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これって、夢だよね?

最後に見たのは迫り来る車のライト。


横断歩道の信号が青になったのは確認したはずだった。


でも本を読んでいて、周りを見ていなかった。


真っ暗で何も見えない。何も聞こえない。


僕は死んだんだろうか……………




――


眩しい。

開いた瞳に差し込む光に、再び目を閉じた。


次の瞬間、カッと目を開く。


生きてる‼︎


身を起こそうとするが、体のあちこちが痛くて一旦落ち着く事にした。


生きてた…。生きてたんだ。良かった…。


ここは病院だろうか?目が覚めたんだから誰か呼ばないと。


だが、周囲を見渡して違和感に気づいた。

病院という雰囲気ではない。ホテル……?いや、別荘?


金の刺繍が惜しげもなく施された厚みのあるカーテンや、重厚感のあるチェストや、ソファやら、テーブルやら、壁紙やら、敷き詰められた赤い柄の絨毯もどれも素人目で見ても高そうだ。


何畳あるんだろうか分からないくらい広い室内。

今自分が寝てるベットも、キングサイズはある。


「どこだ、ここ……?」


ん…?え?今、変な声しなかった?


「あー。あー………。え――っ!!?」


僕の声か?何、この声?甲高いんだけど。まるで子供みたいな………。


その時、カチャッとドアが開く音がした。


顔を覗かせたのは若い女性だ。

メイドさんみたいな格好をしている。


「今日はいい天気ですよ〜。って、お嬢様起きてる⁉︎」

「あ…はじめまして」

「いや、はじめましてって………」


メイド女性はじっと見つめてきた。


「あの、ここってどこですかね…?事故の後の事、何も思い出せないので説明していただけると助かります」

「これは……相当強く頭を打ったようですね」

「そうなんですか?もしかして何年も寝てたとかあります?」

「いえいえ、お嬢様は三日前階段から転げ落ちられて意識を失い、今目覚められたんですよ」

「あの、お嬢様じゃないですよ。それに階段?交通事故ですよね……?」

「大丈夫ですか、お嬢様?今、従医を呼んできますので待っていてくださいね。」


女性は慌てた様子で部屋を出て行く。


「あっ………!」


もっと話しを聞きたかったのに。呼び止める間もなく行ってしまった。


ふと視界に映ったものに、ビクッとした。


呼び止める為に咄嗟に伸ばした手。

何だ、この小ささは……?まるで……


おかしい。何かがおかしい。


部屋の壁に大きな鏡がかけてあった。


あちこち体は痛んだが、動けない程じゃない。


ベットから降り、ゆっくりと鏡に向かって歩いた。


小さい足。でも、動かしているのは自分だ。


鏡の前に立った。


そこに映っていたのは、幼い少女の姿だった。


「やっぱりこれは僕なのか………」


腰までの長い黒髪に、赤い唇、少しつりあがった青の瞳。


「ちょっとキツそうだけど、綺麗な顔はしてるな。でも……どうゆう事なんだ?」


何が自分の身に起きているんだろう?

そして君は一体誰なんだ?


そっと鏡に触れる。


その瞬間、激しく頭が痛んだ。

立っていられずに、鏡に手をつき膝をつく。


「うっ……うぅあ………!」


痛い!頭が割れるように痛い!!


脳裏に次々と映像がうかんだ。

子供の産声。覗き込む両親の顔。遊んだオモチャ。手を引かれ歩いた庭園。大好きなケーキ。可愛いドレス。豪勢な誕生日。お母様の優しい笑顔。嫌いなお勉強。


記憶の渦が怒涛のように押し寄せてくる。

次から次に襲いくる鮮明な記憶。


「……僕は………私…は……シルビア・アルビシス」


そう、私はシルビア。アルビシス公爵の一人娘。7歳。

大切に大切に育てられ、贅沢の限りをつくし、我が儘放題の甘やかされて育った可愛い可愛いシルビア。


「って、こんな現実あるかーい!!?」


怒鳴ったら、クラクラっときて僕はその場に倒れた。

脳がもうオーバーヒートだ。

知恵熱でも出てるのかというくらい熱くなっていた。


バターンと大きな音を立ててドアが開く。


「連れてきま……ってお嬢様!?キャー!大変ー!!」


この一際声の大きなメイドはサラ。

我が儘で意地悪なシルビアに何人ものメイドが耐えられず辞めてしまったが、天性の明るさと鈍感力でものともせず支えてくれている強者だ。と、先程思い出した。


「どりゃー!!」


サラはシルビアを抱き抱え上げ、ベットまで運んでいく。


「お嬢様は目が覚めたばかりなんですから、しっかりと寝てなきゃ駄目ですよ!」

「あ…はい。ごめんなさい」

「ええ!?お嬢様が謝るなんて…熱でもあるんじゃないですか?」


サラの手が額に触れる。


「熱っ!!高熱ですよ、お嬢様!!」


驚いた顔のサラを見て、思わずクスリと笑ってしまった。

クルクルと表情の変わる女性だ。可愛い。


シルビアは、うるさいし無遠慮に距離を詰めてくるサラが嫌いだった。嫌味を言っても、意地悪をしてもあっけらかんとしてるサラにいつも腹を立てていた。

でも、代わりのメイドがいないから仕方なくサラを置いていた。


ボーッとする。熱のせいか頭が働かない。


慌てるサラの姿と、覗きこんでくる男の姿。


思い出した。

三日前、癇癪を起こし暴れていたところ、長階段から足を滑らし下まで転がり落ちたのだ。


その癇癪の原因が、その日にあった王宮での庭園パーティーにある。

6歳の王太子殿下主催で、歳の近い子供を集めた交流会のようなものだった。

そこでシルビアはキラッキラの王太子に一目惚れし、お嫁さんにしてだの、お話ししようと近づく女の子にお茶をぶっかけたり、独り占めしようと牽制したり、とにかくキーキーと騒ぎたて、恥という恥を惜しげもなく披露して帰ってきたのだ。

流石に、事の顛末を聞いた父親に叱られ、それでもめげずに婚約者にしてくれと駄々をこねていたところ、階段落下事件だ。


それはいいとして、その王太子の名が、エディス・イル・ロイエン。

そして、シルビア・アルビシス。

僕はこの二人の名前を知っていた。


死ぬ二日前…いや、死んでないかもしれないが、この名前を妹から教わった。妹のやっていた乙女ゲームの登場人物として。


僕は死んで、シルビア・アルビシスとして生まれ変わり、そして今前世の記憶を取り戻した。それが現在の状況ではないかと考えてみたが…………。


まさか、ないだろう。ゲームの世界に転生だなんて、ある訳ない。


一番考えられる案としては、現実の僕は交通事故により昏睡状態であり、これはきっと目覚めない僕が見ている夢なのだ。きっとそうだ。

ただ、17歳の男子高校生が見る夢としてはちょっと恥ずかしすぎる。

よっぽど記憶に残ったんだろうか?

それにしたって、幼女はないだろう。

変態趣味はないんだけど、自分も知らない願望とかあったら嫌だな。


「お嬢様?お嬢様!?」


サラの心配そうな顔。


焦点があわず、意識が朦朧とした。


あ、やばい。落ちる。


世界がグラリと回った気がした。

それきり、僕の意識も途切れた。




―――


それから、僕が目を覚ましたのは翌日の事だった。


起きた僕を心配そうに見守っていたこの世界の両親。


シルビアの記憶があるだけに、全くの他人とは思わなかったが、どうしても元の親と比べてしまう。


それもそうだ。思えばこれは夢なのだ。

シルビアということになってるが、本来の僕は高倉 綾人。17歳の男子高校生なのだ。




ここで、妹から聞いた話しを整理しておこう。

僕が部活から帰ってきた時、妹がリビングでゲームをしていたのだ。

面白いか聞くと、いかに良いか魅力を語ってくれたが正直どうでも良かったんで覚えていない。


主人公は、確かカトリーヌ・ココットという女の子で、15歳になり、春から何とか学園みたいな、王族貴族も行くような有名校に入園するところから始まるとか。

そこで、いろんなイケメンに出会って攻略していくそうだ。現実だったらとんでもない遊び人で噂のまとである。


妹がしていたのは、王子ルートで一押しと言っていた。

その王子の名がエディス・イル・ロイエンで、学園にはその婚約者のシルビア・アルビシスという公爵令嬢がいた。


シルビアは我が儘で傲慢で、王太子と何かと関わってしまう庶民のカトリーヌが気にくわなく、様々な嫌がらせをする悪役令嬢だそうだ。


王太子は元々シルビアとの婚約に乗り気でなく、段々と心優しいカトリーヌに惹かれていき、最後には皆んなの前で婚約破棄を言い渡し、シルビアは国外追放になるそうだ。

そういえば、カトリーヌは実は聖女だかの子孫だった、とか言ってたが何の事やら。


ゲームの薄い冊子の絵柄には、華やかな、いかにも女子が好みそうな金髪に緑の瞳のキラキラ王子と、天パなのかクリンクリンの薄ピンクの髪と、目のパッチリした可愛い系のカトリーヌが描かれていた。シルビアは女にしては長身ですらっとして、ちょっとキツめの顔に目元がいかにも意地悪そうで可愛い系ではなかった。


以上が僕の知りうる知識の全てだ。


これだけしかない知識で、よくこの世界を補足し、作り上げている僕の脳スペックにはもはや感嘆しかない。


正直、そんな未来の行く末なんてどうだっていい。

僕には全く関係ない事だから。

目覚めの日がくるその日まで、ただ普通に過ごしていくだけだ。関わる気もないし、揉め事に関わりたくもない。

恋愛なんて、勝手に好き同士がくっつけばいいのだ。



だが、関わる気もなかった王太子と出会う事になるのは、僕がこの世界で目覚めてから15日目の事だった。

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