142話 『姉妹喧嘩』
魔王軍が初めて甚大な被害を受けたあの最悪の日から、数ヶ月。
勇者が動き出した今、平和だった以前とは違い、今では勇者がいる事でより助長した馬鹿な人間たちが領土を広める為に急速に手を出してきていた。
それに加え、魔王軍は日に日に厄介になっていく人間達に対して後手に回ってしまい、優勢か劣勢かでいえば明らかに劣勢な状況だった。
けれども、それでも争いが絶えることはない。
人間達は魔族を根絶やしにするつもりなのか、領土を奪うだけでなく、軍に属していない普通の魔族ですら嬉々として殺し、降伏しても殺してくるのだ。
さらに、最悪な事に勇者がより力を増して暴れ回っているというのもある。
その所為もあってか、私が魔王から戦場に向かう事を頼まれる事は多くなっており、ここ最近では殆ど戦場にいる日々だ。
黒亜と共に向かう事もあるにはあるが、どちらかといえば私一人の方が圧倒的に多い。
だけど、それはつまり私以外では対処のしようがないという事。
私という存在が魔王軍、ひいては魔族を支えている状況となっており、私が居なくなれば一気に瓦解してしまうだろう。
現状、私が向かった戦場はある程度の生存者が出ている。
とは言っても、勇者が居るかどうか、居た場合に戦力を見極める必要がある以上、偵察してから動き始めるしかない。
その為、私が戦場に向かったとしても、被害は依然として大きかった。
魔王軍が後手に回っているように、私自身も勇者という未知の戦力に対して後手に回っているのだ。
……ただ、一つ気掛かりな点として、今の所私は勇者と出会っていない。
数ある戦場の中で、被害が大きい所に私が向かっている筈なのに、未だ勇者とは出会えてすらいないのだ。
それが単に偶然会えていないだけなのか、勇者が意図的に接触しないようにしているのかは分からないけど、後者ならば私と勇者には未だ力の差があって、それを察知して逃げている可能性も充分にある。
でも、それはあくまでも推測に過ぎない。
結局の所勇者と出会わなければ何も分からないのだ。
けれど、例え勇者が居なくても私は全力で人間達と戦わなければいけない。
早く帰りたいとか、魔王軍を守る為とかそんな理由ではなく、手を抜けば傷を負う可能性があるからだ。
何処から引き入れたのか、今までよりも格段に強い人間を使ってきたり、狂戦士化の魔法は勿論のこと、多種多様な魔法を人間達は行使してきている。
つまり、最初と比べれば攻め方は異常なものに変わっているのだ。
しかし、今は戦場での事よりも、もっとやばい事が起きてしまっている。
それは、私が白夜と殆ど会えていない事だ。
「はぁ、早く会いたいし癒されたいなぁ」
黒亜とは何度か一緒に戦場へと向かっているものの、白夜を含めた3人でのゆっくりした時間は取れていない。
たまに短い時間話す事はあり、その時にも気付いていたが、白夜も寂しそうにしているのだ。
顔には出さずに隠してはいるが、私も黒亜も居ない時なんかは一人で何日も過ごさなければいけないし、寂しくなるのも無理はないだろう。
「よし決めた! 今回の戦いが終わったら1日だけ休みを貰おう」
私の心が寂しさで耐えられなくなる前に、何がなんでも休みを貰うため、私は急いで戦いを終わらせた。
そして、無事に戦いが終わり、休みも取れた私が部屋へと戻ったその瞬間に見えたのは、白夜が涙を流しながら膝を抱えて座っている光景だった。
必死に黒亜が何かを言っているが、まるで聞いていないかのように白夜は泣き続けている。
一体何があったんだろうか。
「ただいま。黒亜、なにかあったの?」
「あ、ママおかえり! えっとね、それがなんかママに会えないのが寂しくて耐えられないみたい……」
黒亜から理由を聞いた私は、慰めていた黒亜と変わり、白夜へと話し掛ける。
「白夜、ただいま。ごめんね、寂しい思いばっかりさせちゃって」
「……おかえりなさい。ねぇママ、やっぱり私も戦いに付いていっちゃダメかな?」
「えっと……」
白夜の発言に私は驚き、言葉を失ってしまった。
でも、確かに白夜を戦場へと連れて行けば、その抱えている寂しさや虚しさを拭う事は出来ると思う。
けど、ハッキリ言って今の戦場は危険すぎる。私が守りきれるという保証はないし、どんなに白夜が付いていきたいと言ってきてもやっぱり連れて行く事は出来ない。
「ごめん。駄目だよ、白夜には危なすぎるから」
「なんで!? ママは強いじゃん! それにお姉ちゃんだった強いでしょ!? だったら守ってくれれば良いじゃん!」
喉を酷使して声を張り上げ、私を真っ直ぐ見ながら白夜は叫ぶ。
自分でも最低な事を言っているのは自覚しているのかは分からない。
でも、白夜は必死に付いてこようとしているのだ。ただただ自分の事だけを考えて。
「うん。確かに私や黒亜は強いよ」
「だったら!」
「ーーけどね、守りきれずに白夜が死んじゃったらさ、きっと私や黒亜は後悔するし、どうして連れてきちゃったんだろうって思うの。白夜の気持ちは痛いほどわかるけど、連れて行くことだけは出来たいよ。ごめんね」
「……そう、だよね。私が弱いから仕方ないよね」
不貞腐れたように白夜は私の元から去ろうとする。
だけど、それを止めたのは他でもない黒亜で、その表情から分かる通り、黒亜は怒っている。
というよりも、白夜の発言にイラッとしたんだろう。
「ねぇ、そんなに付いてきたければ勝手に付いてくれば良いじゃん。私やママだって楽じゃないんだよ? 白夜はさ、安全な場所で待ってるだけだから良いかもしれないけど、こっちは人を殺さないといけないし、殺されるかもしれない。それがどういうことか分かるの? 分かった上で戦いたいって言ってるの?」
「……」
「無視してないで答えてよ!」
「はい、ストップ。二人とも落ち着いて。白夜も不貞腐れてないでちゃんと黒亜の話を聞きなさい。それと、黒亜も追い詰めるように言わないで、ちゃんと私が聞いてあげるから、ゆっくり話しなさい」
黒亜の言葉を無視して寝ようとする白夜を止め、黒亜を一旦落ち着かせ、二人に話をする態勢を取らせた。
「それじゃ、黒亜から話してごらん」
「うん。私が白夜の言葉にイライラしたのは多分だけど、戦場を甘く見てるからだと思う。確かにママは強いから守ってくれると思っちゃうのも無理はないけど、戦場に行く以上は人の死ぬ姿とか、悲痛な叫びとかを見なきゃならないし、命を奪わないといけない。その人の生きる道を奪う以上、甘く考えてるのがどうしても嫌だったの……」
「そっか。白夜はなにか黒亜に言いたい事はある?」
「わたし、私は……」
今まで黒亜がどれだけ大変な思いをしてきたのかを聞いた白夜は、自分が戦場に付いていくなどと簡単に言っていた事を自覚したのか、黒亜に抱きつきながら泣き始めた。
そして、さっきの大きな声を聞いたのか、それとも私に用があったのかは分からないけど、私たちの部屋の扉が開き、呆然と立っている魔王が姿を現した。
「これは、どういう状況だ?」
「うーん。まぁ色々あってさ。私もこういう時どうしたら良いか分からないんだよね」
「はぁ。君に話があったのだがな。まぁ良い、明日の朝少し時間をくれ」
「朝ね。了解」
特になにをするでもなく、私に用件を伝えた魔王は、そそくさと居なくなってしまった。
依然として白夜は泣いていて、黒亜も白夜を抱きしめながら泣いているのだから、魔王が困惑してしまったのも理解が出来る。
「とりあえず泣き止むまで待つしかないか」
今声を掛けても無意味になりそうな気がした私は、ひとまず泣き止むまで待つ事に決めるのだった。




