出会い
その日、エディスの母親、王妃の葬儀があった。
以前より病におかされ床にふせっていたが、二日前に急変し亡くなられたそうだ。
王妃ということもあり、王族、貴族の参列も多数集まっていた。そして、何故か僕も父親に連れられて来ている。
塞ぎ込んでいる王子の為に、友人枠で呼ばれたのだ。
いやいやいや、このチョイス間違ってるでしょう。友人て……そりゃあインパクトは残しただろうが、王子の為になる人物でないのは明らかすぎるくらい明らかだ。
いや、待てよ。また滅茶苦茶やらかして、落ち込んでいる王子の気を紛らわせる役割を期待されているのかも知れない。
だとしたら申し訳ないな。僕はもうあの時のシルビアではないのだ。流石に、17歳であれを演じるのは無理だ。
沢山の人が集まったホールには、王妃の好きだった色とりどりの花が飾られ、とごからか花びらが舞っていた。
祭壇に祀られた白い棺に、要人クラスの代表の者達が献花していく。
父に連れられ、僕はその横にちょこんといた。
ちらっと前方で国王の横に立っている、エディスを見た。
泣き腫らした顔で、虚ろな瞳をして棺をただ見つめていた。
こちらを見ているようなのに、視線も合わない。
〝お母さん…お母さん………お母さん……!〟
しゃくり上げながら泣いていた子供。
泣いても泣いても、次から次に溢れてくる涙。
これは、僕の業だろうか。
僕のせいで、この子は同じ運命をたどっているんだろうか。
この世界を作りあげたのが僕なら、幼い頃の母の死というものも心の奥底に残っていて、それが影響してしまったのかもしれない。
葬儀はつつがなく行われた。
亡骸の埋蔵は、翌日王族のみで、王家の墓にて行われるそうだ。
そして、僕はというと、広い庭園で迷子になっていた。
エディスが庭園の方に行ったのが見えて、追いかけてきたらこうなったのだ。
関わりたくなかった。追いかけていったからって、どうなる。そういった迷いにより、躊躇ってしまい行動が遅れたのだ。そして案の定、見失ったのである。
「広いなー、どこだよここ?」
もう元来た道も分からない。
公爵邸の庭園も広い方だが、ここは段違いである。
「あー、もう…………」
自分の背が低いのもあり、植木に見下ろされていた。
先も見えないときた。
放っておけば良かったのに………。
いても立ってもいられず、体が動いてしまった。
「お父さんに黙って来たのまずかったな。一言かければよかった。探してるかな?僕が自力で帰るのが先か、捜索されて発見されるのが先か…」
まぁ、どちらにしろ、このまま庭園で夜を過ごすという事はないだろう。と、前向きに考えてみることにした。
ふと、白い花が目に入る。
これ、今日の葬儀でも沢山飾られてあったな。
その花の先を少し行くと、辺り一面、花で埋めつくされた花畑のような場所に出た。
「うわぁ……凄っ!」
今まで花とは無縁の生活を過ごしてきたが、とても綺麗で感動した。まるで、切り取られたカレンダーの写真の1ページのようだ。
あ、みつけた!!
その花畑の真ん中で、うずくまる小さな姿があった。
声をかけようかと思ったが、黙ってエディスのそばに行く。
目の前まで行ったが、エディスは顔を上げなかった。
膝に顔をうずめ、その小さな両肩は小刻みに震えていた。
僕は黙って、エディスの隣に座る。
すると、エディスは少しだけ顔をこちらに向け、こちらを確認して、また膝に顔をうずめた。
一瞬だが見えた顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「…………見るな。あっち行け」
短くエディスは言った。
「ごめんね………」
関係ないかもしれないけれど、僕のせいなら本当にごめん。悲しい思いをさせてしまってごめん。
「……今はお前の相手したくない。さっさと行け」
そう言った声は震えていた。
6歳っていうと、まだ幼稚園の年長くらいだよな。こんな小さいのに、一人で耐えてるんだな。
「僕もさ………7歳の時に母親が亡くなったんだ。癌で入退院繰り返して、最後は病院で寝たきりだったよ」
すると、エディスが顔を上げる。泣き腫らした顔はそのままに、その顔には明らかな怒りがあった。
「お前………よくも、よくもそんな事が言えたな!生きてんだろ、お前のとこは!ぶざけんな……お前なんか大っ嫌いだ!!あっち行けよ!!」
エディスは涙溢れた瞳でギロリと睨んできた。
庭園でのお茶会の時の記憶では、ニコニコと笑顔を絶やさないで、丁寧な振る舞いに、横暴なシルビアにも紳士な対応でなだめるなど、歳の割りに出来た子供で王子として教育されてるのだなと思ったけれど、こうしてみると、やっぱりまだ幼稚園児なんだな。
子供らしい姿に何故かちょっと安心した。
「実は僕はシルビアであってシルビアじゃないんだ。少し前に、前世の記憶を取り戻したんだ」
「…………………はぁ!?」
エディスのこの呆れ顔。
分かる。何言ってんだって感じだよな。
自分でも思う。ちょっと今恥ずかしい。
でもまぁ、夢だし。
「本当の僕はこことは違う世界で生きていたんだ。17歳の男だった」
じっとエディスを見る。
いいね、その顔。完全にヤバい奴を見る顔だ。
こんな事語り出す頭のおかしいのは、警戒しないとな。
うん、正常正常。
「元の世界で事故にあって、気がついたらここに、シルビアの中で目覚めたんだ」
エディスはもう完璧に不審者を見る顔だ。
こんな馬鹿馬鹿しい事を言っている自分に、エディスがしっかり反応してくれるものだから、何だ楽しくなってきてしまった。
「いやー、まさか自分の身にこんな事が起こるなんてね。人生何があるか分からないもんだ」
「あのさ…………頭大丈夫?」
「もちろん。7歳の幼女になっちゃった事を除けば、全然大丈夫」
「………元からおかしな奴と思ってたけど、ここまでイカれてたとは…………」
「うんうん。あの日のシルビア酷かったよね〜。よくあれで婚約なんて迫れたものだよ」
「自分の事だろ!?」
「僕がしでかした事じゃないよ。今の僕にとっては、君はただの子供で微塵も魅力を感じないけど、前のシルビアにとっては理想のキラキラ王子様で独り占めしたかったんだ。幼い子供の愚かさと思って許てやって」
ニッコリと笑ってエディスを見る。
エディスはじっと僕を探るように見ていた。
「…………お前の言ってることは信じられない」
「まぁ、そうだよね」
「でも……以前のお前でないというのは分かる」
「えっ………」
「こんな短い間で、ここまで性格が変わるなんて確かに別人としか思えないな」
「えっ…ええ?」
まさか………信じはじめちゃってる?
「前のシルビアは自分の事ばかりで話も出来る感じじゃなかったけど、今は言ってる内容はあれだけど、まともではあるな。あのシルビアにこんな演技出来ないだろうし……」
「うんうん、あのシルビアは完全な自己中だったからねぇ」
「生まれ変わりって………本当にあるのかな」
ピュ、ピュア!6歳児、本当ピュア!
何かさっきと変わって、純粋な目で見られてる。
「…………母様も……どこかで生まれ変わるのかな………」
エディスの瞳からはポロポロと涙が溢れおちた。
「また………会えたりするのかな…………」
溢れた涙が、頬を伝う。
頬にはいくつもの涙の跡。ずっと泣いてたから、目も鼻も赤くなっている。
そうだよな。こんな話信じられないけど、信じたいよな。
「……きっと、少し休んだら生まれ変わるんじゃないのかな。記憶はなくなるだろうけど、それでまた新しい人生をおくるんだ」
「…………今度は…今度は苦しまないでほしい…。幸せに生きてほしい………」
ボロボロと溢れ落ちる涙を乱暴に拭うと、エディスは膝に顔をうずめた。
泣くのを堪える小さな声と嗚咽がまじる。
「…………そうだね。きっとそうなるよ。僕みたいに、前の記憶を思い出す事だってあるかもしれない」
エディスの背を、優しくトントンとたたいた。
「今はいっぱい泣きな。泣いて泣いて、泣き疲れて寝て、また泣いて………。僕も母さんが死んだ時は何日も泣いてたよ」
震えるエディスの背をトントンとしながら、僕は空を仰いだ。あの日もこんなよく晴れた空だった。
「寂しいよな………。もうどこにもいないんだ。声を聞く事も、笑った顔を見る事も、触れる事ももう出来ない。いつも、そこにいたはずのベットはからで、ああ、もういないんだなって……………」
悲しくて、寂しくて、どうしよもなくて、いつまでもいつまでも泣いていた。この悲しみが、苦しみがずっと続くのかとあの時は思った。
「でも不思議とさ、何日も何日も悲しみに暮れてたら、ある日ふと動ける事に気づいたんだ」
絶望しかないと思っていたのに。
「それからはいつものように学校に行って、母さんはもういないけど、これまでと変わらない生活を過ごした」
「…………忘れちゃったの?」
顔を上げないままエディスは言った。
「忘れてないよ。でも何ていうのかな……そこにいない事に、悲しい事に慣れたっていうのか…う〜ん。何回も思い出すけど、ずっとは考えなくなって、そんな自分が薄情なんじゃないかとも思ったけど…」
「酷い…僕は母様の事ずっとずっと忘れない」
「だから忘れた訳じゃないって。悲しくない訳じゃない。思い出すと寂しくなって泣いたりしてたよ。でも………生きてけるようになったっていうのかな」
感情的なものを上手く説明するのは難しいな。
「そのうちきっと僕が言ってた事が分かるよ。大切な人が亡くなったって君は生きていかなきゃいけないんだ」
「生きてけない………母様がいなきゃ………」
「うん………そうだね」
でも、君は生きていくよ。だから今は泣きたいだけ泣きな。
「今後の為に先に言っておくよ。自分を責めなくてもいい。忘れてるんじゃなくて心の奥底に大切にしまってるだけだから。生まれ変わったって、僕は今だに覚えてるよ」
エディスに言ってるようで、本当は昔の自分に言いたい事を言ってる。
きっとこのエディスは、僕が作り上げてしまった懺悔の気持ちの表れなのかもしれないから。
吹っ切ってるつもりでも、そうじゃなかったのかもしれない。深層心理、恐るべし。
「……優しく撫でてくれた手も、優しい声も、笑った顔も、怒った顔も、一緒に遊んでくれた事も、作ってくれた料理も、幼稚園での運動会も、手をギュッと握ってくれたこと、おんぶされた背中の温かさも、いっぱい覚えてる。大好きだったよ。短かったけど一緒にいれて幸せだった」
しゃくり上げて泣くエディスの背を、優しく宥めるように何度も何度もトントンとした。
エディスは何も言わなかった。
僕もそれ以上はもう何も言わなかった。
ただ泣き止まないエディスの震える背を、いつまでも優しくトントンとたたいてた。昔、母にしてもらったように。
それから、捜索の者達が来たのは薄暗くなり始めた頃だった。
本当は、もっと早く、明るいうちに見つけられていたそうだが、エディスを慰めていると思われ、そのままにされていたそうだ。
全く、何て余計な気づかいだ!
あれから、しばらくエディスは嗚咽まじりに泣いていたが、そのうちに声は聞こえなくなり、いつのまにか小さな寝息が聞こえてきた。
ここ数日泣いてばかりで、よく眠れず疲れていたんだろう。
誰か来るまでこのままにしておいてあげようと思ったら、誰も来なかった。お昼も食べてないのでお腹は鳴るし、時間は過ぎていく一方で沈みゆく夕陽を見ながら途方に暮れていた。
何度エディスを置いて、帰路を探そうと思ったか。
もっと力があれば、エディスを抱えて行けたが、子供の体では無理だった。
泣き腫らし疲れた顔に、目元に少しクマの出来たエディスの寝顔。さすがに、17歳としては放っておけなかった。
発見されるのを心待ちにしてたのに、まさか放置されていただなんて………!
あまりの空腹にさ力尽き、最後は父親に屈辱のお姫様抱っこをされて王宮を後にした。