154話 『不安の前触れ』
魔王城を出て、すぐの場所。
そこには生き絶えているドラゴンが存在し、その死骸の上で、見下ろすようにして勇者が鎮座していた。
「やっと、姿を見せたか。ようやくだ、ようやくこれで俺の願いは叶う」
『ふっ。何を言っているのかさっぱり分からないが、まさか人間如きが私に勝つつもりでいるのかな?』
勇者へと放つ魔王の言葉には、威圧が込められているのを感じ、その威圧感は近くにいた私にすら届き、少しだけ身震いしてしまいそうなほどだった。
けれど、それを物ともしてないかのように、勇者は涼しい顔をしながら颯爽とドラゴンの上から飛び降り、聖剣を抜きながら私達へと構え始めた。
『構えるのならいつでも掛かってこいってことで良いのかな?』
「……俺はお前らを殺すためだけに苦痛を味わい、死を体験しながらも生き永らえてきた。だからこそ、力もある。お前ら如きが俺に勝てる訳もない、いつでも掛かってこい」
死を体験した……?
それはおかしくない?
普通死んだら今ここに立ってるはずはない。この世界でなら幽霊って事もあり得そうだけど、可能性は低そうかな。
でも、だとすればやっぱり勇者の能力って線が濃厚だよね。
「待って、死を体験したのならなんで生きてるの?」
「そんな事を知ったところでどうする? わざわざ答えると思っているのか?」
私の問いには当然の事のように勇者が答えることはなかった。
多分私の予想通り、何らかの力で死んでも蘇るんだと思う。
ただ、もしもそうなのだとすれば、私たちが勝てる確率は低くなる。
いや、むしろ殺しても死なないのならば勝てる確率は0だ。
けれど、このチータのような力にも恐らくは制限、或いは弱点になる部分があるはず。
都合よく考えてるだけかもしれないし、実際は弱点なんてものはないかもしれないけど、今はある事だけを祈るしかない。
『……準備は良いか? 私が合図したら行くぞ』
「……了解。いつでも良いよ」
どんなに考えても、まだ戦ってもいない状況では意味がなく、私は一度考える事をやめた。
そうして、少しの間睨み合い、勇者が瞬きしたその瞬間に魔王が私に合図を出し、動き出した。
「ちっ、仕掛けてくるのが遅いんだよ!」
『遅いのは貴様の方だ! 私の動きに追いついてないぞ!』
魔王が繰り出す打撃は、凄まじい程の速さと、それでいて一撃一撃が目に見えるくらい強力だった。
また、そもそも隙を突かれて攻撃されたからなのか、勇者は
強がってはいるものの、防御すらままならないといったところだ。
「これ、もしかして私要らないんじゃ……」
勇者が弱いのか、それとも魔王が強すぎるのかは分からないけれど、私が参加する必要ないと思えてしまうほどに戦力差は圧倒的。
「くっ、俺の方が強い、強いはずなんだぁぁあ!!!」
『……っ! これが聖剣の力か』
しかし、遂に防ぐ事を諦めたのか、勇者は苦し紛れといった形で聖剣を振り回し、周囲に剣撃を飛ばし始めた。
まるで暴れ狂ったように。
「これ以上暴れさせないから」
「な、なんだ!? き、貴様、誰だ!」
どんなに勇者が暴れようとも、既に背後を取っていた私には関係なく、勇者はなす術もなく捕まった。
ただ、今回簡単に捕まえられたのは、少なくとも私の姿がさっきとは違う、人間の姿だったからというのも大きいと思う。
麒麟の姿から人間に変われば、誰であれ驚くのも無理はない。
「くそっ、離せ! 離しやがれ!」
『いや、もう手遅れだよ。君はお終いだ』
勇者がどれだけ拘束されようと、力の限り暴れようと、私が離すわけもなく、周囲に居たであろう人間達が助ける事もない。
なにせ、既に私の分裂体が掃討してくれているのだ。
力が半分になるリスクは背負うけれど、そもそも分裂するつもりだったし、敢えて人間の姿で戦う理由もあった。
ただ、計算違いがあるとすれば、魔王の放った魔法によって捕らえる必要がないほど、私と勇者には力の差があったという事。
つまり、分裂を使って力が半分になっている私を引き剥がすことすら勇者は出来なかったのだ。
『さようなら、君が弱くて助かったよ』
「くそっ! くそっ! 絶対殺す! 殺してやるからな!!」
『君は、醜いな……』
「あっ、がっ、ごほっ……」
勇者の前に立つ魔王へと、手を伸ばそうとする勇者だったが、私が腕をスライムへと戻し、酸素を供給出来ないようにする事で、緩やかに死んでいった。
まるで呆気なく終わってしまったが、逆にここまで簡単に殺せたという事実が、私の心をより不安にさせていった。