第三話 『遅刻届』
旭高校は正門に近い方から三つの建物があり、それぞれ一号館、二号館、三号館と呼ばれている。俺が在籍している二年生は三号館、指導室は正反対の一号館にあった。
すでに一年以上通っている高校だ。俺は迷いなく指導室へとたどり着き、扉を開く。目の前には机を挟んで座る、事務員と思われる女性と梓の姿があった。
「では遅刻の理由をこの書類に書いて、後で担任の先生に渡しておいてください」
それだけ言うと女性は出て行った。あとには俺と梓だけが残される。俺は入学してから何度目か分からない、梓が遅刻届を受けとった姿を見る。
受けとるとすぐに梓は慣れた様子で記入を始めた。書き方などについては一切質問しない。遅刻届に関しては梓は間違いなくプロだった。
「お前も懲りないよな、ほんと」
俺が話しかけると、梓はジト目でこちらを睨んできた。確かに俺も悪いが、根本的には起きない梓が悪いのだ。
「あと少し、あと少しだったのに……」
恨みがましい視線を向けてくる梓を一瞥すると、俺は梓の向かいに座る。
「あの窓は年がら年中冬眠してるんじゃないかって噂されてる、梓を起こすための窓であって、梓の学校への入り口じゃないんだよ」
「それは分かってるけど……ん? 私そんな噂が立ってるの?」
「聞いたことなかったのか? もうすぐ永眠だってもっぱらの噂だよ」
「冬眠したまま目覚めないってこと? 勘弁してよ」
梓は夏に溶けたアイスのようにベターと机に顔を埋める。だがすぐに起きると、再び記入を始めた。俺は窓の外を見ながら、梓が記入を終えるのを待つ。
「終わった!」
はじけるような元気な声が耳に届くと、俺は窓の外から遅刻届へと視線を滑らせる。上から流し読みをしていた俺の目は遅刻理由のところで立ち止まった。読み終えると、立ち上がろうとしていた梓の頭を押さえつけ、もう一度席に着かせる。
「書き直しだ」
「何で、遅刻時間もちゃんとごまかさずに書いたじゃん!」
「そこじゃない、遅刻理由のところだ。『竜による妨害にあいました』だと。これを先生に出したら、俺の頭がおかしいと思われるじゃないか!」
「じゃあ、なんて書けばいいのよ」
「素直に『寝坊』と書けば済むだろ! どうしてそこで不思議そうな顔が出来るんだよ」
口をとがらす梓に俺は頭を抱える。その後梓は渋々といった様子で遅刻理由を二重線で消すと、寝坊と書き直した。