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国王陛下 アーレント・イル・ロイエン

夕食の時も執務が残っているらしく、父様は顔を出さなかった。

弟のヨハンと2人で食事を済ませ、話がしたい旨を侍従の者に伝えたが一向に返答はなかった。



エディスは苛々としながら、廊下を歩く。


今日のお茶会での父様の発言に対する苦情を言うつもりだ。

皆の前であんな事を言うなんて、どうゆうつもりなんだ。配慮に欠けている。シルビアだって困ってた。


執務室の前で立ち止まると、一呼吸おいてから扉をノックした。


「失礼します」


中へと入ったエディスを、執務をしながら父であり国王のアーレントはにこやかな笑みで迎えた。


「すまないな、まだ終わらなくてな」

「いえ、忙しいのにすみません……」


来たものの、まだ執務をしている父に話を切り出していいものかエディスは躊躇う。


「どうした?何か話があるんじゃないのか?」


アーレントはペンを机に置き手を止めた。


「はい。父様、今日のお茶会での事ですが………」

「ああ、その件か。エディスはシルビア嬢とはどうだ?」

「父様、皆の前で軽はずみな言動はやめて下さい。婚約なんて国王が口にしたら…………」

「牽制のようだと?いいんだ、その為にわざわざ言ったんだ」


ニコニコと笑うアーレントの言葉に、エディスは息をのむ。


「シルビア嬢とは友人として長らく親しくしていたじゃないか。進展があるかと期待していたんだが………。今回はシルビア嬢がお茶会に出席したと聞いて焦ったよ、ここまで見守ってきたのに他のどうでもいい奴らに奪われたらとね」

「父様………?」


優しく笑う顔はいつもの父様と同じ。でもその瞳がまるで笑っていない、とても冷たい輝きを放っていた。


「お前は分かっていると思っていたんだけどね。一度はっきりと言わなければ分からないようだ」


アーレントは席を立つと、エディスの側にきてその肩を抱く。


「年々と貴族達が力をつけてきている。その筆頭は誰もが認めるアルビシス公爵家だ。貴族会議での議長も務め、国の大事を決める中枢卿の1人でもある」


耳の上から声がする。その淡々とした冷たい声に顔を上げることが出来なかった。


「それに比べ王室はどうだ?時と共にその力を失いつつある。このままいけば、貴族共は力を増し国王とは名ばかりの傀儡となる日もくるだろう」


アーレントの声に怒りが混じったように少し震えた。


「今でさえ王である俺の意見の前に、皆カルロスに伺いをたてる。その意見に皆耳を傾ける。はっ、どちらが王だか分からないな」


アーレントは乾いた笑いをうかべた。


「だからアルビシス公爵家のシルビアとの婚約ですか?」


エディスはアーレントの顔を見ずに言う。

今、父様がどんな顔をしているのか分からない。

その顔を見るのが怖かった。


「そうだ。エディスだってそれが1番最善だと思うだろう?」


最善…………?

これが……あなたの本心ですか?

優しく朗らかで、情に厚くて、いつも笑っていて、こんなこと言うような人ではないと思っていた。


「公爵家との繋がりを深めたい。実は何度かカルロスに娘をくれとは言ったんだが、断られている。選択はシルビア嬢にさせたいとの考えだそうだ。あいつは婿養子でもとって、娘といつまでもいられたらなどと言っていたよ」

「僕も………シルビアの未来はシルビアが決めるべきだと思っています。自分の力で、自由に思うままに生きていける子ですから」


何にも縛られないで、今まで通り自分の信じた道を生きていってほしい。いつだって背筋をピンと伸ばして、前を向いて突き進むシルビアであってほしい。


父様は何も言わなかった。ただ、肩を抱く手の力が痛かった。


僕は父様の事を何も分かってなかったのかもしれない。

見えるものが真実であり全てだと思ってた。

何を考えているのか、その奥底にある心についてなんて考えた事もなかった。


「はははっ、自由にか。羨ましい、いい生き方だな」


アーレントの手が肩から離れた。

アーレントは歩きだし、応接のソファに腰を下ろす。

そして、向かいのソファに座れというように手で示した。


エディスは無言のままソファに座った。

対面した父様は笑みをたたえていたけれど、瞳はとても冷たく僕を見ていた。


「確かにシルビア嬢なら望むような生き方ができるだろうな。自由とはいっても、そうする為の対価は必要だ。でも彼女は類稀な才能で難なくそれらをこなしている。カルロスと共に公爵家をより盛り上げていけるだろう。いっそ無能であってくれれば良かったのに………」

「父様は公爵と親友なのだと思ってました。憎んでるのですか?」


貴族だから?公爵家が力を持ち過ぎたから?


「憎んでるね………。そんな単純なものじゃない」


アーレントは足を組み、その顔からは笑みが消えた。


「カルロスに出会ったのはセントリア学園の時だ。あいつは騎士養成などに力を入れてる別の学園に通ってたんだが、親善試合で戦った時に王太子だった俺をボコボコにしてくれたよ」

「そ、そうなんですね。それを恨んで……?」

「まさか、そこまで小さい男じゃないよ。皆が、俺を王太子ともてはやして、それが当たり前になってた時期だった。あいつはニコリともせずに、無愛想で目つきはするどいし、デカいし………試合で対面した時言葉も交わさなかったけど、その存在感に威圧されたのを覚えてる」


どこか懐かしむように、アーレントの口元がほころぶ。


「その存在があるだけで圧倒された。他の者とは違う明らかな別格、張りぼての俺とも違う、あいつは本物だった。魅力されたとでもいうのかな、だから俺から近づいた。俺などまるで眼中にないあいつと友になりたかった」


これが父様の思い。

僕を通り越した、遠くを見ながら父は語った。


「カルロスは警戒心は強いが、一度懐に入ってしまえば情に溢れた男気のある男だった。あいつは俺を裏切らないだろう、何かあれば力になろうとするはずだ。力ない王でも俺を見限る姿は思い浮かばないくらい、俺はあいつを信頼している」


そうだ。父様と公爵、2人でいる所を見たことがあるけれど、とても自然に言葉を交わし笑いあっていた。そこに嘘なんてなかった。


「俺も若い頃は自分の可能性を信じていた。王太子として何だって出来ると思ってた。でも大人になるにつれ分かっていった。王族という張りぼてがあるだけの凡人だということが」

「父様………」

「俺は何も成しえていない、王室の衰退も止められない。現状維持が精一杯だ。力がなければ心も弱い」

「そんなふうに言わないでください。父様は頑張っております」

「それが何だ?当たり前の事だ。頑張ろうが、形にならなければ意味がないんだ」

「ですが………」

「尊い血なんて何の価値がある?尊いものとして祭ってくれるのは国民だけだ。貴族共は弱味をみせればつけ込んでくるし、隙あらば

攻めてくる。俺はもっと力が欲しい。なのにいつも選択を間違えてばかりだ」


アーレントは少し苛ついたように髪を掻きむしった。


「レイアの事だってそうだ。共に生きて俺を支えてもくれなかった、こんなに短い間しか一緒にいられないなら選ばなければ良かった」


その言葉に心臓がドクンと大きく鳴った。

母様が………何?何を言った………?


「誰よりも美しく優しい女性だった。でもそれだけだ、何の才能も持ってなかった。弱い体は彼女だけでなく、ヨハンにまで遺伝してしまった。愛に溺れ彼女を選んだけれど、もっと家柄のいい令嬢を選べば後ろ盾にもなったし、優れた才能の女性を選べば子供にもその血は受け継がれ、共に国を導いていけたんじゃないか、そう考えてしまう」


全身の力が抜け、血の気が引いた。

顔を上げる事が出来ない。父を見れない。

俯いたまま、膝の上で拳を痛いくらいに握りしめた。


「母様を選んだのは間違いだったと………?」


そう言った声が震えた。


「違う選択肢もあったというだけだ。今更の話だろう?もう過去は変えられない」


じゃあ、変えらたならどうするんですか?選ばない?

僕は……間違った結婚の末の残念な子供………?


「王室にも新たな風を吹き込みたい。名だたる偉人のような血筋を取り込み、才能に溢れた優れた王を生み出したい。歴史に名を残すような、繁栄をもたらしてくれるような名君が誕生すればこの王国はもっと栄える」


でもそれは僕ではないんですね。

あなたは僕には何の期待もしていない。してなかった。


「………その血筋とは、父様の憧れる公爵家ですか?」

「そうだな、あの家門は先代も含めて皆とても有能だ。どれも家門を大きく繁栄させている。シルビア嬢はカルロスにそっくりだな。見た目だけでなく、中身もとても強い。才能を活かす強い精神力を持っている。あの魔素量をあの歳であれだけ扱えるなんて、魔塔も形無しだな」


アーレントはおかしそうに笑い、それからエディスを見る。

顔を上げたら、その冷たい瞳とぶつかったがもう何も感じなかった。心が冷たく凍りついてしまった気がする。


「お前とシルビア嬢とで子供が産まれたらどんな子だろうな。きっと力に溢れた、自分で道を切り開ける強い子だろう」


もう僕を通り越した先を見ているんですか?

まだ、僕は11ですよ。これからの人生なんですよ。僕はそんなに期待出来ないですか?


「はっ……ははは、あははは!もう先の話ですか?まだ何も決まってないのに、子供って……」

「家柄と優れた血筋からいってアルビシス公爵家以外には考えられないだろう」

「………嫌だと言ったら?」


そう言ったエディスを無言でアーレントは見た。

苛立った言葉でも投げかけられるかと思ったら、アーレントは優しくにっこりと笑った。


「すまないな。自分は好きな相手を選んでおいて、エディスには政略結婚を強要するなんて。エディスだって望んだ相手と将来を添い遂げたいと思うよな」


穏やかな口調で、温かい眼差しを向けられた。

僕のいつもの父様だ。


「でもお前は王太子だ。お前の人生は自分の為だけのものではなく王国の為のものでもある。強いるようで申し訳ないが、王国の為にシルビア嬢との婚約を考えてくれないか?」


自分が出来なかったことを………僕にさせようというのか?

優しい微笑みも、今はもう何が真実か分からない。


「カルロスには断られているから、エディスに頑張ってもらうしかないんだ。王室だろうと公爵家に強要は出来ない。あれの持つ騎士団は王室の騎士団にも匹敵する。謀反を企んでるんじゃないかと邪推する者もいるが、領地も広ければ事業も大きいからな」


アーレントは立ち上がり、こちらへ歩いてくるとエディスの隣に腰掛けた。


「頼りにできるのはお前しかいないんだ。家族で助けあって王室を支えいってくれ。お願いだ、エディス」


優しく両肩に手が置かれる。向き合うのは真剣な瞳。


「僕は……シルビアの選択を優先したい」

「ならシルビア嬢を自然と好きにさせればいい。エディスはとても見目がいいからな、今は幼いがあと数年もすればいい男になる。シルビア嬢は聞いてると色恋とは無縁そうだ」


アーレントは顔を寄せてきてコソッと耳打ちした。


「誰よりも優先して特別感を出してやるといい。優しく接して愛している振りをするんだ。シルビア嬢だって年頃になれば女だ、強く求められれば抗えなくなる」


耳元のその声に、ざわざわと体中が総毛立った。

頭に血が昇ったようになり、握りしめた拳は震えた。

汚い………。汚い汚い汚い汚い!!

お前が……お前なんかがシルビアを語るな!!


自信に満ち溢れ、誰よりも気高く強く、真っ直ぐで、自分を信じているシルビア。

何も知らないくせによくも………!


エディスは肩に置かれたアーレントの手を払う。


「嫌です。シルビアを貶めるような事はしません」


アーレントの目をしっかりと見ながらエディスは言った。


「……王国の為だとしても?」

「僕が頑張ります!もっと学んで知識や経験を積んで、父様の助けになります!」


その言葉にアーレントはおかしそうに笑いだす。


「父様!僕にだって可能性はあります、信じてください!」


これまでだって頑張ってきた。でもこれからはもっと時間を削って努力する。王太子として何だってする。だから………


「お前がか?俺に出来なかった事をお前が出来るとでも?エディス………お前は俺と同じ凡人だ。努力は実らない。王族という張りぼての王になるんだ」

「そんなの………まだ分からないじゃないですか」


そう言った声に力が入らなかった。

どうせこの声は届かない。僕は何も期待されてないのだから。


「分かるよ、親子じゃないか。こうゆう血筋なんだよ」


きっと……父は自分の事が嫌いなんだ。弱い血筋の僕も嫌ってる。

子供としては好いてるのかもしれないけど………、それももう分からない。分かったところで、父が求めているのは僕ではない。


「それでも、僕はまだ諦めません!だってまだ僕は何もしてない、これからなんだ!勝手に見限らないでください!」


無駄なんて言うな。

始める前から諦められてたら僕はどうしたらいい?

僕が自分を諦めてしまったら、もう前に進めなくなってしまう。そこで立ち止まったまま動けなくなる。


アーレントは不機嫌そうにため息をついた。


「なら気の済むようにやってみればいい。お前もいずれ現実を知るだろう」

「やります。必ず父様に認めさせてみます」


でなければ、僕は何のためにここにいる?飾りになる為じゃない。


「ははっ、強くでたな。やってみろ。ああ、シルビア嬢との事も忘れないでくれ」


それには何も答えず、エディスは立ち上がる。足が震えて力が入らなかったが、それでも奮い立たせた。


早くここから立ち去りたい。

悲しみと怒りと絶望と………押し潰されそうだ。でも、この父の前では崩れたくなかった。


扉の前まで行った時、声がかかった。


「もしエディスが駄目だった時は、ヨハンを婿養子に出す。それで公爵家との繋がりは出来る。1番は王室にその血を取り込みたいけれどな」


エディスは立ち止まり、震える拳をきつく握りしめた。

それでも息を吸い、振り返らずに声を振り絞る。


「失礼します……」


押し殺した声で言い、その部屋を出た。




その後は、初めはふらふらと歩いていたのが、いつの間にか走りだしていた。

走って走って、苦しくて息が切れて呼吸が出来なくて、涙が溢れて止まらなかった。


自分の部屋に戻ると、ハアハアと呼吸を乱したまま扉に寄りかかった。

苦しくて仕方がない。苦しくて苦しくて、どうにかなりそうだ。

ずるずると崩れ落ちるようにその場に座り込み、膝に顔を埋めた。


涙がポタポタと溢れ落ちる。


僕は弱い。まだ何の力もない。

信じていたものが土台から崩れて、傷ついて泣いている幼い子供だ。王太子であるけど、僕には何もない………。


父様も戦ってきたんだろうか。たった1人で王として戦って傷ついて、自分に絶望したんだろうか。

僕の父様は父親である前に、国王だった。

そうあることを優先させ、僕に知らしめただけだ。

これが現実だ。これが僕の生きてく王室という現実だ。



〝大丈夫、大丈夫だから!!〟


あの日、君は僕の肩を抱いて言ってくれた。

どんな僕でも認めると言ってくれた。

こんな事を予測してた訳じゃないんだろうけど、あの日の言葉はずっと胸にあるよ。今は落ち込んでるけど、君の言葉を思い出すと勇気がでるんだ。まだ頑張れるって思うよ。

こんな時でも、君を思うと胸が熱くなる。


顔を上げたエディスの頬を、涙が次から次へと伝う。


泣くのは今日で最後にしよう。

甘えを捨て、戦う覚悟を決めるんだ。

この王室で生きていく覚悟を。


力が欲しい。誰にも何も言わせないだけの力が。

出来ることも、出来ないことだって何だってやってやる。

僕を認めさせてやるんだ。

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