剣術大会参戦だぞ
シルビア・アルビシス。
9歳の夏。こんなことなってます。
「10歳以下の部、優勝は平民出身のシルビー少年です!!」
音声拡張機によって、そんな声が辺りに響き渡った。
歓声が上がり、負けた選手たちも手を叩いて祝福してくれた。
その声にこえたえるように、笑顔で手を振ってみせる。
「かっこいい!」
「日に焼けてるのも元気そうで可愛い〜」
歳の近い女の子達の声に照れてしまう。
いや〜、性別的には同性なんですけどね。
何でこんなことになってるかというと、話は昨日に遡る。
――
「ほら、お嬢様足元もつれてますよ」
余裕の笑みさえ浮かべながら、サウロはまるでステップを踏むかのように軽やかに木刀をかわしていった。
明日の剣術大会に向けて最後の鍛錬で打ち込みをしてるのだが、サウロが避けてしまうので全然打ち込めないのだ。
ハァハァと荒い息で呼吸が苦しくなると共に、足も重くなった。
昨日までは、木刀を受け止めてくれてたのに、今日はどうゆうつもりだ?空振りばかりで全く当たる気がしない。
「もう終わりですか?一回も当たってないんですけど〜」
ニヤニヤと笑うサウロが腹立たしい。
それに加え、夏の容赦ない日差しがじりじりと照りつけ体力も集中力も奪った。
頬をポタポタと汗がつたう。
かなり動けるようになったと思ってたのに、不甲斐ない。
サウロが手加減してくれてただけだったんだ。
こんなんじゃ、明日の大会だって惨敗するだろう。
「ほらほら、来ないんですか〜?」
ニンマリと笑うサウロも汗がしたたっている。
ああ、暑い。水が飲みたい。お風呂に入って汗をながしたい。
気持ちが沈むと、簡単に集中が途切れた。
こんなんじゃ駄目だ………。
シルビアは木刀を手放し、腰にあった短剣を手に取った。
「えっ、お嬢様短剣…………」
サウロの言葉が止まる。
そしてその顔が今まで見たことがないくらい動揺をあらわにし、笑みも消え青ざめた。
「ふー、スッキリした」
シルビアの手には根元からザクッと切られた髪の束があった。
その髪の毛を下に置き、また木刀を手に取る。
「さあ、心機一転!頑張るか!」
気合いをいれたのはいいが、肝心のサウロが青ざめながら茫然と立ち尽くしていた。
「サウロ?いくよ?」
「お、お、………お嬢様、その行動の理由は何でしょう?」
「え?暑いし、気分を変えたくもあったし。どうせしばらくすれば長くなるんだし、夏はこれでいかなって」
妹も小学生の時はショートヘアだった。
この世界じゃあまり見かけないけど、誰かがやってるのを見たら楽だし流行ったりするかもしれない。
「そんな理由で!?えーもう、お嬢様暑さで頭やられちゃったんじゃないですか!?あーどうしよ、俺は何も見てない!関係ない!」
サウロは頭を抱えて膝をついた。
「あと、全然当たらなくてむしゃくしゃしてたのもあったかな」
その言葉にサウロは顔を上げる。
「うわっ!俺のせいみたいに言わないでくれます!?俺のスピードに慣れとけば、10歳以下なんて遅く感じるだろうとああしたんです!お嬢様は充分強いですよ!」
「なるほど。ふふっ、僕は強いか」
「こんなお嬢様、旦那様にも奥様にも見せられない!あーもう、どうしよう!」
「お、落ち着けって。短いのもなかなか似合うだろ?」
シルビアはサラッと髪をかき上げてみせた。
「ヤバい、もうお嬢様にも見えない。日焼けした騎士見習いの少年にしか見えない」
「またまた〜」
「………寒い。暑いのに寒い。明日、俺は生きてないかもしれない」
「大袈裟だなぁ。大丈夫だって、これからお昼だからお披露目してくるよ」
「お披露目って………」
サウロは無言になって、シルビアを上から下までじっくりと見た。
「許される気がしない。もうお嬢様の馬鹿!短気!」
「何だと!?」
「あああ……どうしよ、どうしよ。あっ!!!」
突如、大きな声を出しサウロが強張る。
「明日もあるから稽古は程々にな。ところでシルビアが見えないがどうした?」
背後からそう声がかかった。
この声は………父上、カルロスだ。
サウロは言葉も出ず、カルロスと僕とを交互に見ながら口をパクパクとさせた。
こんなに動揺したサウロは見た事がないので、ちょっと面白い。
「父上、ここにいますよ」
振り返ってニッコリと笑ってみた。
だが、カルロスは〝ん?〟という顔でピンときていない。
そう思った次の瞬間、カルロスにガッと肩を掴まれた。
「シ、シルビアか!?」
「そうです……父上」
あまりの剣幕に、つい怯んでしまう。
「な……なっ………!?」
こちらもサウロと一緒で言葉が出てこないらしい。
カルロスは横にいるサウロをギロッと睨んだ。
「サウロ、何があった!?まさかお前が………!?」
「やるわけないでしょう!お嬢様が自分でやったんですよ!暑さでご乱心です!」
サウロの言葉に、カルロスはシルビアを見た。
「本当なのか………?」
「え?あ、はい、本当です」
すると、カルロスはガックリと首をうなだれた。
「あの、たまにはいいかと思いまして。暑いし、さっぱりしますし、髪も洗いやすいし」
そこまで落ち込む?男だってショートなんだから、そこまでおかしくもないと思うけど。
「最近はずっと邸宅でも騎士服ばかりだし、もしかして…………シルビアは男の子になりたかったのか?」
「……はい?」
飛躍しすぎ!どうしてそうなる!?
「あの、父上誤解です。そこまで深い意味はなく、何となく気分で切っちゃっただけですよ。案外女の子もこの髪型楽だって流行るかもしれませんよ」
はははっと笑うと、カルロスはグッと固く口を閉じ、悲しそうな表情をうかべた。
えっ………?そこまで悪い事した?
段々居た堪れなくなってきたんだけど。
「………マリアンにも見せに行こう」
ボソリと力なくカルロスが言う。
母上は流行の最先端をいってるから、もしかすると斬新だと受け入れてくれるかもしれない。
「あ、あの、俺も明日大会に参加するので、ここらで失礼します。お嬢様、明日頑張りましょうね!」
気まずそうに切り出し、サウロは巻き込まれないようにそさくさと足早に去って行った。
カルロスは無言でシルビアの手を取り、ゆっくりと歩きだした。
大丈夫だよな…………?
結果、大丈夫ではなかった。
「きゃああああーーーっ!!!」
皆でお昼を食べようと待っていたマリアンが、現れたシルビアを見るなり絶叫した。
そのままクラッときたのか、倒れかけたマリアンをダッシュでカルロスが受け止める。
「マリアン、大丈夫か!?」
「…………カルロス、私今何を見たのかしら」
「う、うん………シルビアだと思うぞ」
「騎士見習いの子にしては小さいわね」
マリアンはカルロスの手を借りてヨロヨロと立ち上がり、シルビアを見てバッと視線をそらした。
「ん?んん?見たらいけないわ、嘘……どうして……」
マリアンはふらふらと歩き、席に着くとグラスの横にあったワインのボトルを注ぎ、そのままワインを一気に飲み干した。
「あの、母上。シルビアですが………」
「分かってるわよ!!何!?どうしてそうなったの!?」
その怒りの形相に、シルビアはビクッとする。
めちゃくちゃ本気で怒ってる………。
「マリアン、シルビアも悪気はなかったんだ!ちょっとそんな気分になっちゃったみたいで………!」
「あなたは黙っててっ!!」
マリアンはテーブルをバンバンと叩いた。
そしてハァハァとして、またグラスにワインをつぐとそれをグビグビと飲んだ。
「マリアン、ペースが早いぞ。落ち着い………」
途中でマリアンにギロッと睨まれ、カルロスは怯み口をつぐむ。
「最近のシルビアちゃんは、男の子みたいな服ばっか着て、剣に夢中になっちゃって、それは仕方ないとして見逃してきたけど、髪はやり過ぎでしょう。まるで男の子よ」
マリアンはテーブルに肘をついて頭をうなだれた。
「すみません、母上。髪くらい大した事ないと思って……」
「髪は女の命でしょう!!」
い、命なの!?知らなかった。
「艶やかな綺麗な黒髪だったのに……。男の子みたいな事してても可愛いシルビアちゃんだったから許せたのよ」
シルビアの女の子らしさは髪の毛だったのか。それも知らなかった。
「大会だか知らないけど、毎日剣を振り回してこんなに日焼けして………。もっと女の子らしい趣味をもってほしかったわ」
「ご、ごめんなさい………」
女の子だって好きな事をしていいんじゃない?なんてとても言える雰囲気ではない。
突如、マリアンはバッと顔を上げ、シルビアを真っ直ぐ見た。
「明日の大会は欠席よ!!」
「えぇっ!?そんな………!」
「こんなシルビアちゃんを公爵令嬢として見せる訳にいかないじゃない!今回ばかりは母様も譲りません!!」
キッパリとマリアンが言い切る。
分かる。ごねても、折れてくれなさそうだ。
「父上………」
助けてくれと言わんばかりに目を潤ませカルロスを見た。
髪の毛がそんな重要だとは知らなかったんだ。まさか、こんな事になるなんて………。
「マリアン、シルビアもずっと頑張ってきたんだ。筋がいいから、優勝だって……」
「それが何?だから?私はこんなシルビアちゃんを見せたくないって言ってるの」
「で、でも……才能もあるし、シルビアの頑張りが………」
「あなたにそっくりよね。嬉しいでしょ、カルロス?私達だけがその才能を知ってればいいじゃない。この話はもうこれでお終いよ」
マリアンはまたワインを注ぐと、それを一気に飲んだ。
仏頂顔でカルロスやシルビアの事も見ようもしないので、これ以上は何を言っても無理そうだ。
大変なご立腹である。
カルロスはすまないというように、チラリとシルビアを見た。
そんな…………せっかく頑張ってきたのに、大会に出れないなんて。自業自得とは思いたくないけど、こんな事でやってきた事が無駄になるとは。
短絡的な行動をとってしまった自分に後悔だ。
その日は失意のまま夜を過ごした。
翌朝、朝日が差し込む頃、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
ハッとしたところに、覗きこんでいた顔があったので叫びそうになったが、口を押さえられる。
「静かに」
カルロスだ。もうちょっとマシな起こし方があるだろうに。
「父上?こんな朝からどうしたんですか?」
「急いで用意をするんだ。王都に向かうぞ」
「王都…………?」
何でだ?大会は欠場する事になったのに。
「父様が出してやる。ただし別人としてだ」
「え……?それってどうゆう…………」
「マリアンにバレたら大変だ、話は後で。急いで用意してくれ」
シルビアはハッとすると頷く。
マリアンに内緒でカルロスが動いてくれたのだ。それを無駄にしてはいけない。
「夜にヤケ酒をしてたから起きないと思うが……。服はチェストの上に置いてあるのを着てくれ。部屋の外で待ってる。用意が出来たらサウロ達と一緒の馬車で向かおう」
カルロスはすぐに部屋を出ていった。
シルビアは飛び起き、服をポイポイと脱ぎ捨てる。
そして、チェストの上の服を手に取った。
騎士服ではない。これは平民が着る訓練着だ。しかも年季が入ってるようなよれよれのやつだ。
迷ってる暇はないので、サッと着替えたが、鏡で見てみると全く違和感なくとても似合っていた。
こんな姿見せたら、母上は怒り狂うに違いない。
シルビアは部屋を出ると、カルロスに先導されコソコソと裏口から邸宅を出てサウロ達の待つ馬車へと到着した。
今日の大会に参加する騎士達でサウロ含め六名の若手が乗っていた。
その誰もが、サッと目を逸らしシルビアの髪や服について言及しなかった。
道中カルロスが今回の経緯を説明してくれた。
父上が昨日のうちに大会役員と話をつけて、急遽、平民のシルビー少年として参加をとりつけてくれたらしい。
通常、貴族や騎士になってる者は予選はないが、平民で実力の分からない者達は予選によって絞り込みがあるのだ。
それも公爵家推薦の者だからと無理矢理押し通したそうだ。
そして、今日の事はマリアンには内緒で、可哀想だからカルロスが見学だけでも連れてってあげたと邸宅の者達には伝えてあるらしい。
王都の会場に着くと、カルロスはサウロに指示を出し、貴族席に行ってしまった。
公爵自ら平民の子の世話をあれこれみてると、怪しまれそうなのでここからは別行動なのだ。そして、ダミーシルビアとして、深い羽付きの帽子を被った少女がカルロスの隣りに用意された。
ここまでしなきゃいけないのかと思うが、マリアンは交友が広いので大会を参観していた貴族から話を聞く可能性があるからだそうだ。
サウロに案内されるまま、10歳以下の部門での登録を済ました。
サウロは20歳以下の部門なので、待機部屋は別になってしまうが、ギリギリまでは待機部屋の前で一緒にいる事になっていた。
公爵令嬢のシルビアなら特別待遇を受けられるが、平民の今は他の者達と一緒くたに放置され、血気盛んな他の出場者にからまれ、怪我でもしたら大変だと心配されているのだ。
10歳以下の子供の集まりなのだから、血気盛んなのはいなさそうだが、用心に越したことはない。
「おー、目立つ赤髪がいると思ったら!俺の応援に来たのか!?」
不意にそう声がかかった。
うわっ、ルオークだ。シルビアはくるっと反対を向く。
「これはこれは、お坊ちゃんじゃないですか。初参加ですよね」
「お坊ちゃんはやめろって言ってんだろ。ルオーク様と呼べ」
「今日の調子はどうですか、お坊ちゃん?」
「お前は〜……。絶好調だよ、絶好調!」
ルオークは口をとがらせながら、ふとシルビアの存在に気づいた。
「お前のとこの騎士見習いか?」
いきなり腕をグイッと引っ張られる。
女じゃないと本当無礼だな。
仕方ないので、シルビアはキリッとした顔で一礼した。
「ふ〜ん、男前じゃん。でも、どっかで見た事あるような……」
「シルビアでごさいます、坊ちゃん」
もうバレるのも時間の問題だ。後で騒がれるのも面倒だから今のうちに片付けてしまおう。
「はあ?………えっっ!!?」
ルオークはシルビアの顔を食い入るように見て、シルビアだと確信すると驚愕の表情をうかべた。
「お前………本当は男だったのか?」
「んなわけあるか!諸事情により、平民として参加する事になった。シルビアでなく、今はシルビー少年だからよろしくな」
「あ、ああ……。なあ、この髪って本当に切ってんのか?」
動揺しながらルオークが聞いてくる。
「そう、ばっさりとね。案外似合うだろ?」
「いいのかよ、それ?よく公爵様が許したな」
「全く許されてないけどな。そこは諸事情に含まれてるから察してくれ」
「お前やり過ぎだって。自由に生きすぎ。さすがに笑えない」
ルオークは憐憫の表情で見てきた。
ルオークもか。この世界では髪の毛はそんなに重要だったのか。
「二人とも、部屋の前は人が来るので隅へ。あと小さい声でお願いします」
サウロは周囲を気にしながら、二人をグイグイ押して隅に追いやった。
「サウロ、ルオークもいるからもう行っていいぞ。ルオークといれば絡んでくる奴もいないだろ」
サウロも体を慣らしたり準備しといた方がいいはずだ。
「大丈夫ですよ。前回優勝者は前半のトーナメントだいぶ省略されるんで遅刻してっても」
サウロはニンマリと笑う。
そうなのだ。昨年の20歳以下でサウロは優勝したのだ。
「お前がそんな強かったとは意外だよ。ただの無礼な奴だと思ってたのにさ」
ルオークが眉をしかめながらサウロを見る。
「ふっふっふ、真の実力者は力を隠すものなんですよ。しかもあの時は、前日スラムでの過酷な炎天下の炊き出しでヘロヘロにバテた状態での参加でしたからね」
「そういえば、スラムの炊き出しってまだ行ってんの?一回様子見に行って手伝わされた事あったな。懐かしーな」
「今は行ってませんよ。ちょっと闇勢力を味方につけましてね」
サウロはねっというようにシルビアを見た。
「そうそう。サウロの提案で途中から、スラムを牛耳ってるボスのとこ行ったんだ」
「闇勢力って……大丈夫なのか?お前ら何やってんだよ」
「この件は父上も交えてかなり話しあったから大丈夫。スラムもいずれ縮小してく上でいつかぶつかる相手だったんだ。こっちから出向いてやったよ」
「え〜、本当に大丈夫か?ところで闇勢力ってどんな感じ?俺関わる事なんてないから具体的には想像つかなくて」
へへっと少し照れたようにルオークが笑う。
そんなルオークへとサウロが答えた。
「スラムのボスといっても第四区画で宿や飲食の店、商店、それに娼館を経営してるんです。あいつにとってスラムの奴らなんて使い捨ての駒でしかない。俺も子供の頃は盗みやら、殺しやらはした金欲しさにやりましたよ」
「え……?何?お前もしかして、マジヤバい奴?」
「普通です、普通。お坊ちゃんの勉強の為にいろいろ教えてあげようとしただけですよ」
「スラム出身とか言ってたもんな。えげつない人生送ってそう」
「大丈夫です。旦那様がゴミだめから救って下さいましたから。でも、スラムのボスのような悪も必要は必要なんですよ。旦那様が出来ないような非人道な事をあいつらはやれる」
サウロはニッコリと笑いルオークを見る。
「スラムの奴ら、俺らが乱暴しないと分かってて舐めてたでしよう?それが、ボスの人材もそこに加わるようになったら、すっかり大人しくなって。恐怖や力による支配も場合によっては必要なんですよ」
「な、なるほど」
「出席状況の悪かったスラムの学び舎も、ボスの管理で子供達が集まるようになりました」
「なんか上手くいくようになって、いい事づくめだな」
「そうなるよう、旦那様とお嬢様のお力がありましたから。要するに金です、金。あいつらも、スラム縮小の未来に、金づると労働力奪われて対応してかなきゃいけなかったんで、お互いにいい提案だったと思いますよ」
スラムのボスには、正式な管理組織を立ち上げてもらい、そこに公爵家として依頼し金銭を払うようになった。
これで半ば日陰の身だった彼らは、公爵家という後ろ盾を手にし、表立って活動出来る組織も立ち上げられた。
向こうにいい条件のようだが、これで彼らは反乱を起こす事も公爵家に逆らう事もなくなった。際どい事も出来る彼らを手中に置き、鎖をつけたのだ。
公爵家にも表立ってはいない、暗部の仕事をする者達がいるのは知ってた。これからはそういった仕事もその組織でやっていくのだろう。
父上は僕を除いて、組織の立ち上げやボスと個別に話しをしていた。これだけ広大な領地だ。綺麗事だけじゃやっていけないのだ。
「いろいろあったんだな」
「そうですよ〜。お坊ちゃんは自分でやりたくはないけど、お嬢様のやってる事参考にはしたいって仰ってたそうじゃないですか。もっと詳しく話しましょうか?」
「いや、長くなるからさわりでいいよ」
「実際の苦労に比べたら全然ですよ〜。あとお嬢様のした事といえば、この春から孤児院の15歳の子を二名支援して春からセントリア学園に入れました」
「手広くやってんな〜」
ルオークは感嘆の表情でシルビアを見る。
ちなみにそのうちの一人はマボナだ。試験にも合格し、春からは学園に入学した。卒業後は、僕の為に働いてもらう予定だ。
「どうかな、ルオーク?参考になったかい?」
「感心したいけど、その髪見ると何でもやっていいんじゃないという参考になるな」
「またそれ?もう髪はいいからさ〜。シルビア唯一の失敗としておくよもう」
「唯一じゃねーだろ」
ホント初対面の時からずっと口が減らないな。
いまはもうあの時のようには泣かなくなったけど。
その時、部屋の扉が開き、係の者が出てきた。
「選手の方は控え室で待機してくださーい!」
通路にいた面々へとそう言った。
「じゃあ、行くか。サウロも健闘を祈る」
シルビアはルオークの手を掴むと、引っ張って歩き出した。
いよいよだ。ちょっとドキドキするな。
「くれぐれも喧嘩売らないでくださいよ!お坊ちゃん、後頼みます!お願いしますね〜!二人共もご健闘を!」
サウロの言葉に、シルビアは頷き、ルオークは任しとけというように拳を突き上げた。
そうして、結果は結構余裕で優勝だった。
ルオークは三位だ。
普段、サウロを相手にしているので、10歳以下は何というか……こんなもんなのか、という感じだった。
サウロ相手の時は気づけなかったが、自分の体が他の者に比べて、軽く速く動けていたと思う。
元の世界の剣道の試合の時とも違った。
この体はよく動く、才能ある体だ。元の僕より強いだろう。
これが、これまでの経緯だ。
「シルビー君、強かった!圧勝だったね!」
司会の男がニコニコと笑って近づいてきた。
そして、透明な石のついた短い杖を口元に差し出された。
これが、マイクみたいなものなんだろう。
「実力を出し切れて良かったです」
ニッコリと笑うと、また女の子達からの声援がとぶ。
悪くない気分だ。昔は試合に勝ったって女の子達に笑ってあげるなんてしたことがなかったのに。
雰囲気も全然違うし、この世界に馴染んで開放的になったのかも。
「平民っていう事だけど、どこで訓練したのかな?将来は騎士希望?ならいっぱい誘いがきちゃうよ」
「えっと………知り合いの騎士に教えてもらってました。将来は同じとこの騎士団に入ります」
「おっと、もう予約済みだ!才能見抜かれてたか!」
テンション高いな〜。さすがに同じノリでは返せない。
そんな司会の者がハッとした。
「ここで、王太子からの表彰があります!こんな間近で見られるなんてもう一生ないかもしれないぞ、シルビー君!」
えっ!表彰あるの!?
昨年はスラムの炊き出しで疲れてたので、見に来てないから知らなかった。
視界の向こうから、エディスが花束とお盆みたいなのを持った女性二人、あと近衛隊の騎士二人を引き連れてこちらに歩いてきていた。
ギャー、こんな大勢のとこでバレたら大変だ!!
慌てる間もなく、すぐにエディスは目の前にまで来た。
バレないよう必死でうつむいてみたが、実はエディスより背が高いので効果なしだろう。
「試合見ていたよ。僕と歳も近いのに凄いね。いっぱい鍛錬したんだね。おめでとう」
落ち着いたエディスの声。だけれどこっちは心臓バクバクだ。
返事の代わりに何度もコクコクと頷いた。
エディスはお盆の上からメダルを取ると、首にかけようとさらに近づいてきた。
逃げる訳にもいかないので、取り敢えず90度のお辞儀で顔を伏せた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
そっと首にメダルがかけられた。
これ顔上げて挨拶でもしなきゃいけない流れか?
あの近衛隊の二人も見た事あるし、騒がれたらまずいぞ。
〝うわっ!シルビア!?そのかっこは何!?〟
幻聴まで聞こえてくるようだ。
どうにかやり過ごす方法はないか………。誰か不審者でも乱入してくれればいいのに。
「大丈夫………?」
深くお辞儀をしたまま、微動だにしないので心配そうにエディスが聞いてきた。
もうこうなったら最後にエディスを信じてみるか。
こんな事で取り乱さない、王太子としての資質を信じる!
腹はくくった!行くぞ!
「王太子殿下、けして驚いた顔をしないで下さい。そのまま、平常心で」
ボソリと小さな声で言った。
そしてゆっくりと顔を上げていく。
真っ直ぐにエディスの顔を見た。目と目がぶつかる。
「ありがとうございます、王太子殿下。光栄です」
シルビアはじっと見てくるエディスへとニッコリと笑った。
次の瞬間、エディスの目が大きく開かれ、体がビクッとした。
気づいたな、エディス。
それでも声をあげなかったのは立派だ。
「さあ、殿下による表彰でした!皆様、盛大な拍手を!!」
司会の大きな声で、観客達から歓声と大きな拍手が巻き起こった。
エディスは動揺した顔で見てきたが、何も言わなかった。
きっと聞きたい事がいっぱいだろうな。
シルビアはふっと笑い、メダルを高く掲げて見せた。
観客席の後方の貴族席の所で、立ち上がって両手で手を振るカルロスの姿が見えた。
あんなに喜んじゃって。隣のダミーそっちのけじゃん。
歓声が収まると、エディスは無言で花束を渡してきて、その後はお供を引き連れて去っていった。
チラチラと僕を見て、何か言いたそうな顔してたな。
この姿のまま会う訳にはいかないから、事の顛末はルオークに聞いてくれ。
きっとマリアンが邸宅で待ち構えてるだろうから、ダミーシルビアと服を交換して、観戦だけしてきましたよと、悔しそうな顔して帰らないと。
娘を欠場までさせたんだから、それで母上の怒りも収まるかな。
でも、今更顔がにやけてしまう。
僕は強い。そうは思っていたけれど、改めて確信した。
これからも鍛錬をかかさなければ、もっと強くなっていくだろう。
やり甲斐があるし、楽しい。
今の僕は気合いとやる気マックスだ。
明日からも頑張りまくるぞ!




