第13話 二学期の始まり(3)
1時間目の授業は数学、なのだけど、正直、退屈だ。そういうことを言うと、クラスメイトには「この優等生が」と言われるに決まっているので、黙っているけど。
問題なのは、高校数学までの《《ローカルな》》技法しか使えないので、俺には《《かえって面倒くさい問題》》になっていることだ。研究の必要上、《《大学以降の》》数学、特に《《証明》》に関する技法もある程度学んでしまったので、まどろっこしく感じる。
昔、何かのアニメで、今いる学年よりも下の学年に入ったら、天才児扱いされたみたいなエピソードがあった気がするが、こういう気分なのかとふと納得する。
ノートPCを取り出して、論文を読もうかとも思うが、論文執筆の締め切りが近いわけでもないのに、《《特権》》を行使するのは罪悪感があるので自重する。その代わりに、紙にプリントアウトした論文をこそっと読む。研究者にとって、既存研究の調査は必須だ。今、読んでいるのは、
LL(*): the foundation of the ANTLR parser generator. Terence Parr, Kathleen Fisher
※実在の論文です
というものだ。2011年に発表されたもので、ある程度、俺たちの超文脈自由文法にも関係してくる問題を取り扱っているので、一度読んでおきたかったのだ。論文の著者が主張するところによれば、文脈自由言語のいい感じのサブセットを、比較的少ない計算量で取り扱えるらしい。理論だけでなく、実際に動く構文解析器を世に出して既に広く使われているところは凄い。
前の席を見ると、涼子の奴も似たようなことをしている。こういうことをするから、妙な目で見られるんだろうな。
特権というのは、研究者としての活動をする時は、ある程度授業をスキップして良いと学校から認められた事だ。俺たち若造だけでは到底認められなかっただろうけど、増原先生が説得してくれたのだ。
それを知っているからか、先生も特に何も言ってこない。
(しかし……)
授業で内職して論文を読んでいる高校生も、あまり普通ではないだろうな。
授業後の休み時間のこと。
「はー。数学の授業、ついてくのが、最近きつくなってきたぜ」
翔吾がそうぼやく。
「そうか。良かったら、教えてやれるけど」
「いや、別にいいわ。善彦は、教え方がわけわからんし」
「自覚はあるけどな。今更難しいんだよ」
大学以降の数学では、基本的に「公式を学ぶ」類の話はほとんど出てこないだけに、高校の範囲の問題を解くにしても、解法からしてかなり違って来てしまう。
「私が教えてあげましょうか?」
割って入ってきたのは、さっきまで同じように論文を読んでいた涼子。
「助かるー。涼子ちゃんは、こいつと違って説明わかりやすいんだよな」
「こいつがおかしいだけだと思うんだけどなあ」
「おかしいとか失礼ね」
いつものやり取りを交わしつつ、涼子が翔吾に教えているところを覗く。こいつは、俺以上に数学ができるのに、相手にうまくレベルを合わせて教えられるところは正直凄い。
こんな風に、理系科目、とりわけ数学に関しては、おそらく、普通の高校生とは全然違う授業風景を送っている俺たちである。文系科目はまだまだ学ぶところがあって、面白いのだけど。