13話 少し昔話をしよう
その日は、なんの変哲もない普通の日だった。
肌を焼くようにチリチリと照らす太陽と、雲一つない青空。
そんな何事もない普通の日。
だけど、そんな普通の日に私は絶望した。
先に言っておくが、私は絶望するより前は、明るく周囲を照らすような笑顔を振り撒く女の子だった。
小学生の時は家族と一緒に歩いていても、一人で学校から下校していても、常に私は近隣の住民や、沢山の人から可愛いと褒められていた。
だけど、私は私自身のことをこの時からあまり好きではない。いや、恐らくは小学生の時から自分のことは好きじゃなかったと思う。
可愛いと言われれば嬉しいし、暗い顔をしているより笑顔でいた方が周りも元気に出来ると思ったから私は常にそれを心掛けていた。
だけど、そんな風に私が心掛けるようになったのは、なにも不思議な事じゃない。
私の家は周りから見れば幸せそうな家族、内側から見れば最悪な空気を漂わせている家族なのだ。
父と母は毎日のように家で喧嘩をし、私は両親の顔色を窺わなければならない。
そうなってくると、私が笑顔で明るく振る舞うようになるのは想像に難くない。
「またお前は無駄遣いをしたのか! 一体誰がこの家の主人だと思ってるんだ!」
「あなたこそ、いつもいつも夜遅くに帰ってきて、たまには娘の面倒でも見たらどうなの!?」
「それとこれは話が違うだろ!」
「パパ? ママ?」
私はいつも寝たふりをして、二人の喧嘩が激しくなりそうな時に眠たい目を擦るような演技をしながら二人の間に入っていった。
笑顔を心がけ、二人の怒りを沈めるように。
そしてなによりも私が二人を怒らせたり、機嫌を悪くさせたりしないように。
そして、変化は中学生の時に唐突に訪れた。
私がいつも通り学校に行き、クラスの人たちと話していると、突然慌ただしく先生がやってきて、私は近くの病院へと走ることになった。
「えっ……嘘だよね? パパ……?」
病院にたどり着いた時、そこに居たのは変わり果てた父の姿だった。
医師の説明によれば、父は車に撥ねられて意識不明の重体になっているそうだ。
私は医師からその説明を聞いた時、まるで全身から力がなくなったかのようになり、気が付けばその場に座り込んでいた。
「あら、車に轢かれたと聞いて来てみたけれど、どうやらもう話も出来ないようね。残念だわ。折角今日こそ離婚しようと思っていたのに」
「ママ!? どうしてそんな事を言うの!?」
「あなたは知らなくて良いことよ。さっ、パパはもう起きなさそうだから帰るわよ。もう引っ越しの準備も出来ているしね」
それから、私と母は病院を離れ、家から荷物を運び出して遠くの街へと引っ越していった。
当然、父から離れたことによって、既に連絡など取れる状況ではなく、そもそも生きているのかさえも教えられていない。
ただ、母から聞いた話では、どうやら父は私が小学生の時から不倫をしていたらしく、車に撥ねられた日も女の人と遊んでいたそうだ。
「ママ。パパとはいつか会えるのかな?」
「無理よ。一生会えないわ。さっ、明日から新しい学校なんだからもう寝なさい」
「……はーい」
母の顔色や話し方から考えて、きっと父はもう生きていないのだろう。
だからもう一生父と会うことはない。
子供ながらに分かっているけれど、父と会えないのはなんていうかとても寂しかった。
だけど、私はその寂しさを表には出さなかった。
なにせ、父がいなくなった事により、母は仕事ばかりの生活でストレスを溜め、家庭環境も次第に最悪なものになっていたからだ。
私が明るく振る舞っていたからこそ、中学の間は問題なかったが、もしも私が母に学校で虐められていた事実を話していればきっと、母はもっと早くに壊れてしまっていたと思う。
そして、中学での最悪な変化はなんでもない日にやってきた。
私は普段通り学校でイジメられ、涙を止めてから家に帰ると、そこに居たのは変わり果てた母だった。
なにをしたのかも理解出来るし、それはきっと説明していいものではない。
だけど結論から言えば、中学卒業の日に私は孤独となったのだ。
それからというもの、私は祖父母に引き取られ、高校にも通わせてもらい、一人暮らしを始めていた。
だが、中学からエスカレーター式に上がっていく高校で相変わらず私はイジメられ、気付けば不登校だ。
この時既に私には以前のような明るさなど持ち合わせておらず、常に暗い雰囲気を纏っていた。
そして、そんな不登校を続けた末に、今私はこうして異世界へと転生しているのだ。
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はぁ。なんか疲れてるのか昔のこと思い出しちゃったなぁ。
んー、でもあんまり悪い気分じゃないかも。
久しぶりに父と母の顔も思い出せたし、今ではこうして昔みたいに明るく自由に過ごせてるからストレスはないし。
ま、でもやっぱりちょっとだけ寂しいかな。
けど、それ以上にもうあの生活には戻りたくないし、日本にも帰りたくない。
だから私は、いつ死の危険が迫ってくるかは分からないけど、それでも異世界で自由奔放に生きていたいと思ってしまう。




