カトリーヌ・ココット登場
冬が明け、もうすぐ春がくる。
それがとても待ち遠しかった。
ロイエン王国の王太子である、エディス・イル・ロイエンは王宮の自室の窓から外を眺めた。
このずっとずっと先にシルビアのいるセントリア学園がある学都セントリアがあるのだ。
魔道列車に乗り、王国の端の方まで北上した北東地域に学都セントリアはあった。1番有名なのはセントリア学園だが、その他にも多くの学び舎を有している為、学都と称されている。
国境にあるため他国からの入学者も多く受け入れているが、身元の調査と、学費や生活費を払えるか親の収入による規定もある為、それなりの者しか来る事が出来なくなっている。
王国民であれば、平民であっても学費が払えればそこまで規定は厳しくない。
昨年からシルビアがセントリア学園へと入学し、それまでいつでも会えたのが全く会えなくなってしまった。
いつもその姿を追っていたから、その姿がどこにもないことが寂しくて彼女の事を思い浮かべると胸が痛んだ。
「早く会いたいな………」
心の中で思ってたことが、小さな声としてもれた。
会いたい。会いたくて堪らない。
君の笑顔がみたい、僕の名を呼んで全てを見通すような真っ直ぐな青い瞳に僕を映してほしい。
声が聞きたい。側にいたくて、触れたくて、君が恋しくて堪らない。
夏期の休暇で帰省したシルビアとは数日は会えた。お互いに忙しく、折角の機会を逃しながら夏期休暇も終わり、次に会えたのは冬期休暇だった。それも短かったので2日しか会えなかった。
内1日は、新年の祝賀を行う儀で王宮に招かれ、父上とばかり話していて終わってしまったし。
シルビアが15歳、僕が14歳の時に僕らは婚約した。けれどそれは僕から提案した代理婚約だ。
それを知らない父上は大喜びだった。前よりもシルビア大好きに拍車がかかり、娘になるんだからと会うたびにより一層構うようになった。誰の婚約者だ?というくらい僕そっちのけで付き纏ってる。
こんなに会えない事が辛いとは思わなかった。
ふとした時に、今何してるんだろうとか、学園でいい婿候補が見つかったらどうしようとかいろいろ考えては不安になったりもする。
でも、もうすぐだ。
春が来たら僕もセントリア学園に入学する。
それまでに、今やれる事をやってしっかりと準備しておかなくてはいけない。
けれど、もうすぐに会えるんだと思うと心がはやる。
きっと瞳を細め僕を見て嬉しそうに笑ってくれるだろう。
女の子らしくない顔なんてルオークは言うけれど、僕にとっては整っていてとても綺麗な、美しい顔だと思っている。
ああ、待ちきれないな。早く会いたい………。
―――
ロイエン王国の北東の雪に覆われた町、ロザンに私はいた。
そこそこは大きいが、とりたて何もない大した事ない町だ。
隣の街と呼ぶにはだいぶ距離もあるが、隣は学都と称されるセントリアがあるのだからこんなちっぽけな町目立たなくて当然だ。
もうすぐ冬が明け、春が来たら私は学都のセントリア学園に入学する事になる。このカトリーヌ・ココットが入学する事によって物語が始まるのだ。
「カトリーヌ、今日もお使いかい?」
果物を買っていると店主の息子が声をかけてきた。
頬を赤くして嬉しそうな顔しちゃって馬鹿ね。あんたみたいなモブ顔で果物屋の店主しか未来のない男、私が相手する訳ないじゃない。身の程知らずね。
「そうなの。お薦めがあればそれがほしいわ」
「どれも美味しいけど、今はミルの実が甘くて美味しいかな。こっちのサフラも美味しいからサービスしとくよ」
「本当?いつもありがとうね」
ニッコリと微笑むと男は照れたように更に顔を赤くして、急いで果物を詰め込みだした。
まぁ、夢は見させてあるけどね。私みたいな美少女あんたじゃ一生口をきくこともないでしょ。
カトリーヌは果物の入った袋を受け取り銅貨を払うと、男に手を振ってから歩きだす。
通りすぎる町の人達がチラチラと私を見るのが分かった。
肩までの長さの薄桃色の天パのようでふわふわの髪、薄桃色の大きな瞳に整った愛らしい顔。158フィートの愛らしさが詰め込まれて出来たような美少女、それが私カトリーヌ・ココット、15歳だ。
この町1番の美少女に誰もが目を奪われる。
当たり前よ、私はこの物語の主人公カトリーヌなんだから。
私には前世からの記憶があった。
6歳の時に突然思い出したのだ。
前世の記憶と、それまで過ごしてきたカトリーヌの記憶で自分がどんな状況に置かれているかはすぐに分かった。
ここは前世で私のハマっていた乙女ゲーム、〝聖なる乙女と学園の秘密〟そっくりな世界、というかそのまんまの世界だった。
こんな事があるのかと初めは信じられなかったが1日、また1日と過ぎていくうちに私は現実を受け入れた。
元の世界での私は死に、この世界に転生したのだ。
最後に覚えてるのは、私に突っ込んできた車の姿。きっとあれで私は死んだのだろう。
佐藤 理恵。高校1年生、16歳の短い人生だ。
思えば私の人生は楽しい事もなく、ただただ生きて生活しているだけのつまらなく辛いものだった。
ずんぐりとした少しぽちゃっとした体型に、不細工な顔。髪は剛毛で硬いし、長く伸ばすとケアが大変だから肩につく位にして、顔を隠すように前髪は長め。
小学校の時はコケシちゃんと男子にからかわれた事もあった。
そんな見た目のせいか、性格は内気で卑屈だった。
中学ではまだ数人だが友達もいたけれど、高校に入学したら皆んな突然垢抜けたようにお洒落になったし、知ってる人もいなくて、周りはどんどん仲良くなっていくのに私はその輪には入れなくて、気がついたら1人ぼっちになっていた。
ドキドキして話しかける事もできないし、何を話せばいいのかも分からなかった。1人でいるのに誰も話しかけてくれない。たまに用事で話しかけられた時に上手く答えられない私をクスクス笑う子もいた。
両親は口うるさくて、すぐ不器用な子だ、鈍臭い子などと言う親だったから相談も出来なかった。
あんな世界大嫌いだった。だから死んで良かった。おかげでこんなに可愛い女の子で物語の主人公になる事が出来たんだから。
カトリーヌは通りにいた知人の男性に微笑んで手を振った。
ほら、嬉しそうにデレデレした顔しちゃって。
可愛い顔に生まれるとこんなに徳なのよ。
思えば両親が全部悪かったんじゃない。
原始人みたいな骨太のずんぐりした体型なんか遺伝させるから、私は見た目も駄目だったし、いつも文句ばっかだから卑屈な性格になったのよ。
あんたらの取り柄は勉強しかなかったんでしょ。いい大学に行っていい企業に就職して共働きで、それがあんたらの誇りでそれしかないくせに。他の生き方なんて知らないから、それを娘にまで強要して本当最悪。
あの頃は期待に応えられない自分が親の言うように駄目な子なんだと思ったけど、この世界に生まれ変わって目が覚めたわ。
不器用なのはあんたらで、全部子供のせいにして子育てをした気になってるクズ親だって事がね!
カトリーヌ・ココットは平民の子となっているけれど、実は母親は伯爵家の娘だった。父は平民だけれど頭が良く、顔も良かった。親が学費を工面して学園に入学させてくれ、そこで私の両親は出会って恋に落ちたのだ。
けれど、母には卒業後に家の決めた婚約者との結婚が待っていた。そこで2人は卒業と同時に逃げるように駆け落ちをした。
各地を転々としながら、それでも2人は幸せだったという。でも、母は私が4歳の時に流行り病で亡くなってしまった。
「ただいま」
家に帰ると、在宅で仕事をする父がいつも出迎えてくれる。異国の言葉をいくつも話せるので、本の翻訳や、異国から来た人のガイドや、学都に近いので異国からの入学者のサポートや通訳なども仕事にしていた。
だが今日はお客が来ていた。身なりのいい紳士が2人、私を見るとすぐに近寄ってきた。
また来たのね、ハイエナ共が。
彼らは伯爵家からの使者だ。駆け落ちから数年経つと諦めたのか追っ手はなくなったそうだが、その彼らが再び動きだし私を見つけた。いや、私がおびき寄せてしまったのだ。
半年程前に、私が聖女だと判明したから彼らはやって来た。
この世界にはブルエリア教という信仰があり、それを立ち上げたのが初代聖女エスマティだ。その彼女の子供の何代か後の子が昔伯爵家に嫁いだ事があるそうなのだ。
聖女の力を持った子は、彼女の子孫の中からランダムで前触れなく発生する。それは女の子にしか発生せず、同じ時に聖女が2人現れた事はないらしい。
子孫は沢山いて、血筋を追えない子も多いという。
「あら、今日も来られたんですね」
チラッと父親のハンスを見ると、とても困った顔をしていた。
娘を奪われたくないけれど、娘の母親の家門からの使者を追い返す事も出来ずに途方に暮れてたのだろう。
伯爵家は何度も私の籍を伯爵家に戻してはどうかと打診してきているのだ。
「何度も言いましたように私は平民のままで結構です。私は父と2人でカトリーヌ・ココットとして今まで通り生きていきます。祖父にはそうお伝え下さい」
カトリーヌはとても父親思いの娘だった。1人残される父親の事を思い伯爵家に行く事を拒んだ。
でも私の思いは違う。元の両親なんかとは比べものにならないくらい、優しく愛情を注いでくれた父親には勿論情はある。
けど、それだから断るんじゃない。こんな今まで何もしてくれなかった奴らに、聖女と分かって甘い汁だけ吸いに来た奴らに何1つ与えてやりたくないから拒むのだ。
伯爵家に何かしてもらわなくたって、教団が私の学費も出してくれるし、卒業後は私は教団の聖女になるのよ。
伯爵家なんか、私のおこぼれを狙うただのハイエナじゃない。
何度も断ってるのにしつこいったら、本当浅ましいんだから。
「カトリーヌ様、そう言わず1度伯爵家にいらして旦那様にお会いして下さい」
「行きません。お父さん、私この人達と話したくないから部屋に行くわ」
追い縋る使者を無視して、部屋に入ると内側から鍵をかけた。
本当馬鹿にしてる。伯爵家に会いに来い?お前が来いつーの。
それに伯爵家は長男が継いでのさばってるじゃない。私の事を利用し食い尽くそうとしか思ってないんでしょうね。
そんなとこに絶対に行く訳ないでしょ、馬ー鹿。
このまま、しばらく待ってれば使者はいつも諦めて帰るのだ。
カトリーヌは木のベットにゴロンと横になった。
これからの私には幸せしかない。
もうじきセントリア学園に入学して、カッコいいイケメン達と素敵な恋をするの。
前世では勿論、恋人なんていた事なかった。片思いはしたことあるけれど、私なんかが思いを伝えられる訳がない。あんな私を好きになる人なんかいる訳がない。
〝これ使って〟
差し出された何の変哲もないシルプルな絆創膏。
私の宝物。栞みたいにとじて、いつも眺めていた。
あれだけはこの世界に持ってきたかったな………。
なーんて感傷に浸っちゃった。もう過去の話よ。
もうあの頃の地味でブスな佐藤 理恵はどこにもいない。
私は誰よりも可愛いカトリーヌ・ココット。学園でだって皆んなが私に夢中になる。
ゲームの通りなら攻略対象者は5人。
1人目はエディス・イル・ロイエン。同学年で、この王国の王太子様。
煌めく金の髪に、透き通った宝石のような碧の瞳。まさに王子といわんばかりの整った美貌の、誰もが好む王道イケメンで人気もNo.1だった。性格も紳士で優しく誰もが思い描く王子様なのだ。
2人目はルオーク・ギルテス。同学年で、王太子とは幼馴染の宰相の息子で侯爵令息だ。
明るいグレーの髪に、前髪が少し赤くなっていて、ちょっとつり目っぽい赤い瞳をしたイケメンだ。性格はサバサバして勝気で、たまに少年のような悪戯っぽい面もあり、男っぽいけど可愛いさもあり憎めないタイプといったところだ。
3人目はナイル・ヘイロン。1つ上の先輩で伯爵令息だ。
男性陣の中で唯一の長髪キャラで、少し茶が混じった金の髪に、薄い茶色の瞳をしている。男性なのに美しいという言葉が似合う麗しのイケメンである。
妾の子で後継者ではなかったが、後継ぎの長男が事故で急逝した為、2年前に急遽後継ぎになった。それまで冷遇されており、家族とは不仲であった為、ナルシストっぽく、女癖の悪さがあるが、ヒロインと出会い一途に思ってくれるようになるからそれは良しとしておこう。
4人目はティーエ・ハイネス。同学年で伯爵令息だ。
猫っ毛のようなふわふわの金髪に青い瞳で、ショタ枠なんじゃないかと思う幼さのすっごい可愛い男の子だ。
可愛い男の子が好きな人には堪らないキャラで、普段は甘えん坊なのに、たまにオスの部分も垣間見えるギャップもある。
5人目はカディオ・デネビア。23歳の若手の教師で子爵令息だ。
茶色の髪に、茶色の瞳の天才的頭脳の持ち主で、知的な眼鏡キャラなのだ。10代で研究施設や、学論など書いたりもしていたが、トラブルもあり、学園に請われて教師としてやってきた経歴を持つ。
愛想はいい方ではなく、あまり笑わないが、ただ不器用なだけでヒロインに心を許してからは彼女だけに見せる優しい微笑みや態度、デレたりするところが特別感があっていい。
ひと通りのイベントやエピソードを全部こなし、全員攻略し、全員のエンディングも全て把握している。
この世界ではやり直しもきかず、全員と結婚する訳にはいかないから慎重に相手を選ばなくてはいけない。
結果からすれば、ルオーク・ギルテスと結ばれるのが1番幸せになれるだろう。溺愛され、明るい裏表のない彼と幸せな家庭を築き、仲睦まじくいつまでも過ごす事ができる。
けれど、やっぱり王太子は外せないわ。あの顔本当大好き、理想の王子様だわ。あの美貌でリアルな甘い言葉言われて迫られたらと思うと今からドキドキしちゃう。
王太子とルオーク・ギルテスの2人にはどちらも1つ歳上の婚約者がいるけれど、それも私に夢中にさせて婚約破棄にもっていけば問題ない。
ルオークの方は可愛げのない婚約者より、心底大好きな私と一緒になりたくて、両親や婚約者の親に会いに行ったりと凄く頑張ってくれるのよね。
そんな姿を見せられ、両親も向こうの親も無理に婚約を続けるのはお互いの将来の為にはならないだろうと破棄に向かってくのよ。
婚約者は何だっけ、確かアンネローゼだったかしら。
嫌です!って泣いて縋っちゃうのよね。それでも、ルオークにその気はもうないから婚約は破棄になるんだけど。その後に彼女自殺未遂するのよね、ちょっと可哀想だけどそれが選ばれなかった女の末路なんだわ。
王太子の婚約者は、富と権力を持ち合わせた有名なアルビシス公爵家の娘のシルビア・アルビシス。
小さい頃にシルビアが王太子に一目惚れして、父親に頼んで国王陛下と共に勝手に決められた婚約だった。
それが今回王太子の婚約発表がされたのは14歳の時と随分遅かった。ゲームと違って、この現実では王太子も抵抗して時間をかせいだりといろいろあったのかもしれない。
それでも物語はシナリオ通りに進んでいっている。
王太子はシルビアの事を嫌っているけれど、彼女の家門はとても大きな力を持っているから受け入れるしかなかった。
娘に冷たい態度をとるから、公爵との仲もそんなに良くなかったはず。でも仕方ないわよ、我が儘で性格も悪くてまさに悪役令嬢と言わんばかりの行動ばっかりするから、王太子は嗜めたり、苦言を言ったりしなくちゃで、優しくする要素なんてなかったんだから。
学園に入学したら王太子に近づかなきゃストーリーが進まないから、そしたらシルビアのイビリが始まるんだわ。
立場が上だからって、他の取り巻きみたいな令嬢従えて来るのよね。あー憂鬱だわ。まあ、王太子が気づいて怒ってくれるけどね。
あと心配な事があるわ。
シルビアは学園に入ってから魔力の開化の儀で、膨大な魔素がある事が判明して数日間寝込んでしまう。
魔素の扱いが難しいとかで、宝石とかで加工された封魔具のお洒落なブレスレットをじゃらじゃら付けてて、私だけ特別に許されましたの、なんて言ってたっけ。
ある魔法の授業でシルビアは魔力暴走を起こし、生徒達を傷つけてしまう。幸いにも死者は出ず、傷も皆治療され公爵家から示談金を貰い事故として処理された。
その事が頭にあったのか、シルビアはカトリーヌと王太子の仲が深まった時、嫉妬に狂い彼女を事故に見せかけて殺害しようと、取り巻き達とカトリーヌを呼びだし魔法の研究だとかぬかして魔力暴走を再び引き起こすのだ。
だけれどカトリーヌは聖なる力で事なきを得、取り巻き達の1人が酷い負傷をしその場で亡くなった。その後、治療された取り巻きの令嬢達が、シルビアを恐れ事故でなく故意だった事を告訴し、その危険な思想が問題視された。
そして婚約は破棄され、シルビアは自分でも制御できない危険な力を持ち、聖女暗殺を企む凶悪な思想を持つ人物として、国外追放を余儀なくされた。
ゲームでは聖なる力で防げたけれど、もし防げなかったらと思うとゾッとする。やり直しは出来ないのだ。
万が一の死を覚悟しながら王太子ルートにいくか………。
と、とりあえず様子を見るべきよね。
うん。それがいい。
皆んなとのストーリーを進めながら、誰とのルートにするか決めればいいわ。
あー楽しみ!早く私の素敵な攻略対象者達と会いたい!
あと少し、春までの辛抱よ。
これからが本番、私の物語が始まるのよ!




