148話 『最後のお別れ』
自室へと入る前に、少しだけ心を落ち着かせ、私は部屋へと入った。
「あ、ママだ! おかえりなさい!」
「おかえり! ママ!」
「うん。ただいま」
相変わらずの笑顔で私を迎えてくれる2人に対し、私の表情は曇ったまま。
これから告げなければいけない言葉を考えると、どうしても悲しくなってしまうのだ。
「どうしたの?」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」
紛れもない嘘だ。
大丈夫な訳がない。
でも、私が弱い所を見せればきっと、2人は余計に私を心配して離れてくれなくなる。
優しい2人に、自分の子に嘘をつくのは心が痛むけど、まだこの程度で苦しんじゃいけない。
なにせ、今から最悪の嘘をつくのだから。
「あのね、今から大切な話をするからちゃんと聞いてね」
「「うん!」」
2人が聞く姿勢になった所で、私は2人を逃すために嘘をついた。
付いて来させないように、断らせないようにと考え、思いついた嘘。
それは、この魔王城も戦いの場になるから、皆でここから逃げるという嘘だ。
皆と言えば、当然そこには私も含まれる。
でも、2人だけで逃げてと言ってしまえば、絶対に断られるからこそ、私は嘘をついたのだ。
「ママも一緒なんだよね?」
「うん、そうだよ。でも私は色んな人に挨拶してからじゃないといけないから、先に2人だけで逃げててね。後からちゃんと追いつくから」
「ホントに?」
「うん、ホントだよ」
「……でも、ママは魔王様から離れても大丈夫なの?」
「大丈夫! ちゃんと逃げても構わないって言われてるからね!」
これは嘘じゃない。
魔王本人から言われた言葉だ。
「分かった! それじゃ、私がお姉ちゃんとして白夜と一緒に先に行ってるね!」
「えっと、お姉ちゃんはどこに行くか知ってるの?」
「ううん! 知らない!」
「えっと、それじゃ私と合流する場所を伝えておくね。この魔王城から南にずっと行った場所に街があるから、そこで待っててね」
「はーい!」
「分かった!」
きっと2人にもこの魔王城での思い出があるだろうけど、それでも私が一緒に行く、それとこの場所が戦場になると理解したからこそ、素直に騙されてくれたんだろう。
騙した事で心が痛むけど、私が言った場所には人間の街があるし、戦場から逃げてきた子供となれば、なんとか保護されるはずだ。
だけど、そんな事は分かっていても、私の体は勝手に動き、2人を力いっぱい抱きしめていた。
「ママ?」
「ちょっと苦しいよ、ママ」
「ごめん、ごめんね」
涙など出ないけれど、これでお別れだと理解している私はただ必死に謝り、2人はこれ以上何も言わずに抱きしめられ続けてくれた。
「それじゃ、先に行ってるね!」
「先に行ってママのこと待ってるからね!」
それから少し経ち、2人に準備させた後、私はそれを見送った。
手を振り、笑顔で見送る私の言葉が嘘だと2人は分かっていないだろう。
きっと、ずっと待ち続ける。
でも、それで良い。それしか選択肢がないのだ。
私が来ないという事実に2人は悲しみ、苦しんだとしても、私は親としての務めを果たしたのだから。
2人が魔王城を離れ、まもなく戦いは始まった。
と言っても、私は魔王に言われた通り、魔王城を防衛する為に、攻めて来ないか見張っているだけだが、伝令からの報告ではあらゆる場所での戦いが始まり、以前よりも激しく戦が行われている事が分かる。
そして、なにより報告を受けた段階で気付いた事だけど、どうやら人間達は本気で戦争を仕掛けてきていることが分かった。
まぁ、本気じゃない戦争なんてないだろうけど……。
ともかく、人間達は相変わらず狂戦士化させる魔法や、最高位の冒険者を使い、攻めてきていた。
「……この戦争、もしかして負けたりしないよね?」
魔族達は人間よりも確かに力では勝っているが、戦術的な面でいえば人間に負けてしまう。
だからこそ、私は万が一にも負けそうになった時のことを考えることにした。




