模索するペット。
ペットとは、愛玩を目的として飼育される動物である。
そして愛玩動物とは、側に置いて可愛がったり、姿や仕草、声などを楽しんだりすることを目的に飼育される動物。
主に犬、猫――果ては小鳥、金魚など様々な種類の動物が対象となる。
「……ペット……愛玩動物……つまり、それを人間に置き換えると……?」
深夜一時。
只今私は、小学生の頃から使用している机と向き合ってパソコンをカチカチとネットサーフィンに興じていた。
と言っても、何も遊んでいるわけではない。
ある作業の合間の息抜きに、簡単に調べ物をしたくなったというだけの良くある話だ。
……そして、それが興じて本来の目的の作業がままならなくなってしまった現状も良くある話だ。
「駄目だぁ! 分かんない、分かんないよっ!」
ぱんっ、と控えめに机を叩く。
つまり、台パンだ。
何かに苛々した時、煮詰まった時、人はやり切れない感情を台パンで表現することがある。
……って、そんなことはどうでもいいんだ。
私は今、ペットについて調べていた。
なんでそんなことをしているかって?
その問いには考えるまでもなく、答えは簡単に一言で片付けられる。
もしかして、ただの夢だったのでは? 今からでも、そんな風に思いたい気持ちが沸々と湧き上がる。
しかし、あの後に何度も自分の頬を抓ってみても決して目は覚めなかった。
私の頬はどんどん赤くなり、綿嶋さんから益々変な目で見られる以外に何の成果もなかった。
そして、私たちは幾つかの会話をしてすぐに解散した。
本当、嵐のような数分間だった。
その会話の別れ際に、綿嶋さんから言われた言葉を思い出す。
「とにかく、明日から詩島が私のご主人様? ってやつだからな。そのつもりで考えておけよ」
……思い出しただけで眩暈がしそうになる。
あの綿嶋さんを、私がペット扱い?
そんなの無理に決まっている。
だって私は誰の目にも留まらないような陰キャで。
綿嶋さんは美人で頭も良くて。
だけど、ちょっと素行の悪い所謂不良少女だ。
誰がどう見たって、私が綿嶋さんのご主人様って柄じゃないのだから。
そもそもの話、ペットって一体何をするものなんだろう。
確かに私は綿嶋さんのペットになる妄想をしていたし、そのことを漫画にするなどという暴挙にも出ていた。
だけどその漫画の内容は……どちらかと言えばいやらしい部類の内容だ。
今の私と綿嶋さんの微妙な関係で、そんなことが出来るはずがない。
だから私は健全なペットの関係? というものを今、必死になって考えているのだった。
早くしないと、明日がやってくる。
と言うか、もう時刻は日を回っているので正確には既にやってきている。
そんな焦りはあるけど、どうにもさっきから瞼が重い。
寝てる場合じゃない。何とか健全なラインの落としどころを見つけなくちゃ……。
だけど、眠気は空気を読まずにどんどん私を眠りに誘ってきて…………。
「綿嶋さんが……私、の……ペット…………」
そして私の意識は深い眠りの底に落ちていった。
―――
翌日。上の空で何にも頭に内容が入らないまま授業が終わった放課後。
私は綿嶋さんにいつもの中庭で詰められていた。
「それで、さっきなんて言った?」
「……ですから、私に綿嶋さんをペット扱いするなんてことは、やっぱり無理です!」
私は結局、昨日と同じような台詞を涙目で叫んでいた。
授業中もずっとそのことを考えていた。だけどやっぱり、しっくりこない。
そんな私の言葉を聞いて、綿嶋さんはなぜか少し寂しそうに視線を伏せた。
「……そっか。なんか悪かったな、勝手なこと言って。そりゃ、私みたいな奴とずっとつるんでられないよな」
「ち、違うんですっ! 別に綿嶋さんが怖いからとか、不良だからとか、そうなるように仕向けた上で難癖付けて私を詰めようとか思ってるんじゃないか――とか、そう言う風に考えた結果の考えとかではないんです!」
「……そうなのか? ってか、余計な一言が多くないか?」
綿嶋さんは不思議そうに――私の発言に引っ掛かるものがあったのか眉をピクリと動かしつつも、話が逸れるのを避けて私の言葉の続きを待つ。
そんな綿嶋さんに、私は今日一日中考えていたことを話し出した。
「ペットと主人の関係って、ペット側に服従する気持ちがあって初めて成り立つものだと思ったんです!」
「えっと……つまり、どういうことだ?」
「綿嶋さんは私に身も心も捧げる覚悟があるのかって言う話ですっ!」
「…………っ!」
私は指先をビシッと突きつける。
綿嶋さんはそんな私の指摘に切れ長な目を見開いていた。
授業中、自分なりのペットという関係を考えてみた。
私は綿嶋さんのペットになる妄想をしていた。
でも、それはご主人様役が誰でも良かった訳じゃなくて、綿嶋さんだからこそ、ペットになりたかったのだと気付いた。
だけど、綿嶋さんは私が綿嶋さんみたいになりたいというのに協力してくれてるだけ。
別に私のペットになりたくて言っているんじゃない。
その気じゃない人をペットみたいに扱うのって、なんかそれは私のペット哲学に反する気がしたんだ。
――と言うことで、綿嶋さんの優しさを無碍にするみたいでちょっと心苦しいけど……昨日の提案は、ちゃんと断ることにしたのだ。
綿嶋さんは何かを考えるように口元に手を当てている。
そんな姿も様になっていてカッコいい。
なんてことを考えていると、綿嶋さんはおもむろに話し始めた。
「確かに……私の覚悟が足りてなかったのかもな」
「そうでしょう? だからやっぱりこの話はなかったと言うことで――」
「私も詩島のこと、ちゃんと主人だって思えるように努力してみる。だから仮ペット……ってことでひとまずは頼む」
「…………え?」
仮ペット? なにそれ?
新たな謎ワードが綿嶋さんの口から飛び出して、私の寝不足の頭はパンクしそうになる。
「これからは私もペットとして振舞えるように頑張るよ」
「な、何言ってるんですか!? やっぱり綿嶋さん、そういう特殊な性癖があるんですか!?」
「ちげぇよ! 私は自分で言ったことを自分の都合で辞めるのが気に食わないってだけだ! ……あと、詩島にだけは性癖がどうとか言われたくないからな!」
綿嶋さん……不良少女のはずなのに真面目すぎるよ。
私の考えていることが綿嶋さんに伝わってしまったのか、綿嶋さんは頬を少し赤く染めていた。
「と、とにかく私も頑張るんだから、詩島もちょっとはその卑屈な性格直せるように頑張れよな」
もう何が何だか良く分からなくなってきた。
多分、それは綿嶋さんも同じなんだと思う。
だけどやっぱり、私は綿嶋さんをペットにしなくちゃダメみたいで――。
私たちはそんな、手探りな主従関係になったようだった。