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02 空気の読めない大覚醒

02 空気の読めない大覚醒


 バナナの皮を踏んづけて転び、頭を打ったソレイユは白目を剥いて気絶していた。

 そう。俺は捨てたバナナの皮を『浮遊魔法』で、こっそりヤツの背後に移動させていたんだ。


 この魔法大会においては、大将を戦闘不能にした側が勝利となる。

 たとえ手下の軍勢がどれだけ残っていようが関係ない。


 俺は唖然とする観客たちに囲まれ、ガラにもなくガッツポーズをしていた。


「よっしゃあ! 俺の勝ちだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 しかし次の瞬間、怒濤のヤジに晒される。


「ふざけんな、この野郎っ!」


「この試合は、ソレイユくんが勝つことに決まってたのよ!」


「お前はみっもなく、無様に負けりゃよかったんだよ!」


「なのにゴミが出しゃばりやがって! 台無しじゃねぇかっ!」


 みんな怒っていた。

 観客も、クラスメイトも、王族や貴族たちも、そしてユニバーも。


 ソレイユはすぐに手厚い看護がなされ、俺は勝利を称えられるどころか取り押さえられてしまう。

 魔法大会の進行は一時中断され、コロシアムは俺の弾劾裁判の場となった。


 裁判長であるユニバーは、俺に向かって告げる。


「……スカイよ、お前はとんでもないことをしてくれたな。

 この魔法大会は、ソレイユの偉大さを民衆に知らしめるためのものであったというのに……」


「なに? ってことは、最初から出来レースだったのかよ!?」


「出来レースなどではない! 我がハイランダー家の、神聖なる王位継承の儀式のひとつだったのだ!

 お前はそれを、台無しにしてしまったのだ!

 しかも、浮遊魔法などというゴミのような魔法で、バナナの皮などという、ゴミを使って……!」


「そんな……!? 俺はユニバーのために、必死でこの作戦を考えたんだ!

 少しでもアンタに認めてもらいたくて……!」


「な……なんと気持ちの悪い! ゴミのくせに、わらわに認めてもらいたいじゃと!?

 やっぱり『浮遊魔法』だとわかった時点で、さっさと始末しておくべきじゃったわ!

 ほんの情けをかけて置いてやったのが、このような仇となって返ってくるとは……!」


 そして俺に下された処分は、『地獄追放』。


 それは処刑台から、地上のゴミ溜めに向かって突き落とされるという……。

 この『ハイランド・タワー』において、もっとも重い刑罰である。


 俺は即日、地上数百メートルの高さにある、プールの飛び込み台のような場所に立たされた。

 処刑を見物に集まった、このタワーの住人たちは、俺に向かって石やゴミを投げつけてくる。


「未来の王であるソレイユ様にケガさせるだなんて、なんたる無礼な!」


「最低! やられ役が出しゃばるだなんて!」


「さっさと落ちろっ! 落ちろーっ!」


 そして始まる『落ちろ』コール。


「落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!

落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!

落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!」


 俺への恩赦など、誰も期待していない。

 昨日まで笑いあっていたクラスメイトたちも、半笑いで手拍子をしている。


 頭に包帯を巻き、車椅子に乗っているソレイユが、俺を指さした。


(さん)っ! スカイよ! 太陽を戴く我に逆らったことを、捨てられたゴミとなって後悔するがいい!

 そしてゴミ溜めに戻り、誰からも看取られずに、この世から消え去れっ!」


 ソレイユが手をかざすと、ヤリを手にした処刑人が、俺を虚空へと追い立てる。

 俺はこんな時に泣けたらどんなに楽かと思いながら、声をかぎりにユニバーにすがった。


「助けてくれっ、ユニバーっ! もう一度だけ、俺にチャンスをくれ!」


 しかし返ってきたのは、鼻息の嘲笑。


「フン。貴様はどのみち、大会で殺すつもりだったのだ。

 ソレイユに血祭りにあげさせて、民衆への見せしめとするためにな。

 さぁ、今度こそ本当に、()ね……!」


 ……ドスッ!


 脇腹にヤリが突きたてられ、俺はよろめく。

 足を踏み外し、真っ逆さまに落ちていく。


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 眼下に霞む極彩色の地平。


 白い塔の壁が、滝のような速さで流れていく。

 ベランダには多くの人たちが詰めかけていて、俺が堕ち行く様を指さして見送っていた。


 この塔での暮らしの日々が、走馬灯となって頭の中を駆け巡る。


 ユニバーから見込まれ、もてはやされていた幼少時代。

 ユニバーから見捨てられ、虐げられた少年時代。


 しかしそれでも、みなし子だった俺にとっては、ユニバーはたったひとりの親だった。

 その親から本当に、ゴミのように捨てられてしまった。


「ま……待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 不意に、遥か下方から怒声が突き上げてくる。

 ハッとなって声のほうを見やると、塔から突き出した処刑用の足場に向かって走る、ひとりの少女がいた。


 少女は長い黒髪と白い翼をなびかせ、処刑台の上に立つ。

 彼女の背後からは、多くの兵士たちが迫っていた。


 追いつめられた少女は、思いつめた様子で地上を見つめる。

 迷った様子で顔をあげ、空から降ってくる俺に気付いて、目を丸くしていた。


 俺と少女の視線が、空中でぶつかりあう。

 そして彼女はなにを思ったのか、俺に向かって手を伸ばしたんだ。


「た……助けてくださいっ!」


 処刑されてる真っ最中の人間に助けを求めることほど、バカげたことはない。

 しかし彼女はためらわず、飛び込み台を蹴って身を投ると、


 ……ガシィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 ひとつになるかのように、俺の身体にしがみついてきたんだ……!


 俺は口から心臓が飛び出しそうになった。


「おい、なにを考えてるんだ!?

 お前は有翼人種なんだろう!? なら、飛んで逃げればいいだろう!?」


「イエス! わたくしは飛べませんっ! ノンフライです!」


 少女は迷いなき表情で、キッパリと言いきった。


「ノンフライ!? 本気で死ぬ気だったのか!?」


「その答えはイエスでありノーです!

 でも、あなた様となら心中しても良いと思いましたので、こうしてすがらせていただきました!」


「どんな買いかぶり方だよっ!?」


 俺の中にあった悲壮感も絶望感も、トンデモ少女によって消し飛んでいた。

 そしてなぜだろう、つい数秒前まで「もう死んでもいいや」な気分だったのに、今は猛烈に生きたくてたまらない。


 俺は少女を抱きしめたまま、地上に視線を移す。

 せまり来るゴミの山に、ままよと叫ぶ。


「レイヴン、浮けっ!」


 俺の浮遊魔法には制限があって、自分の体重より重いものは浮かせられない。

 だから、いくらやっても無駄なんだ。


 俺があきらめかけた瞬間、少女は頬を寄せ合うように、俺にギュッと抱きついてくる。

 あたたかい涙が、俺の頬を濡らす。


 俺は尻を叩かれた馬のように、一瞬にして駆り立てられた。


「たっ……頼む! 神様っ! 今だけでいい、今だけ、俺を浮かせてくれっ!

 いや、俺はどうなってもいい! せめて、せめてこの子だけでも助けたいんだ!

 頼む頼む頼むっ! 頼むぅぅぅぅぅーーーーーーーっ!

 レイヴン! 浮けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 地上まであと数メートルのところで、俺は断末魔のような叫びとともに目をきつく閉じる。

 掠れた声が、喉の奥に引っ込んでいくのを感じた。


 ……ああ、終わっちまったか……。

 せめて、この子だけでも助けてやりたかった……。


 涙を忘れた俺に、最後の涙をくれた、この子を……。


 しかし、いつまで経っても最後の瞬間はやってこない。

 おそるおそる瞼を開けてみると、


 ……パァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 俺と少女の身体はまばゆい光に包まれ、ふわふわと宙を漂っていた。

 俺たちはタンポポの綿毛のように、そのままゆっくりと地上に降り立った。

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