最終話 『……』
さて、今回が最終話となります。
今までお付き合いしていただきありがとうございます。
最後は少し長くなっておりますがご了承下さいませ。
自らの手で心臓を貫いた時の感触は想定以上に最悪なものだった。
手にはべったりと血が付着しているし、決して良いものだとは言えない。
とは言え、殺す事は出来たのだ。後はもう一度蘇るかどうか、また強化されてしまうのかどうかが問題。
「えっ、動きだした?」
確かに私は心臓を貫いた。
鼓動が止まるのも分かったし、死んだ事は確かだ。
でも、どうしてか今尚私の指先に触れている心臓は動き始めている。
それも、私をどんどん体外へと押し出すようにしながら。
「ハハハ。アハハハッ! コロス! コロス! コロシテヤル!!」
絶命していたはずの勇者は蘇り、もはや獣と呼べるほどに理性をなくしていた。
けれど、予想通り更に強化されてしまっているのも事実だ。
地面を殴れば地割れが起き、一度動けば今度こそ目で追うことすら不可能。
……でも、私はまた勇者を殺すことが出来た。
というのも、理性をなくしている所為か、攻撃が単調なのだ。
だからこそ、簡単に殺すことが出来る。
「ガァァァ! シネ! シネ! シネェェェ!」
「はぁ、もうそのまま死んでてよね!」
動きが単調で読みやすいからこそ、今度は魔法で殺す事を考え、私は今まで使ったこともない魔法を勇者へと向けて放った。
それは、『デス』という即死魔法。
効果があるかどうかは分からないけど、試してみる価値はあるはずだ。
「……やっぱり駄目か」
魔法を受けた勇者は、一度苦しみだし、口から泡を噴いて倒れたものの、すぐさま起き上がってしまった。
今までよりも生き返るスピードが速い事を考えると、即死魔法で殺すのは他の魔法が使えなくなる危険性がある以上、やめた方が良いかもしれない。
しかし、こうなってくるとどう対処すればいいのか分からなくてなってしまう。
魔法でも駄目、心臓を貫いても駄目となると、残されるのはバラバラにする事くらいだ。
そして、それが出来るのは私の中で恐らくブレスと自爆だけ。
つまり、選択肢は一つだけしかない。
「はぁ、はぁ……ハハッ。ハッハッハ! お陰で理性を取り戻せたよ! ありがとう」
「っ!? まさか痛みで!?」
即死魔法を受け、蘇った勇者へとブレスを放ったものの、どうやら勇者は直前で防いだらしい。
ただし、その代償は大きく、
けど、勇者にも防いだメリットはあったようだ。
最悪な事に、痛みで理性を取り戻してしまったらしい。
やばい、これはやばいって。
もう一度殺して、また理性を消さないとどうしようもなくなっちゃうよ。
どうする?
今のブレスで勇者の両腕は消し飛んでるし、今なら殺せそうだけど……。
いや、悩んでる暇なんてないよね。
「君は、いや、君達はどうしてチャンスだと思うとすぐに飛びついてくるんだい? 瀕死の敵にこそ注意が必要だってのにさぁ!」
殺すために飛びつく私を見て、勇者は笑いながら言い放った。
確かに、不用意に飛び出すのは得策じゃないのは分かっている。
でも、悠長に身構えていたら回復されるだけだった。
……けど、少なくとも私には分裂があるんだし、私自身が行く必要はなかった。
まぁ、そんな事を思ったところでもう遅い。
ーーなにせ、魔王の時よりも圧倒的に巨大で神々しい、まるで神の槍ともいえる魔法が迫っているのだから。
「……っ。もう手遅れ、かぁ……」
これじゃ勇者の言う通り、魔王の二の舞だ。
今更私の動きは止まらない。いや、止まったところで避けられない。
「はぁ。こんなチートみたいな奴に勝てるわけがなかったんだよ……」
勝ち目も、負ける気も、死ぬ気もなかった。
勝てるのが当たり前だと思っていた。
私こそが最強だと、私を殺せるものなんてもう居ないんじゃないかと、そう思っていた。
でも、それは間違い。
どんなに私が強くても、神の御技を使える者には勝てるわけがなかったのだ。
「ママの事は殺させない!」
「今まで守ってもらった分、私達が今度はママを守るよ!」
「ーーえっ?」
絶望し、立ちすくむ私の前に、強大な力を前にしても怯まずに両手を広げている者がいた。
私を守る為に、足が震えていようと、そこから逃げ出さずに私へと微笑み掛ける者がいた。
体は小さく、私を守るなんて出来る筈がない。
……だけど、その2人の存在は私が限界を超えて力を出すのには事足りる存在だった。
「2人とも、ありがとう。でも、ごめんね。私が不甲斐ないばっかりに無理をさせちゃって」
「ダメ! ママが死んじゃうよ!」
「ママ! いやだよ! 離して!」
私の前に立つ人影で理解してしまった。
それが白夜と黒亜だと。
2人が私を守る為に盾になろうとしているのだという事に。
どうしてここに来ているのかとか、これで助かるとか、ありがとうとか、そんな話じゃない。
そもそも親としてこんな事させて良いわけがないのだ。
だから、私は動かないといけない。
例え体が拒否しようとも、無理やりにでも動かないといけない。
体が悲鳴をあげ、筋肉が裂けていくような音が耳に響く。
けれど、そんなものは関係ない。
痛みという代償で2人を助けられるのなら、これくらい安いもの。
「……ママ……?」
「どうして、私達が守ろうとしたのに……」
咄嗟に娘を抱きしめながら魔法を受けるが、私を飲み込んだ魔法は、抱きしめられた娘を巻き込んでしまった。
当然、守りきることが出来なかったという事になり、娘は瀕死、私も少なからず傷を負ってしまっている。
「ごめん、ごめんね。守れなくて……」
「ううん。ママの言うこと聞かなくてごめんなさい。最後に抱きしめてもらえて幸せだったよ」
「ママ、私達を助けてくれてありがとう。今まで楽しい時間をありがとう。……それと、白夜、お姉ちゃんが守ってあげられなくてごめんね」
「待って、ダメだよ、死なないで。まだ、まだもっとたくさん、2人には幸せになって欲しかったのに。……こんなのってないよ……」
私に笑顔を見せ、まるで幸せに眠るようにして手を繋ぎながら横たわる白夜と黒亜。
かろうじて息はまだあるものの、私の回復魔法でも、きっと間に合わないだろう。
でも、可能性が少しでもあることを願って、私は2人へと回復魔法を何度も掛けた。
そして、そんな中で、少しだけ回復した魔王は立ち上がり、勇者へと果敢に挑んでいる。
けれど、更に強化された勇者と半分程度の力も出せていない魔王では相手にならず、数分と持たずに瀕死へと陥ってしまっていた。
つまり、勇者以外の私を含めた全員が瀕死状態なのだ。
地に伏す魔王は私を見つめ、何かを必死に呟いているのが見て分かる。
か細く、小さい声だけれど、聞き取ってみれば、『生きろ』と言っていた。
ただ、魔王がどれほど私に生きて欲しくても、そんな事を勇者が許すはずもなく、聖剣を手にゆらゆらと体を揺らしながらこちらへと迫ってきている。
それに、そもそも今この場で動けるのは私しかいないのだし、最初から自分だけ生きるつもりもないのだから、逃げる気など毛頭ない。
「ごめん、私は死んでも勇者を殺すよ」
『……そうか。君は私の言葉を聞いてくれないんだな……』
「……うん。ごめんね」
魔王の言葉を無視して、皆んなを助ける為と、大切な人と守るべき人を傷つけた憎しみを晴らすために勇者へと突撃した。
文字通り、捨て身の突撃だ。
もうどれだけ傷を負おうが関係ない。
痛みも何もかも無視して、とにかく勇者だけを殺すことに費やす。
それだけが今の私が考えていた事だった。
そうして、何度も何度も殺し続け、何度目かも忘れた時に、勇者は死んだ。
頭は欠け、回復魔法も使えないのか、片腕もなくなっている。
もはや動く事はないだろう。
これでまだ動くのだとすれば、もうなにも私に出来る事はない。
「……」
「良かった……ようやく終わったんだね……」
今度こそ死んだと思い、私は娘達の回復と魔王の回復をしようとしたその瞬間、私の体は不思議なほどに力が入らなくなり、気が付けば倒れ込んでしまっていた。
傷と疲れ、私が体を酷使した結果がこれだ。
動かない体に苛立ち、私は叫ぶが、どうしようもない。
もはや私はなにも出来ないのだ。
このまま死ぬ以外ない。そう思った時、私の頭を巡ったのは走馬灯だった。
今までの思い出や、沢山の出来事、それが私を巡り、私は本当に死を覚悟した。
けれど、その前にやらなきゃいけない事がある。
今まで何度も動かない体を使って、無理やりに動いてきた。
だからこそ、今回も動けるはずと、そう思っていた。
……でも、現実は非情で、娘や魔王を助ける為に、それだけはしなくちゃいけないのに、今回ばかりは動くことが出来ない。
目の前に倒れている魔王が居るのに、娘たちがいるのに、私はなにも出来ないのだ。
「もう、みんな死んじゃってるのかな……」
仮に頭で理解していても、呟いてはいけなかった。
呟いたその瞬間に、私は現実に引き込まれ、気付きたくない事実を知ってしまう。
ーー誰も息をしていないという事を。
もっと早く回復魔法を掛ければ間に合ったかもしれない。
魔王の言う通り、過去の状態に戻す魔法だったら、戦況はもっと違ったかもしれない。
けれど、そんな実験をしている暇もなかったし、腕や足が治ったのは偶然か、或いは魔王の力なのかもと、有り得ないと否定し、信じてなかった事が現状だ。
だから、もはや動けない今の私に出来るのは自爆だけ。
どうしようもない意味不明なスキルだ。
分裂が出来た私ならともかく、普通ならばいつ使うのかもわからない。
いや、むしろ本来は使うべきじゃないスキルの筈。
ーーけれど、それを使う時がきてしまった。
それも、分裂の出来ない今の体で。
「ハハハッ! アーハッハッハ! 魔王も、お前も、誰も俺を止められない!」
勇者が、死んだと思った勇者がまた生き返ったのだ。
ボロボロで今にも死に掛けているのに、目は私を殺さんとばかりにギラギラしており、血に塗れた聖剣を引きずりながら近づいてきている。
ぶつぶつと呟きながら……。
なにを呟いているのか、それは勇者が近くに迫った時、初めて分かった。
「こいつらを殺したら日本に戻れる」と永遠と呟いているのだ。
「ーーっ! 頭が、割れそう……」
それを聞いた瞬間から、さっきと同じように激痛が走り、意識が朦朧としてしまう。
どうにか回復しようにも、まるで何年、何十年分の記憶が一度に蘇ろうとしてくるのだ。
しかし、幾ら私が苦しんでいようとも、勇者は相変わらず迫ってきていた。
けれど、私の前に立ったその時、顔は怒りに満ち、態度は急変した。
「こいつの娘も殺せってどういう事だよ! 約束と違うだろ! ……いや、まぁ良い。どうせ皆瀕死だ、こいつらを殺して日本に戻れるならもうどうでもいいか……」
まるで誰かに命令されたかのように、激昂しながら一度叫んだと思えば、今度はなにかを納得したように呟く勇者。
それを聞いた私は、もはや自分に回復魔法が使えないのなら、勇者に無残にも殺される前に、私と一緒に、いや、全てを終わらせる為に自爆スキルを放つ覚悟を決めた。
多分、このまま私が生き延びたとしても、こうして日本の事のように、失われていく記憶がある以上、魔王や娘のこともいつか忘れてしまうのかもしれない。
それに、今更私に取れる選択肢などなく、今この場で勇者を殺せるのも私だけなのだ。
だったら何もかも忘れる前に魔王と、娘達と一緒に死ぬ事を私は選ぶ。
それが例え許されない事だとしても。
「……ごめん。こんな選択を選ぶ私の事を、娘も魔王も恨んで良いよ」
「はっ! 今更なにを言ってるのか知らないけど、もうお前らは俺に殺されて終わりなんだよ! 俺はこれで日本に帰れるし、お前らの犠牲は俺の糧になったんだから喜ぶといい」
勇者は私へと言葉を言い放ちながら、聖剣を私の心臓へと突き刺す。
でも、その直後に全てを塵に化すほどの爆発が起き、私の意識は暗い底へと沈んでいった。
……あぁ、そっか。
もしかしたら皆で死ねば一緒に何処かで平和に暮らせる可能性も……。
……いや、こんなに人を殺したんだし、白夜と黒亜と一緒はないか。
まぁでも、本当に私が日本からこの世界に来たのだとしたら、遠い遠い未来で、姿形が変わるとしても出会える確率は0じゃないよね。
ーーだって、私がこの世界に来て皆と会えた事が奇跡なのだから。
叶う事のない夢を思い浮かべ、運命に身を委ねた私は、か細く淡い希望を抱きながら、暗い闇に身を委ねていった。
そうして、暗い闇の中で一瞬だけ見えた光に手を伸ばし、掴んだその手の中に映り込んだのは、夢か幻か、私が娘達と、魔王と一緒に花畑で幸せに遊んでいる光景だった。
ーーとある場所、誰も知らない、知ることの出来ない場所で、男は1人激怒していた。
「あー、くそ! なんで神である俺の実験が失敗するんだよ! ちっ! もっと俺を楽しませろよ! ……まぁ良い。そもそもモンスターになったのはエラーが発生したみたいなもんだしな」
男は実験のデータを確認し、その個体が絶命したことを確認すると、叫び散らしている。
思い通りに研究進まなかった事が余程悔しいのだろう。
「……はぁ、今度は地球以外の星から攫った奴を使うとするか。あぁ、でもさっきの世界はダメだな。まだ復元には少し時間が掛かる。ーーふむ。そうか! 次はあの世界に転生させてみるとしよう。これで面白いデータが取れる筈だ!」
ニヤニヤと薄ら笑い浮かべながら、男は先程まで見ていたデータの記録を取り、そして、モンスターであった女の子のデータを一切の躊躇もなく削除してしまうのだった。
『実験体No.???終了。研究データをマスターからの認証により破棄。次の研究に移行します』
本当に皆様お読みいただきありがとうございます。
タイトルのスライム要素が途中から消えたりとか、色々変だった部分とか、つまらない部分があったかもしれません。
でも、それでも皆様が読んでくれた事でとても楽しく完結まで書くことが出来ました!
次の新作は一応VR物を書こうかなと思っておりますが、ファンタジーとどっちの方が良いのかなぁとも思ってしまいます。
まぁとりあえずストックを作ろうと思いますので、一旦2月まではお休みをいただく予定です。
長くなりましたが、本当に完結まで付き合ってくださり、ありがとうございます!
次回作も是非よろしくお願いします!