第三十八話 『夏樹の悩み』
ひとまず弱体化してしまったバスケ部を元に戻す件だが、運動部でもない俺にすぐには妙案が浮かぶはずもない。なのでしばらく時間をもらって考えてみることにした。何も考えずに突っ込んでいって、どうにかしてしまうのは梓くらいだからな……。
そんなことを考えつつ、牛乳パックを飲みながら教室に入ると、夏樹が頭を抱えて座っていた。夏樹の前では梓が心配そうな顔で覗きこんでいる。
「夏樹はどうしたんだ?」
「なんかよく分からないけど、悩みがあるみたい」
「そうなのか……」
夏樹は俺が近くに来たのにも気づかないのか、机の一点を見つめたまま微動だにしない。そんな俺の制服の袖を梓がチョイチョイと引っ張ってくる。そのまま引っ張られながら教室の隅に移動すると、梓が俺に耳打ちしてきた。
「さっき一応どうしたのって聞いてみたんだけど、大丈夫だよって言われちゃって……女の私にだと言いにくいことでも、同性の竜なら相談に乗れるかもしれないから聞いてあげてくれない?」
「そうだな。分かった、任せとけ」
俺はそう返事を返すと、夏樹の方に向かって一直線に歩いていく。夏樹の悩みっていったいなんなんだろうな。恋愛関連なら、夏樹の場合気になる子がいれば連絡先を渡して「今度ご飯行かない?」って誘えば、きっと百発百中だろう。ならもしかして一斉にいろんな子に告白されて、どの子と付き合うか迷ってるとか?
その場合は……うちのアホなクラスメイトを総動員して制裁を加える必要があるな!
「おーい、夏樹!」
飲みかけの牛乳パックを机に置くと、夏樹の肩を軽く叩く。夏樹はそれでようやく俺の存在に気づいたらしく、うつむいていた姿勢から顔を上げる。
「ああ、竜か」
そうです、竜です。俺でごめんね。
「何か用? 悪いんだけど、今はできればそっとしておいて欲しいんだけど……っひ! 黒と白、ブラックアンドホワイト!」
夏樹は目を見開くと、俺の飲みかけの牛乳パックを見て悲鳴をあげる。あれ? こいつ牛乳アレルギーかなんかだっけ?
「いやだ、いやだ、いやだ……」
自分の両腕で肩を抱くようにすると、夏樹はガタガタと震えだす。これは普通じゃない!
「おい、夏樹。しっかりしろ! いったい何があったんだ。他の人には絶対言わないから相談してくれないか?」
俺は夏樹の肩を掴むと、真剣に訴えかける。これが男どうしの友情というやつだろうか。そんな思いが通じたのか、夏樹は落ち着きを取り戻すと、俺に視線を返す。おお、どうやら相談する気になってくれたらしい! やっぱり頼れる男は違うな!
「僕の悩みは……元はと言えば竜のせいなんだよー!」
へ? 俺のせい?
「俺が何をしたって言うんだ!」
友達である夏樹の悪口を言った覚えはないし、変な噂を流したこともない。きっと夏樹の勘違いだな。
「竜の発言がどうやって伝わったか分からないけど、今度、今度……パンダのシャンくんが掃除用クリーナーとして商品化されるんだよ!」
何だそれ? そんなこと言った覚えは……
夏樹の言葉を引き金に、俺の頭の中に数日前の記憶が呼び起こされる。
「掃除に使う。夏樹が作るぬいぐるみはホコリの回収率が素晴らしい!」
「嫌だあぁぁぁ!」 (第十六話 『ぬいぐるみ』参照)
うん、気のせいだ。だが、そんなふうにごまかせる雰囲気ではなかった。
俺の目の前には、金剛力士像も逃げ出すような怖い顔をした夏樹が立っていたのだから。




