事だけじゃない、不平等が溢れていた」
シルビアは賑やかな食堂内に目をうつす。
学校生活は元の世界と同じ。平和そうに見えても、こうして見ているものが全てじゃない。いや、生まれの優劣がある分、こちらの方が酷いだろう。
「じゃあ、あいつはお咎めなしでその後も普通に生活してたのか?」
むっとしながらルオークは言った。
「お咎めはなしだったけど、もう悪さ出来ないよう僕が毎日付きまとってた。ナイルがこんなどうしようもない奴になったのは、本人のせいだけじゃなく、親にも問題があると思ったんだけど、この世界じゃ家庭訪問もないし、ナイルに責任を問わないような学園が親の対応までしてくれる訳がなかった。んで、僕が勝手にナイルを連れて伯爵家を訪問した」
シルビアは小さく息をつく。
2人には内緒にしてたけど、もう言うしか無いか。
「ナイルの親は想像以上のクズだった。後継者でもなかった妾の子のナイルの扱いが酷くてな、その……ぶち切れてしまった。ヘイロン伯爵家半壊事件、示談で父上が揉み消してくれた」
へへっと笑ったが、2人の呆れたような、うわ〜とうとうやったか、みたいな言葉にならない表情にシルビアもシュンとした。
「だって最低の事平然と言うし、こんなのに育てられたらそりゃ歪むよな〜って怒り爆発よ。そりゃ、ちょっと自制心が足りなかったと思うけど………」
「よく示談で終わったね」
エディスが驚きながら言う。
「いや、訴えるって騒がれたんだけど、父上がヘイロン伯爵家と関わりのある貴族や取引き先にまで手を回して完全孤立させたんだ。だいたい父上訴え先の貴族会議の議長だし、皆んな公爵家を恐れて手を引いて、取引もなくなりこのままだと伯爵家はお家断然の危機って事で向こうが折れたんだ。権力って凄いね」
貴族の権力が、とか息巻いてたくせに解決してくれたのは結局権力だった。
「僕はもう開き直った。誰よりも凄い権力を持ってるなら使う
しかないじゃないか。正しい権力!」
「正しい権力って………」
「この発言力を持った生徒会を認めさせたのも権力の力なんだ。過去最大級の破格の寄付を行った公爵家の力だ。額を伝えた時のポカンと口を開けた学園長の間抜け顔を見せてやりたいよ」
今思い出してもあの顔は笑える。
その時、鐘の音が1つ鳴り響いた。
もうすぐ昼休憩が終わる予鈴だ。予鈴は鐘が1つ、本鈴は鐘が3つなのだ。
「早いな、もっと話したかったのに」
久しぶりだから話も尽きない。まだまだ話し足りないな。
残念ながらもシルビアは椅子から立ち上がった。
「明日もまた一緒に食べれるかな?」
エディスも椅子から立ち、窺うように僕を見てきた。
忙しいからとか気にしてるのかな?体は大きいけど、じっと子犬みたいに見つめてきて可愛い奴め。
「こっちはそのつもりだけど。明日はアンネちゃんも誘って4人で食べよう。婚約者コンビだな」
笑ってルオークを見ると、ルオークは一瞬返答に詰まったが直ぐにハッとして頷いだ。
「ああ、そうだな。アンネローゼも一緒にな」
「アンネちゃん口じゃ言わないけどお前に会うの楽しみにしてたんだからな。じゃあ、急がないと。先に行くよ」
シルビアはナイルの置いていった書類の束を手に取ると、2人に手を振り足速に駆けて行った。
エディスはシルビアの後ろ姿を見送った後、ルオークをじっと見た。
「何だよ?ほら、俺らも行こうぜ」
「………アンネローゼ嬢を悲しませるなよ」
「は?何だよそれ?」
不思議そうなルオークの顔。
確かに何を言ってるんだろう。
「言ってみただけだ。ほら、行こう」
エディスはルオークを置いて歩き出す。
何だかルオークを見てたら言いたくなったんだ。
モヤモヤとする。まさかな。会ったばかりだろう。
お前はそんな浅はかな男じゃないよな…………。




