淡い恋心
夏もだいぶ終わりで日はそこまで強くなかったが、それでもじんわりとした暑さがあった。
庭園が見渡せるそこにテーブルと椅子が用意され、お茶やケーキやお菓子が沢山乗せられていた。
けれど席についているのは1人だけだ。
エディスはハァとため息をつく。
視界の先ではシルビアとルオークが木刀で打ち合いをしていた。
今日はシルビアの魔法のコントロールについて話を聞くはずだったのに、ルオークが久しぶりに手合わせしたいと言いだしたせいでこうなっている。
稽古にまじりたい気分でもないので傍観しているが、2人共楽しくなってきているようで中々終わらない。
エディスは顎に手をやり肘をつきながら、ぼんやりと2人を見た。
いや、2人ではない。1人だ。
腰まである長い髪を高めの位置で1本で束ねた髪が、動きに合わせて後を追うように舞っているようだ。
スラリと伸びた手足に、真っ直ぐな姿勢。
汗が拭われずに頬をつたい、俯いた伏せた瞳のまつ毛が頬に影をうつす。
言葉も出ず、ただその姿を追っていた。
僕は最近どうしたんだろう。
気がつくといつもシルビアの事ばかり見ていた。
エディスはまたため息をつくと席を立った。
そして、少し離れた所に控えているメイドに声をかける。
「本を取ってくるから、2人に聞かれたら伝えといて」
あの2人が僕の不在に気づくとは思えないが。
全く、久しぶりに会ったっていうのに、いつまでやってるつもりなんだ。僕の事忘れてるんじゃないだろうな。
ムカムカとしながら本を手に戻ってくると、庭園に行く途中でシルビアの護衛隊に会った。
シルビアの帰りまで、ここで待機しているのだろう。
エディスはその中で隊長である赤髪のサウロを見た。
剣術大会では歳の上がった20歳以上でも毎年優勝、その他出場した大会でもいつも優勝をさらっている。
うちの近衛騎士達でも敵わない。貴族出身の多い近衛騎士達は最初の頃は出身や粗暴さを卑下していたが、彼がその力を示し始めてからは、あからさまな態度はしなくなった。
彼の実力は本物であり、稀にみる逸材だ。
「これはこれは王太子殿下、お目にかかれて光栄です」
サウロはうやうやしく一礼した。
「………ここで待ってるのも退屈だろ。今シルビアとルオークが一戦交えてるんだ。もう少ししたら、稽古でもつけてやってくれないか?」
ルオークも体力が有り余ってるなら、しごいてもらえばいいんだ。
「お嬢様何しに来られてるんですかね。王太子殿下を放ったらかしにして。分かりました。少し時間を置いてから伺います」
サウロはニッコリと笑う。
「ああ、頼むよ」
そう言うとエディスは歩きだした。
これでルオークは彼に相手してもらって、シルビアとゆっくり話ができるな。
高い植木の裏側から行くと、メイド達のお喋りが聞こえエディスは立ち止まった。
「パッと見は少年に見えるし違和感なく馴染んでるわよね。女の子であんな騎士服似合う子いる?」
「顔が中性的だからじゃない?でも中性よりは凛々しいかしら。目元がキリッとしてて、端正な顔立ちで美少年………いや、少年というより何て言うか………」
「麗しい」
「そう、それ!男の子のよりも綺麗な男の子って感じ」
男の子より綺麗な男の子?どーゆう表現だそれ?
でもこれって……シルビアの事だよね。
彼女らの視線の先には、ルオークとシルビアしかいない。
麗しいね…………。それは分かる気がする。
「小さい頃は変わったお嬢様だと思ってたけど、このまま育ってって欲しいわ。今であれでしょ。成長したら麗しい美貌の騎士風になりそうね。目の保養なる〜」
「でも、ああゆう真っ直ぐな子ほど、恋でも知ったら急に女女しだして、自分を可愛らしく見せようとしちゃうんじゃないかしら」
「え〜、持ち味が無くなっちゃう。女女してるとこは見たくないわ。今の麗しの美少年で育ってほしい」
2人はとても楽しそうにクスクスと笑った。
ちょっと聞き苦しいな。
誰もいないと思って話してるんだろうけど、王室の王太子付きのメイドとして品位もない。失格だな。
突如、植木の横からエディスが姿を現したので、話していた2人のメイドはビクッとし顔をこわばらせた。
そんな2人をエディスは冷たく一瞥した。
「お喋りは楽しいかい?僕の客人に対して礼儀を欠いてるよ。よくそれで王太子付きになれたね」
ああそうか、貴族出身だったと前に聞いたっけ。
メイド長に報告だな。
「あ、あの、殿下、軽はずみな事を口にしてしまい………」
「黙って。言い訳を聞く気はないよ」
エディスは少し離れた所にいた、侍従の男を呼ぶ。
「新しいメイドを2人連れてきて。この2人はもう僕にはつけないようメイド長に言っておいてくれ」
「申し訳ありません、殿下!今回ばかりはお見逃しを……!」
メイドの言葉に耳もかさずエディスは歩きだした。
すがろうとするメイドを侍従の男達が集まってきて押さえつける。
ふと前を向くと、何事かとシルビアとルオークが手を止めこちらを見ていた。
「何でもないよ」
ニッコリと笑ってみせたが、2人は顔を見合わせてから木刀を置きそばにやってきた。
「あーあ、負けた負けた。そんな強くなってどーすんだよ」
ルオークは椅子にどかっと腰掛ける。
「けど力じゃ敵わなくなってきた。やっぱり女と男じゃ差が出てくるんだな。打ち合い続けてたら押し負けてたよ。まだ手がじんじんする」
シルビアは手の熱をとるように仰ぎながらストンと椅子に腰掛けた。そしてエディスを見る。
「んで、何かあった?」
「大したことないよ。まるでお茶会に参加する令嬢のようにお喋りしてるから注意しただけだ」
メイドがいないので、エディスが冷えたブレンドティーを2人のグラスに注いだ。
「あー暑っ!喉からっから!」
ルオークはグラスを手に取ると一気に飲み干した。
シルビアも一口飲むと、身をエディスの方へ乗り出す。
「メイドって言っても貴族の娘だろ?せっかく王太子付きになれたのにねぇ。あわよくばお手つきを狙ってたりね」
「お手つきって………僕はまだ11だよ」
彼女達は18か19歳くらいだったか、よく覚えてないけど、そんな事考えたことなんて全くない。
「普通は貴族の令嬢を王妃付きとかにして、力をつけたりとか派閥ができたりとかいろいろあるみたいなんだけど、うちは母様が……王妃が不在だから」
「王妃の後ろ盾を得たいってやつね」
「ここには側室もいないからね。取り入る先が、僕か父様しかいない訳だけど、女の世界ではないから難しいだろうね」
「お父さんまだ若いのに側室はとらないの?」
言ってから失言か?というようにシルビアはハッとした顔をした。
そんなシルビアを見てエディスはクスリと笑った。
「父様はまだ母様を忘れられないんだと思う。それに僕とヨハンもいる。側室を迎えれば、後継者の座を狙って暗殺やら何かと問題も出てくるだろうし」
「まぁ………難しい問題だよな。うちも、いろいろある」
そう言ってシルビアは目を伏せた。
いろいろって何?
そんな顔をさせる何かがあるの?
プライベートな事はどこまで突っ込んでいいか分からないけど、力になりたい。いつものシルビアでいてほしい。
「僕も力になれる………?」
僕の問いにキョトンとした後、シルビアはふふっと笑った。
「いや、こればっかりは力になれないな。うちに2人目が産まれないな〜って話」
「ふ、2人目?」
「うちも後継者争い避ける為に、子供は男は1人だけってのが長らく公爵家で続いてたんだ。女に爵位は継げないから………。父上も1人っ子だし、お爺さんの代も1人っ子だった。女は産まれても嫁に出されちゃうしね」
「ああ、それで2人目に男の子が欲しいと」
「でもさぁ、たぶん母上は…………不妊なんだ。する事はしてるみたいなんだけどさ。僕ももう12歳で、それから子供が産まれてない訳だろ。最近、遠い遠い親戚だかが妾を娶ってはどうかとか言ってきてさ」
シルビアは参ったというように息をつく。
こんなデリケートな問題聞いていいんだろうか。
サラッと話してくれてるけど………。
「父上は母上一筋だから、余計な世話焼くな!って激怒して追い返してたけど………ちょっと母上が元気ない。あー、僕が男だったら何の問題もなかったのに」
「えっ…………!?」
それは困る。あれっ、困るって………何でだ?
「大変だな〜。お前らのとこはいろいろあって。俺んとこなんて、兄弟も多くて夫婦仲も良くて何の問題もねーよ。平和平和」
テーブルにグデッと伸びながらルオークは言った。
「それが1番だよ。問題ないのいいことだ。はい、じゃあ解決のないこの話題は終了!僕の魔法の話しちゃう?」
シルビアは腕の魔封具をサッと見せてきた。
両腕に2個づつしている。最初は片腕に8個ついてたのが、随分減ったものだ。首の魔封具も取れたし。
シルビアが自慢げな顔で語り始めようとした時に、ルオークが話を遮ってきた。
「話は変わるけどさ、シルビア今身長いくつ?」
「もう、突然だな。162フィートだけど」
「ぐはっ、負けた……。俺157」
ルオークはチラッとエディスを見る。
うっ………言えっていうのか。
「僕は………153だけど。こ、これからだから!」
父様だって180フィートあるんだから、まだまだ伸びるんだ!!
「うちの父上は195フィートだから、僕だってこれからだよ」
ふふん、とシルビアは笑った。
くっ、負けた…………。
将来シルビアより低かったらどうしよう。
「これ以上大女になってどーすんだよ?顔だって可愛くないくせに」
ルオークがあははと笑う。
シルビアは気にしてないように飲み物を飲んでたが、エディスはムッとしてすぐに口を開いた。
「そんなことない、可愛いよシルビアは!」
そう言ったエディスを、ルオークとシルビアも驚いた顔で見た。
「え?どこが可愛いんだ?そんなとこあるか?」
首を傾げたルオークの頭をシルビアが軽くはたく。
「ある!可愛いとこある!ありがとう、流石はエディス。見どころが違うね」
シルビアに微笑えまれると、何故だか頬が熱くなってきた。
胸もドキドキする。
「さあ、手つかずもなんだから食べちゃおっか」
シルビアはケーキを何個か皿に取ると、パクパクと食べ始めた。
「ん〜美味いっ!王室のシェフはいい仕事するね〜!」
口いっぱいに詰め込んで、幸せを噛み締めるシルビアを見てると、こっちまで幸せな気持ちになってくる。
ほら、こんなに可愛いじゃないか。
「どうしたんだ?ニヤニヤしちゃってさ」
いきなり目の前にルオークが顔を出したのでビクッとした。
今笑ってたのか、僕は?
「ちょ〜っと、今大丈夫ですか〜?」
突如声がかかった。
3人が声の方を見ると、サウロが木刀をプラプラさせながら歩いてきていた。
「あれ、赤髪じゃん。どうしたんだ?」
ルオークは席を立ち、サウロの方へ走って行く。
サウロはチラッとエディスを見た。
「王太子殿下の依頼でお坊ちゃんに稽古つけてくれって言われたんですよ。んで、これ借りてきました」
サウロは誰かの名が刻まれた木刀を見せる。
「お〜、エディスが。いいぜ、やろうやろう!」
「あっ、そういえばお嬢様とどちらが勝ったんですか?」
その問いに、ルオークは顔をしかめた。
「どっちって………シルビアだけど」
「お嬢様、強化したんですか?」
サウロが聞くと、シルビアは首を横に振った。
「いや。実力で勝った」
「強化って何だ?何したってんだよ?」
ルオークが不審そうにシルビアを見る。
「お嬢様は剣術の腕は上達しても女性ですからね。どうしても男性とは差が出てしまうんです。そこで魔力による身体強化ですよ」
「ずっる〜!お前魔力すっごいあるんだから強化しまくりじゃん!」
「だから今回は実力で勝ったって言っただろ!」
ムッした顔でシルビアも席を立った。
「身体強化だってコントロール難しいんだからな!今特訓してんだから、今度上手くなったら見せてやる!」
ムキになるシルビアをエディスはじっと見た。
基本は冷静な対応をしてるシルビアだけれど、たまにムキになったり感情的になる。こうゆうとこも可愛いと思う僕は変だろうか。
「ほらほら、お坊ちゃんは俺と稽古しましょう。強いですよ〜俺」
サウロは落ちていた木刀を拾い、スッとルオークに差し出す。
「やろう!1回目は手加減抜きでやってくれ!」
「そんなんしたら死んじゃいますよ。適度に本気っぽくやります」
「何だそれ?舐めてんな〜。今に見てろよ」
ルオークは木刀を受け取るとタタっと広い方へ走っていく。
サウロは振り返って、エディスとシルビアにペコッと一礼してからルオークの方へ歩いていった。
「あいつはも〜、思った事そのまま口に出すのやめろって何度も注意してるのに直らないな」
シルビアは苛々を発散するように、ケーキをパクパクと口に運ぶ。
「頑張って毎日剣術の鍛錬をしてるんだもんね。それを強化でズルしてるみたいに言われたら腹立つよね」
「そう、それな。エディスはよく察するね〜」
シルビアは指差すようにフォークをエディスに向けた。
「行儀悪いよ………」
「本当ルオークは最後まで話聞かないで口に出すんだから腹立つ。頑張ってるのを認められたい訳じゃないんだよ。でも、無かったみたいに魔法のおかげみたいに言われると苛っとくるよね」
「うんうん。分かるよ」
ルオークもシルビアも、とても分かりやすい。
僕の言葉に満足したのか、シルビアは黙って笑みを浮かべ僕をじっと見てきた。
切長の瞳の青色が日の光を浴びてキラキラと煌めく。
整った顔立ちの、笑みをつくる薄く赤い唇。
可愛いというより…………綺麗だ。
エディスも何も言わずシルビアを見つめた。
ドクンドクンと自分の鼓動が聞こえる。
「顔赤いぞ、大丈夫か?」
不意にシルビアが顔を触ろうと手を伸ばしてきた。
「だ、大丈夫」
その手をエディスはつかむ。
ドキドキと鼓動が早くなった。
変だ。僕はやっぱりどうかしてる。
「あっ………ま、魔法の事を教えてよ。魔封具だいぶ外れたね」
話題を変えるように言って、パッとシルビアの手を放した。
「いいよ。ほら、腕に2個づつと足に2個つづになったんだ。頑張った甲斐があった〜」
シルビアは腕の魔封具を見せてふふんと笑う。
「僕も12歳になったら開化の儀を行うんだ。まあ、シルビアみたいな事にはならないと思うけど」
「いよいよか〜。学園行く前にやっちゃうんだな」
「たいていの子は学園に設備あるからそこでやるけどね。王族として何かあったりとか、かっこ悪いとことか見せられないからね。ひと通りの事はやっておくよ」
来年からは魔法の勉強や特訓も始まる。
王太子としての教育や、勉学に剣術の鍛錬に、王太子としての役割と行事の参加など毎日やる事がいっぱいだ。
僕は王太子として誰もに認められなくてはいけないんだ。
「なるほど。ではシルビア先生からコツを教えてといてあげよう」
シルビアはとことこと歩いてきて、エディスの隣りの椅子に座った。
「よ、よろしく」
「うん。では、まず魔力のコントロールについて。これって実は魔素のコントロールと直結してたんだよね。まっ大元だから当たり前なんだけど。魔素を少しづつ解放させるよう訓練してたのが、同時に魔力を使う時のコントロールもできてたってわけ」
「感覚論だね。実際やってみないと分からなそう」
「魔法ってさ、早い話イメージなんだよ」
「イメージ………?」
「そう。呪文を唱えたりもしないしさ、火だったり水とかどうやって操るの?って思ったけど、念じるというか頭の中で作りあげるような感じでそこに魔素を流し込んで形づくるって事なんだけど」
「へぇ…………」
いや、さっぱり分からない。
これも自分でやってみた感覚なんだろうな。
「魔素はさぁ、これもイメージなんだけど、僕の中で雪崩れのようだったり、地響きする地震のようだったり、うねりを上げる大渦だったりするんだ。大きすぎる魔素のイメージなのかなぁ。そうゆうとこから、必要な魔素だけを引っ張り出すイメージ?もうイメージでやってくしかないんだけど、言ってて自分でも分かんなくなってきた。分かった?」
「ごめん、全く分からない。要は自分の感覚でしかないって事でしょう?」
「まぁ、そうゆうイメージだね。魔法は説明難しいな。自分で感覚つかむしかないのかも」
シルビアはスッと手の平を上にむけた。
その手の平の上にパチパチと火花が散った。
「火花をイメージしながら、少量の魔素を流しこんでみました」
それから、今度はしゃがみ込むと手を地面につけた。
すると地面がモコモコと盛り上がり、土が鳥の形になった。
「鳥をイメージしながら魔素を流しこみました。これは土属性になるのかな。属性気にしなくても魔素が沢山あるから、使えちゃうんだよね〜。想像しだいで、いろんな魔法が使えちゃうんだ」
「凄い!凄いよ、シルビア!」
本当に凄い。魔素のコントロールだけでなく、魔法の使い方まで習得してきてる。
「こーんな事も出来ちゃうよ」
シルビアの体が少しだけ宙に浮いた。
「凄いね!これは風属性?」
「いや、よく分かんない。もうイメージの力としか……。本当はもっと高く飛べるんだけど、落ちたら怖いからこの高さ。今は、どれくらい浮かんでられるのかとか試してる最中なんだ。上達したら、移動は空飛んじゃうよ」
「うわぁ、そんなことまで出来るんだ!」
あの事故からたった2年でここまでなんて………。
「ふっふっふ。僕は魔素を操る感覚に優れてるって言われた。開化の儀の時も、意図せずにそれで魔素を一気に解放しちゃったんじゃないかってさ。まっ天才肌なのかもね〜」
楽しそうにシルビアが笑う。
うわっ調子乗っちゃってるな。
まあ、嬉しそうだからいいけど。
「才能だけでなく、努力もしてたって知ってるよ」
毎日毎日欠かさず訓練して、失敗して怪我を負った事も知ってる。上手くいく事ばかりではないのに、いつもシルビアはそんな事もなかったように自信満々で笑ってる。
どうすればそんなに強くなれるんだろう。
「そう、努力は大事だ」
ストンと地に降りると、シルビアはまた向かいの椅子に座った。
「幸いなことに、この体には才能もあった。こんな楽しいことはない、努力すればするほど実ってくんだから」
いつになく真面目な顔でシルビアは僕を見た。
「焦るなよ。少しづつ進んでいけばいいんだ。背負ってるものは違うだろうけど、誰よりも優れていなきゃいけない訳じゃない。万一この天才と比べたら自信無くすぞ」
「天才って………自分で言う?」
「謙遜しても仕方ない。僕の才能は本物だ。エディスは真面目だから近くにこんな優れた存在がいたら、自分も頑張らなきゃ、とか追い付かなきゃ、とかで劣等感に苛まれて考えすぎてしまうに違いない」
「ちょっとその言い方。酷いな。僕だって才能ばかりはどうしようもないって分かってるよ。きっと魔法はそこそこの実力なんじゃないかな」
「うむ、わきまえてるようでよろしい」
「え?何?僕を批判したいの?」
「違う違う。お前は自分を追い込みそうだから心配してるんだよ。前の世界の僕は頑張るだけの凡人だったけど、こんな才能溢れる体になっちゃって本当怖いくらいなんだ。世の中にはこんな卓越した人もいるんだなって思わない?」
「自分大好きだね、シルビア」
エディスはクスリと笑う。
おかしな言い回しだけど、シルビアが僕を励まそうとしてくれてるその気持ちが嬉しかった。
「今から恥ずか死ぬ級の事言うから聞きのがすなよ」
そう言うとシルビアは大きく息を吸った。
「僕は認めるよ。エディスが苦しんできたこと、頑張ってきたこと全て。実らなくたって、駄目王子って言われたって、そのままのエディスを認めるよ。お前は十分頑張ってる。何があったって力になるから甘えろ、頼れ、信じろ」
「失敗する前提なの?」
苦笑いしたエディスの肩を、シルビアが両手で掴む。
その真っ直ぐな瞳とぶつかった。
「ずっとそばにいて力になってやるから、たまには立ち止まって力を抜け。大丈夫、大丈夫だからな!頑張れ!頑張れエディス!」
痛いくらいに肩を掴む力が強い。
照れてるのか耳まで赤くして、それでも目を逸らさずにシルビアは僕を見ていた。
シルビアの中の僕はどんなふうにうつってるんだろう。こんなに心配かけるほど弱って見えてる…………?
真剣に向き合うその瞳を見ていたら、何故だか泣きたくなった。
「熱いね、シルビア………」
そう言って、掠れた声で笑うのが精一杯だった。
何でもない風を装って、ただ微笑んでみせる。
シルビアも手を離し、そして照れたように笑った。
いいなぁ。やっぱりシルビアはいいな。
僕もずっと一緒にいたいよ。
これからもずっと。




