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それぞれの旅立ち

それは14歳の、秋になり始めた頃だった。


シルビアは外の土煙りの立つ訓練場の壁に座って寄りかかり、息を切らしながらも呼吸を整えようと瞳を閉じた。

汗がポタポタと頬をつたい下へと落ちる。

もう何年こんなことを続けているだろう。苦しかったり、しんどい時もあったけど、楽しいし、好きだから続いている。それに伴う実力もつきてきたら尚更やめるなんて考えられない。

誰と戦う訳でもないが、歳をとってからも剣術は続けていきたい。


「お嬢様どうぞ」


声がして瞳を開けるとタオルを差し出すサウロがいた。


「お前は余裕そうだな。腹立つ」


シルビアはタオルを受けとり、顔の汗を拭く。


「そんなことありませんよ。今や身体強化されたお嬢様しか俺の相手になりませんから。本気でやってます」


サウロは壁にトンと寄りかかり、座り込むシルビアを見ながらクスリと笑った。


「何笑ってんの?」

「いや、大きくなったなと思いまして」

「親戚のおじさんみたいな事言ってるな」


ははっとシルビアは笑う。

だが、サウロは何も言わなかった。

そして少しの沈黙の後、口を開く。


「お嬢様、あと半月で護衛隊長解任になりました」

「……うん。知ってる」

「知ってましたか。これからは公爵家のソードマスターとしての任につく事になります。その前に第1騎士団の団長と兼任みたいな話もあったんですよ。そんな大勢の面倒みなきゃいけないなんて冗談じゃない」

「責任も増えるし書類仕事も出るしサウロには向いてないな」

「さすがお嬢様、よく分かってらっしゃる。出来るだけ働かないで生きてきたい俺の人生プランめちゃくちゃですよ。あ〜何であの時ソードマスターに勝っちゃったんだろ」


サウロは心底悔しそうな顔でう〜と唸った。

シルビアは笑いながらそんなサウロを見る。

ずっと一緒にいられるとは思ってなかったけど、長く一緒にいたからな。まだ実感はないけど、その姿がなくなったら寂しいんだろうな。


「………ロウさんが一月後に騎士団を辞めるのは知ってますか?」


急な真面目な声に、サウロを見ると珍しく真剣な表情だ。


「知ってる。昨日会った時に言われた」

「はー……。何でも知ってるんですね。ここ辞めて王室の騎士になるって何だよ。生まれも育ちもここなんだから、尽くすならここに尽くしゃいいのに」


サウロは苛々としながら髪を掻きむしる。


「名誉って何だよ、馬っ鹿じゃねーの。見ず知らずの人の為に尽くして何になるんだ。王国を守るだ?自分の人生だろ、自分の為に生きろよ」


サウロは感情をあらわに苛立っていた。

僕の前でこんなふうに荒れるのは珍しいな。サウロにとってロウは特別だからだろう。


「お嬢様、ロウさんを引き留めてくれませんか?お嬢様からならもしかして………」

「無理だよ。昨日言ってみたけど、俺は挑戦してみたいって譲らなかったもん」

「マジか………」


サウロは頭を抱えて、壁伝いにズルズルと崩れ落ちるように地に尻をついた。

おーおー、弱ってるな。最後の僕頼みだったんだろう。


シルビアは隣りに座って動かなくなったサウロの頭を優しく撫でる。


「楽しかったな。大変な事もあったけど皆んなで一緒にやってこれて楽しかった。ずっと一緒だったら良かったけど、時と共に皆んな変わってくんだよな」


サウロもソードマスターになった。精鋭ぞろいの護衛隊も解散し、実力を持った彼らはそれぞれ隊長クラスの役職に就く。僕だって再来年からは学園に入学し、この公爵家を出て寮に入るのだ。


「………俺がソードマスターになったからなんですかね」


俯きながらボソッとサウロは言った。


「護衛隊は実力者揃いだったから、それとは関係なく解散したと思うよ。1つの節目だったんだろうな、ロウも今後の在り方を考えるきっかけになり選んだ道は違かった」


こうしてる間もサウロは大人しく頭を撫でられている。

ギャップ萌えっていうの?素直なサウロは可愛いな。


「………旦那様に拾われてからずっとロウさんが面倒みて一緒にいてくれたんですよ。手のつけられない獣みたいだった俺を実家に呼んで泊めてくれたり、またその家族も善人一家で妹はロウさんの女版?ってくらいそっくりな残念な子で……。俺には家族なんていないけど、ロウさんは家族だと思ってた。そう思っていいんだってくらい信頼してた」

「あいつは根っからの善人で、顔見ただけでいい人って安心できるよな」

「いい人過ぎて、今度は国の為に尽くそうなんて本当馬鹿だ。俺より弱いくせに、何かあったらどうするんだよ。遠すぎて守ってやる事も出来ないだろ」


でも、ロウは守ってもらいたいなんて思ってないよ。

お前は気にするだろうから言わないけど。


〝俺あいつに負けたくないんです。兄みたいなもんですからね、俺も頑張らないと、負けてらんないなって思うんです〟


そう言って人のいい顔して笑ってたよ。


「サウロの気持ちはちゃんとロウに伝わってるよ」


シルビアはサウロの背をトントンと優しく叩く。

すると、サウロは顔を上げじっとシルビアを見た。


「これから俺誰と飲みに行けばいいんですか?」

「知らないよ。元護衛隊の皆んなと行けば?」

「あいつら絶対俺のしごきをネタに酒飲んでそうだから、本人いちゃ話弾まないと思うんですよね。いっぱい悪戯もしたしな」

「ははは、自業自得だな」

「あーあ…………」


サウロはふぅと息をつくと立ち上がる。

そしてそのまま振り返らずに言った。


「すみませんね。気落ちしてたみたいで愚痴っぽくなりました。気持ち切り替えますんで」

「いーよいーよ、人間だもの。そうゆう時もあるって」

「ですよね」


そう言うとサウロは振り返ってシルビアを見る。


「少年のようだと思ってたけどやっぱり女性ですね。お嬢様いい女になりました」

「何?褒めてくれてんの?」

「本当いい女ですよ。あんな小さかったのに、時間も経つ訳だ」


大切なものを見るように優しい笑みでサウロは笑った。

なんか………心を許されてる気がする。


「剣術の師匠としてはこれからもしごいていきますからね。体冷えないうちに汗流して来てください。では、失礼します」


サウロは一礼すると、今度はもう振り返らずに行ってしまった。

その後ろ姿が見えなくなるまで黙って見送っていた。



いつも一緒に行動していた、チームシルビアもいよいよ解散か。

サウロがしんみりするから、こっちまで寂しくなってきた。


これからはこうやって、当たり前だった毎日がどんどん変わっていってしまうんだろうか。

環境が変われば新しい出会いも多くあるだろうけど、別れもある。

それが今は寂しく感じた。

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