157話 『最終決戦その1』
私の手から放たれた聖剣は、凄まじい速度で加速し、風圧で地面を抉り、激しい轟音を立てながら勇者を貫こうと向かっていった。
けれど、そもそも私の狙いが悪かったのか、それとも勇者が何かをしたのかは分からないけれど、聖剣はまるで勇者を避けるようにして、通り抜けてしまった。
『動けそうか? 聖剣を手放した今、好機だ』
「大丈夫、戦えるよ」
勇者に傷を与えられなかったのは、正直残念だけれど、魔王の言うとおり、今はむしろチャンスだ。
そもそも、元より聖剣で殺せるとは思っていないし、ひとまずは武器を失わせたのだから、逆に受け止められたりしなくて良かったのかもしれない。
『はぁぁぁ!』
魔王と勇者の打撃がぶつかり、辺りには衝撃波が発生していた。
これを見るだけでお互いにどれだけの力で戦っているのかが分かる。
『2度も同じ攻撃が通用すると思ってんじゃねえよ!』
後ろに回り込み、最初に殺したように窒息させようと考えたが、さすがに通用する事はなかった。
ただ、なんとか守りきれたからいいものの、勇者は私に向けて放った打撃によって指は折れてしまったようだ。
けれど、これで分かったことがある。
勇者は自分の体がどんな風になっても、それに構うことなく攻撃してきているのだ。
だからこそ、単純な力では私や魔王の方が上だけど、こうして瞬時に回復して打ち合えている。
しかし、速度に関しては異常だった。
『ちっ、速すぎて狙いが定まらないか』
「俺は最強なんだ。お前ら如きが俺のスピードに付いてこれると思うなよ!」
魔王が魔法を使おうとすれば高速で動き、的確に急所を殴って止めてきている。
なんとか魔王も反応し、反撃を試みているが、反撃する際には既にその場に居ないため、一方的に殴られるしかなかった。
それに、私はなんとか目で追って反撃が出来るものの、決定打を与える事は出来ていない。
「……分裂体さえ戻せれば」
本来の半分の力しか発揮出来てないからこそ、勇者が優勢だが、私が全力を出せば少なからず魔王がこれ以上傷を負う事は減るだろう。
けれど、今分裂体を戻せば、この戦いに横槍が入るかもしれない。
なにせ、あれほどの人間が居たのだから。
「あれ? 誰も、居ない……?」
私の不安は杞憂に終わり、周囲を見渡せば、私の分裂体が警戒しているだけで、他には誰一人として存在していなかった。
私たちの戦いに巻き込まれたのか、それとも分裂体が殺し尽くしてくれたのかは分からないけど、残されているのは夥しい程の血と、見るに絶えない肉、それと死体の山だ。
『済まない、一度回復魔法を掛けてくれないか?』
「うん、任せといて!」
既に人間たちが死んだのなら、分裂体を戻しても問題はない。
そう思った私は分裂体を戻し、魔王へと回復魔法を掛けてから、隙だらけな私達を攻めてきた勇者を殴り飛ばした。
「な、なんだこの力は! ふざけるな! くそっ! クソがぁぁあ!!」
殴り飛ばされた勇者の目は血走り、まるで鬼のように怒りながら叫び散らしている。
叫びは衝撃を生み、圧が私達を襲うけれど、そんなものお構いなしに私は無防備な勇者へと攻撃を仕掛けた。
当然、今までは簡単に避けていたからこそ、勇者は私の攻撃を軽く避けようとするが、既に私の方が速いが為に両手で守るようにして防ぐことしか出来ていなかった。
とは言え、正直防がれるとすら思っていなかったからこそ、その反射神経の良さに驚いたのは言うまでもない。
それに加えて、もう一つ私が驚愕した事がある。
それは、私の攻撃に合わせて、死角から魔王が攻撃したにも関わらず、まるで見えているかのように避けたという事だ。
最早ここまで領域になると、反射神経の良さと判断するのではなく、予知と言った方が良いのかもしれない。
「全力でも防がれるちゃうなんてなぁ。なんで最初は殺せたんだろ……」
『多分死んだ事でそれらも全て強化されたんだと思うよ。それに、君の攻撃はまだ避けられなかっただけマシさ。少なからずダメージを与えられてるんだからね』
「それもそうか。防ぐって事は致命傷になり得ると判断されてるかもしれないしね」
『そういう事。さぁ、畳み掛けて攻めるよ』
「了解!」
相変わらず勇者のことをなぜ最初殺せたのかは疑問だけど、魔王の言う通り、恐らくこれらも全て強化されたのだと思う他ない。