1、恐怖のコックリさん
「姉貴、夕飯だってよ! 姉貴!」
高校一年生になる清水康太の声に姉である清水鈴子は自分のベッドの上で布団にくるまっては耳を塞いだ。
「ひっ、ひいいっ」
口から洩れるのは悲鳴のような声と歯の鳴る音だ。
「姉貴――――」
弟がドアノブの前で大声を張り上げる。親友である井上洋子が殺されたのはつい二時間前のことだ。そして、鈴子にはその犯人に心当たりがあった。
「洋子の次はきっと私が。何で何も悪いことしてないのに。ひ、ひい」
過呼吸になりながらも、鈴子は手持ちのスマホを食い入るように見ていた。高校二年生になる鈴子は県立湊第一高校に通っている普通の女子高生だ。死んだ井上洋子は中学の時に親の転勤でこの町に来た時に出会った普通の女の子だった。そしてかけがえのない親友でもある。そして、親友の二人がラインの文面で鈴子を励ましていた。
『そんなに怖いなら怪異探偵に頼もうよ。勇樹君なら頼りになる男の子だと思うよ♡』
鈴子の震えが止まる。怪異探偵、そう言えばそう言われる男子生徒が六組にいた。変人であり、霊能力者としても知られる少年だ。
鈴子の過呼吸は治まり、その口元には笑みが浮かんでいた。
「ハイ、アーン」
「おい、やめろ。みんな見てるだろ」
美形の少年が間抜けな声を出した。対面の少女はニコニコと笑っている。少年の口元にはフォークに突き刺さったイチゴがある。
「えー、私の求愛行動をみんなに見て欲しいですぅーーー」
童顔の少女はそう言うと、けらけらと笑った。宇都宮倫奈。まるで後輩のような口調だが、少年の同級生である。少年は氷のように凍てついた目で倫奈を一瞥する。
「状況を考えろよ」
少年は冷たく言い放つと、倫奈の隣にいる少女と自分の隣にいる少女に目をやる。二人とも顔立ちの整った美少女である。新田絵美と葛原美保。三組の帰宅部であり、地味な女の子に入る。普通の女子だ。
二人とも引きつった笑みで少年と倫奈のやり取りを見ていた。
「倫奈はいつもこうなんだ。ただの助手だから気にしないで欲しい」
「そ、そう」
新田絵美が引きつったような声で答えた。順調に引いている。
「それで殺された井上さんのことだけど、コックリさんのせいで殺された、と?」
二人が小さく頷いた。
「オカ研の僕が言うのもなんだけど、荒唐無稽な話だよね」
「私たちだって信じたくないわ。でもあの子は呪い殺された。そしてスマホには次は清水鈴子を殺すって」
「それ、完全に警察案件だよ。僕の領分じゃない」
素っ気なく、堤勇樹は答える。
「警察は捜査してます! で、でもコックリさんが犯人だなんてぇ、そんなの警察に逮捕できるわけが!」
怯えていた葛原美保が金切り声を上げた。恐怖、それだけが彼女たち二人を支配しているのだろう。
「怪異ねえ。怪異が人を殺すってことはよっぽどの悪人だってことだよ。君たち二人は人でも殺したのかい? 怪異に目をつけられるようなことを?」
「ち、違う! わ、私たちは何も! コックリさんの言うとおりに祠を破壊しただけよ! だってそういう指示だったもの!」
「ちょ、美保落ち着いて」
「これのどこが落ち着いていられるっていうの! わ、私は中学の頃からボランティアに従事してきたの! お、お年寄りのおばあさんが道に迷っていたから助けたこともあった。他にも他にもたーーぁくさん社会に貢献してきた。その私が祠を壊した程度で殺されるぅ! そんなの理不尽すぎるわよ!」
葛原美保は鬼気迫る表情で勇樹に詰め寄る。
「善意にまみれた人間ほど、怪異には食われるんだよ。だってこの世の中に悪人はそんなにいないしね」
美保が叫ぼうとするのを今度は新田絵美が左手で口を塞ぐ。
「旧奏神社の祠を壊したの。私たちの寿命はどれくらいかな?」
「多く見積もっても一ヶ月かな。しかし、あそこ危険度Bランクだよ」
美保の顔が青くなり、絵美の全身が震えだす。
「だが、大丈夫だよ。コックリさんに君たちは殺させない。この怪異探偵・堤勇樹が危険を除去する」