141話 『魔法の正体』
魔法使い達を燃やし尽くしてから、既に戦闘を開始している黒亜と分裂体の元へと急ぎ、私も戦闘に参戦した。
未だゾンビのように群がってくる兵士たちに対し、私たちはたった3人ではあったものの、呆気なく私たちは勝利する事が出来た。
というのも、黒亜がある程度動けて、尚且つ分裂体がその圧倒的な力を持って、兵士達を殺してくれたからだ。
それに、そのお陰もあって、最早私が本気になって暴れるまでもなかったのは嬉しいと言える。
なにせ、私が暴れれば黒亜を守りながら砦を修復不可能なレベルで破壊し尽くしてしまう恐れがある。
未だに大部分は壊れてしまったものの、原型をかろうじて留めているのは黒亜達の功績だ。
「黒亜。よく頑張ったね、お疲れ様」
「ううん。ママの方が凄かったよ! それに、やっぱりママが絶対守ってくれるんだー、って思うと体が上手く動いたの!」
「そっか。でも、人を殺したのは初めてでしょ? 大丈夫? 気分悪くなったしてない?」
「うーん……ここに来たばっかの時とか、初めて殺した時の感触とかはやっぱり気持ち悪いけど、もう大丈夫かなぁ……」
黒亜の言葉を聞く限り、人を殺す事に慣れてしまったのだろう。
さすがに殺人に対して快楽とかを抱くとは思えないが、あまり慣れさせるものでもないのは確かだ。
けど、戦争になっている今、黒亜はどうしても人間を殺さなければならない。
例え自分が罪悪感を抱いても、気持ち悪くなっても、致命傷を与えてトドメを刺してあげない方が可哀想なのだ。
……でも、それでもやっぱり黒亜には少しでも良いから人を殺すということがどういう意味を持つのかを理解してほしいと思ってしまう。
ーー人生を奪うというその意味を。
「それじゃあ帰ろっか」
「うん!」
けれど、それはやがて黒亜自身が気付いてくれるだろう。
誰かから教えられるものじゃなく、どう感じるのか、どう考えるのかは黒亜自身なのだから。
それから帰る前に生き残った兵士たちが居ないかを確認し、私達は少しゆっくりと魔王城へと戻った。
というのも、黒亜が初めての戦場ということもあって、疲れ果てて寝てしまったのが遅くなった要因だった。
まぁ正直言って仕方ない事だし、頑張った黒亜を起こすわけにもいかないから、私がゆっくり走っただけなのだが。
「あっ! ママ、ごめんなさい! 寝ちゃってた!」
「良いの良いの。疲れたでしょ? ほら、魔王城にも着いたし、私は魔王と話があるから、先に部屋に行って休んでな」
「あ、もう着いちゃったんだ……ママともっと話したかったなぁ」
「それじゃ、後で白夜と一緒に沢山お話ししよっか」
「うん! じゃあ私は先に行ってるね!」
黒亜が部屋に向かっていくのを見届けながら、私は魔王に報告する為に足を運ぶ。
あの脅威的な魔法についても聞く為に。
『中々に早い戻りだな』
「そうかな? 私としては割と遅くなったと思うけどね」
『そうか。まぁ良い。それじゃあ報告を聞くとしようか』
戦場での出来事については、魔王軍及び人間達、その両方が全滅したという事を伝えた。
すると、魔王からしてみれば人間側はともかく、何故魔王軍が全滅したのかが不可解であったのか、悩みながら俯きはじめた。
『……ふむ。それで、お主達は特に負傷等はないんだな?』
「当然。私が傷を負うわけないし、黒亜も擦り傷程度ならしたけど、重傷とかは負ってないよ」
『そうか。それは良かった。しかし、何故軍は全滅したのだ? なにかあったのだろう?』
「そうだね。私からしても不思議だったし、魔王が知っていれば良いんだけど……」
砦内で使われていた魔法に関してを訊ねると、魔王は軍が全滅したことに納得し、徐々に怒り出した。
無論、私が居て全滅した事に関してではなく、人間達に対してだ。
『何故人間達は厄介な、それも人の命を文字通り駒として使うのだ!』
「落ち着いて。私はとりあえずこの魔法が何かを知りたいの。万が一にも次の戦場でも使われるとしたら対策を考えないとまずいでしょ?」
『済まない。少し取り乱してしまったな。しかし、対策など無意味だ。一度使われたら最後、その者を殺す以外他にない。それが人間の使った魔法、禁忌とされている最悪な魔法だ』
どうやら人間達が使っていた魔法は、魔族内でも禁忌とされており、使用方法はおろか、知っている者すらごく僅かな魔法だった。
一度使えば戻ることは永遠になく、適応して肉体が強化される事もない。
痛覚は麻痺し、自分で考える事は出来なくなり、術士が敵と認識した者を襲うだけの化け物となる。
それが狂戦士化という魔法だった。
「本当に厄介な魔法だね。私が見たところ、魔王軍じゃその魔法を使われた相手に複数で来られたら力で負ける可能性が高いし、なにより意地でも殺しに来るという恐怖は拭えないよ」
『確かにな。一度恐怖すればそれは弱点となって、攻撃が上手く行うことが出来なくなる。ましてや、腕や足を切り落としても向かってくるのだから、頭以外で即死させられないというのも辛い所だ』
「そうだね。一撃で潰したり出来れば良いけど、そんな膂力を持ってる人は早々居ないし、普通の魔王軍でも出来る事といえば遠距離で頭か心臓を貫くとかかな」
『いや、それも有効打にはならない。人間の方が数は多いし、能力が強化されて動きの速い敵には魔法も矢も当て辛いからね』
魔王も私も、対抗策がまるで浮かばない。それくらい狂戦士化の魔法は厄介なのだ。
いや、むしろ万能と言ったほうが正しいのかもしれない。
……けど、幾ら万能といえど、魔王軍側がこの魔法を使う事はないし、例え使える者が居ても魔王が使わせないだろう。
でも、それじゃあ人間に勝てない可能性が高いのもまた事実。
『恐らく、いや、確実にこれから先も人間どもはこの魔法を使ってくると思う。今回で有効打と気付いただろうしね』
「つまり、そうなると私を戦場に駆り出す事が多くなるって事だよね?」
『……あぁ』
それは酷く小さな声だった。
私を酷使しなければ勝ち目は薄い、それに、私が断れば魔王軍は壊滅していく可能性が高いのだから、逃げようにも今更逃げられないのだ。
まぁ、魔王に付いていくと決めた以上、私が逃げたり断ったりする事もないが、実質的に魔王軍を人質に私を使うという事になる。
『君は私に駒のように使われるというのに逃げたりしないんだな……いや、忘れてくれ』
「大丈夫。私なら問題ないから」
『済まない。感謝するよ』
魔王への報告も終わり、私はその場を立ち去ろうとしたが、そんな時に魔王の口から小さな声の独り言が聞こえてしまった。
『……これでは私も人間と変わらないじゃないか』
魔王というものを背負っている重さなんてものを私は理解が出来ないし、多分共感も出来ない。
それは唯一人である魔王か、或いは以前の魔王くらいにしか分からないのだ。
既に先代の魔王を殺してしまった今、魔王は抱えるものを発散する事は難しいだろう。
ーー私に出来る事は精々戦う事くらい。
だから、魔王の独り言に私は反応せず、聞かなかった事にした。




