126話 『魔王の理想の為に』
「それで、今回の戦いはどっちの火種なの?」
「……」
さっきまでは普通に話していた魔王も、私の問いに対しては俯き沈黙で答えている。
正直魔王が指示を出し、戦いを起こすことはないと思っていたけれど、この沈黙に対して導き出される答えはおおよそ分かってしまう。
つまり、人間からだとばかり思っていたが、恐らく魔族側から仕掛けたということだ。
しかしこれはあくまでも私の推測でしかない。実際に答えを聞かないばかりには糾弾する事も、理由も聞くことも出来ないのだから。
「ねぇ、まさかこっちからじゃないよね?」
沈黙で答えようとするのならば、話してくれるまで私は問い続ける事に決めた。
魔王が共存するという道を選ぼうとしているのだから、もし今回魔族側から仕掛けたとしても、それなりに理由があるはずなのだ。
『……君は、私が言ったことを覚えているかい?』
「人間と共存したいって話?」
『そう。私は人間とは共存関係を築きたいと思っている。だからこそ、私が指示を出して無理に敵対行動をさせる事はない。けれど、それは基本的にさせてないだけの話。私の目を掻い潜って人間を殺したりする者も少なからず存在する。憎しみを持っている奴らなんて特にさ』
「じゃあやっぱり今回は魔王の所為じゃないって事……?」
あり得ない話じゃない。
魔王一人で全てを見るのは不可能だし、モンスターにより近い魔族なんかは人間を敵視してしまうのだろう。
それに、人間によって同族を殺されているのであれば尚更憎しみは増すし、殺しにくる相手と敵対しないというのは無理な話だ。
そう考えると魔王のしていることはとても難しく、口には出さないけれど、やっぱり私からしても共存は無理、もしくは不可能に限りなく近い。
『いや、前置きを話してさも私の所為ではないと誤解させてしまったかもしれないけれど、今回は私から戦を仕掛けた事に変わりはないよ』
「どういう事?」
『言葉の通りさ。魔王軍の威厳を保つ為の戦だ。事の発端は人間側が私達魔王軍の領地を奪った事にあるし、尚且つ人間側は私達に宣戦布告してきたのさ。ここで戦わないと私らは舐められる。だから、戦う事にした』
あー、そういうことか。確かに今回は魔王から戦を仕掛ける訳だけど、原因は人間の宣戦布告だし、誰が悪いかと聞かれたら魔王ではなくて領地を奪い取った人間側で間違いない。
ま、まぁ私が言える事じゃないけどね
なにせ私も魔王軍の持つ拠点を更地にしてる訳だしね。
ただまぁ、そんなことは正直どっちでも良くて、ここで魔王軍が宣戦布告に乗ってやり返したらより人間には憎しみが増えるだろうし、魔王軍も人間を敵だという認識が深まってしまうと思う。
そう考えると今回の戦は悪循環でしかない気がするけれど、魔王はどう考えてるんだろう。
やっぱり魔王なりの考えがあるのかなぁ?
「ねぇ、毎度の事か分からないけど、こうしてお互いにやり返し続けてたら共存なんて出来る気しないけど」
『分かってるさ。けど、砦を奪われて取り返さないのは魔王軍の士気にも関わるし、人間側が調子に乗る可能性が高い。それに、そもそも人間が私達魔族を悪と思っているのなら、私としては一度人間の心を完膚なきまでに叩かないと話し合いすら出来ないと思う。君は、この考えにどう思う?』
根本的に人間は確かにモンスターや魔族を悪と捉えている節はある。
魔王の言葉通り、人間の心を一度折る必要はあるかもしれない。
ただ、それはやり過ぎたらダメだ。恐怖を植え付け、魔王が絶対支配者になってしまえば共存は出来ない方向に傾くだろうし。
心を折りつつも、人間側にはまだ士気があって、尚且つ共存出来るかもと考えてもらうほかない。
ーー例えば人質を無傷で返したり、敢えて街を襲わずに野生のモンスターから守ってあげるとか。
後者は恐らく無理だ。前者ならば人質が自身の境遇を誰かに語り、魔王軍が特に乱暴な事をしていないと分かれば、まだ話し合いの余地はある筈。
「……そうだね。確かにそっちの方が話し合いは出来るかもしれないけど、恐怖を植え付けすぎるのもあまり良くはないと思う。私が少し考えたことだけど、人質とか捕虜を出来る限り無傷や回復させて返したりすればなんとかなるんじゃない? ……いや、違う。そもそも私が考えることじゃないし、魔王のやりたいようにやるべきだよ。私は魔王に付くと決めてるし」
『ありがとう。多分君ならそう言うと思って聞いた。済まないね。それでなんだけど、今回は君に参加したいと思ってるんだけど、問題ないかな?』
「分かった。それで戦うのはいつ?」
『話が早くて助かるよ。君がこうも簡単に手伝ってくれるとはね』
「そういう約束だし、一応私は魔王軍の一員だからね。白夜と黒亜を巻き込まないなら戦いくらいなら手伝うよ」
『感謝する。君がいれば一騎当千だ。……さて、戦についてだけど、日時は今日の夜。いや、夜中だ。詳細については魔王軍の幹部から説明があると思うから、時間になったら魔王城の前に出てきてくれ』
「了解。魔王は今回は参加するの?」
『いや、今回も私は結界を維持する関係上行けないかな。君の活躍に期待しているよ』
「分かった。任せといて」
話は終わり、私は白夜と黒亜になんて説明しようか考え始めた。
既に魔王は部屋から出ており、私は部屋に1人になった。
魔王の話を聞き、その道は険しく難しいということを改めて理解した。
でも、私は魔王の友であるし、魔王の理想に付き合うつもりだ。
それが例え結果的に人間を滅ぼす事になっても。




