第二十九話 『梓の部屋』
女の子のドキドキする香り、ゴミが落ちていない綺麗な部屋、そして部屋で待っているとお茶とお菓子を持って戻って来る可愛い幼馴染。女の子の部屋に慣れていない男はついつい部屋を見回す。
「あんまり見られると、恥ずかしいんだけど」
お茶とお菓子をテーブルに置くと、持ってきたお盆で顔を隠して、幼馴染は恥ずかしそうにはにかんだ。それを見て照れ笑いをする男。二人の間には自然と甘い空気が漂い始めていた。
なんて羨ましい光景なんだろう。ああ、本当に羨ましい!
俺はそんな砂糖菓子のような甘い場面が描かれた漫画をしらけた目で見つめていた。
「竜、こことこことここと……あれ? このページからこのページまで全部分からないや。教えて!」
俺は梓の部屋に置いてあった漫画から顔を上げ、梓と……それから現実を見た。
男の部屋と違ってむさ苦しくはない。だがそれだけだ。ゴミは落ちてないが、床は世界地図のようになっていた。所々に広がるプリントの海、使っているところを見たことがない化粧品や日焼け止めが壁際では樹木のように並んでいる。そして部屋の中に大陸のごとく点々と置かれている枕やクッション、そして大きなクマのぬいぐるみ。
クマのぬいぐるみは梓が何度も寝る時にお世話になったのだろう。お腹の部分の綿が圧縮されて、へこんでいた。遠目から見ると、強力なボディーブローをくらった跡のようにも見える。
お茶はテーブルの上にあった。え? 何? 梓が注いできたのかって? まさか! これは俺が雪菜ちゃんを見送った後に二人分注いで持ってきたものだ。梓は座ってから、根が生えたように動いていない。
まあ、今は頭と手を動かすだけで精一杯らしいからな。大変なんだろう。
……どうも今日は梓の目のクマを見てから、調子が悪い。いつもなら思いついたら特に何も考えずに余計なことを言うのだが、今日は実際に言葉にする前にセーブしていることが多い気がする。俺の口の中で、言葉の警備員による取り締まりがいつもと比べてかなり厳しい。
「ここは教科書のこのページに載ってる公式を組み合わせて……」
自分で言うのも何だが、そのせいか教え方まで優しくなってる気がする。……自分が気持ち悪い! 考えるということをずっとしていたせいか、一通り分からなかったところを教えると、そろそろ梓は限界のようだった。俺が教えても梓が動かなくなっては意味がない。梓は一旦筆記用具を置くと、ノートを閉じる。そして天井を向くと、盛大に一息ついた。
「ああ、疲れたー! 竜のおかげでほとんど終わったよ、ありがとう! 休憩しようか」
「別にいいよ」
素直に感謝されるのがなんだか恥ずかしくて、俺はわざとそっけなく答える。そんな俺の顔を見ていた梓が何かひらめいたらしく、左の掌に右手を勢いよく打ちつけた。
「そうだ。竜、休憩にゲームでもやろうよ! 最近お父さんが仕事で忙しくてごめんなってVRのゲーム送ってきてくれたの!」
「へえ、それはすごいな。……そうだな俺もVRはまだやったことないから、少しやってみたい!」
階段を二人で降りていき、リビングに行くと、梓はテレビ台の収納スペースから二つのヘッドギアを取り出す。それを見て、俺は目を細めた。
正直なことを言うと、俺もVRゲームが欲しくて、何度かいろんな店に行ってはその値段の高さに驚愕して、とんぼ返りを繰り返していた。結果的にはVRゲームを買うことはできなかったが、何度も店に足を運んだおかげで、メジャーなものからマイナーなものまで、俺はヘッドギアを知っていた。
だがその俺でも梓が取り出したヘッドギアは、初めて見るものだった。一体どこの会社のものだ?
「はい、これ竜の分ね。ヘッドギアを頭につけたら、横のスイッチを入れてね。そしたらゲームが始まるから!」
俺は受け取ったヘッドギアをすぐには頭にはめずに、くるくるとそれを回して会社名を探す。
……あった!
WANTEDぉ
おい! なんだ、この今にも悪いことしそうな会社は! 絶対指名手配かなんか受けてるだろ! それになんで「ぉ」だけひらがななんだ?
こんな訳わからない会社のものを頭につけたら、頭の神経回路が焼き切られてもおかしくない!
「梓、このゲームはやっぱりやめて……」
別のものにしようと言いたかったのだが、梓はすでにヘッドギアを付けて、ゲームをスタートさせている。さすがに幼馴染一人を危険な目に合わせる訳にはいかない。俺は深呼吸を繰り返したのち、意を決してヘッドギアをはめると、ゲームをスタートさせた。




