セントリア学園入学
ついに来た。この時がついにやって来た!!
カトリーヌ・ココットの時代がきた!!
大きな白いアーチの校門をジャンプしてくぐり抜ける。
目の前に広がる光景に胸がはやった。
綺麗に切られた木々や植木や花壇の色取りの花。噴水もあり、門構えをくぐり抜けたそこは広場のようになっていて、その奥の方に洋風の大きな建物が見えた。
あれが校舎かしら。あっちの右側にあるのは寮?
広いわね。奥まで行くのにどんだけ歩かせるのよ。
学都はとても広く、他の学校ともそれなりに離れているので馬車で都内を移動してここまで来た。
降りてからも、この広大な土地の移動には苦労しそうだ。
必要なものを詰め込んだトランクを持って奥へとひたすら歩く。
広場なんていらないから、目の前校舎にしなさいよ。
あーもう疲れてきちゃった。えーと、先に校舎に行くんだった?それとも寮で手続きだったかしら?
入学式もあるから早く手続きしないと遅刻しちゃうわ。
校舎に近づいてくると、手続きを終えたのか談話してる人達がちらほらと見られた。
その中で、やたらと人が集まっているグループがいた。
ん?んん!?あれは…………!
カトリーヌはダダダッと走り出す。
きゃー!!王太子と幼馴染のルオークじゃない!!
本物だわ!生だわ!やだっ、2人ともイケメンー!!
王子、リアル王子輝いてるー!実物半端ない、同じ人間!?
背も高いし頭小さっ!何頭身!?ふわ〜作り物みたい、こんな彼と恋に落ちるだなんて〜!
ハァハァと息を切らしながらも、口元に笑みがうかんだ。
出会いの場は今じゃない。こんな疲れた姿見せられないし、ここで時間とって遅刻したら格好悪い。
皆んなに囲まれちゃって、本当大変ね。
コソコソとその場を後にして校舎に向かった。
こんな美少女見つかったら、すぐに目立っちゃうわ。
聖女だということは、学園関係者しか知らない。普通の学園生活を過ごせるようにとの配慮だけれど、途中でバレちゃうのよね。
校舎前には職員や生徒たちが多く集まっており、仮設のテントにて名前を言い受付を済ませると、上級生の女性が寮まで案内してくれた。
寮は学園側の配慮で事前に1人部屋か相部屋か聞かれたが、1人部屋にしておいた。
物語のカトリーヌは相部屋だったのだが、私は前世も今世も1人っ子だし、集団はあまり好きではない。
結構ギリギリの受付だったようで、寮に荷物を置いて用意を整えたら早めに校舎の奥の講堂に向かった方がいいと先輩は言ってくれ先に戻っていった。
物語のカトリーヌはこんなギリギリではなく、早めに到着して中を散策している時に皆から逃げていた王太子とバッタリ出会うイベントをこなしていた。
現実は、学都で迷ったあげく、馬車乗り場は混雑して順番待ちは凄くてイベントを逃してしまった。
寮から校舎に向かうと、それまで外に出てた人がもう誰もおらず、慌てて走り出した。
こんな美少女が遅刻してったら、目立って皆んな見るに違いない。
攻略対象者全員の第一印象が、あの時遅刻してきた美少女だ、なんて嫌すぎる。
校舎の入り口にも誰もいない。
ちょっと勘弁してよ!も〜、そうだ、講堂ってどこ!?
奥って、どこからどうやっていくの!?
聞く人もいないので、取り敢えず奥の方へと行くしかない。人がいれば、そこで聞こう。
闇雲に走ってみたが人がいない。
嘘、もうこれ遅刻確定じゃない。それにここどこよ?迷路みたいで入り口にだって戻れない。
角を曲がった時、ドンと衝撃が走った。
何!?人!?
ぶつかったその勢いで後ろへと跳ね返り、体はバランスを崩す。
けれど、力強い手が私の腕を掴んだ。
艶やかな黒髪が頬をかすめる。
おでこを出すように真ん中で分かれた長めの前髪に、高い位置で1つに結ばれた腰までの長い黒髪。
すらっとした鼻筋、切長の青い瞳に長いまつ毛。澄ましたような端正な顔立ちに陶器のような肌。
こ、これはまた美しいイケメンね。
もしかしてナイル先輩?って髪の色も顔も違うか。
私と同じように、相手もじっと私を見つめてきた。
あら、美少女に見惚れちゃたかしら?
攻略対象者ではなさそうだけど、クール系イケメンも嫌いじゃないわよ。
「大丈夫?走ったら危ないよ」
手を離し、彼は私を見つめやんわりと微笑んだ。
まあ、笑顔も素敵じゃない。ここは好印象与えるように可愛らしく、かつ脈有りと思わせるように媚び売っとこ。
「ありがとうございました。私皆んなとはぐれてしまって、講堂に行こうと思ったら迷ってしまって〜」
「ああ、新入生だね。ここは2学年の校舎なんだ。新入生達はこの時間、各自の教室に集まってるんじゃないのかな」
「え!?そうなんですか!?」
ヤバい、教室すら把握してない!
「1回集まってから式の為に講堂に移動するから、ここで待ってれば合流できると思うよ。そこの通路から奥に行った所が講堂なんだ」
彼の指さす方向を見ると、通路の先に外へと続く屋根付きの道が見えた。
綺麗な長い指。すらっとした体にピンと伸びた背筋、動きの1つ1つが様になるというか綺麗な人だ。
名前は何ていうんだろう、知りたい。
「良かった〜。ありがとうございます。本当に先輩に会えて良かったな〜」
上目遣いで見上げて見る。ふふ、可愛いでしょ?
「僕も講堂に行く途中だったんだ。生徒会長として新入生の前で挨拶するからね。何かあったら言って」
「えっ生徒会長さんなんですか!?」
イケメンの上に有望じゃない。対象者じゃないけど、これは攻略しとかないといけない物件ね。
「凄〜い、早速会長さんと知り合っちゃうなんて。私カトリーヌ・ココットといいます。あの、もしよかったらお名前…………」
「シルビア!?」
不意に声がした。
振り返ると、王太子や生徒達がこちらへと向かって来ていた。
あら、王太子様。これが私達の初対面になるのかしら。
ん?今シルビアって言った?あの悪役令嬢の?
キョロキョロと周囲を見るが、どこにもいない。
ここにいるのは私と彼だけだ。
「何その格好?女子の制服は?」
王太子が駆け寄ってくる。
そして私をまるで気にする様子もなく横を通り過ぎた。
ちょ、ちょっと!この美少女が目に入らないの!?
「これ特注の制服。生徒会長特権でね。スカートは僕の動きが早くてめくれていつも下着見えちゃうからさ、入学当初は着てたんだけど途中からズボン下に履いてた」
「そ、そうなんだ。大変だったんだね」
確かに他の男子の制服とはちょっと違う。色は皆んなと同じ白に青いラインが入ってるけれど、丈が長めで燕尾服みたいな感じになっている。
でも今スカート履いてたとか言ってなかった?
「また大きくなったな。あーあ、とうとう抜かされちゃったか〜。今どのくらい?」
「177フィートだよ。まだもう少し伸びると思う。シルビアは173フィートでもう止まってる?」
またシルビア!?…………どこにいるのよ?
女のくせに背が高くてごついくせに、可愛いものが好きで似合わないドレスを学園のパーティーでもよく着ていた。少しでも可愛く見せようとしてるのか、化粧でごまかそうと痛々しい努力までしてたけど、全然可愛くもなってなかった。
シルビアは可愛い素材じゃない。本物の可愛い子には敵わないっていうのに、それが悔しくて恨めしそうな目でヒロインを見てたっけ。
可愛くなろうと努力する姿勢は認めてあげるけど、結果は伴ってなかったわね。
黒髪で青い瞳で、少しキツめの…………。
えっ…………?
カトリーヌはハッとし、生徒会長を見上げる。
黒髪に青い瞳。ま、まさか…………まさか……………。
「シ……シルビア令嬢?」
すると、彼?彼女?は私を見てニッコリと笑った。
素敵な笑みだけど、どっち?本物?
「挨拶の途中だったね。僕はシルビア・アルビシス。よろしくね、カトリーヌ嬢」
ふっと笑ったその顔はキリリとして素敵だったけれど、私は石のように固まった。
お、お、お、女ーー!?シルビアー!?
ちょ、ちょっと待ってよ、こんなキャラだっけシルビア!?
いや違うでしょ!僕っ子!?いや、ジャンル違うでしょ!!
あ、悪役令嬢でしょ!何でイケメンなってんの!?
現実はゲームのようにはいかないと思ってたけど、どんだけキャラチェンジしてんのよあんた!!?
「……カトリーヌ嬢?」
反応がないのをどうしたのかと、シルビアが顔を覗き込んできた。
うわ、近っ!距離感間違えてる!無駄にイケメン!
カトリーヌはサッと顔を逸らす。
「シルビア、誰?」
王太子のテンションが一気にスンと下がったのが分かった。
何者かを窺い見るかのように冷静な瞳が私を見る。
あれ、さっきまで満面の笑み浮かべてなかった?
この美少女を前にその顔何?
これ運命の初対面よね。えっ?
「先程知り合ったカトリーヌ嬢だ。エディスと同じ学年だよ」
「ふーん、さっきね」
チラッとこちらを一瞥すると、王太子は視線をシルビアに戻した。
ちょっ………感じ悪くない!?
どーなってんのよ、ヒロインとの初対面よ!!
「あ、あの私先に行ってますね!教えてくれて、ありがとうございました!」
ペコっと頭を下げると、講堂に向かって一目散に走り出す。
頭が混乱していた。
悪役令嬢のシルビアはあんなだし、キラキラ王子は興味を示さないどころかちょっと感じ悪かったし、予想外すぎて対応出来ない!
1回冷静になって落ち着いて作戦を考えないと!!
――
あービックリした!
まさかヒロインとあんなふうに会うなんて!
シルビアはエディスや他の新入生達と講堂に向かいながら、カトリーヌの走っていった先に目をやる。
めちゃくちゃ可愛い過ぎる。何あの可愛いさ?
セントリア学園1番の可愛いさと言ってもいい。
目もでっかいし、薄ピンクって有り得ないでしょ、と思ってたのが実物ほんわりとして女の子〜みたいに凄く似合ってた。
それに、掴んだ腕の柔らかさ。あれ何?
ふわって、とろける柔らかさなんだけど。あれが本物の女の子の柔らかさなのか?
僕もそれなりに柔らかいと思ってたなんて、おこがまし過ぎる!男に比べればってだけで、筋肉もついてるしあの柔らかさになんて比較にならない!
おまけに胸でかっ!あの身長であの胸はヤバいでしょ。
あの子…………あんな可愛い顔して、何人もの男を手玉に取るようなビッチ設定なんだっけ。
半端なさ過ぎる。誰もが落ちるでしょ、あれは。けしからんボディにあんな可愛い顔して、ビッチなんてギャップ凄いよ。
話した感じは、良い子そうだったけどまだ猫被ってるのかな。
あんまり先輩風ふかしてると、うっせーな、偉そうに処女が語ってんじゃねーよ、とか思われたりして。
うっ、処女に童貞で………、あー自信なくなってきた。
仲良くなったらいろいろ参考になること教えてくれたりするかな。そしたら後輩だけどビッチ先輩だな。
ふと気づくとエディスが拗ねたような顔をしている。
「さっきのカトリーヌ嬢すっごく可愛くなかった?」
話しかけると、むすっとしながらエディスはこちらを見た。
「別に」
別にっていうレベルじゃないでしょーが!見てないんかい!
「久しぶりに会えたっていうのに、シルビアはもう僕といるより同性の子といる方が楽しいの?」
「ん?」
おっ、何だ、もしかして嫉妬?寂しくなっちゃった?
シルビアの口元に堪えきれない笑みがうかぶ。
「そんな訳ないだろ、何年一緒にいたと思ってるんだ。可愛いこと言うな〜」
手を伸ばしてエディスのサラサラの髪をぐしゃぐしゃっと撫でた。
この手触りも久しぶりだ。
男なのにサラッサラだな、ホント。
「子供扱いはやめてくれ」
その手をエディスが掴む。
背が伸びただけでなく、体も一回り大きく男っぽくなったな。顔も幼さが消えて男の顔になってきた。
「子供扱いじゃなくて、もう長年の癖だよ。嫌?」
「………そうゆう事ならいいけど」
それはいいんだ。
少し耳の赤くなったエディスを見て、つい笑ってしまう。
可愛いなぁ。大きくなったけど、昔から可愛い。
新年の祝賀会の帰り、挨拶をしようと思って引き返した時、偶然ルオークとの会話を聞いてしまった。
〝シルビアに好きだって本当に言わないのか?〟
言わないとお前は返答していたけれど。
まさかだよな。まさか本気ではないだろう………?
近くにいた慣れ親しんだ存在だから、ちょっとだけそんな気になっただけだろう?
僕は………応えられないよ。
王太子妃になんてなりたくい。自分の力で自由に生きていきたいんだ。縛られて生きたくない。
ごめん、狡いけどお前が何も言わないのなら僕も気づかない振りのままでいさせてもらう。
「そういえばルオークは?同じ教室だろう?」
「アンネローゼ嬢が教室に来たんだ。久しぶりだからね、2人で話ながら後から来ると思うよ。僕の婚約者は来てくれなかったね」
からかうように笑いながら、エディスは僕を見る。
嬉しそうな顔しちゃって。この可愛い奴め。
そんなに僕に会えた事が嬉しいのか?
新年のあれを聞いて以来だから会うのが少し気まずかったが、会ってみたら以前と変わらなく接していられる事にホッとした。
「生徒会長は忙しいの!」
「シルビアが生徒会長なんてね。1年の夏以降からだっけ」
「僕ほど相応しい者がいなくてさ。式で挨拶するからよく聞いといてくれ」
「期待してるよ」
エディスが楽しそうに笑う。
それだけでこっちもほっこりと温かい気持ちになった。
ヤバいな、絆されてる。あれだ、自分を好きな相手が幸せそうにしてるから、こっちも何だか影響を受けてしまうんだ。
ルオークが口を滑らせてなきゃ、何も知らず、今だって何も感じずにいられたのに。あのお喋りめ〜。
「さっきのカトリーヌ嬢さ、極秘で入学してくる聖女なんだよ。エディスは王太子だから、後で学園長あたりから教えられるだろうかね。これ秘密だよ」
「彼女が………。事前に同学年で聖女が入学すると通達があったから知ってたけど、顔は知らなかった」
エディスは後ろから来る学生に聞こえないよう、小声で話す。
「まさかあんな可愛い子とは思わなかっただろ〜」
「どんな顔だっけ?桃色っぽかったのは覚えてるけど、後はぼんやりとしか……」
「ちょっと、あんな美少女見てないって何してんの?すっごい可愛いから今度しっかり見ときなよ、勿体無い」
「………シルビアだって可愛いと思うけど」
「ちょっ……な、何言ってんの!?本当何言ってんの!?」
何!?攻めにきてんの!?可愛くはないでしょ!綺麗系だよ!
「しっ。声大きいよ」
「お、お前が変なこと言うからだろ」
あー顔熱い。エディスが変なこと言うから………。
僕らは前はどんな会話してたっけ。こんな会話もしてたっけ?
僕が過剰に反応してるだけなのか?
エディスが好きなんて言うから、いや言ってはいないけど。
調子狂う。気にしたくないけど、意識しちゃってんのかなぁ。
これから入学式でスピーチするんだから、気を引き締めないと。
チラリと横目でエディスを見る。
その視線に気づいたのか、エディスは嬉しそうに瞳を細め微笑んできた。
だ、だからその顔やめい!
そんな顔で見られると、なんかムズムズしてくる。落ち着かない感じになる。
好きが溢れちゃったみたいな顔してさ。
いつから?よくこれに気づかずに過ごしてたな。
でも思いもよらないだろ。まさか好かれてるなんて。そんなの考えた事なかったし。
あー、駄目だ。頭の中がカオスなってきた。
冷静になれ。これからスピーチなんだから。
落ち着け、落ち着け、落ち着け…………。




