新しいトビラ。
私が主人。
綿嶋さんがペット。
……?
――そんな奇妙な関係が決定してしまったところで、その流れに逆らうことは出来ないイエスマンの私。
後日になっても考えは変わっていなかった綿嶋さんは授業合間の休憩時間に、もうすっかり慣れた手付きで私を教室から連れ出した。
「あ、あうあうあうあうう」
そうしてドナドナ連れ去られていく私を可哀想な目で見届けるのはクラスメイトたち。
ここで手を振り切ろうと暴れでもしたら、見過ごしている人たちもさすがに動いてくれるだろうか。
……かと言って、そんなことをする勇気もない。
結局、私は綿嶋さんの言うことを逆らえない。これでは、どちらが本当の主人でペットなのか分からない。
「ねえ、また……」
「大丈夫なのかな?」
「でも、この前嬉しそうにお手してたよ?」
「……大丈夫そうだね」
もっとも、その会話をしたこともないクラスメイトたちは私たちの関係を完全に綿嶋さん(主人)、詩島と誤解しているようだった。
初めは、私もそのつもりだった。
どうしてこうなった。
―――
「まず、私は何をしたらいいんだ?」
「そ、そんなの私にも分からないですよお」
「……あんな漫画を描いてたのにか?」
「創作は情熱と勢いが大事って教わりました!」
「じゃあ、ひとまずは詩島の漫画を参考にするか……」
「え、ええっ!? そんなの拷問ですよ!!」
「自分で描いたものだろ?」
「で、ですがあんなもの……読んで実践に移すなんて、綿嶋さんだって嫌でしょう……?」
自分で描いた妄想を見られる私が拷問なのは勿論、同時に自分が妄想のモデルになってる本の内容を実践に移す綿嶋はんも相当キツいものがあるはずだ。
と、ここまで話してあの漫画の続きを綿嶋さんが求めたから見せたはいいものの、詳しい内容の感想を貰っていなかったことを思い出す。
とは言っても、どう言われても仕方のない代物だ。別に感想を貰いたいわけではない。むしろ、土下座した方が……?
「面白かったぞ」
「はい?」
すると綿嶋さんは私の顔をジッと見て、そんな言葉を投げ掛けてきた。
だけど、何のことを言っているのか一瞬理解できなかった。
「面白かった、って言ってるんだ」
「何が面白いんですか?」
「話の流れで分かれよ! 詩島が描いた本だよ」
「…………ああ、なるほど。よくあんな気持ち悪い妄想話を描き並べられるな、という意味で面白かったということですか?」
あまりに回りくどい言い方が過ぎて理解に時間が掛かったけれど、つまりはこういうことだろう。
綿嶋さん、気を遣って言ってくれてるのかな。ううん、私は創作物への誹謗中傷に関しては耐性のある人間。
内容が内容だけに、ある程度の言われは覚悟して――。
「違うっ! そんな回りくどい言い方するわけないだろ! 普通に作品として面白かったって言ってるんだ!」
「ひぅっ!?」
地面をダンッと叩いて大きな声を出す綿嶋さんに対して思わず情けない声を出す私という、いつもの構図。
「ごめんなさい……」
謝りながら恐る恐る綿嶋さんの様子を窺う。その中で、いつもと違う部分があった。
「こんなことは、何回も言わせるなよ……」
そう、口元に手を当てて頬を赤く熱らせた綿嶋さんがボソッと呟いたのだった。
………………かわいい。
カワイイ。
可愛い。
え、なんでそんなに可愛いの?
思わずそんな可愛いが脳内に浮かび上がって、私の脳内を侵食した。
綿嶋さんは、私の漫画を面白いと言ってくれた。
人に見せたことなど初めてだったけれど、そんなことを言ってもらえるだなんて想像もしていなかった。
だからそれは当然嬉しくて。だけど、それ以上にまた別の衝撃もあった。
今のような反応を見せる綿嶋さん。これはきっと中々見れるものじゃないと思ったからだ。
おそらく、他の人も見たことがないはすだ。それを私が独り占めしていいのかな……。
「どうしたんだよ。急に黙って」
なんて。
そんな風に考えを巡らせていたら、綿嶋さんが不安げな表情で私の顔色を伺うように覗き込んで聞いてくる。
そんな発言や行動がいじらしい。
だから、私に魔が刺してしまったのだ。
「なんで何回も言いたくないんですか?」
「ん?」
「言いたくないなと思った理由を教えてください」
「いや、それは……分かるだろ?」
「分かるだろ、で相手に察してもらおうとするのは傲慢だと聞いたことがあります」
「なんだそれ、誰の発言だよ! 詩島ってたまに……と言うか、いつも変なことを言い出すよな」
「はいっ! そこ! 誤魔化さないでください! 別に悪いことを思ってるわけじゃないのなら言えますよね!?」
今度は私がバンッと地面を叩いた。
私なんかが綿嶋さんの真似をしたところで大した威圧にはならないだろうけれど、それでも普段の私と違うと感じたらしい綿嶋さんは一瞬ビックリした表情で身を震わせる。
「き、急にどうしたんだよ?」
「気になったからです」
だけど、私は一歩も引かない。
そんな私の顔を見て、綿嶋さんは「うぐ……」と呻き声を上げる。
私の勢いに押されているように見える。だとすれば、私の威圧にも多少なりとも効果はあるらしい。
「そ、そんなの……恥ずかしい、からだよ……」
やがて抵抗するのを諦めた綿嶋さんは素直に白状する。
いつも辱めに合うとしたら私の方だから、なんだか珍しい光景を見ている気がする。
「何で恥ずかしいんですか?」
「それは……」
「そんなの分かるだろ、は駄目ですからね」
「……内容だよ」
「内容が面白いのに恥ずかしいんですか?」
「だ、だってさっ。そりゃそうだろ!? あの漫画では、私が綿嶋に……! ……その……」
「なんで言い淀むんですか。言い切ってくださいよ」
「犬とか猫とか、ペットみたいに扱ってて。それを見て、ドキドキして……それを見て面白いって思った自分が信じられなくて……」
きん、こん、かーんこーん。
会話の途中で気の抜けるようなチャイムが鳴った。
「あっ! チャイム鳴ったぞ! 早く教室に戻らないと駄目だな。な?」
いつもはチャイムが鳴ったところで教室に戻らないはずなのに、今日に限っては助かった! とでも言いたげな表情で私に対して必死に促してくる。
「はい。そうですね」
それを指摘してみるのも面白かったけれど、敢えて私は素直に頷いた。
いきなり突っ走っても駄目だよね。
私も、綿嶋さんも。
うん。
……少し、考え方が変わった。
私の中で何か新しい扉が開いた気がした瞬間だった。