セントリア学園 入学式
セントリア学園の講堂には、入学式の為にこの春から新たに入学する新入生、上の学年の生徒達、教師一同が集まっていた。
学園長の初老の男性の長い挨拶を期待に満ちた表情で見つめてる者もいれば、ぼーっと聞いてる者、欠伸をしている者などもいた。
次に段上に、教師の面々が上がり担当教科と自己紹介が行われた。
淡々とした雰囲気で行われていた式だったが、突如上級生がざわめき始める。
その空気の中、1人の学生が段上の上を中央へと歩いていった。
頭の上で1つに結んだ長い黒髪をたなびかせ、颯爽と歩いていく姿に1人の女子生徒が歓声を上げると、次から次に女子生徒からの声が上がった。
「シルビア様ー!!」
「シル様ー!!」
呆気にとられる新入生をよそに、上級生達はキャーキャーと騒いでいる。
見かねた教師が止めに入ろうと動き始めた時に、それを制すようにシルビアがマイクのような拡声機を手に取った。
「皆んな、新入生の見本になるように静かにね」
ニッコリと笑うと、逆にキャーと歓声が大きくなってしまった。
「段上のシルビア様格好いいー!!」
「シルビア様ー!!」
ちょっと、入学式だよ、これ。
学園が春から始まる前に5日ばかり休みがあったが、そんなに経ってないのに皆んなテンションおかしくなってない?
また何か言おうとシルビアがマイクを口元に近づけた時、段上の下の所に腕に腕章をつけた女子生徒が5名立ち塞がった。
「静まりなさい、あなた達!!シルビア様がお話をされようとしてるのに邪魔するとは言語道断!!無礼者!!」
出た、シルビア親衛隊!
隊長はゴリラの生まれ変わりなんじゃないかと思うくらい、ゴリラ似の伯爵令嬢レイラ・ゴリックだ。この5人は幹部で、ありがたい事なのか親衛隊員は他にも結構いる。
って今入学式なんですけど。新入生は何を見させられてるのか困惑してることだろう。
まぁ、静まったから早く進めるか。
「ありがとう、ゴリ……レイラ嬢」
お礼を言い、改めて段上から下を見渡した。
うん。やっぱり、えっ何?どうしたの?みたいな顔してるな。
「新入生の皆さん、セントリア学園にようこそ。生徒会執行部、会長のシルビア・アルビシスです」
とりあえず何でもありませんよ、みたいな余裕ある笑みで笑っておこ。
「親元を離れ、新しい生活に不安もあるでしょう。何かありましたら、遠慮なく生徒会に相談にいらしてください。この生徒会は昨年に従来とは違う形で新たに作られました。生徒による、生徒の為の自治組織として」
その言葉に講堂内が少し騒ついた。
事の顛末をしっている在校生と教師達は、何を言うのかと気が気ではないだろう。
いくら僕だって何も知らない夢を持って入学してきたばかりの子達に、あれこれ言いやしませんよーだ。
「この学園は教師達の物だけではありません。未熟ながらも学びを請う我々の物でもあります。よりよい学園にしていく為に、対等に発言をして変えていける力を持った生徒代表の組織として昨年より尽力させて頂いております」
ぷぷっ、教師陣のあのハラハラした顔。
そんな心配しなくたって、入学式ぶち壊しませんから。
「古い伝統も大切ですが、新しい斬新な意見を取り入れた改革も必要です。この学園は生徒の意見を取り入れた自由で1人1人の成長を促していけるような柔軟性を持った素晴らしい学び舎です。新入生も今日からは共にこの学園をよりよいものにしていきましょう」
よし、いい感じに締めたぞ。
教師陣もこれで終わりかってホッとした顔をしている。
最後に挨拶して終わるか。
「腐った教師に鉄槌を!!」
突然そう声が上がった。
ん!?ゴ、ゴリ子!?何言ってんの!?
「腐った教師に鉄槌を!!」
親衛隊の5人が腰にあった木剣を下にドンドンとリズムよく打ちつけながら声高らかにその言葉を繰り返した。
ちょ、ちょ、ちょーっと!!ゴリ子君、これ入学式よこれ!!
何してくれてんの!!?
「以上、会長シルビア・アルビシスでした!はい!!ゴ…レイラ嬢撤収!!」
シルビアは段上から下に飛び降りると、親衛隊の者を掴めるだけ掴んで足速に歩き出した。
も〜、カッコいい演説して、新入生に新しい生活に対してワクワク、ドキドキの期待をいっぱい与えたかったのに。
今の何?みたいな不安与えちゃったし。
――
入学式の後は、教室に戻りこれからの日々の教科の説明や、皆で学園内を案内され場所の説明があった。
初日なので、そんなもので各自寮の整理や荷物を片付けたりと、残りは自由時間となった。
本格的な授業は明日から始まる。
説明が終わった後、学園長から呼ばれていたのでルオークと共に学園長室へと向かった。
「さっき案内の中でここが学園長のお部屋ですよ〜って通りかかったけど、迷路だよなー。エディス場所覚えてる?」
ルオークは周りをキョロキョロとしながら眉をしかめる。
「来る事になると分かってたから覚えといたよ。今日来たばかりだから、慣れるまでは時間かかりそうだね」
物覚えはいい方だけれど、さすがに1日では覚えられなそうだ。
「昼は食堂だったよな。美味しいのかな?どっち行く?」
ルオークはもう今から食堂に行くのを楽しみにしているようだ。
説明が終わった後も、お腹空いたーと言っていたし。
昼は学園内にある2箇所の食堂を利用する事になっている。晴れている日は外のテラスや、広場に持っていってもいいそうで、何種類かあるメニューによっては包んでくれるらしい。
朝と夕は寮にある食堂を利用し、外出許可を得てれば外で食べてくるのも可能だそうだ。
「ルオークが選んでいいよ」
朝シルビアと会った時に、昼食の約束をしておけば良かったな。
学年も違うし、接点が少なくなってしまう。
「学園長との話が終わったら、昼時だよな。う〜ん、迷うな」
「今日行かなかった方に明日行けばいいだろ」
エディスは、ははっと笑う。
食べ物でこんなに真剣な顔して悩んで、いつまでも変わらないな。
「そうなんだけどさ。あっ、食べ終わったら学園内散策しようぜ。昨日の夕方から来たけど寮の中しか見てないしな。今日案内されたけど、途中から分からなくなったし」
「ルオークは方向音痴だからね。しばらくは1人でいない方がいいんじゃない?」
「何だよー、じゃあ当分エディスにつきまとうからな」
「それはそれで嫌だな」
そうしている間に、学園長室に着いた。
3階の奥まった所にあったのだが、今のルオークでは絶対に1人で辿りつけなかっただろう。
ノックをすると、直ぐに返答がきたので扉を開けた。
室内に入ると、そこにはすでに先客がいた。
振り向いたその顔には見覚えがあった。
ふわふわの桃色の髪がゆれ、大きな瞳が驚いたように自分を映す。
「王太子殿下、ギルテス侯爵の御子息もよく来てくださいました。さっ、どうぞ中へ」
デスクの所にいた学園長はすぐに立ち上がった。
「なぁなぁ、あの子すっごく可愛くない?」
ルオークが耳元へ興奮混じりにコソッと話しかけてくる。
「そうだね」
小さく返事をした。
確かに可愛いとは思う。
でも僕はそれよりも可愛い存在を知っている。
ルオークに言ったところで、お前の目には俺と違うものが映ってんのか?とでも言うだろから言わないけど。
「ささっ、こちらへ座ってください。聖女様もどうぞ」
学園長は応接のソファへと座るよう促した。
エディスとルオークがソファに座ると、隣りを失礼しますとカトリーヌはエディスの隣に座ってきた。
そして、向かい側のソファにニコニコとしながら学園長が座った。
「本日は入学誠におめでとうございます。同じ時に、殿下と聖女様が入学されるとは本当に喜ばしい限りです」
背のあまり高くない、小太りでお腹のぽっちゃりとした初老の学園長は、笑いジワのついた穏やかな善人のような顔をしていた。
でも、一瞬、部屋へと入ってきた時のこちらを窺い見るような瞳にギラリと宿った輝きを僕は知っている。
野心を持った者や、こちらを蹴落とそうと企む者、視察先で逮捕された子供の人身売買をしていた男も人の良さそうな顔してこんな目をしてたっけ。
この男をあまり信用しない方がいいだろう。
「聖女って本当?」
僕をはさんでルオークがコソッとカトリーヌに話しかける。
ルオークには聖女が入学する事は前もって伝えてあったが、お互いに顔は知らなかった。
「はい。カトリーヌ・ココットと言います」
ニッコリと笑ったカトリーヌに対し、ルオークは頬を赤く染めた。
「カトリーヌ嬢か………。よろしく、俺はルオーク・ギルテス。こっちは王太子でエディス・イル・ロイエン」
勝手に人の自己紹介までしておいて、ルオークはバシバシと僕を叩いてきた。
ジロッと睨むが、満面の笑みでルオークは耳元に口を近づけてきた。
「ヤバい、ヤバすぎ、可愛いすぎんだけど」
彼女にも聞こえないくらいの声で、興奮もあいまってか耳に吐息もかかりゾワゾワとした。うわっ不快。
「気持ち悪い、離れろ」
頭を掴んで、ルオークを押し返す。
「楽しそうで何より。これからの学園生活は希望に満ちたものでありますよう、私や教師一同力になりますので何かありましたらおっしゃってください」
にこやかな笑みを浮かべて学園長は僕らを見た。
力にはなってくれるだろう。僕らは利用価値はあるから。でも信用が出来る相手かどうかは分からない。
内容によって使い分けるのがよさそうだ。
「ありがとうございます。何かあったら学園長に相談させていただきます」
こちらもにこやかに笑ってみせた。
「あの……今日の式で生徒会長さんも何かあったら言ってとおっしゃってましたが、どちらに言えばよろしいですか?」
おずおずとカトリーヌが言った。
その言葉に反応するように、学園長の口元がピクリと動く。
「ああ…………生徒会長ね。まずは私に相談してください、学園での事なら私が権限を持って解決できますから」
ニコッと笑った学園長に対し、カトリーヌも笑顔で頷いた。
「分かりました。私は親元を離れるのも初めてで、聖女と分かったのも最近で何だか不安で………。頼れる人もいないので学園長の言葉にホッとしました」
健気に笑うカトリーヌに、横からのうっとおしい視線を感じて見ると、ルオークが共感したようにうんうんと頷いていた。
は?どうしたルオーク?
「分かります、さぞ心細いでしょう。私はあなたの味方ですよ。生徒会長はある意味皆に公平で貴族も平民も、聖女様もきっと一緒くたです。斬新な考え方のある子でして、生徒代表との名のもとに教師に歯向かう事もあるのです」
学園長は困ったように大きなため息をついた。
「まぁ、そうなんですか?」
「自分本意のところがありまして、聖女様が困っていたとしても、自分が違うと思えば力にはなってくれませんよ。でも私は聖女様をお預かりする身ですから些細なことでも力になりますので、遠慮なくおっしゃってください」
大きく頷き、優しい笑みを浮かべる学園長は善人のように見えた。
あくまで表面上は。
「……シルビアは僕の婚約者なんですが」
しれっと言ってみる。
けれど学園長はさほど慌てた様子もなくにこやかに笑った。
「そうでしたな。殿下の父君が令嬢をとにかくお気に召して、婚約の数年前から周囲を牽制されていたのは有名な話です。殿下も苦労されたのでは?」
何を言うかと思えば、人から聞いたような事をしたり顔して偉そうに語って。思ってたより浅はかな男だったな。
同じようににこやかに笑い返すと、同意が得られたとばかりに学園長はさらに言葉を続けた。
「シルビア嬢には我々も手を焼いておるんですよ。全く、強い強い。流石の殿下にもあれは手懐けられないでしょう。男に生まれてれば全てを手に出来たでしょうが、女のくせに可愛げのない。いや、あれは男女ですな。殿下ももっと可愛いらしい令嬢が良かったでしょうに」
下卑た笑いをうかべる学園長は醜悪でしかなかった。
安いメッキだな。すぐ剥がれた。
お前の価値観でものを言うな。お前なんかがシルビアを語るな。
下品で汚いクズみたいなその顔を見てるだけでも反吐がでる。
僕を見て笑うその顔がどれだけ美しいか知らないくせに。
こんな奴と共感したいとは思わないし、知ってほしくもない。
お前みたいなのは、その曇った汚い目に映るものだけ見て信じていればいい。
本当の価値なんてお前は知らなくていい。
「そんな言い方って………」
「ルオーク」
口を開きかけたルオークを遮るように名を呼ぶ。
こんな奴に何を言ったって無駄だ。表面上は取り繕うだろうが、心の中は変わらない。
僕の思いを汲んだのかルオークは口をつぐんだ。
「学園長の話は終わりですか?昼食後に学園内を回りたいのでこれで失礼します」
エディスはソファから立ち上がる。
行こうというようにルオークを見ると、ルオークも立ち上がった。
「何かありましたら相談に来ますのでよろしくお願いします。では、失礼します」
ニッコリと学園長に笑みを向けてそう言うと、エディスはすぐに部屋を後にした。
学園長室を出ると、ルオークが一応気をつけてるのか小声で文句を言い始めた。
「何なんだあのジジーは。聞いててムカムカしてきたんだけど。勝手に憐れんでるけど、その殿下はシルビアにベタ惚れだっつーの」
「そうゆう事気軽に言わないでくれる?」
「ああ悪い。腹立ってさ。何でお前は言わせっぱなしなんだよ?ガツンと言ってやりゃ良かったのに」
「言ったところで何も変わらないよ、ああゆう人種は。僕には言わなくなるだけだ」
「だからってさ腹立つだろ」
勿論腹は立った。でもそれで怒ったところで何も変わらない事も知っている。
「したたかに生きよう思ってさ」
エディスはルオークを見て静かに笑った。
「敵の懐に入ってみるのも戦い方の1つだろ」
「そうだけど………」
「ルオークは苦手そうだから、我慢しなくていいよ」
前にアルビシス公爵に、僕は不器用そうだからそうゆうのは向いてないと言われた事があるけれど、いつまでもあの時のままじゃない。
あれからいろいろ経験もし、学び、少しづつ成長して進んでいっている。
「あのなぁ、俺だって………」
ルオークが言いかけた時、後方から声が聞こえ2人は振り返った。
そこには、小走りで駆け寄ってくるカトリーヌがいた。
彼女は息を切らし、2人の前で立ち止まる。
「良かった、追いついて。あの、折角ですから私も昼食にご一緒させて頂きたいなと思って」
ハァハァと呼吸も整わないままニコッと笑うカトリーヌを見て、隣りのルオークが顔を緩めたのが分かった。
「そんなに急がなくてもいいのに。大丈夫か?」
笑いながらルオークはカトリーヌへとハンカチを差し出す。
「止まったら汗が……。ありがとうございます、洗って返します」
「いいって、あげるよ」
「そんな、ちゃんと返しますよ」
少し唇を尖らせたカトリーヌを見てルオークはぷはっと笑った。
その顔は何だよ、ルオーク。少し………嫌な予感がする。
「なあ、カトリーヌ嬢も一緒に食べてもいいだろ?」
ルオークが僕を見ると、カトリーヌも大きな瞳で僕を見つめてきた。
「先程の話ですが、殿下も大変ですね。私で良かったら相談にのりましょうか?女性目線の意見も参考になると思いますよ」
そう言ってカトリーヌは微笑んだが、ルオークはマズイというように僕の顔を見た。
先程は口をつぐんだけど、初対面の相手にこんな舐めた口をきかれる謂れはない。
「君は初めて会った人の言う事でも疑いもせず信じるんだね。それが本当かどうか自分では考えないの?」
「えっ?えっと………」
「これから教団の聖女として人の上に立つ立場の者としてどうかと思うよ。司祭の報告を全部真実として信じるの?」
「あ、あの……」
「君が教団の操り人形になる未来が想像できるようだよ。教団の未来は明るくないね」
そこへルオークが間に割り込んできた。
「おい、そんな言い方ないだろ。カトリーヌ嬢は平民から聖女になったばかりで心構えも何もないんだから」
「なら卒業までに、人の上に立てるような心構えを身につけるよう助言する。君の為にもね」
それだけ言うとエディスは振り返らずに足速に歩き出した。
ルオークの手前ああ言ったが、心構えよりも人間性だ。
これまでも噂を信じて簡単に躊躇いもなく口にだすような生き方をしてきたんだろう。学ぶことはできるが、人の中身、本質を変える事はそう出来ることではない。
50年ぶりの聖女の誕生に教団は湧いていたが、どうなるか先行きは不安だな。王国に波乱がなければいいけれど。
ルオークもエディスに続いて行こうとしたが、、狼狽えているカトリーヌを見て足を止めた。
「ごめんな、あいつ苛々しててさ。でも噂はあくまで噂、口は災いの元って言うし軽はずみな言動には気をつけて。じゃ、俺も行くけどあまり気にしないように。元気だして」
ルオークが励ますように笑うと、カトリーヌもホッとした表情になり頷いた。
それを見届け、ルオークはカトリーヌへと手を振るとエディスの後を追いかけていった。




