139話 『人間のような化け物』
刻一刻と砦が奪われるまでの時間が過ぎていく中、悠長に歩いて行けるはずもなく、私は黒亜を抱えて飛び出した。
恐らく普通の人なら数時間以上歩く羽目になる道を、私はグングンと突き進み、おおよそ数十分程度で砦へと辿り着いた。
そして、砦に辿り着いた私達の眼前に映った光景は、まさしく地獄とも言えるものだった。
火が点けられたことによって炎が燃え盛り、至る所に死傷者が転がっている。
砦内に入ってないのにも関わらず、この光景なのだから、中がどれだけ酷いかは想像がついてしまう。
「黒亜、これが戦場だけど、耐えられそう?」
「な、なんとか……」
強がって最初は耐えてはいたものの、黒亜はすぐに吐いてしまった。
けれど、逆に吐いたら少し落ち着いたのか、ついさっきまでは一切していなかった索敵をし始めた。
「また耐えられなくなったらすぐに言って。分裂を使って、魔王城まで届けるから」
「ううん。ママと一緒なら大丈夫!」
「そっか。それなら、とりあえず戦況を見る為に砦に入るよ!」
「うん!」
砦内に入った私は、その異様な光景に足を止めてしまった。
そして、それと同時に何故人間よりも基本的に優れている魔王軍が負けそうなのかを理解してしまった。
なにせ、人間側が狂っているのだ。
いや、狂っているという言葉よりも、操られていると言った方が良いかもしれない。
私に知識がないからどんな魔法が掛けられているのかは分からないけど、まるで洗脳でもされているかのように、人間達は魔王軍を執拗に攻め立てている。
それも、腕が千切れようとも、足が無くなろうとも、痛みがないのか、死を恐れずに攻めているのだ。
もはやこの姿を見てしまえば、大概の人は怖気づいてしまうと思う程に、異様なのだ。
そして、それに加えてリミッターが外れた人間に、恐怖を植え付けられた魔王軍が勝てる訳もなく、今の状況になってしまったと思う。
「なに……これ……。ママ、これが本当に私と同じ人間なの!?」
「いや、もう人間ですらないと思った方が良いと思う。誰がどう見たって化け物じみてるし」
ただ、ここまで人間が暴れていようと、私はまだ本気で人間共を潰す事が出来ない。
万が一にも勇者がこの砦に居た場合を考えると、勝てるかどうかも未知数なのに、危険な賭けは出来ないのだ。
「ママ! こっちに何人か来てるよ!」
「黒亜、本当に人間を殺せる? 無理なら私がやるけど……」
「大丈夫、殺せるから安心して。それに、早く殺して解放してあげた方がきっと良い気がするの」
きっと、黒亜はこんな状態になった人間達に哀れみを抱いている。
けれど、その哀れみが油断を招く危険性もあるだろう。
だから私は、分裂スキルを使って、黒亜を守りながら戦う事にした。
「突き進むよ!」
「うん!」
迫りくる人間を、確実に殺していきながら私たちは砦内を探っていく。
基本的に力量差のある私は一撃で殺す事が出来るが、黒亜はそうもいかない。
何度か掴まれたりしているし、多少の傷も負っている。
それに、完全に殺すには首を切り落としたり、短剣を突き刺したりしなきゃいけない場面もある。
今の所は、一度に複数人程度だから問題ないが、数十人規模になると、黒亜は殺されてしまうだろう。
まぁ殺させない為に私が居るんだけどね。
ただ、戦場での戦いが続くにつれて、黒亜の戦闘能力はどんどん向上していくのが分かる。
落ちている剣を投げたり、わざと攻撃を誘って同士討ちさせたりと、今回のような愚直に攻めてくる敵に対応しているのだ。
「黒亜、止まって」
「……ん? ママ、どうしたの?」
「この先で待ち構えられてるっぽいから、私がブレスを使って吹き飛ばすね。ちょっと下がってて」
「うん、分かった」
砦内を突き進み、最も勇者が居そうな所である、頂上にて私達は待ち構えられていた。
まぁ結構派手な戦闘もしていたし、登ってきている私たちに気付くのは当然といえば当然。
だからこそ、私はブレスを一撃お見舞いする事に決めた。
もしも勇者が居て、それを止めてくるのであれば撤退して戦略を練る事も出来る。
逆に、勇者が居らず、例えばーーこの最低最悪の魔法を掛けている魔法使いが居るのであれば、恐らく一撃で消し飛ばせるだろう。
「消え失せろ!」
出来るならば勇者が居ない事を願って、私はブレスを解き放った。




