137話 『勇者始動開始!』
白夜と黒亜と一緒に魔王城で過ごし始めてから、幾つかの年は簡単に過ぎていった。
「最近は割と戦いも少ないけど、これから先平和になっていくのかなぁ」
白夜と黒亜が先に寝た後、私は魔王と手合わせをしていた為に、今共に夕食を食べている。
そんな時にふと考え、口に出した言葉だった。
まるでフラグが立ちそうな台詞ではあるが、さすがに大丈夫だと信じたい。
けれど、私の言葉を聞いた魔王は、神妙な顔をして口を開いた。
『どうだろうね。私も平和になってくれれば良いと思うが、なんとなく大きな戦いが起きる前触れのようにも思えるよ』
「大きな戦い?」
『そう。例えば魔族と人間の総力戦。いわゆる戦争だね』
「いや、ここ数年は平和だったし大丈夫じゃないかな? 心配しすぎだって」
『君は楽観的すぎるんだよ。ま、これからの事は魔王である私が考えれば良い事さ』
魔王がどうしてここまで心配しているのかが私には分からなかった。
なにせ、本当にここ数年の間は人間と魔族の戦争が激化するという訳でもなく、今まで通り小競り合い程度の戦いしか起きていないのだ。
死人などが出る戦いを小競り合いと言って良いのかはともかく、少なくとも大規模な戦争は起きていない。
それも全ては、魔王が未だに人間との共存を目指しているからであると思うし、そもそもある程度の戦いも基本的には魔王側から仕掛けるのではなく、人間側から仕掛けてきたことの方が多い。
穏健派であり、戦いを好まない魔王だといい加減人間達も分かりそうな気がするが、未だ戦いが終わらない事を考えるに、分かっているからこそ今のうちに魔族を滅ぼそうとしているか、単純に理解していないかのどちらかだ。
つまり、ここまでを振り返っても、魔王が心配するような事は起きないと思えてしまう。
『あぁ、そういえば双子ちゃん達はどれくらい強くなったんだい?』
「んー、黒亜だったら魔王軍の幹部とかだったら良い勝負出来るんじゃないかな?」
『そうか! それは素晴らしい成長だ!』
数年間は平和だったお陰もあって、白夜と黒亜も随分と成長した。
黒亜に関しては稽古相手が私になってからというもの、成長速度が異常なものになっている。
私の見立てでは才能が無いものだとは思っていたが、何度かモンスターを倒しに行った事もあって才能が開花したのだろう。
そして今では魔王に言った通り、魔王軍の幹部クラスに匹敵するほどだ。
とはいえ、私自身魔王軍の幹部とは数えるほどしか手合わせをしていない為、強さがあまり分からないが、ステータスで考えれば4桁に近いレベルだと思う。
「あ、そうそう今食べてるこの夕食だけど、白夜が作ったって事に気付いた?」
『ふむ、正直言っていつもより美味しいと思っていたが、まさか白夜が使っていたとはな。驚きだ』
「でしょ! さすが私の娘だよね!」
『確かに流石と言えるが、こうも自慢されると君の親バカっぷりはいつ治るのか不安になるけどね』
黒亜がモンスターと戦いをし、才能を開花させたのに対して、白夜は日夜料理や掃除をし、その腕を上達させていた。
魔王からして普段より美味しいと言わせるレベルではあるし、相変わらず戦闘に関しては怖がっているが、それ以外のいわゆる日常生活に必要な家事類は魔王城でもトップクラスにまで成長している。
そんな中私はというと、今現在既に力だけでいえば魔王を凌駕していた。
ただ、手を抜いても勝てるという訳ではなく、あくまでも本気で戦えば負ける事はないという事だ。
しかし、私が魔王より強いとなると、必然的に万が一にも魔王が死に、私が生きてた場合は私が魔王にさせられる可能性がある。
「ねぇ、もしかして私を次の魔王候補にとか考えてないよね?」
『もしも君が求めているのであれば今すぐにでも変わるが、君は求めていないだろう? それに、君の強さを本当に知っている者はごく少数。仮に私が死んだとしても、君が魔王に選ばれる事はないさ』
「そっか。それなら良かった」
『まぁ元より君は平穏な生活を望んでいる訳だし、私より強いという事はあまり気にする事でもないさ』
恐らく、魔王は私の方が強いという事実に少なからずショックを受けている。
今でこそ表情にも出さないが、初めて私が魔王に手合わせで勝利した時には、涙目になるほど悔しがっていた。
それが負けて悔しいのか、それとも魔王としてのプライドなのかは分からないが、わざわざ指摘する事でもない事だ。
『さて、そろそろ食事も終わりだな。そうだ、一つ懸念している事がある。それを君に伝えておこう』
魔王が私に伝えてきたのは、勇者についてだった。
そもそも、私も特に気にしてはいなかったが、魔王がいて勇者がいないというのは可笑しな話なのだ。
「それで、懸念材料にするってことは勇者は強いって事だよね?」
『いや、私も今回の勇者の実力は未だ分からない。けれど、恐らくは今までのような戦いじゃなくなり、苛烈になっていくと思う』
「それって前の勇者の実力は分かるってことだよね?」
『そうだね。私も書物での事しか知らないけど、前回は幼いうちに殺したから問題はなかったみたい。ただ、一番の問題は勇者の強さってよりも、私のような人間とはかけ離れて強さを持つ魔王に対抗する為に得る特殊な能力かな。どこから得てるのかは全くの不明なんだけど、厄介な事には変わらない』
魔王に対抗するための特殊な能力……。
もしかして私のような転生者が勇者に選ばれてるのかな?
いや、でもさすがにそれは……。
『まぁまだ本格的に動くとは限らないし、今は頭の片隅にでも入れておいてくれれば良いさ』
私が考え事をしているうちに、魔王は席を立って言い放った。
私はその言葉にひとまず返答し、部屋へと戻って眠りにつく事にした。
考えてばかりでも仕方ないだろうし。
けれど、次の日の朝、まるで昨日の会話がフラグになったかのように、勇者が本格的に動き始めたのだった。




