159話 『最終決戦その3』
ーー姿を自在に変えられる。
それは生物にとってあり得ない事であり、普通ならば不可能な事だ。
例えドラゴンだとしても、魔王だとしても、麒麟だとしても、自分とかけ離れた生物に変化する事など出来やしない。
ましてや、能力すらも変えるなんて出来るわけがないだろう。
……けど、私はそれが出来る。
スライムだからなのか、はたまた私だから出来るのか、きっと前者だとは思う。
私にだけ与えられた能力だなんて考えられない。
でも、確かドラゴンは私に対して特殊なスキルを持っていると言っていた。
それはあくまでもスライムが手に出来る中での特殊なスキルという事なのかは定かではない。
……いや、もうそんな事はどうだっていい。
スライムだから姿を変えられるだとか、私が特別な力を持っているだとか、そんな事は些細な事。
今はただ、この不利な局面で覆せる可能性を持てているだけで有難いのだから。
「ほら! どうした? 殺させないんじゃなかったのか!?」
「近寄らせるわけないでしょ!」
「ちっ、やっぱりお前は気持ち悪い奴だな」
勇者が魔王を殺す為に、私以外が見れば、まるで消えたかと思える程の速さで動きだす。
しかし、当然のように私には姿が見えており、止める事は容易かった。
なにせ、麒麟状態になれば力だけは勝っているのだ。
戦術なんかは劣っていても、単純な力だけでは今尚私の方が上。
それは紛れもない事実。
「……そうだなぁ。良い提案がある。お前は強いし、俺はこれ以上痛い思いもしたくない。それに、死ぬなんてもっての他だ」
「残念だけど、聞く気はないから!」
麒麟の姿から一気に人間へと戻り、連続で打撃を放つものの、勇者は口を動かしながら私の攻撃を軽々と避けている。
「まぁ落ち着けよ。なっ?」
私の拳は掴まれ、あまりにも簡単に止められてしまった事で、私の力は一瞬だけ緩んでしまった。
そして、その一瞬を勇者は見逃さず、私は地に伏している。
というよりも、倒されたというべきだ。
「今更提案だなんて、ここまで戦ってきたのに聞くわけがないでしょ?」
「まぁそう睨むなよ。単刀直入に言うぞ、どうだ? 魔王を諦めないか? そうしたらお前だけは殺さないでいてやるよ」
こいつは一体なにを言っているんだろう。
訳が分からない。
生死をかけた戦いをしていたというのに、なんなら私が一度殺したというのにも関わらず、私を殺さないでいてやるだって?
それも、魔王を見殺しにすれば?
ーーあり得ない。絶対にあり得ない。こんな提案受け入れられるわけがない。
「最初から言ってるけど、聞くわけないでしょ!」
「そうかよ。んじゃ、このまま死んでくれ」
地に伏し、見下ろしていた勇者は、手に持つ聖剣を振りかざす。
首を狙い、一撃で葬る為に。
「死ぬのは私じゃなくあんただから!」
「な、これは魔法!?」
聖剣が振り下ろされるより早くに麒麟へと姿を変え、距離を取る為に、爆風を巻き起こす魔法を放つ。
当然、至近距離だからこそ私にも少なからず影響はある。
けど、それでもなんとか体勢を立て直す時間は出来た。
「くそっ、なんて威力の高い魔法だよ。ま、俺には効かねえけどな」
「あっそ、ならこれでどう!」
防御系の魔法を使ったのか、勇者の全身を包むように光の壁が出来ていたが、任意で発動したのか、それとも一度防いだら消えるのかは分からないけれど、今まで使ってこなかったのを考えるに、きっと後者だろう。
ただ、私の魔法を受けても傷一つついてないところを見るに、毎回使われることを考えると、突破するのは難しいかもしれない。
とはいえ、私には幾つも魔法がある。
「今度はなんだ? 雷でも落とすのか? やってみろよ!」
「正解。でも、もう遅いよ」
私の言葉と共に、辺りは霧に包まれ、私の姿は消えていく。
それに加えて、激しい雷鳴が轟き、次の瞬間には勇者を簡単に叩き潰せるほどのハンマーが雷と共に降り注いだ。
「ははっ。この程度で調子乗ってんじゃねえよ!」
姿は見えない。
けど、降り注ぐ雷を防ぐ為に、少なくとも先ほど使った防御以外の魔法を行使したのは理解できた。
それに、霧をかき消す為にも暴風を巻き起こす魔法を使ったようだ。
けれど、私の言葉通り、どんな手を使っても遅い。
既に勇者の頭上からは隕石に酷似した物質が落ちているのだし。
「こんなもの、俺なら簡単にぶっ壊せるんだよ!」
眼前へと迫った隕石を、聖剣で切り裂こうとしているのか、斬撃を飛ばしているけれど、一向に隕石が壊れる気配はなく、そのまま勇者を飲み込んでしまった。
そして、飲み込んだ直後に辺り一面を破壊するほどの爆発が起き、暴風と爆音、そして光が私たちを包み込む。
……しかし、既に対策を取っている私と後ろにいる魔王には一切の影響はない。
十字型に切り取るようにして放たれた魔法によって、爆発も暴風も、なにもかもを切り取ったのだ。
まるで、ここだけなにも起こらなかったかのように。
「……あ、う、痛え、いてえよ……死ぬ、死んじまう。回復しねえと……あっ?」
「ーーさようなら」
痛みで悶え、腕も足も焦げて見る影もなくなり、顔すら判別出来ないほどの負傷を受けた勇者は、即座に回復魔法を使用していた。
しかし、それこそが私の狙いであり、案の定油断していた勇者は私の手によって心臓を貫かれ、唖然とした顔のまま崩れ落ちていった。
次回、最終話となります。
どうぞよろしくお願いします!