150話 『重要なのはただ一つ』
ダンジョンコアを守る最奥の扉の前に広がる領域に足を踏み込んだ私は、改めて感じる異様な圧に若干気圧されてしまったが、それでも進み続けた。
私の強さを考えれば、気圧されるはずはないのだけれど、私が強くなれた場所であり、嘘をついて逃げ出した場所であるからこそ、私だけに感じる圧によって気圧されたんだと思う。
『我が領域まで来るものがいるとは、よもやこの階層に住む者ではあるまい。貴様は……スライム、か?』
懐かしきドラゴンとの再会。
本来ここまで踏み込んでくる者はダンジョンコアを狙う敵でしかなく、威圧を持って歓迎されたものの、私の姿を見て若干困惑しているようだった。
『……ふむ。以前の似たようなことがあった気がするが、まさか同一の存在ではあるまい。しかし、スライムがここまで来るとなると、やはり異常だ。早急に処分する他ない!』
「ちょ、ちょっと待って! 戦う気はないよ!」
『むっ? よもや以前のスライムか?』
「そうだよ! って言っても信じられないだろうけど……」
『いや、この階層まで来られるスライムなどそうは居ない。それに、その喋り方を聞くに、信じるに値する。随分と久しいな』
警戒していたドラゴンをなんとか治め、私はドラゴンと共にもう1頭の居る場所へと向かった。
しかし、私の予想とは裏腹に、私達が向かった場所に3頭のドラゴンが鎮座している。
『あら、随分と久しぶりなお客さんね』
「あー、うん。そうだね、久しぶり」
『ふふっ。まさか戻ってくるなんて思ってなかったわ。けど、ここまで来るって事はなにかあるのでしょう?』
「……うん。お願いがあってここまで来たんだ」
『待て待て。それよりも我らの子についての話をしよう』
急いでいたこともあり、出来れば私の話だけを聞いて欲しかったが、そんな事も出来ず、私はドラゴンから語られた今まさに目の前にいる大きさは殆ど変わらないが、紛れもなく二頭の子供であるドラゴンについての話を聞くにした。
しかし、数刻が経っても終わらない話に対し、私はこれ以上遅れる事は出来ないと考え、勝手ながら話に割り込み、遮る事に決めた。
「ちょっと良いかな? 私のお願いをそろそろ聞いてもらっても良い?」
スライムだからこそ真剣な顔と言っても、変化はないように見えるが、二頭のドラゴンは私の僅かな変化に気付いたのか、話を止めた。
『済まない、つい熱くなっていたようだ。そうだな、そろそろ話を聞こう』
私の言葉に耳を傾けてくれるようになってから、私は今の魔王軍の状態や、戦争をしているということ、また、私が魔王の味方であるという事を手短に話す。
「ーーという訳で、もし叶うなら、援軍に来てもらえないかな? 勿論、援軍って言っても死ぬ可能性は高いし、ここに戻ることも叶わないかもしれない。それに、折角の子供とも離れる事になっちゃうと思う……」
私の言葉に、少しだけ考えたドラゴンは目を見開いて私を見つめ、一つだけ問いてきた。
『……スライムの一部には姿形を自在に変えられるものが居るというが、汝は麒麟へと変化出来るのか?』
それは、私にとってなんとも返答しづらい事であり、返答次第によってはあの日、騙して奪った事を知られてしまう。
けれど、そもそもこんな事を聞いてくる時点で、恐らくは私のやった事に気付いているのだろう。
それに、なによりもこの先味方になってくれるかもしれない存在に、これ以上隠し事をするべきではない。
糾弾され、殺される可能性もあるが、真実を話す他ない。
「知ってたんですか?」
『あくまでも推測だ。汝が居なくなった日、汝はやけに不自然であったし、なによりもダンジョンコアの一部が不自然に消えていた。そんな事を出来る者は我らか汝くらいしかおるまいよ』
「そう、ですか。ごめんなさい」
『謝る必要などどこにある。我らはこの迷宮が崩れていないのだから、気にしてなどいない。そんな事よりも、今はただ一つ、汝が麒麟に姿を変えられるかどうかだ』
心臓すらもないのに、動機が激しくなっていく私とは裏腹に、真剣な目で見つめるドラゴン。
けれど、そんな眼差しを向けられてしまった私は、どうしてか段々と動機が収まっていった。
そして、沈黙が流れた後、私は麒麟へと変態した。
「ふむ。素晴らしいな。共に征こうではないか!」
私の姿を見たドラゴンは、一度番いであるドラゴンを見た後に、頷き、援軍として来てくれると言ってくれた。
嬉しい事この上ないけど、子供の話をしたその瞬間から、断られる可能性が高いと思っていた私は、まさかの返答に驚いてしまったの事実。
『汝、どうしたのだ? 我らが戦に加わると言っているのだぞ?』
「いえ、子供もいるし、正直断られると思ってました。本当に良いんですか?」
『そんなもの良いに決まってーー』
『ーーえぇ、問題ありません。このダンジョンコアの門番は既にこの子らに託しています。むしろ私たちに未だ役割を与えてくれるだけで嬉しいのですよ』
どうやら、子供であるはずのドラゴン達は、既に親の力とそう変わらず、近いうちに超えるとの事で、お役目御免という事らしい。
でも、そうは言っても話してくれた母であるドラゴンの目は少しだけ寂しそうにしていたのもまた事実だった。




