08 リンゴ泥棒はいま
08 リンゴ泥棒はいま
『ハイランド・タワー』の最上階、天の頂きともいえる場所では、ソレイユの生徒会長就任パーティが開かれていた。
生徒会長というのは、この塔においては次期国王となるための前段階のようなもの。
そのため、パーティには権力者たちが一堂に会し、ずっと歳下のソレイユにゴマをすっていた。
ソレイユにとっては最高の一日となるはずだったのに、彼の表情はすぐれない。
「……スズメはまだか! 我が軍の兵士たちは、もうスカイを亡き者としているはずであろう!」
そこに、兵士のひとりが血相を変えてやって来た。
「も、申し上げます、ソレイユ様! スカイに逃げられてしまいました!」
手にしていたワイングラスを、パリンと握り潰すソレイユ。
「なぜだ!? 500もの軍勢を遣わせたはずだぞ!?
それに、スカイは塔のすぐ外にいた! 逃げられるはずがないだろう!?」
「そ、それが……! 塔の門が塞がっておりまして……!
別の門に回り込んでいるうちに、いなくなってしまったのです!」
「惨ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
感情の赴くままに兵士を殴り飛ばすソレイユ。
ぜいぜいと肩で息をする彼を、傍らにいたユニバーがたしなめた。
「これ、ソレイユ。お前は生徒会長になったのだぞ。
いまは魔法学園のみじゃが、ゆくゆくはこの塔を統べる者となるのじゃ。
むやみに吠えるは負け犬のすることぞ」
「わ……わかっております、ユニバー様!」
ソレイユはイライラを追い払うかのように腕を振り回し、傍らに控えていた使用人に命じる。
「参っ! デザートを用意せよ!
今日は特別な日であるから、『ソレイユ・アップル』を手配してあるのであろう!?」
周囲の権力者たちから「おおっ!?」と喜びの声が漏れる。
「『ソレイユ・アップル』がいただけるのですか!?」
「ソレイユ様の名を冠した、幻のリンゴだと伺っております!」
「いやあ、これは楽しみですなぁ!」
しかし使用人の隣にいた、タキシード姿に麦わら帽という、アンバランスな中年男が、言いにくそうに言った。
「あ、あの、ソレイユ様……」
「参っ! 誰かと思えば、豪農ルアップではないか! そなたのリンゴ農場から、もぎたての『ソレイユ・アップル』を持ってきたのだな!」
「は、はぁ、そのつもりだったのですが……。ぜんぶ、盗まれてしまいまして……。
ワシの息子のクアップが収穫にあたっていたのですが、ひとつ残らず……」
「さんっ!? 『ソレイユ・アップル』を盗むだと!?
我の名を冠するものを盗むような命知らずが、この塔にいるわけがないだろう!」
「そ、それが、その盗人は、とんでもない野郎だったようで……。
クアップの話によると、ソレイユ様に『お前のものをふたつも奪ってわるかったな』と言って去っていったそうで……」
それだけでもう、ソレイユには犯人が誰だかわかった。
「さっ……惨ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
こみあげてくる激情を抑えきれない。
そばにあったテーブルを、腹立ちまぎれにひっくり返す。
……どがっしゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーんっ!!
テーブルには『ハイランド・タワー』を模した巨大なケーキが載っていたのだが、床に叩きつけられてメチャクチャに崩れ去っていた。
「これ、ソレイユ。何度言ったらわかるのじゃ、落ち着け。
狼藉者が現れた場合、どうすればよいのかわかっておるじゃろう?」
「は、はい、ユニバー様……! 魔導監視装置で、狼藉者の居場所を見つけるのですよね……!」
「そのとおりじゃ。監視室はゴミの行方をすでに掴んでいるはずじゃ。
どれ、ゴミが今なにをしているのか、見てみるとしようではないか」
すぐに側近が反応し、「ははっ!」と頭を下げる。
パーティ会場には大きな水晶板があり、そこでは今日の『魔法大会』でのソレイユの活躍が繰り返し映し出されていた。
その上に、『映像切替中』の文字が浮かび上がる。
切り替えの待ち時間の間、ユニバーはソレイユに寄り添い、ささやきかけていた。
「まったく……ソレイユよ、お前は気高き精神を持っているが、冷静さが足りん。
相手は『浮遊魔法』しか使えない、取るに足らんゴミなんじゃぞ?
しかもその『浮遊魔法』を、リンゴ泥棒などに使う、落ちぶれたゴミじゃ。
ソレイユ、お前はわらわの跡継ぎとなる男なのじゃぞ?
身も心も汚れきったゴミのすることに、いちいち心を乱されるでない」
ユニバーはいつになく厳しい顔で説教する。
ソレイユは屈辱を噛みしめるような表情で聞いていた。
しばらくして「映像、出ます!」と側近の声がかかると、ふたりして同時に水晶板を見上げる。
そして、ふたりの目玉は飛び出た。
いや、パーティ会場にいる者たち全員の目玉も、きっと飛び出していたであろう。
水晶板に映っていたのは、なんと……!
空に浮かぶ小島に立つ、スカイとスズメの姿であった……!
「えっ……ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
会場はパニックに陥る。
「なっ、なんだ!? なんなんだアレは!?」
「ウソだろっ!? 地面が島みたいに浮くだなんて! あんな魔法があるのか!?」
「いや、そんな魔法があるわけないだろう! 私たちはきっと、夢でも見ているのだ!」
もはや言葉もなく、ワナワナと震えるばかりのソレイユ。
そして彼は、ついに見てしまった。
傍らにいるユニバーの表情が、かつてないほどの驚愕と賞賛に満ちていることに。
「お、おおっ……! 素晴らしい……!
あの力があれば、塔などなくとも『天人』に手が届く……!
いや、天人たちを見下ろすことも夢ではないぞっ……!」
ソレイユは、祈るような気持ちで叫んだ。
「生徒会長の名において命じる! いますぐに兵を組織せよ!
500……いや1000だっ! 弓矢を持たせ、あのまやかしの島を撃ち落とせ!
火矢を用いて、ゴミを焼き尽くすのだっ!」
しかし、それはすぐに打ち消される。
「……ならんっ! スカイを傷付けることは、このわらわが許さんぞっ!
わらわの妙案が閃くまでは、スカイに手出しは無用じゃっ!」
「そっ、そんな!? ユニバー様っ……!?」
「ソレイユよ、そなたにはやはり、生徒会長は荷が重すぎたかもしれん。
わらわの権限において、ひとまず『生徒会長代理』となるがいい」
「さっ……惨ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」