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第三十五話 『視察』

「会長、その書類のチェックが終わったら、こちらの書類にサインをお願いします」


「ああ、分かった。それにしても小島が入ってくれたおかげで、仕事の効率が一気に上がったよ。本当にありがとう」


「いや、まあなんだかんだありましたが、入ったのは(逃げられなかったとはいえ)自分の意思ですから」


「そうか、これからも頼むな」


 俺は放課後、他の役員が来ない中、生徒会の仕事をしていた。机に山積みになっている書類を会長のサインがいるものと、いらないものに素早く分けていく。こういう地味な作業は集中することが、早く終わらせるコツだということも見いだしていた。


 書類の山から数十枚の紙の束を手元に寄せると、目だけ動かし上から下へ一気にスキャン。そして右に左にと分けていく。


 自分の頑張った分が、減っていく書類の山という目に見える形で俺を応援してくれる。俺の社畜精神は今右肩上がりで急成長中だ。


 そんな集中状態で他に気を配っていなかった俺の隙をついてきた奴がいた。会長だ。


 「こちらの書類はサインしたから、しまっておいてくれ。あと……それが終わったら黒魔術部の視察に行ってきてくれ」


 「りょうか……へ? 黒魔術部?」


 俺は作業の手を急停止させると、会長を見る。今黒魔術部って言ったか、この人? そういう危ない感じの仕事は、もう少し重々しい感じで言ってもらわないと気づかないじゃないか! 


 しれっと危ないもの混ぜるなんて、ひどい! 道端で配られているティッシュを受け取ろうとしたら、自分だけ爆弾を受け取った気分だった。


 「会長、そんな牛乳なくなったから買ってきてみたいな軽いノリで言われても……それに視察ってことは何か重要な決定の参考にするってことですよね? だったら会長自ら行かれた方がいいんじゃないですか?」


 「………から…………だ!」


 は? なんて? いっつもハキハキ話すのに、急に小声になったから全然聞き取れなかった。


 「会長、すいません。もう少し大きな声で」


 そこでようやく気づく。俺にお願いをする会長の目にはうっすらと涙がにじんでいた。


 「呪われるから嫌なんだ!」


 おぉい! そんなに嫌な仕事を俺に押し付けようとしてるのかよ! それに呪われるだって? 俺だってやだよ!


 「勘弁してくださいよ……」


 会長も泣きそうだったが、俺も泣きたかった。


 「君は……男だろ?」


 ええ、そうですね。今のところ女体化した覚えもないし、その予定もないです。


 「いや、男だって怖いものは怖いですよ」


 一人では説得力に欠けるとふんだのか、会長は机から立ち上がると隣のソファーの方に歩いていく。そしてそこでクッキーを食べていた梓を抱き寄せた。


 梓!? いつの間に忍び込んだんだ!


 会長に抱き寄せられた梓は喉を鳴らして、甘えている。


 こいつ完全に餌付けされてるじゃないか! 梓、目を覚ますんだ! その人はお前をペット呼ばわりした人だぞ!


 そんな俺の願いも残念ながら、二人には届かない。


 「女の子である私を無理やりそんな怖いところに連れて行こうとするなんて、ひどいと思わないかい? 熊谷」


 「本当ですね。私だったら、会長の命令ならすぐに飛んでいきますよ」


 梓め、言いたい放題言いやがって……ん、そうだ! 俺は席を立つと、会長と梓の方に歩いていく。


 「な、何? そんな急に詰めてこられたら、ドキドキするじゃん!」


 少しばかり頬をピンクに染める梓に、俺は柔らかく微笑みかける。大丈夫だ、もっとドキドキさせてやるよ! 


黒魔術部に連れていくことでな!


俺はクッキーをつかむと、梓の口に詰め込む。そして梓の襟首をつかんだ。


 「それでは会長、仕事が終わったので視察に行ってきます。梓は生徒会のペットですから、視察に連れて行っても何の問題もないですよね?」


 会長はわずかに考えるそぶりを見せたが、すぐに頷く。


 「そうだな、何の問題もない。気をつけて行ってきてくれたまえ」


 会長は笑顔で手を振り、俺もそれに会釈で返す。生徒会室を出るとき、梓がフゴフゴと何か言いたそうだったが聞こえないふりをした。



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