第24話 研究集会(7)~睡眠不足~
ピピピピピ、ピピピピピ。朝のホテルに目覚ましの音が鳴り響く。ホテルの部屋に帰ってから、なんとなく少しさらに夜ふかしをして、寝付いたのは4:00前だった。そして、今は8:00頃だから4時間しか寝ていない。はっきり言って睡眠不足もいいところだ。
涼子の奴はどうしてるかな。ラインでメッセージを送ってみる。
【おーい。起きてるかー?】
【起きてるわよ。寝不足だけど】
【そっちもか。俺も寝不足で頭がぼーっとしてる】
【とにかく、朝食で合流しない?】
【オッケー。15分後にホテルの2Fでどうだ?ビュッフェ形式だったよな】
【わかったわ。じゃ、またあとで】
そんな事務的なやり取りを済ませる。朝食を別に摂るのは手間がかかるので、ホテルでの1泊には朝食をつけてもらった。
寝ぼけ頭を洗顔して、少しさっぱりしてから待ち合わせの2Fに急ぐ。
「おはよう、善彦。凄く眠そうね」
寝ぼけ眼でそんな挨拶をしてくる涼子。
「おまえの方こそな。何時に寝た?」
「結局、4:30だったわ。そっちは?」
「俺は4:00。なんとなく昨日の研究集会の関連論文読んでたら、な。ふわぁーあ」
言いながら、つい欠伸が出てしまう。
「寝不足になるってわかってても、ついやっちゃうわよね」
こういうところは似た者同士だ。今朝は2人揃って和食系で揃えた。メニューは、俺は、ご飯、納豆、卵、お味噌汁、ほうれん草のおひたし。涼子の奴は俺とほぼ同じだが、卵抜き。シンプルな献立だが、昨夜は三次会まであってがっつり食ったしな。
「うん。ここのホテル、味噌汁は割といけてるな」
かき混ぜた納豆に卵を割り入れて、ご飯にかけてかきこむ。俺は納豆には卵を入れる派だ。ご飯を食べてから味噌汁に手を付ける。研究集会に参加前後で、こういう朝食をとることは珍しくないが、今回は意外に味噌汁がいける。
「ひどいところだと、お湯に味噌を入れたみたいなのもあったわよね」
「そうそう。なんていうか、極限まで希釈されたような奴」
辛うじて味噌汁の体裁を保っている代物に比べれば、ここはだいぶちゃんとしている。しっかりと、鰹節のだしが出ているし、具もインスタントのではない。
ちなみに、涼子は納豆には卵を入れない派だが、昔に論争になって以来、そのことには言及しないのが暗黙のルールになっている。
「今日は2件でお昼までだったっけ」
「歌丸先生は2件目だけど、何を発表されるのかしら」
「"New Constrained Automata"ってあったけど、予想つかないよな」
タイトルから、|Constrained Automata《制約付きオートマトン》に関する話ではないかと推測できるが、オートマトン理論においては俺たちは先生の足元にも及ばない。ましてや。
「歌丸先生、すっごい勢いでアドリブ入れてくるものね」
研究集会ではやや異端的なスタイルなのだが、発表しながら必要に応じてスライドにスタイラスペンで図を書き足したり、場合によってはホワイトボードに図を書き始めたりする。その様子に惹き込まれるのは確かで魅力的なのだが、同時に凄まじい速度で議論を展開していくので理解するのは簡単ではない。
「それに、寝不足だから、発表の1割もわかるかどうか……」
「その辺りは、後で先生に個別に教えてもらいましょ」
「ま、そうするか」
そこで少し話が途切れる。そういえば、昨夜は寝る前にキスしたわけだが。
「そういえば、昨日部屋に戻る前だけどさ。あれ、嬉しかったから」
「そ、そう。私も、よ」
「正直、研究集会だから、ああいうのは諦めてたけど」
「別にキスなら私もしたいと思ってたわよ」
「そ、そうか。それは良かった」
色ボケしていてはいけないと思うのだが、その答えにどうしても少しニヤついてしまう。
それから、手早く準備を済ませて会場に向かったのだが。
「善彦君、涼子君。眠そうだけど大丈夫かい?」
そこには元気そうな歌丸先生の姿。先生も三次会まで一緒だったけど、どれだけタフなんだ。
「逆に歌丸先生がなんでそんな平気そうなのか知りたいです、私は」
「同じく」
その言葉に、一瞬考え込んだ後に、
「ま、体力の問題かな」
そんな身も蓋もない答えが返ってきたのだった。
「俺たち、まだ高校生なんですけどね……」
歌丸先生はどれだけ鍛えているのかと思ってしまった。